第56話 最強少年はさらに振る舞う。


 薬草が持つ強い薬効を凝縮し、液体に移したものが異世界におけるポーションだ。


 もちろんこれは濃い魔力濃度を持つ異世界の話であり、地球じゃ無理な話だ。俺も現地の人間から聞き齧っただけだが、薬草ってのは魔石と同じで大気や地中の魔力を吸収して蓄える性質があるそうだ。

 だから濃い魔力がある異世界ではそんなシロモノが存在し、地球にはないというわけだ。もしあるんならとっくにポーションは作られていただろう。即効性のある傷薬はそれだけの価値がある。


 なので正直この里に”弱い薬草”があることに俺は驚愕している。俺達が異世界のとある地方で見つけたあの薬草は地球以上に魔力が薄い世界だったのだ。

 体感だが異世界の魔力濃度が100とすると地球は15から20だったのに比べ、あの地方は5も行くか行かないかという低さだった。姫さんやイリシャなど異世界人はその魔力の低さに気分を悪くして行動不能になるほどだった魔力の薄いあの世界の片隅に生えていた薬草が、ここにも存在したのだ。


 一体どうやって育てているのか疑問だが、俺は薬草の専門家でもないし、理由は気にならない。大事なのはここにあの弱い薬草があるという結果だけだ。



 ここで”弱い”薬草と呼ぶ理由を伝えておきたい。

 異世界においても薬草の品質はピンキリだ。皆が想像する通り、高品質な薬草からは効果の高いポーションが作れる。そして普通の薬草からはもちろん普通のポーションだ。

 しかし劣悪な薬草からはポーションが作れないのだ。より正確には薬草内の薬効が足りず液体に移せないらしい。

 長年それは薬師の中で常識として知られていたが、この弱い薬草を用いることで弱いポーションを作り出すことに成功したのだ。



 大して効かないポーションを作ってどうするんだと思うかもしれない。俺も最初はなんでこんなものを? と不思議に思ったのだ。

 しかし、異世界の産物であるポーションにも欠点があった。


 それは薬効が強すぎることである。


 ……お前、さっきから何言ってんだと思うのも無理はない。

 これには異世界の事情を語る必要がある。



 俺達が喚ばれた異世界アセリアはお約束である中世の終わりごろのヨーロッパ風だ。

 貴族が教会が我が物顔で闊歩する文化レベルの低い世界……まあそこまで悪いもんでもないんだが、低いのは確かだな。


 つまり医療レベルも低く、俺も直接見たわけじゃないが乳幼児の死亡率が5割近くにまで達しているらしい。


 回復魔法は超高額で大商人や貴族しか使えないから、庶民は何とか金をかき集めて低位ポーションや怪しげな民間療法に頼って怪我や病気に立ち向かっている。


 だが、そこで先ほど言ったポーションの薬効が強すぎるという話に繋がるんだが、赤ん坊や幼児へポーションを使うと逆に体に悪影響が出るようなのだ。

 そりゃ深手が一瞬で治るような薬はそれ相応に体に負荷を与えている。ただでさえ弱っている赤ん坊や老人には悪化させてしまうんだとか。

 怪我ならともかく、弱った赤ん坊に薬草塗って病気が治るはずもない。


 だから庶民の乳幼児に対してはこれと言った治療法がなく、神に祈るしか方法がなかった。



 俺には苦い記憶がある。


 ある神殿に我が子の回復を一心に神に祈っている母親がいた。

 貧しそうな身なりをして何日も神殿に通っていたのか、母親は心身ともにやつれ疲弊しきっていた。

 神殿の見習い巫女が施しの食糧を母親に与えようとしてもそれを拒み、自らの命を引き換えに我が子の命を助けるように神に祈っていた。


 その痛ましい姿を見ていられなかった俺はこっそりと回復魔法でその子供を直したんだが、誰にも見られていないはずだったのに翌日には俺が治したことが町中に広まっていた。


 それを知らずに翌日神殿に出向いた俺は、大勢の病気の家族を持つ者達に詰め寄られることになった。



 治癒師ギルドが守銭奴の悪評を受けながらも回復魔法に高額の寄進を要求する理由の1つを俺は理解した。

 


