第7話 最強少年は思い悩む


 地下鉄に飛び乗った俺達は都心部に移動している。


 帰宅ラッシュはもう過ぎた時刻だし、もとより家路につく人々とは逆の方向なので電車は空席が目立つ程度には空いていた。


「都心に向かう理由はなんかあんのか?」


 座席に座った俺は隣の葵に尋ねたが、当の本人は睡魔に屈しかけていた。


「えっ、なに玲二? なんか言った?」


 俺の声に弾かれたように顔を上げた葵は、ここが何処かを確認するように周囲を見回している。酷く狼狽した様子から自分が捕まったと思ったらしい、隣の俺を見て露骨に安堵している。


 こいつ、一度ちゃんと休ませないと駄目だな。だが追われている現状で安眠できる場所があるのか? 難しいぞ。



「言われたままに地下鉄乗ったが、目的地はどこなんだ?」


「特に目的とする場所があるわけじゃないけど、相手の咒はボクのだいたいの位置がわかるみたい。だったら木を隠すなら森って言うし、人が大勢いるところに紛れた方がいいでしょ、多分だけど」


 事務所に突撃かましてもいいけど、今じゃほどんど人いないだろうし、それは明日だねと呟くこいつに俺は多分かよ、と毒付くことはしなかった。葵は気を抜くと睡魔が襲ってくるのか、また船を漕ぎ始めたからだ。


 ここで寝るなと起こすのは簡単だが、こいつは今日1日捕まればどんなことされるか解らない狂暴な連中から逃げ回っていたからな。


 その肉体的、精神的疲労は相当なはずだ。俺も似たような経験があるのでその辛さは解る。


 そして窮地から脱して安堵したのなら、隠れていた疲れがどっと出てきても不思議はない。こいつは本人がいくら気張ろうとも一瞬で意識が落ちるので、どう頑張っても無理な奴である。あれは俺も痛恨の記憶で出来る事ならやり直したい。




 そのまま葵は再び意識を失ったが、こいつ……頭を俺の肩に乗せやがった。女なんかに触られたくもないが、今だけは我慢してやる。


 葵が沈黙したので俺は俺の問題に想いを馳せる事にしよう。



 まず一つ目が店の問題だな。これまでは俺が違法に店を運営していたことが学校に露見しつつあったんだが、今はそれにあの連中とやりあったことも追加された。


 さっきの追跡といい、あれだけの数の人間を使えるならあいつらがあの店に再度訪れる、あるいは人をやって店を見張る可能性は高いだろう。魔法使い二人は誰かの指示で動いていたし、一度退けたらそこで終了とは思えない。俺の顔を覚えたとも言ってたしな。


 店に迷惑をかけることだけは絶対に避けたいので、しばらくは近寄らない方がいいか。


 幸いというか、俺が住み込みの仕事を得るために無理に割り込んだので、俺が居なくても別にどうってことは無かったりする。責任者は銀さんやかすみさんでも問題ないし、しばらく抜けさせてもらおう。雇われ店長だけど俺は本当に形だけだからな。店長云々は俺がオーナーとの電話口で噓八百並べた結果にすぎない。


 早速店の皆にメッセージアプリでその旨を伝えると了承の返事が返ってきた。みんな葵がやらかしたことを知っていて俺が店から一時的に離れた方がいいと思っているようだ。店の宣伝になったと田畑の姉さんが笑い話にしようとしたが、その場合俺が店長やってたことがバレて厄介なことになるんですがね。黙認した皆も共犯なので注意がいるのだ。

 まあ、とりあえずは一つ片付いたか。




 そして目下最大の問題が地下鉄に乗って所持金が完全に底をついたことだ。水や食い物は<アイテムボックス>に溜め込んであるが、現金はそうはいかない。


 奥の手をもう使う羽目になるのか……それは本当に最後の手段だ。やっぱり襲ってきた奴等から財布抜いとくべきだったか? いや、そんなことがあとで知られたらダセぇ真似せずさっさとこっちに頼れと怒られるだけか。ここは大人しく頼んどくべきなんだろうなぁ。



「ねえ、玲二気付いてる?」


 目を覚ましたらしい葵が俺の肩に頭をのせたまま呟いてくる。起きたんなら退いてほしいんだがな。


「追っ手はいないぞ」


 地下なら追えないという葵の予想は当たっていたみたいだ。<マップ>では俺達を追って移動する点は見えない。いずれ地上に戻ったら再度追跡するのだろう。


 本来なら今のうちにこれからの作戦を練るべきなんだろうが、葵が疲労の極致にある事と俺がこいつの事情に首を突っ込みたくないので話を振っていない。マズいとは思うが、これは俺がこの件に何処まで踏み込むか決めかねているせいでもある。


