第5話 最強少年は無双する



「このガキ!! 上等だ!! 消し炭にしてやらぁ!」


「待て、風間」


 俺の更なる煽りはガラ男を逆上させたが、隣のスーツ男がそれを止めた。レベル的にはあいつの方が上のようだが、俺が一瞬使った<鑑定>に気付かない力量な時点でお察しだ。


 どう足掻こうが俺の脅威にはなり得ない。


「うるせえぞ木佐田。邪魔すんならテメェからやってやんぞ?」


 ガラ男の脅しにもスーツ男は動揺すら見せなかった。


「我等が受けた指令はかんなぎの回収だ。過度の不確定要素への介入は任務成功率を著しく下げることになる」


「うるせえ! ここまで舐められて引き下がれるか! このガキをブチ殺さねえと俺はもう収まらねえぞ!」


「警告はした」


「おい、ガキ。俺達”芦屋八烈”をマジにさせたことは褒めてやる。だから冥途の土産に見せてやるぜ、本当の力って奴をな! 俺達に歯向かったことを地獄で後悔しろ!」


 この魔法使い二人はまだやる気らしい。俺との絶対的な力の差を理解できる頭を持っているはずなのに退く気はないらしく、葵を手放すこともなかった。


 つまり、俺から逃げられると考えているってことだ。舐めやがって、そっちから喧嘩売ってきたのに五体満足で帰れると思ってんのか?


 あのガラ男が寝言をほざいていたが、舐められてるのはこっちの方だ。


「雑魚ほどよく吠えやがる。さっさと出せよ、そのみみっちい本気って奴をよ」


「ゴミ野郎が! 楽には死なせねぇ。”大いなる聖霊、火の神よ。身命を以て願い奉る。炎よ、劫火を持ちて我が敵を滅ぼし給え”」


 奴が何やら呪文詠唱らしきものを始めると周囲の魔力が集まってきた。自分の魔力だけじゃ足りない威力の一撃を放つつもりらしいが……手品の仕上げを見守っていると、奴を中心に巨大な炎が蛇のようにのたくって取り巻いている。


「まさか、大蛇おろち!? 火炎の秘儀を芦屋の八烈は修めているの!?」


 葵はこの炎を知っているのか、非常に焦っているみたいだな。


「今更命乞いしても無駄だぜぇ! この獄炎は全てを焼き尽くすまで消えねえからな! テメエの馬鹿さ加減を悔やみながら死んでいけや! 裏大蛇」


「玲二、その炎は避けて!! 絶対に受けてはダメ!」


 炎の蛇が俺に殺到するが、またも<結界>に阻まれて消失する。あの炎が内包する魔力量から見ても俺の結界を破れるとは到底思えなかった。


「んな馬鹿な!? 獄炎が掻き消されただとぉ? 有り得ねえ……俺の奥義は、大蛇は相手を焼き尽くすまで消えない因果の焔だぞ!!」


 外野が何やら喚いているが、俺の持つ<敵魔法吸収>は<結界>に触れたすべての魔法を吸収し、魔力に変えてしまう超チートスキルだ。どんな効果を持っていようが魔力由来であれば俺の餌に成り果てる。


