第44話 最強少年は散策する。



「麻婆あがりっと。お次は何にすっかな?」


 俺は中華鍋から出来上がったばかりの麻婆豆腐を大皿に盛り付けると回鍋肉に取りかかった。春キャベツの時期は終わりかけだが、今季まだ食ってなかったんだよな。

 あんな超旨いやつの旬を食い逃すなんて有り得ないので作るに限るぜ。


「ねえ玲二。なんか辛そうなんだけど、甘いのないの?」


「中華に甘いもんは無え。すーらーが味の全てだ(偏見)」


 実際は五味とやらがあるが、俺は所詮街中華レベルだ。本場の料理人には到底敵わんのは最初から解っている。俺自身異世界では材料がないからそこまで中華作ってなかったし。


「えー、そんなの最悪じゃん。アイスちょうだい、ミントのやつ!」


「自分で取りゃいいのに。ほらよ」


「うーん、これこれ。やっぱアイスは最高だねぇ」


「不思議生命体はいくら食っても腹壊さんのな」



 暇を完全に持て余していた俺は、最近食べるばかりで料理のストックを減らしていたことを思いだしたので今が好機とばかりに補充をすることにした。


 <アイテムボックス>はとにかく便利だ。特にこいつは超がつく特別製で時間停止に整理整頓、他にも様々な機能が盛り沢山だ。時間停止機能の素晴らしさをいちいち語る必要はないと思うが、今作った品を10日後に取り出したとしても湯気を立てる作りたてってのはとんでもないぜ。

 こちらも手の掛かる仕込みやなんかを空き時間にぱぱっと済ませられるし、疲れてなんもやる気が起きない夜なんかはマジで重宝する。

 俺の料理意欲は日本に帰ってきて目下増大中だ。異世界はお約束通り中世(仲間は近世に近いといってるが、まあお約束ってことで)なので俺の本領である中華料理の素材がとても少ないのだ。日本に帰ってきた今はその反動が盛大に来ている。


 日本に戻ったら手に入れた<料理>スキルをフル活用して激ウマ料理を作りまくって大儲けしたるわい、と考えていた俺の野望は誰かさんのお陰で1日で潰えたが。



 あ、そういえば盗まれた店の中華包丁、警察が証拠品として押収してるだろうが何とかして取り戻せないかな。


 別に俺の私物じゃないが、あれを握って野菜を刻んでるとあの店の歴史の一部に触れているような気分を味わえたのだ。


 店の方は俺がいなくてもなんの問題もないこと(安心したが、ちょいと悲しい)は如月さんからの連絡で解っている。探偵を雇って調べさせたら怪しい輩が店の回りをうろついても実力行使に出る気配はないという。

 あの店の主な常連は近くに数件ある土建屋のおっちゃん達なので筋者だろうが平然と喧嘩を売る人種だ。何か嫌がらせをしてきたらまずおっちゃん達が暴れだすのは間違いない。

 前に触れたが近くにロクな飯屋がないからあの店が潰れると店員だけじゃなく客の皆も困るんだ。だから俺が雇われ店長として潜り込んでも皆見て見ぬふりしてくれたわけだ。


 そんな考え事をしていても手は自然と動き続け、大皿に回鍋肉が小山のように積み上げられた。

 宴会で使うような大皿に盛られた大盛料理だが、ウチじゃこれが普通サイズである。涼しい顔して5人前はぺろりと平らげる猛者が2人もいるからな。20人前は一度に作っておかないとすぐになくなってしまうのだ。


 あんなに食ってもあの2人の体型は出会った頃から全く変わらないんだから、世の中に不思議は満ちているぜ。


 さて、あとは炒飯でもつくるか。そういや前作ったオークのチャーシューを角切りにして入れてみるか? それにオークなら酢豚もイケそうだ。どうせ時間もあるし春巻きなんかも皮から作ってみてもいいかもしれない。じゃあ餃子の皮も同時に……昔と違って今の俺なら何でもできるぞ。食材は腐るほどあるし技術もスキル由来とは言えマシマシだ。点心だって何度か試せば本格的なものが作れるかもしれん。

 金の目途がつけば色んな高級店を食べ歩きして勉強だってできるのだ。話に聞くだけで食ったこともないフカヒレやツバメの巣を口にすることだって可能だぞ。


 おお、夢が広がってきたなぁ、こりゃあ!