「違う、気付いてるでしょ、みんな見てる」


 まあ、そりゃあれだけ視線を感じればな。まだ見られてるだけなので無視だが、失礼な奴はスマホ向けてくるからな。世の中には盗撮は犯罪だってこと理解してない奴が普通に居るのだ。


「さすがアイドル様だ。人気者の宿命だな」


「ばか。みんな見てるの玲二じゃん、これが”本物”かあ、自信なくすなぁ」




「ありゃ誰だ?」「知らね、ムカつくほど女受けしそうな奴だな、俺には劣るが」「ちょ、ウケる。お前があの顔以上なら、この前女にはフラれねえだろ」「うるせーな」



「うわ、なにあれ? マジで?」「信じられないくらいのイケメンがいる、ヤバいんだけど」「顔面偏差値高すぎ、芸能人でしょ」「あんな美形一度見たら忘れないよ、事務所どこ? 推し変確定レベル」「隣にいるの彼女さんかな? 美男美女であそこだけオーラ違う」




 気にしてなかったのに葵が余計なことを口走るから意識を向けちまったじゃねえか。そうすれば嫌でも耳に会話が届いてしまうのだ。


「デビューすればいいのに。男の人でも玲二に注目しちゃう、私なんかとは違う本物の偶像アイドル


「前にこの話は散々しただろうが、俺はこのツラを商売の種にする気はないんだよ。見世物になるのはもう御免だ」


 芸能界に居れば俺の借金も素早く返済できるだろうと思ったことはある。だが、それでも己を売って金を稼ぐ世界に俺は嫌悪感しか感じなかった。学校の単位のために葵と同じ事務所に籍だけ置いているが、顔を出したのは数回だけだ。そういえばあの社長に売られたってどういう意味だ……気になるが、聞いたら自分からこいつの事情に首を突っ込むことになる。自重しなくては。



 だからどうせ金を稼ぐなら飯も食える飲食に限ると思ってその道に進む決意をしたのだ。俺には養わなきゃいけない奴がもう一人いて、賄い飯が出る職場はその点最高だったしな。本人は物凄ぇ嫌そうな顔をするが、これは俺の仕事だと決めている。


 

 料理を作って誰かに喜んでもらうことは好きだ。この見た目に一切関係ない部分で誰かに評価されたことは生まれて初めてだったからだ。自分のプライベートを切り売りして金を稼ぐよりこっちの方が俺に向いている。


 こいつとは寮の同室だったのだ、そんな話はもう何度もしている。



「そうだけどさ。勿体ないなあって思って」


「要らん。男の価値は外見そとみじゃねえ、中身だ」


 俺が異世界で骨身に刻んだ真理を自信満々に告げたのだが、葵からは冷たい返事が返ってきた。


「それ、ボク以外には言わない方がいいよ、玲二クラスの美男子に言われると嫌味だと思われるからさ」


 うっせーな、お前は言わないでおけと結構言われたよ。


「それにもう目立ちたくないんだっての」


「さっきは随分と目立っていたと思うけど?」


 こいつ、助けられた分際で吐く台詞がそれかよ……気分を害した俺は鼻を鳴らし、だから葵が本当に小さな声で呟いた言葉は聞き取れなかった。


「でもありがと。本当に嬉しかったんだよ? 玲二がボクを助けてくれるなんてさ、超カッコよかった」


「あん?」


「なんでもない。終点についたら起こして」


 それだけ言ってこいつは本当に寝てしまった。くそ、せめてこの頭を退かしてから寝やがれよな。仲間の誰とも違う女の香りが鼻腔をくすぐるが、不思議と不快感は感じなかった。




「で、なんでこうなってんだよ……」


「さ、さあ。こればかりは仕方ないんじゃなかな?」


 地下鉄から降りた俺達は深夜でも静まることのない不夜城と化した都会でこんなザマに陥っている。


 部屋に入った俺は周囲を確認した。テレビにソファ、シャワー室。そして部屋の中央に鎮座するデカいベッドが一つだけ。



「人生初ラブホがこんな形になるとは思いもしなかったぜ」



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