「どんな手品で笑わせてくれるのかと思えば、この程度かよ。シケた魔力だな」


「ふ、ふざけんな。芦屋を、俺を誰だと思ってやがる! ”6席”の”豪炎の風間”だぞ。その筋じゃあ知らねえ者はいねえんだ!」


 本当に口だけはよく廻るゴミだ。あんな炎が奥義だと? 馬鹿馬鹿しい、あれならダンジョン低層のゴブリンメイジの方がまだ凶悪な魔法を放ってくるぜ。



「お前みたいな糞雑魚知るわけねえだろが。それに手品とは言え獄炎とか抜かすならこれくらいはやってもらわないとな」


 そう言って俺は宙に火属性の下級魔法である<ファイアボール>を生み出した。その火球にさらに魔力を注いて巨大化させると同時に白熱化させてゆく。


「鬼火なんて比じゃない。それに青い炎、まさか伝説の蒼炎?」


 葵が何か言っているようだが、俺の耳までは届かなかった。


「なんだ、その炎は……お前、マジで何なんだよ!!!」


 自分の力に酔っていたガラ男の顔が俺の魔法を見て現実に帰ってくる。敗北の苦味をたっぷりと味わうといい。多人数で女を攫おうとする奴には当然の報いだ。


「お前らから散々手品を見せてもらったから俺からも返礼だ。楽しんでくれ」


「や、止め……!」


「〈ファイアボール〉」


 俺は青く輝く巨大な火炎球をガラ男に直撃させ、その火力を爆発させた。そしてガラ男の後ろで俺達を逃がさないように壁になっていた奴等ごとまとめて吹き飛ばしてやる。何か防御っぽいことをしてたようだが、そんなもの一切合切貫通だ。これを防ぐなら積層型の防御結界を幾重にも構築できる熟練者が最低でも10人は必要だぞ。


「……玲二、君のその力は」


「危険だな、我等にとってひどく危険だ」


 葵の掠れた声を拾ったのはスーツの男だった。仲間が吹き飛ばされたのに顔色一つ変えていないが、まあ思いっきり手加減したし死んでないのを理解したんだろう。


「だが、今はこの巫を回収するのが任務だ。ここは退かせてもらおう」


「できるもんならな」


 スーツ男は手錠を掛けられた葵の手を引いたが、その瞬間に動きを止めた。


「周囲に何か仕掛けているな?」


「ようやく気付いたのかよ、感覚まで鈍いみたいだな」


 こいつらが現れて葵に絡み始めた瞬間から不可視の風の刃をこいつの周囲に仕込んでいたのだ。いつでも消せるし発動できる。


「初めから君の掌の上ということか。だが、成果なく帰還するわけにもいかないのでな」


「ならあんたもお仲間の後を追うことになる」


「なにッ?」


 スーツ男の意識がこちらに向いた瞬間に先ほどと同じ〈ファイアボール〉を見舞ってやった。やはりこいつはさっきのガラ男より強いらしく、若干の抵抗を受けたがそれでも俺の魔法は例外なく敵を吹き飛ばした。


「ったく、次からは相手を見て喧嘩売るんだな」


 ここが異世界で相手が盗賊なら戦利品漁りでもする所だが、今はそれよりも優先すべきことがある。



「れ、玲二……君は僕の知る玲二じゃないの?」


 敵を排除してようやく店の裏口に静寂が訪れたが、葵が俺を見る瞳の中には怖れの光が見えた。そりゃ今まで一般人と思っていた相手が超絶チート野郎だと解ればそうなるってもんだ。

 そのことに関しては今更だし、女嫌いの俺がこいつにどう思われようが気にもならない。


 俺はこいつを助けたかったというよりも、誰かを見捨てる真似をしたくなかっただけだからだ。


「好きに判断しろよ、とりあえずその手錠はお前で何とかなるのか?」


 今のこいつは手錠を嵌められているからこのまま出歩くのはマズいだろう。本音を言えば今すぐ葵とは別れたいが、顔見知りの義理くらいは果たしてやらんといけないと思う。


「えっと、特殊な呪い、で通じるかな? そんな力で作られているから今のボクじゃ無理だと思う」


「マジか。でも魔導具みたいなもんならこいつが効くか? 〈解呪ディスペル〉」


 あらゆる呪いを解除する最上級魔法を唱えるとやはり普通の品ではなかったらしい手錠は砂のように崩れ落ちた。


「うわっ、なにこれ! 魔封じの咒が完全に消え去った? 玲二、キミは何を?」


「じゃあ逃げるぞ!」


 俺は呆然とする葵の手を無理やり引いてこの場から走り出した。男は違う柔らかい女の手の感触に不快感が襲ってくるが、今は無視するしかない。


「え、なんなの玲二? それより今の力を説明してよ!」


「そんなことはどうでもいい。今は一刻も早く店から離れるんだよ! お前の事情で店舗に迷惑かけるんじゃねえ!」


 正直言って店の裏口で戦いたくはなかったが、場所を移動したがっていると敵に情報を与えてしまえば店の関係者だと自分から証明するようなもんだ。無関係を装うためにもあそこで戦闘することを選んだが、それでも痕跡は可能な限り減らすべきだ。


