第55話 最強少年は大いに振る舞う。



「ほんとだ。確かに例の薬草だよこれ。地球の魔力濃度で出来るもんなんだねぇ」


 ユウキから一報を聞いたらしいリリィが薬草畑を眺めつつ呟いた。彼女のお墨付きが貰えたのならば、この薬草が俺達が探し求めたお宝であることに間違いはない。


「ああ。俺も正直予想外だった。あの世界だけが生み出せる奇跡みたいなもんだと思っていたからな」


「だねぇ。でも良かったじゃん、みんな結構本気で捜してたしさ」


「いや、捜してたって訳でもないよ。あそこ以外に存在するなんて思いもしなかったし」


 全くの偶然で行きついた世界で手に入れた薬草なので、二度と手に入ることはないと半ば諦めていただけに嬉しい誤算だ。




「ねえ、二人で盛り上がってないでそろそろ説明してほしいんだけど。なんでウチの特産の薬草にそこまで喜んでるの?」


お宝の登場に目を奪われて完全に蚊帳の外に置いていた葵がジト目でこちらを見ている。

 こいつもお手柄だし、何よりこの薬草の貴重さを教え込むため事情を話すことにした。


「簡単に言えばだ。この薬草は異世界では絶対に手に入らない類のものだ。だから超貴重なんだよ」 


「えっ? これなんてもっと霊力が濃厚な薬草じゃん。こっちの方が絶対いいでしょ?」


 俺が先ほど手渡した薬草を見ている葵の言葉にも一理ある。だがこの話は貴重さのベクトルの問題だ。こいつには里長の久さんに快く買い取らせてもらうための説得要員として事情を話しておくとしよう。


「この薬草畑はここだけなのか?」


「ううん、他にもあるよ。もしかして全部欲しいの?」


「ああ。冗談抜きであるだけ欲しい。俺には時間停止の<アイテムボックス>があるから全部貰っても有効活用できるしな」


 この貴重な薬草を無駄にするなんて勿体ないこと出来るかよ。

 それにここの他にも薬草畑があるのは朗報だ。俺達が求めるポーションはかなりの量の薬草を使うので、本気であるだけ欲しいのだ。


 何せこれはユウキ直々の依頼だ。交渉の裁量も俺に全部任されてるので遠慮なく放出するつもりだ。

 ケチる気なんて更々ない。採集じゃなく畑で育ててるってことは育成方法のノウハウがあるってことだし、来年以降もこの貴重な薬草が手に入る可能性まであるのだ。

 むしろ拡大して量産してくれ、資金調達が軌道に乗り次第、いくらでも買い取ると告げると葵にも俺の本気度が伝わったようだ。


 恩、貸し、拝み倒しを、何でも使って何がなんでもこのお宝を必ずゲットせねばならない。



「なんでこんな薬草に本気になってるんだか? 異世界産の方がよっぽど凄くない?」


 首をかしげている葵に説明とその後の交渉の前段階を頼むため、俺達は屋敷に戻ることにした。



「取りあえず何食う? リクエスト聞いてやるよ」


 円滑な交渉のために葵の機嫌を取ろうと案内された屋敷の和室で紅茶のセットを用意した。部屋を考えれば緑茶の方が良かっただろうか。


「えっ、いきなりどうしたの?」


 なに企んでるのと言わんばかりの怪訝な顔で俺を見る葵に一瞬額に青筋が浮かんだが、いかんいかん、これは接待だ。


「薬草の件は紛れもなくお前のお手柄だからな。好きなもん食わしてやるよ、なにがいい?」


「私チーズケーキとチョコケーキ! ココアもね!」


 リリィ……君は自分で出せるだろうに……いや、大した手間じゃないし用意するけどよ。


「葵も好きに頼んじゃいなよ。お薦めはねー、パイ系かな。焼きたてだからめっちゃおいしいの」


「えっと。じゃあそれ」


 リリィのお薦めに頷いた葵に俺はアップルパイとベリーベリーパイをホールごとだしてやる。焼き上がった後に蒸らしを入れてすぐしまったのだ本当に出来たてだ。


「アップルパイは好きにシナモン使いな」


 妹たちはアップルパイの上にたっぷりとかける派なので常にシナモンシュガーを常備しているのだ。


「うわ、美味し……美味しいけどぉ。ここんとこトレーニングも節制もしてないし、ヘルスメーターが怖いなあ」


「アイドル様は大変だな。つーか動けばいいだけだろ、俺は好き勝手に食ってるが、体形は変わらないぞ」


「朝一で里の外周を走った玲二は別枠だよ。おばば様に聞いたら30キロ以上あるって話じゃん」


 やっぱりそれくらいあるのか? おかしいな、俺が<マップ>ではそんなになかったはずだ。スキルが距離を間違えるはずが……もしかして結界の能力に誤認識作用とか、この高度な結界ならいかにもありそうだ。



