第6話 最強少年は夜を駆ける


「とりあえずここまで来れば大丈夫だろ」


 夜の街をしばらく走り続けた俺は小さな公園を見つけて足を止めた。何の当てもなく無軌道に走ったが、店から少しでも離れることが目的なのでそれは達成したはずだ。


「れ、玲二。ちょっと……ま、待って……」


 俺が一息ついていると後ろから息も絶え絶えな様相で葵がこちらへ走ってきた。アイドルは体力勝負だとか散々言っていたくせに俺より体力ないのかよ。


 まあ俺は異世界で毎日20キロは走り込んでいたから以前とは全くの別人と言っても過言じゃない。いかに便利なチートがあってもそれを十全に使いこなすには一にも二にも体力なのだ。いや、俺のチートは別に便利じゃなかったが、それを理解してからは体力作りには熱心に取り組んでいた。ステータスが数値化されるのでモチベに繋がって長続き出来た面もあったけどな。


「はあはあ。な、なんでそんなに足早いの? 君、体力大してなかったじゃん」


 ほっとけと言葉を返す前に、けほけほと咳き込んでしまった葵にペットボトルの水を差しだしてやる。手のかかる奴だが、これからどうしたもんかな。


 葵に事情を聞きたい気持ちと、これ以上こいつに関わってたまるかと反発する思いが相反している。巻き込まれたことは腹立たしいが、あの連中を相手にすると決めたのは俺だから気持ちの整理は出来ている。

 だがなんというか、自分から話を聞いたら負けな気がする。あの程度の相手なら何千人来ようが敵じゃないし、葵から聞いてくれと頼んでくるまで絶対に俺からは聞いてやるものか。


 第一、今の俺達にはそれより厄介な問題がある。


「ねえ、ここどこ? 必死で玲二の後をついてきたから全然わかんないんだけど」


 俺も適当に走ったから現在地は……調べりゃいいか。


「隣町の公園だな。それよりこれからどうすんだ?」


「どうって……さっきも言ったと思うけど実家から助けが来るのを待つ、かな?」


「そういう意味じゃない。お前、今夜これからどうすんの?」


「……」


 押し黙った葵は俺をちらりと見た。俺に匿えと言った段階で諦めていたが、こいつも当てなどないらしい。


「金欠2人が雁首揃えても何も出来ねえな。野宿は俺も勘弁だが……」


 俺個人ならいろんな魔導具があるし、野営経験もある。水も湯も思いのままなのでマジでどうにでもなるがこいつにそれを知られたくないんだよな。どうも一般人じゃないようだが、俺のこれまでの事情を話してやる義理もないし。


 俺にとって異世界召還は超がつく幸運だったが、他人に自慢出来ることじゃない。

 呼んだ連中が頭のイカれた奴等で、俺達はそんな連中の操り人形にされるところだったからだ。


「ここで夜明けを待つか? ……お前はそれどころじゃなさそうだが」


「うん、ちょっと時間ちょうだい。今、元気出すから」


 俺から水を貰った葵はその場に力尽きてへたりこんでしまった。

 らしくない様にそれはふと嫌な予感がしたので聞いてみた。


「そういやお前、店の裏にいつからいたんだ? 銀さん達も裏口から帰ったはずだが」


「昼くらいかな。あれからなにも食べてない……」


 疲労と腹減りでそんな感じになってるのか。何か買いに行きたくとも、追手らしき連中の態度からして捕まったらこいつがなにされるか解ったもんじゃない。

 

 仕方ないな。


 俺は上着のポケットに手を入れると、そこから紙袋に包まれた品を取り出した。


「BLTサンドだ。腹減ってんなら喰えよ」


「え? 玲二、今どこからそれを?」


 顔を上げた葵は差し出されたサンドに目を奪われつつも、荷物一つ持たない手ぶらの俺が何処からこの葵の腕くらいある大きな食い物を取り出しているかが気になったようだ。


「秘密だ。要らねえなら俺が食っちまうぞ」


「た、食べる! 食べるから!」


 手を引っ込めようとした俺の腕ごと引ったくりかねない勢いでBLTサンドを奪った葵は、よほど腹が減っていたのか女がその喰い方はどうなんだと聞きたくなる喰いっぷりを披露している。


「ひとまず落ち着けそうだし、あそこ座るか」


 公園に設置してあるテーブルと椅子にこいつを座らせると俺も何か腹にいれるべくポケットを漁った。何があったっけかな? 選んでも決まりそうないし、ランダムでいくかあ。


「……ここで天ぷら蕎麦を選ぶか、俺よ」


 だが喰わない選択肢はない。たしか暇潰しに汁から自作した蕎麦は皆から大好評で、料理スキルの底力を感じた1品である。


 湯気の立つ出来立ての蕎麦を腹に納めようとする俺に対面から視線が突き刺さった。


「ねえ、さっきからずっと我慢してたんだけど、そろそろ突っ込んでいいよね? なんで掛け蕎麦があんたのポケットから出てくんのよ! どう考えてもおかしいでしょ!?」


「人から飯貰っといてデカい態度だな。そういうポケットがあるのは日本じゃ常識だろうが、知らんのか?」


「ドラ◯もんは現実に居ないの! なんなのよそれ!」


 さっきまで手から火が出る奴等が実際いたじゃねえかと思ったが口には出さない。説明すると葵の事情を聞かされそうになるからだ。〈アイテムボックス〉の話をしたとしても信じるとも思えないが。