 容易く慈悲を振り撒くことが最善に繋がるとは限らない。


 あの子供は救ったのに、どうして私の子は助けてくれないんだ! そう叫ぶ女の金切り声はまだ鮮明に思い出せる。

 その声に体を貫かれ立ちすくんで動けない俺にユウキが割って入ってくれなかったら……俺はどうなっていただろうか。


 確かなことは一つだけだ。


 俺一人で全ての病人を救うことなど出来やしないのだ。



 どうすれば良かったんだと自問する俺にユウキが言った。


 あの薬草を探そう、そうすれば俺たち自身が力を使わずとも病気に苦しむ家族たちに救いの手を差し伸べることができる、と。


 弱い薬草から作られたポーションはまだ在庫があるが、十分とは言えない。絶望に打ちひしがれる者たちこれを使えと気兼ねなく渡してやるには、もっともっと必要なのだ。


 あの日から俺達の優先目標に”弱い薬草”を見つけ出すことが加わった。




 脂が弾ける音が聞こえる。


 熱された鉄板の上で赤身が躍る。


 上質の脂は香りも芳醇だ。周囲からごくり、と喉を鳴らす音が聞こえたのはきっと気のせいではない。


「れ、玲二、まだなの? もう出来てると思うんだけど」


 隣から我慢できない、と言わんばかりの葵が口を挟んだ。”ヤツ”との対話中に邪魔するとは無粋な奴だ。


「もう少し待てって言ってるだろ。それに蒸らす時間も要る。あと10分はかかるぞ」


「そんなに!? もう待てないよ!!」


食う時の基本だろうが、お前売れっ子アイドルなのにちゃんとした店でこいつ食ったことないのか?」


 これでも目の前の女はメディアに引っ張りだこの人気者だったはずだ。こういった機会も一度や二度じゃないだろうに。


「節制してばかりのアイドルがこんなA5ランク並の牛肉を食べるわけないじゃん! はやくはやくはーやーくー!」


「うっせえ、黙れこの馬鹿女。このレベルの肉には相応しい焼き方があるんだっての。これ以上騒ぐとお前の分は俺が食っちまうぞ?」


 俺の脅しに馬鹿女は口を閉ざした。こいつもこの肉の価値に気付いているらしい。



 最高の肉を食わせてやる。

 望外の喜びを味わった俺は上機嫌さを隠しもせず、お手柄だった葵に提案した。


 えっ? なに突然、という顔をした葵だが俺がわざわざ最高の肉と銘打ったことで予感が働いたのか、一もにもなく頷いた。


 俺は薬草畑でその話をしたのだが、馬鹿女が”玲二が美味しい肉をご馳走してくれるって!”と家族にのたまいやがったので流れで久さんたちにも振る舞うことになった。


 だがこの里も明日で立ち去ることだし、茜さんには大変なご馳走を頂戴した。ならば今宵は俺がもてなす側であるべきだろうと思い立ち、夕餉を振る舞うことに決めたのだ。


 俺は異世界で様々なジャンルを齧ったが、基本は中華料理だ。この隠れ里は物資の供給手段に乏しく、土地の料理以外はあまり食卓に上らないそうなので俺の申し出を大層喜んでくれた。

 しかし……手ぶらてやってきた俺が料理を作ると言い出しても平然としている当たり、葵か瞳さんから俺の事情を聞いていそうだな。まあ、魔石やらスクロールやらを取り出している時点で今更な気もするが。



 だがなんといっても今日の主役はステーキだ。それも超がつく上等肉、異世界の牛モンスター、ダンジョンに出現するタイラントオックスである。


 こいつは美味い。超美味い。こいつを分厚く切ってステーキにすると本当に美味い。言葉は不要だ。



「なんと……」「まあ、これは……」「……!!」「すごっ(もぐもぐ)」


 2センチはある分厚いステーキを口にした4人はそれぞれに反応を見せた。


 俺も最初に食った時はほぼ無言で肉に戦いを挑んでいた。それくらい美味い肉なのだ。


 本当はこれより上の黒竜の肉もあるんだが、必死の剣幕でナイフとフォークを動かしている皆を見ると今はいいかと思い直した。

 ちなみに両者ともダンジョンモンスターなので、ユウキがせっせと毎日狩り続けて在庫は増す一方……肉に関しては消費もすごいのであまり増えた印象はないな。


「美味い! この齢でここまで旨い肉を食すとはの。感謝するぞ玲二殿」


 小柄な姿からは想像もできない食欲を見せた久さんが肉との戦いを終え、感嘆の息を漏らした。


「いえ、こちらはそれ以上のものを頂きました。良ければもう一枚焼きましょうか?」


「よ、良いのか? 是非とも頼みたいのう」


 全員がもう一枚希望したので俺は鉄板に新たな肉を載せた。


「お気に召すようならこちらもどうぞ」


 俺が如月さんお薦めの赤ワインのボトルを差し出すと久さんは笑み崩れた。


「おお、おお。若いのに解っておるのう、玲二殿。牛には赤じゃからのう」


「母様。ほどほどになさってくださいな」


「茜、今日という良き日に硬いことを申すでない。我が里の特産とはいえただの薬草が奇跡のような水薬に変わったのじゃぞ?」


「玲二さん、本当によろしかったのですか? 葵に渡してくださった薬草もすさまじい霊力が宿っています。とても交換に足る品とは思えませんが」


「前にも言いましたが、気にしないでください。俺にはこの里の薬草が絶対に必要なんです」


 異世界じゃどれだけ金を積んでも買えない品なのだ。ポーションも低位だし、一束の薬草なんて銀貨一枚の価値もない。むしろこっちがもっと払ってもいいくらいだ。



「玲二にとっては里の薬草にはそれだけの価値があるって事でしょ? 本人が満足してるんだから、それでいいんだと思うよ、お母さん」


「葵、貴女という子は、一族の大恩人に対する感謝が足りません。玲二さんが居なければ貴方も瞳も私も命はなかったのです。それを分かっているのですか?」


 うわ、また始まったと呟く葵は茜さんからのお叱りを小さくなって受けている。別に感謝されたくてやったわけじゃないので気にしないでいんだがな。


 そろそろ新たな肉も焼けるんで、お話はそれくらいに――



「お肉と聞いて飛んできましたワン」


「うわ、ロキ! お前いつの間に!」


 食欲に忠実過ぎる我が家の番狼が俺の横でお座りしていた。姿勢こそ背筋が伸びて立派だが、目線は肉に釘付けだし、口の端からはよだれがたらたらと垂れている。

 こいつ、肉喰いたさに異世界を跨いで転移してきたらしい。どんだけだよ。


「まあ! 貴方様はあのときの!」


 突然現れたロキに驚くこともなく、命を救ってもらった礼を口にする瞳さんも中々根性入ってるな。



「この神威、こ、これはまさか神の遣いか?」


「なんという力! これは大神さまであらせられますか?」


「いえ、ボクはご主人様の忠実な番犬ですワン。お肉くださいワン」


「お前ホント肉焼くと何処にでも現れるな」


 二人に返事しながらも視線は肉から離さないロキにため息をつきつつ、この里最後の夜は更けていった。


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