「そんなにあったのか。それより今の話で思ったんだが、お前芸能界どうすんだ?」


 丁度いい話題になったし、薬草の話の前にこちらを聞いておくのもいいかもしれん。

 実家に戻って少し落ち着いただろうし、自分のこれからを考えたに違いない。


「そりゃアイドルは続けられるもんなら続けたいよ。子供の頃からの夢だったし、致命的なスキャンダルって訳でもないしね」


 こいつは変装して俺の店でバイトしてたってだけだ。もちろん事務所の内規的にはマズいが、こいつのグループのセンターがやらかした男発覚に比べれば精々厳重注意程度でアイドル廃業なんてことにはならないだろう。


 店の方はアイドルの御堂葵が隠れてバイトしてた店としてむしろ宣伝になったらしい。嬉しい悲鳴になってるとこの里に入る前に涼子さん(先輩の同僚だ)が早く帰って来いという有り難い言葉と共に聞いている。


「でもたぶん引退することになりそう。事務所も社長がああなったし、身バレもしちゃったしね」


 もうこの里を出ることもできないよ、と力なく笑う葵は俺の視線に気づいたのか、慌てて顔を上げた。


「ごめんごめん、玲二には本当に感謝してるって。君が居なきゃ僕は良くて殺されてて、悪ければ死ぬよりももっとひどい目に遭ってたと思うし」



「本当に玲二さんにはどんな感謝の言葉でも言い尽くせません。ねえ瞳?」


「はい、茜様。私も命の危機を救われていますので」


 葵の言葉を引き取ったのは母と姉である茜さんと瞳さんだった。娘が返ってきたのを知ってこちらにやってきたらしい。

 そして二人の視線はテーブルの上のケーキやパイに釘付けだ。俺はもちろん彼女たちを茶に誘った。

 余談だが、何とか今朝の内に茜さんのからの様付けを止めてもらっている。同級生の母親から玲二様なんて呼ばれるのは居心地が悪すぎるからな。


「おやおや、茶会を開いているのかい? お邪魔しようかねえ」


 騒ぎを聞きつけた久さんも登場し、リリィが俺の頭の後ろに引っ込んだ頃には巫の一族が勢揃いだ。主要人物が集まって居ることは俺にとっても都合が良かった。



「だが、お前がここに籠ってても結局問題は解決しないんだよな」


 薬草の話をする前の会話のとっかかり程度のつもりだったが、全員揃ってるこの際だ、こちらを先に済ませておこうか。


 そう水を向けたのだが、話が始まるのはもう少し時間を置いた方がいいようだ。



「ほう、なんと芳醇な。これは美味じゃのう」


「ええ、母様。物資補充の機会が限られた里ではこのような洋菓子は貴重ですもの」


「葵、こちらのアップルパイも素晴らしいお味ね」


「うん、前言った青山の有名パティシエールよりもずっと美味しいよ」



 作った側としては喜んでもらえるのが一番の喜びだ。俺は中華が専門だが、料理自体が好きなので色んなものを作る。特に<料理>スキルを得てからは和洋折衷どころか異世界の料理も臆せず挑んでいるのでレパートリーが非常に増えた。

 特にウチにはお子様が多いのでこういった甘いもの系はよくオーダーされるのだ。イリシャやシャオが物欲し顔で俺を見てくると何でも作ってやりたくなる。


 ユウキともよく話すんだが、妹ってのは本当に恐ろしい力を持っている。姉貴には一切感じないんだがな。



「ごめん、玲二何か言った?」


「お前の問題は何一つ解決してないって話だよ」


「まあ、そうだけどさ。先にさっきの薬草の件を説明してくれるんじゃなかったの?」


 あれだけ体重がどうのと言ってた割にはチーズケーキをパクついている葵が胡乱げに口を開く。お前それ何個目だ?