「そんなことよりそれ超旨いだろ? レタスはもちろんだが、トマトが美味いんだ。それにベーコンが特別な逸品でよ」


 異世界のダンジョンには何故か農作物が実る環境層という変な場所がある。そこで採れた野菜は形も色も大きさも最高で、味も申し分ない。そんな品をふんだんに使ったこれは自慢のひと品だ。

 それに分厚く切られたベーコンがなにより最強だ。なにしろハイオークの進化種で作ったベーコンなのだ。魔物肉は異世界でも喰える種類は限られるがオークはあの見た目からは信じられないほど美味い。仲間内で焼いて出すと食いしん坊どもが殺到して焼いた俺の分が残ってないほどだ。


 オークは強敵だが、上位種になればなるほど肉が美味い相手でもある。ただ奴等の視界内に女を入れては絶対に駄目な連中なのも事実だった。



「あ、やっぱり? なんか信じらんないくらい美味しかったんだけど……って誤魔化さないでよ」


「うるせーな。腹減ってる奴には取りあえず喰わせる主義なだけだ。特に話すことはねぇよ」


 施しを受けたそいつが実際に腹の中で何を企んでいても、後のことはそのとき考えればいい。

 完全な自己満足なのでそれで他人にどう思われようが知ったことじゃない。少なくともアイツは、俺達はそういうルールでやってるってだけだ。

 完全な本心からの言葉だが、葵は納得しなかった。失礼な奴だ。


「嘘だね。玲二はこんな風に人に何かを与える奴じゃなかった。なんか変な感じがする」


「まあ、それはあるかもな」


 確かに俺自身はかなり利己的な人間だ。昔、色々ありすぎて他人を信用しない人種だと自分でも思う。

 だが出会う者総てを疑ってかかる人生はあまりにもつまらない。どうせ一度しかない人生ならそんなダサい生き方するより、思い切り楽しんだ方がいい。


 そうやって生きているアイツの背中を見て俺もそう思うようになっただけだ。



「ん? なんだ?」


 俺が持つ数あるスキルの中に<マップ>がある。そのまま地図機能なんだが、様々な追加機能を搭載してあり縮尺自在、自動マッピングや気になった人間追跡機能や敵味方判定能力などの便利機能がこれでもかと詰め込まれているのだが、逆に細かすぎて俺には扱いにくいほどだ。

 常時展開している仲間もいるが、あれをずっと使い続けていると頭に負荷が掛かり過ぎて頭痛が襲ってくるのだ。

 

 そんなわけでずっと切っていたその機能を再開したのだが、敵性反応を示す赤い点が数十個もこちらに向かってくるのだ。

 ただなんというか、俺達に向けてというかこちらの方角へ無作為に動いている感じがする。俺達がいる方角は解っているが、実際にどこにいるかは掴んでいない感じだ。


「そういえば、お前店の裏に隠れてたのに見つかってたな」


 食事を終えて人心地ついていた葵に話を振った。


「えっ? ああ、そうね。どうもまじないで位置を掴まれたみたいなんだけど、それがどうか……まさか!?」



高校生ガキの男と女! あいつらだ、見つけたぞ!」


 葵の驚きは俺達を指さす男の叫びで搔き消された。


「玲二、逃げるよ!」


「あ、おい待て」


 別にあいつを仕留めればそんなに急いで逃げる必要はないんだが、葵はもう駆け出してしまった。あの女、一瞬見捨てたろうかと思ったが、今ではあと数日で来るという救援と合流するまではひとまず付き合ってやる気持ちになっている。


 まあ、その判断をあとでたっぷり後悔することになるんだが。


「なあ、あいつらどうやってお前を見つけてるんだ? このまま逃げてもまた見つかれば意味なくね?」


 <マップ>で状況を見る限り、敵はこちらを正確にとまではいかずとも方角を間違いなく把握している。今も数十人くらいの人間が追ってきているが、こいつ1人のためにどれだけ動員しているんだ? 相手はかなりの組織力があるみていい。


「駅前に出るよ! メトロに乗ればいったんは撒けるはず。芦屋の外法でも地下までは私のしるしは追えないから!」


 地下鉄ねえ、金がないって話をさっきしたと思うんだが。それに根本的な解決になってなくないか?

 そうは思えど対案もない俺は葵の言葉に従った。時間稼ぎにしかならないが、時を稼いでる間に何か思いつくことだってあるしな。


 夜も遅いが、まだ終電までには時間がある。敵を撒くべく俺達は夜の街を駆け続けた。



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