「ええ? あんなに鬼火を爆発させといて今更それを言う? あれだけの音がすればすぐに警察が来ても……でもサイレンも聞こえないね」


「細工したからな。お前はただのバイト先でも他のみんなは生活掛かってんだよ! そもそもなんで追われてるのに店に来るんだよ、俺達を巻きこむんじゃねえ」


 ヤバい空気を出し始めた頃から<消音>をかけて周囲に音が広がらないようにしておいたのは正解だった。女が絡むと面倒事がやってくるという俺の宿命に備えたのが功を奏したわけだが、全く嬉しくない。


「それは、ごめん。追われてて他に行く所がなくてさ、気付いたらあそこで隠れてたんだ」


 そういや事務所に売られたとか意味わからんこと言ってたが……気にしたら巻き込まれるだけだ。知らん知らん。


「それより玲二のこと話してよ、なにあの力? さっき叩いたときも感じたけど凄い筋肉ついてない? 昨日までそんな体じゃなかったよね?」


 あーうっせえうっせえと口を開きかけた俺だが、背後からの叫び声がそれを止めさせた。


「おいガキ、お前レイジっつったな! その顔覚えたからな! 芦屋総員で狩り出してやるから覚悟しとけや!!」


 くそ、手加減し過ぎたか。一応重傷負わせたつもりだが、あの火魔法は他に延焼させないように火力をコントロールしすぎたようだ。もう意識を取り戻すとは予想外だった、我ながら詰めが甘いぜ。


「玲二……その、ゴメン」


「お前人の名前を連呼し過ぎだろ、ワザとやってるのかと思ったぞ?」


 思いっきり巻き込んでくれやがったこの疫病神女を連れて俺達は夜の街を疾走した。




「で、これからどうすんだよ?」


「えと……あと数日あれば実家から助けが来ると思うんだけど」


 つまり、それまで無計画ということか。頼りなさすぎる葵の声に俺は盛大な溜息をついた。まあそんなこったろうとは思ってたよ、何かあるんなら店の裏で隠れてないだろうしな。



「葵、俺たちはこれまでにない問題を抱えているぞ」


「え、今の玲二の力があればどんなことだって……」


 現実を分かっていない馬鹿女に俺はそれを突き付けてやることにした。


「おい、金欠女。お前所持金は?」


 俺の質問に遊ぶ金欲しさに俺を脅してバイトをせがんだ背景を持つ葵は真顔になった。


「3千ちょい。れ、玲二はどうなんだよ?」


「俺の懐事情知ってるだろうが! 現金なんてほとんど持ってねえよ」


 店の売上金は涼子さんが持ち帰ってるし、売上自体は従業員の皆のスマホにデータが送られるからちょろまかすことも不可能だ。

 俺は金目の物は腐るほど持ってるが、結構融通が利く異世界と違ってあいにくと日本じゃコンビニで金貨を使うことは出来ない。個人商店ならワンチャンあるかもだが、こんな時間に開いてないだろうな、


 従って俺の所持金は425円である。コンビニで水買ってさらに目減りしたのだ。。



「ど、どうしよっか?」


 二人とも住んでいる寮はあるが、俺は戻らない(学校関係者に捕まりたくないのだ)し、葵は見張られてるという話だったからあんな連中が相手なら戻るのは自殺行為だ。正直、俺自身はどうとでもなるが、こいつはどうするんだろうな。


 最後の奥の手はこいつがいるから使いたくないし。



 これから夜も更けようかという時刻に、俺たちは行き場もなく夜の街を彷徨うことになる。


 なんでこんなことにと我が身の不幸を呪うものの、これから先、さらに面倒事が押し寄せることになるなんて今の俺は知る由もないのである。



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