「こんなおいしいケーキ出す玲二が悪い! こんなの目の前にあったら毒じゃん、さっさと片付けないと」


 ダイエットは明日からするから大丈夫という、絶対に信用できない台詞を吐いて葵は次のケーキに挑みかかっている。


「薬草じゃと? 里で育てている畑の事かの?」


「うん、なんか玲二が譲ってほしいんだって。それもあるだけ全部」


「全部とはの。それではこの部屋を埋め尽くすほどになるが?」


「無論ただで譲れとは言いません。自分が持つこちらの薬草と交換でもいいですし」


 俺は先ほど葵に渡した薬草を取り出すと久さんたちもそちらに視線が集中する。まあ、確かにここの薬草とは内包する魔力が20倍以上あるからな。


 うーん、葵のこれからを話すつもりがやはり薬草の話題に戻ってしまったな。やはりこの件から話を進めるか。


「こ、こんな霊力を宿した薬草があるとは……こんな逸品とでは里全ての薬草とでも釣り合いが取れんのう」


「いえ、同量と交換させてください。あるいはと交換した方が話が早いかもしれませんが」


 そう言って俺はポーションをテーブルの上に置いた。薬草はその自体でも傷を癒す効果を持つが、幾つかの工程を経て液体状にすると即時性が生まれる。

 今取り出した回復ポーションはコモン品質だが、解放骨折クラスの大怪我でも骨を戻すなどの事前処置を施した後にこいつを飲めばたちまち治ってしまう効能を持つ。


 その魔法薬を俺達はポーションと呼んでいる。料理人からすればなぜフランス語なんだと疑問に思うが、絶対以前の異世界人の仕業だろう。



「この水薬は、茜を癒してくれたものと同一品じゃな?」


「いえ、効能が違います。茜さんが飲んだのは呪いを解除するキュアポーションで、瞳さんに使ったのが魔力、霊力を回復するマナポーションで、ここに置いたのが傷を癒すヒーリングポーションです」


「この霊力、なんてことじゃ」「やはり玲二さんは”時渡り”の?」「”巫のつがい”なんてすべてが眉唾な伝承だけど、こうまで符合すると事実なのかしら」


 薬草よりもこちらの方が使いやすいですよ、と告げた俺の言葉は彼女たちの耳には届いていないようだ。

 だが俺はこの交渉を一気に終わらせるため、ここは大盤振る舞いで行くと決めている。


「この里にある薬草をすべて譲っていただけるなら、ここにあるポーションを200本お渡しします。いかがでしょうか?」


 コモン品質のポーションと言えど店で買えば一本大銀貨8枚(8万)はするので、俺は薬1600万のていじをしたことになる。8万が安いか高いかという議論は異世界でも常にあるが、ポーションを常用するのは命のやり取りをする冒険者くらいなもので、その立場の者からすれば戦闘中に負った大怪我が8万で治るのなら安い出費だと考える。怪我が治れば戦闘にはすぐ復帰できるし、出費を惜しんで命を失ったら元も子もないからな。


 安売りしなくても買われる品なのでポーション類は基本高止まりしている。俺達はダンジョンで拾ったり、ダチが練習で毎回異常な量を作り出すので元手はかかっていないが。



「非常に有り難い申し出だと思うが、貴重な品を星の数ほど持つ玲二殿がそこまでして欲しがる品だとも思えん。理由があるのなら是非に教えてほしいのじゃが」


「僕もそれを訊こうと思ってたんだよね。なんでこの薬草があってウチのしょっぱい効果しかない奴を欲しがるの? 絶対に手に入らない品だとかいってたけど」


 畑の前でも言ったが、葵の言葉通りだ。


 俺達が持つ薬草はどこでも手に入るが、この特殊な薬草は魔力濃度が濃い異世界では存在し得ない。ここでも無理だと思っていたくらいんだ。だから大金払っても手に入れる価値があるのさ。


「ちょっと長い話になるが、説明をさせてほしいんですが?」


 俺が周囲を窺い、その了承を得ると何故たいして傷薬にも使えないこの弱い薬草にここまで拘るのか、その理由をこの土地の巫女たちに話すことにした。





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