第54話 最強少年はお宝を見つける。



「うう、めっちゃ怒られた……」


「いつまでも黙ってるからだ。こういうのはスパッと話してさっさと終わらせとくべきなんだよ」


「巫が男と一緒だったなんて有り得ないレベルのスキャンダルだから無理だって。何もなかったなんて言ったところで誰も絶対信じないでしょ?」


「まあ、確かに俺以外じゃ無理かもな」


 ルームメイトだったとはいえ俺も寮に滅多に帰らなかったし、葵もアイドル業で忙しかったから同じ部屋で寝たのは2か月間の中でも10日に満たなかったりする。

 とはいえ、一日でも同じ部屋で過ごせば疑われるのは当然だ。俺も他人の話なら、そんなの絶対ヤってるじゃんかと決めつける。


「”経験”すると力の質が変わるから信じてもらえたけどさぁ。玲二が黙ってれば平和だったのに」


「ちゃんと叱ってくれる親御さんでよかったじゃねえか。大事にしろよ」


「……うん、ありがとう。玲二には何度お礼を言っても言い足りないや」


「礼が欲しけりゃその場で言ってる。だから気にすんな」



 俺は今、葵に里の内部を案内してもらっていた。キャンプを張っているのは外周なので用事がない限り内部には近づいても居なかったのだが、この里で栽培しているという抜群に美味い米と野菜に興味が湧いたのだ。


 外周部を走っても畑や水田が見えなかったので、何処で育ててるんだと葵に尋ねると後で案内してあげるよ、と色よい返事がもらえたのだ。



 そして久さんと茜さんからこってり絞られていた葵を救出して、俺達は里の内部を歩いているのである。



「あ、本当に余所者の男がいるじゃん!」


「ちょっと竜ちゃん、やめなよ……」


 声のした方向を見ると、中学生っぽい坊主男が俺を指差していた。となりにはその中坊と同い年くらいの三つ編みの女の子が宥めている。

 女の方は例に漏れず美少女だが男はイモっぽいな、田舎者丸出しの印象を受ける。美形なのは女だけが受け継ぐ特質なのかもしれない。


「あのガキの言葉じゃないが、ここにも男もいるんだな」


「15になると里を離れるけど、それまではいるからね」


 その中坊から視線を外し、俺は足を進める。無視してんじゃねえよ! と叫ぶ声に手を振って先を歩いた。


「お前の男装といい、男を追い出したりと変わったしきたりが多いな」


「全部意味があるっておばば様は言うんだけどね」


 巫女を神聖視するやり口なんだろうな。異世界でも時の巫女である妹のイリシャを頂点とした組織が作られてるし、世界のが変わっても人間のやることは大差ないんだろう。


「……玲二ってホントに変わったよね。前ならあんなこと言われたら無視してなかった。喧嘩早かったし」


「まあ、それは認める。我ながらガキで余裕なかったんだよ」


 力も自信もない臆病な奴はそれを認めたくなくて周囲に喧嘩を売ってしまいがちだ。

 かくいう俺自身がそうだった。両親を亡くして信じられる者もおらず、金もコネも権力もない弱者。それを思い知らされるのが嫌で全てに対して牙を剥いていた。


 ユウキに出会えなかったら俺は今でも地の底を無意味に這いずっていただろう。


 俺はアイツから全てを教わった。男の生き方って奴をその背中を見て学んできたんだ。

 その中で安い喧嘩をしないってのがある。本当に己に自信のある強い奴は他人と比べる必要がないんだ。何故なら戦えば勝つと解りきっているからだ。


 俺も向こうで修羅場や死線を幾つか潜ると小さいことで喧嘩するのがひどく幼稚で馬鹿らしく思えてきた。中坊の挑発に一々乗るほど俺の拳は安くないんだ。




「あそこらへんが里の水田だよ、玲二も大好きなウチのお米はあそこで作られてます」


 葵に連れられた先には水田が広がっていた。水の張られた水田に苗が等間隔で植えられている光景が視界一杯に広がっている。


「おお。すげえ。田んぼって初めて生で見たわ」


 テレビ画面越しには何度も見たが、こういうのは自分の眼で見るに限るな。


「都会っ子だなあ、知ってたけど。ウチのお米と野菜はちょっと特別製なんだよね。そこにある石が見える?」


 葵が示す先には、田んぼの四隅に細長い石碑みたいなのが建てられている。


「石? ありゃ石って言うか……ん? なんだ、この感じ」


「やっぱり玲二は感じ取れるんだね。畑に加護を与えて大地の栄養をより多く吸収できるようにしているんだ。あの石はその加護を増幅する呼石よびいしなんだ」


「加護を増幅? えーと、要はアレか? チート野菜ってことか?」


 あの旨さは尋常じゃなかったが、そんな理由があったとは。そもそも加護ってはこの里限定らしいから、ここでしかこの米は食えないって事か。

 これはやはり買うしかないな。久さんが言う礼は米をくれってことにしよう。


「身も蓋もないなあ。インチキじゃないけど、まあそう思われてもしょうがないけどさ。そんであっちが野菜作ってる畑で、その向こうが里の特産って言っていいのかな? 薬草畑が広がってるよ」


