第4話 最強少年は喧嘩を売る


「ねえ、こいつは無関係なんだけど。私がついていけば開放してれないかな?」


「ああ、お前が抵抗しねえってんならそのガキに何の興味もねえよ」


 あ、はい。絶対嘘だなと解る回答が来た。奴の猛獣のような気配は俺を逃がすつもりはないことを窺わせたが……マジでここ日本であってるよな。こいつら正気か?



「玲二、私が隙を作るからそのタイミングで逃げて。絶対に振り返らないでよ」


「おい、葵。一体今度は何に巻き込んでくれてんだよ」


「ごめん、知らない方がいい」


「まあ、そうだな、俺も巻き込まれたくはないが……」


 逃がしてくれそうもないのはどうすりゃいいんだ? と聞くことは出来なかった。


「おい、ガキども。さっきからウゼェんだよ。グダグダ言ってねえでさっさと来いや」


 痺れを切らせたらしいガラの悪い方が低い声で脅し始めたからだ。


「わかったよ」


 一度だけ俺を見た葵は俺から離れて二人組の方へ向かった。俺を自分の事情に巻きこみたくないんだろうが、見事なまでに置いてきぼりの俺である。


 話がまだ終わってないんだが。



「へっ、散々逃げ回った割に素直じゃねぇか」


「そっちの最強戦力を二人も動員されたんじゃ相手にならないからね」


「お前の力は我等にとっても未知数だ。拘束させてもらうぞ」


「今の僕は無力だって知っているはずでしょ。なにを恐れてるんだか」


 スーツの男の言葉に従った葵は手錠を掛けられたが、話から察するにありゃあ魔導具みたいなもんらしい。

 手錠をかけた瞬間に若い男の方が下品な笑い声をあげた。


「これでお前ら一族は俺らの奴隷だ。根絶やしにするか、苗床にするかは俺ら次第って訳だ。今日は芸能人で明日から奴隷とは笑える転落人生だな?」


「お気に召してくれたようだね。その前に一つ教えてあげるよ。油断大敵って言葉をね!」


 葵がそう叫ぶとあいつの周囲から白い煙幕が勢いよく吹き出始めた。おお、凄ぇ、あいつ白煙筒でも持ち歩いてたのか?


「<白波>だと!? 馬鹿な、その腕輪には咒封じの印を刻んでいるのだぞ!?」


「どんなものにも抜け道はあるのさ。芦屋の外法使いには無理な芸当だけどね。玲二! 今だよ!」


 白煙に包まれる前に一瞬だけこちらを見た葵の顔は、今にも泣きそうな笑顔で……それがひどく気に障った。




「逃がしたか。後で捜索せねばならんな。手間のかかることを」


 白煙に紛れて気配を断った俺を誰も見つけられないようだ。俺自身はすぐ傍に居るのに<認識阻害>の効果を持つ指輪はここでも力を発揮してくれている。



「このガキ! 今すぐ死にてえみてぇだな! 俺らはお前を無傷で連れてこいと命じられてねぇんだぞ。その体で舐めた真似の落とし前付けてやろうか?」


「……好きにしなよ」


「はっ、上等だこのアマ。ここには野郎が20人はいるからな、その済ました顔がいつまで持つか見ものだぜ」


「ははっ、そいつはいいぜ」「おい、俺が先だぞ」「アイドルをやれる機会なんざ二度とねえからな」


 若い男が囃し立てると周囲の男どもも品性のない声で同意した。


「くっ……」




「それは困る。そいつは俺が先約なんだがな」


 これ以上、下品な連中の声を聴く気はなかったので俺は口を挟むことにした。


「えっ! れ、玲二!! なんで逃げてないんだよ! 今が君が逃げられる最後の機会だったのに!!」


「んなもん逃げる必要がないからに決まってんだろが」


「ほう、我等を知らんと見える。巻き込まれた一般人のようだが、運がなかったな」


 完全に俺を見逃す気がないと解る台詞だが、そんなことはどうでもいい。

 俺は男どもを見据えて宣言した。


「失せろ、今すぐ消えれば見逃してやる」


「おいおい、ガキが女の前で格好つけようってのか?」


「俺が女相手にそんなことするはずがないだろが。馬鹿じゃねえのか?」


 俺は葵に出会ってからと言うもの、迷惑しかかけられてない。こいつかどうなろうと知ったことじゃないし、異世界に行ってからは会わなくて清々していた。帰還するまでこの馬鹿の存在は頭から消え去っていたほどだ。


だが、葵がこのまま連れ去られるのを黙って見過ごすことはできない。


 大の女嫌いな俺だが、顔見知りを俺には関係ねえからと見殺しにするなんて無様な真似なんざ、仲間になによりもアイツに顔向け出来ないんでな!



