史上最強の少年が異世界より帰還したら現代世界で異能バトルに巻き込まれる話

リキッド

第1話 帰還した最強少年は驚愕する


 明かり一つない暗い道を抜けた先は……随分と懐かしく感じるアスファルトだった。


「本当に戻ってきたのか……別に感慨も湧かねえけど」


 俺は思わず漏れ出た独り言をつぶやきながら周囲を見回した。

 いったいどこに出たんだ? 住宅街っぽいがよく解んないな。”出口”の指定はしたし、日本で間違いないはず。あ、道路標識あった、間違いなく日本だわ。


「とりあえず成功っと。あとはごう……」

 練習ができなかったからぶっつけ本番だったが、その割には上手く行ったようだった。目的地の日本に辿り着けた俺は安堵の息を吐いた瞬間、奇妙な物体が目に入り俺の頭は一瞬真っ白になった。


「おい、嘘だろ……」


 俺は思わず掠れた声を漏らしてしまう。


 そこにあったのは、横転した自転車。それも両輪がカラカラと勢いよく廻っている。


「いやいやいやいや、勘弁しろって。これはマジでヤメロ」


 俺は久方ぶりに感じる悪寒に冷や汗を滲ませながら否定の言葉を続けたが、いまだ回転を続ける自転車が示す事実は一つだけだ。


 くそ、現実を受け入れるしかないのか……可能性は考えなかったわけじゃないが、こんなの有り得るか普通?


 畜生、認めるぜ。このチャリは俺が、というか店の備品だ。車輪が勢いよく空廻っているのも当然だ。


 何故なら俺はこいつに乗って買い出しの最中に異世界召還されたんだからな!


 走っている最中に俺だけ居なくなったので自転車が倒れて車輪が回ってるって訳だ。

 で、異世界アセリアから戻った俺は横転したばかりの自転車のすぐ横に降り立ったわけだ。

 それが意味することは……俺は召還された直後に戻されたって事かよ! 



 俺だってその手の小説や漫画は結構読んでる。こういう時のパターンは時間経過してるってのがザラなんだ。そりゃあ向こう異世界に大して居たわけじゃないが、時間が全く経過してないってどういう訳だよ。


 人によっては俺つえーを満喫できるかもしれないが、俺には何一つ当てはまらないんだ。むしろ俺は召還を喜んで受け入れたほど、現実世界が終わっていたからだ。


 両親は死んでる上、多額の借金抱えて学校は退学寸前なんてどう見ても詰んでるからな、異世界で一発逆転できるってんなら喜んで受け入れるっての。

 まあ、実際はそんな甘い話は早々転がってないわけで……って、現実逃避してる場合じゃねえ。本当にあれから時間が経ってないならヤバい。確実にヤバい。


 焦った俺は周囲を見回した。さっきは何処だここと思ったが、落ち着くと思い出した。業務スーパーから店に帰る道すがらだ。

 俺は自転車を引き上げるとまずは事実確認をするべく、近場にあるコンビニに向けてペダルを漕ぎだすが、突如バランスを崩してしまう。カッコ悪く転ぶことはなかったが、周囲に人が居なくてよかったぜ。


「っとと! くそ、今の体じゃ慣れねえな」


 昔の感覚と今の体のギャップが酷かった。はっきり言って自分の足で走った方が早いくらいだが、自転車は店の備品で俺以外も使うから乗り捨てるわけにもいかない。


 体を慣らすためにじれったさを感じつつもコンビニに辿り着き新聞の日付を確認する。ああ、やっぱり俺が召喚された日にちがいない。某アイドルグループがどうのこうと書いてあるスポーツ紙の一面トップに見覚えがあった。


「くそっ」


 忘れかけていた忌々しい記憶が蘇ってくる。完全に過去の事と割り切っていたのに現実が追いかけてきやがった。異世界でいろいろ経験して世の中不思議なことも有るもんだと思ったもんだが、こればかりは嘘であって欲しかったぜ。


「そうだ、スマホ!」


 来る前に充電してあったスマホを取り出す。”普通”に表示画面の時計時刻は経過してたからてっきり早々の時間が流れていると思ってたのに、今になって5月の終わり、俺が召喚された日時に戻ってやがる。スマホはどうやって時間合わせるんだっけ? まあいいや、機械に当たっても仕方ない。


「…………」


 と、そこで俺は店内のあらゆる人間から視線を集めていることに気付いた。店に入って来るや否や悪態をつき、突然叫んでスマホを取り出す客……怪しすぎる。


「ト、トイレ借ります!」


 居たたまれなくなった俺は逃げるようにトイレに逃げ込んだ。


「くっそ。これからどうすっか。あー、やっぱ水道って楽だわ」


 洗面台で手を洗った俺はこれまた久しぶりの水道に便利さを感じている。異世界にも魔道具があって金のある貴族たちは街中でも水に不自由はしなかったが、排水はどうしようもなかったからな。下水関係は処理するスライムが居ないスラムは酷いもんだった。三日も居れば慣れたけど。


 顔を上げると鏡に映る嫌いな顔があった。俺は認めていないが、世間じゃ女顔というらしい。両親のどちらにも似なかったが、周囲から騒がれる鬱陶しい顔だ。

 そいつの名前は原田玲二、高校一年の16歳だ。


 異世界じゃそこまで言われることはなかった……多少はあったが、日本じゃまたあのうざったい日々が続くのか。ああ面倒臭い。


 トイレ出るか、と思った時スマホから着信音が鳴っているが、俺は呆然とそうか日本だからスマホ鳴るんだっけとどうでもいいことを考えていたが、画面に映し出された名前を見た瞬間にスマホの電源を切った。着拒以前の電源切りである。これでこの薄い板が俺を煩わせることは二度とない。最初からそうしておくべきだった。


 今の俺の現金は非常に乏しい。日本円にして575円、これが全財産だ。異世界でそこそこ稼いだとはいえ金目の物はあっても現金は通用しないし金貨の買い取りなんて未成年はもっと無理だ。早急に稼ぐ算段もつけないちけないが、これはじゃないから焦ってもしょうがない。


 しかしトイレ借りて何も買わずに帰るのは店をやっている者同士、モラルに欠ける行為だ。水でも買って帰るかと店の奥に歩いていくと、他の客の話し声が耳に届く。


「ねえねえ、あの人めちゃイケてない? 読モ?」「ヤtバいヤバいヤバい、なにあれ? 読モレベルじゃないっしょ、尊過ぎて死ぬ」「芸能人でしょ、だってこの近くには……」


 学校帰りらしい女子高生たちがこっちをガン見して何か言っているが、俺は全ての情報を遮断した。雑音を耳に入れる必要はないからだ。さっさと水を買うとコンビニを出て自転車に向かう。


 何をするにせよ、とりあえず自転車を店に返して……店?


「店! 店だよ店! 忘れてた、店放り出して何やってんだ俺!」


 突然の事ばかりですっかり頭から抜け落ちていたが、現金やら俺の事情やらの前にすべきことがあるのだ。


 俺は買い出しの最中に異世界召還されたのだ。店には仕込み中のパートのオバちゃんたちが俺の帰りを待っているはずなのだ。


 せっかく異世界から戻ったんだし、これまでのしがらみなんか放り投げて好きに生きればいいじゃないかと俺の中の悪魔が囁くが、それに頷くわけにはいかない。


 何故なら俺は責任者なのだ。

 異世界召還を受けるまでの俺は、別の顔があった。


 この町に店を開いて20数年のちょっとした老舗、街中華”青龍軒”の雇われ店長。


 それが俺、原田玲二なのだ。


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