 俺が初めて肉眼で目にする水田の光景に感心していると、葵が次なる場所を案内してくれた。


 野菜も素晴らしく美味かったが、このグレードのものはダンジョンの環境層で手に入るので米ほど食指が動かされないな。これまたユウキが毎日せっせと回収してくるもんだから<アイテムボックス>には人参が、えーと340万本ほど入っている。アプル(まあ林檎と思ってくれ)は400万個をとうに超えた。あいつはこんなに溜め込んでどうするつもりなんだろう。

 まあ腐らないし、美味いし、いくらでも入るから別にいいけど。




「じゃーん。これが自慢の薬草畑だよ」


「薬草って言ってもヨモギとかドクダミとかだろ」


 得意げに手を広げる葵だが、確かにまあまあ広い畑が広がっている。だが、この世界の薬草に何を期待しろってんだか。


「ちっちっち。そんじょそこらの薬草と一緒にしてもらっては困るね、玲二クン。我が里の特性薬草はなんと! 打ち身やちょっとした切り傷なら数時間でたちまち治してしまうんだ。特別な製法で霊力を蓄えさせることに成功したんだよ!」


 へえ、この世界の薄い魔力とはいえその効果は大したもんだな。

 だが葵のドヤ顔がムカついたので異世界産の高品質な薬草を手渡してやる。


「うわぁ。なにこれ!? 物凄い濃厚な霊力が詰まってる! これって異世界の薬草なの!?」


「俺の前でドヤるならせめてこれくらいの薬草を持ってこいっての。こんなんじゃろくなポーションも作れや……」


 そのとき俺の脳裏に一筋の電流が走った。


「ポーションかあ。瞳お姉ちゃんやお母さんを助けてくれたのもそのポーションだもんね。ねえ玲二、もしよかったら怪我を治すポーションも売ってほし……玲二? どうしたの固まっちゃってさ」


「悪い葵。少し黙っててくれ」


 俺は今、何か非常に大事なことを思いつこうとしている。絶対に見過ごせない出来事を、千載一遇の好機が転がっているという予感を味わっているのに、点と点が結びつかないもどかしさを味わっている最中だ。


 なんだ? 俺は何を見落としている? 


 焦燥感が募る。なぜならそれはとても大事なことだと、俺の全神経が訴えているからだ。

 何故だ? ここにあるのは何の変哲もない薬草。ちょっと魔力を宿した程度の取るに足らない弱い薬草だ。


 そうだ、異世界では見向きもされない効果の薄い薬草……弱い薬草だ!!


 俺達が喉から手が出るほど探して求めている”弱い薬草”じゃないか、これ!?



「葵! この薬草、一枚抜いていいか? 今すぐに!」


 俺は焦燥を隠さずに葵に詰め寄った。これが俺の想像通りだとしたら、とんでもないお宝だぞ!!


「え? うん、これだけあるし、別に良いけど。どうしたのいきなり?」


 葵の答えを聞くや否や一枚引き抜いた俺はその薬草を<アイテムボックス>に突っ込んで<念話>を起動した。


<ユウキ! 俺だ! 聞こえるか!>


<玲二? どうしたんだよ、そんなに慌てて。お前らしくもない>


 俺の声に応えたユウキは自分の焦った声に怪訝な声で答えたが、このお宝を知ればこいつだってそうなるっての。


<ユウキ! 弱い薬草を見つけたかもしれない! 中に入れたから今すぐ確認してみてくれ>


<なんだって!? 先生にすぐ見せるから待っててくれ!>


 俺達の<アイテムボックス>は共用品だ。俺が入れた品をユウキが取り出すなんてことも朝飯前、やろうと思えば港町で手に入れた大量の新鮮な魚を内陸部で即座に売り出すなんて芸当も可能な正真正銘チートスキルなのである。


「ねえ玲二。本当にどうしたのさ」


 葵の言葉に生返事をしてまんじりともしない時間を過ごした後、ユウキは紛れもなく喜色が溢れた声で俺に話しかけてきた。


<でかした玲二! 間違いなく俺達が探し求めた”弱い薬草”だ。どんな手を使っても、いくらかかってもいい、全て買い占めてくれ!>


<任せろ!>



 とある薬を作るために、他人が見れば見向きもされないような”弱い薬草”を探し求めていた俺達は、思わぬ場所でお宝を見つけることになったのだった。






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