「おう、相手選べやボケ! 俺を誰だと思ってやがる!」


「知るか。三下の雑魚が吐く台詞はどこでも同じだな」


 仲間直伝の煽りだが、この手の輩にはマジで効く。結果はご覧の通りだ。


「はっ、死んだぞ、テメー」


「玲二! 逃げて!!」


 葵が叫ぶと同時に殺気を隠そうともしない声を低くしたガラ男が手を振ると不可視の”何か”が俺に迫った。

 そして直前で常時展開している〈結界〉に弾かれたんだが……待て待て待て 今の、まさか魔法なのか!?


 おいおい、どうなってんだ? 日本に魔法があるわきゃないだろ! ってよく周囲を探れば大分薄いけど確かに魔力があるし、そう言えば前にそんな話をしてたような気が。


 ってかマジで日本で魔法使えるのかよ! ってことは葵のあれも発煙筒じゃなくて何かの魔法なのか? お前も普通の人種じゃなかった……そもそも男子寮に女装して入り込むイカれっぷりだったな。



「えっ、なに今の!?」


 手錠で拘束されたままの葵が驚いてるがそれはこっちも同じだ。今日だけで何度驚いたか解ったもんじゃないくらいだ。なんで俺だけこんなイベント盛り沢山なんだよ!



 突然の事態に混乱する俺をどう見たのか、ガラ男は獰猛な気配を強めた。

 もう一人のスーツ男も気配が変わった。本気になったらしいが、この程度の相手じゃ弱い者虐めにすらならないんだがな。力の差を理解できないほど弱いらしい。



「……俺の気弾を防いだ、いや無効化しただと? おい色男、見ねえ顔だがお前ドコの使いだ?」


「はあ? 知らねえよ。こっちもお前らの事情なんざ知りたくもねえ。そういうのいいからマジてさっさと消えろよ、迷惑だ」


 俺はあくまで善意でお引き取り願おうとしたのだが、善意の説得は裏目に出た。


「つまんねえ芝居しやがって。俺達が誰か知らねえわけじゃねえだろうが。そっちが手を引かねえなら芦屋が敵に回るぞ。覚悟はできてんだろうな?」


 なんなんだこいつら? さっきも言ったがここは住宅街なので、こんな夜に騒ぎを起こせば警察に通報されるぞ。その場合面倒に巻き込まれるのは店で、その中でも一番被害を被るのは色々と詰んでる俺だ。諸々事情を聞かれ、調べられたら一発アウトだ。


 くそ、手を回しておくか。

 

 しかし俺個人の問題は何一つ解決の目途が立ってねえってのに、なんで日本に帰った当日でこんな訳解んねえことに俺は巻き込まれてるんだ? これだから戻るのは嫌だったんだよ。 


 俺は望んで異世界から帰還したんじゃない。あっちでやりかけの仕事もあったのに、やむにやまれぬ事情で仕方なく帰ってきたのだ。


 そんな激低モチベなのに、完全無関係のトラブル遭遇、更に敵さんは俺を見逃すつもりは一切ないと来た。


 うん。キレていいよな、これ。



「知るかボケ。おい、お前ら誰から地獄に行きたい?  片道切符で送ってやるから感謝しろ」


 俺の挑発に切れたのは本気になった2人の魔法使いではなく、取り巻きの反社連中だった。


「舐めやがって、このガキが!」「ズタズタにして海外の変態に売り飛ばしてやらぁ!」「女の前にお前から食ってやるぼへあッ!!」


 何か恐ろしいことを口走ったおっさんの顔面に俺が投げた石が直撃した。ステータスが上がりまくった今の俺の筋力は鋼鉄だって飴細工のように曲げてしまえる。

 そんな力で石を投げつけられたおっさんがの顔がどんな惨状になったかは推して知るべしだ。言い知れぬ恐怖につい力が入っちまったぜ。


「さ、斎藤!」「手前、なにしてくれてんだコラァ!!」「ガキが、優しくしてやればつけ上がりやがって!」


「邪魔だ。前座は引っ込んでろ!」


その後で向かってきた奴等は素手で一撃だ。むしろこいつらの弱さは俺が手加減するほうが大変だった。今の俺なら人間を素手で解体できるからな、やらないけど。


「……お前、マジで何モンだ? こいつら下部組織とはいえシロウトじゃねえんだぞ。奴等の式神には見えねえが、どこの一門の手先だ!?」


「嘘……き、君は本当に玲二なの?」


 ガラ男(俺命名)や葵が滅茶苦茶驚いてるが、異世界ならこの程度は魔力で身体強化すれば20人を1分足らずで片付けるのは朝飯前だ。


「そう言うお前らは手品師だな。次はどんな手で笑わせてくれるんだ?」


 俺はゴミ掃除を始めることにした。



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