「玲二、えっと。なにやってるの?」


 俺の野望は葵の戸惑いがちな声によって中断されることになる。


「あ、葵だ。やっほー」


 リリィが現れた葵の周囲を飛んでいる。この特殊な里なら他にも彼女を目視できる女がいるかと期待したが、やはりこいつが特別だったらしい。


「なにって見りゃわかるだろ? まとまった時間が出来たから料理作ってんだよ」


「それは見ればわかるけどさ……なんでキャンプしながら本格的な料理してるの?」


 葵の言葉通り、俺は歓待を断って隠れ里の外周近くに夜営している。結界が再度開けられる3日後までここで過ごす予定なのだ。

 野外でしっかりとした料理を作るのも俺は慣れたものだ。炎は火魔法で火加減自在だし、排水と生ゴミにだけ気を付ければ何も問題はないはずだ。


「キッチンだけが料理を作る場所じゃねえからな。一応<結界>張って虫は近寄れないようにしたけどよ」


「料理するならうちでやればいいのに……」


「断る。何が悲しくて女だらけの家に居続けなきゃならないんだよ。何度結界ぶっ壊してここから出ていこうと思ったか。ここで大人しくしてるだけでも感謝しやがれ」


「だからごめんってば。結界壊されると古すぎてもう二度と修復できないみたいだからそれは勘弁して」


 久さんの引き留める声を無視して俺は屋敷を出た。その後で葵が俺について説明をしたのか、追いかけてくることはなかったが何故か葵がこっちまでついて来てしまっている。昨日なんて実家に帰らず俺とキャンプしたくらいだ。

 


「それより俺の事なんか放っておいて家族団欒しろよ。せっかく帰ってきたんだからさ」


 数年ぶりの実家だってのにこいつは俺の所にずっといるのだ。祖母である久さんや瞳さんと積もる話があると思うんだがな。


「あのね、玲二を放置してボクだけ家に戻るわけいかないでしょ。どうせおばば様からはお説教しかされないんだし」


「そりゃ俺と同室だったことを実家に黙ってるからだろ」


 葵はその事を実家に話していなかったらしい。瞳さんから雑談の中で聞かされた久さんは無言で葵に近寄ると耳を引っ張って有無を言わさず奥に連れて行かれてしまった。


「だって報告したら即座に連れ戻されるに決まってるし」


 結局戻る羽目になったけどさぁ、と口を尖らせる葵だが……なんかこいつ折角故郷に帰れたってのにあまり嬉しそうじゃないな。


 こうしてされてる俺のところなんかに居続けるのもそれが理由か?



 俺は今、遠巻きに3人の女から監視を受けている。それぞれ木の影や屋根裏から双眼鏡で俺を見ているが、それについては受け入れている。


 女の園に掟破りの男をブチ込めばどういう反応をされるかなんて想像しなくても解る。見られていることに思う所はあるものの、不躾な視線には慣れっこだしあちらの心情を思えば文句はない。

 俺だって年頃の姉妹を持つ身だ。ユキやイリシャ達の住む館に突然得体の知れない野郎が泊まると聞けば警戒、いや全力で排除する。娘を持つ親なら不安になって当然だろう。

 監視の方も俺を見るだけで何か手を出す訳じゃない。お互い不干渉でいれば時間は過ぎて俺は解放されるのだ、要らぬ波風を立てる必要はない。



「そうだ! 里を玲二に案内するよ、ここにずっといても暇でしょ?」


 名案を思いついたという顔をする葵に俺は胡乱な顔して答えた。


「まあ暇っちゃ暇だが、いくらお前の案内とはいえ俺がそこらをうろつくわけにはいかんだろ」


 本音は女だらけの集落に出歩きたくないだけだが、それっぽい理由をつけてみたものの葵は引き下がらなかった。


「へーきへーき。集落の中を案内するわけじゃないし。隠れ里っていうだけあってウチは森の中も面白いところが結構あるんだよ」


 やはりこの状況に対して引け目でもあるのか、葵にしては珍しくこちらの腕を引いて連れ出そうとしてくる。


「いいじゃん、行こうよ玲二。料理してるだけじゃつまんないしね」


 リリィにとっては料理で時間を潰すのはお気に召さないらしい。彼女の勧めもあって俺は里の散策に出かけることにした。



「葵、案内なら私たちも同行していいかしら?」


「琴乃さん? もちろんいいですよ、一緒に行きましょう」


 諸々片付けて立ち上がった俺に背後から声がかけられた。声の主は昨日、結界の内部に侵入した俺に対して駆けつけた一人で、宝塚さんと話していた女性だ。


 先ほどまで木陰で俺の監視をしていた人でもある。


 肩までの栗色の髪をした目鼻立ちのくっきりした美人だ。新たな女の出現に俺のやる気がダウンし、人見知りを発揮したリリィはさっと俺の方の後ろに隠れた。


「改めて自己紹介をさせてもらうわ。私は久瀬琴乃よ、今代の”戦巫女”を任せてもらっているわ。よろしくね、後輩くん」


 戦巫女ってのはあの自警団のような人たちを指すらしいな。確かに腕に覚えのある女性たちが多かった。


「ご丁寧にどうも、原田玲二です。それで後輩ってのは何なんです?」


 握手を求められなかったことに安堵しながら俺は気になったことを尋ねた。


「だって葵と同じ学校なのでしょう? 私も麗華もあそこの卒業生なのよ」


「そうなんですか。確かに先輩ですね、俺はまだ数日しか登校してないんですが」


「玲二は住み込みの仕事見つけてそっちに入り浸っちゃたしね」


「お前が俺のストーカーして店を突き止めなけりゃまだ続けられてたはずなんだがな」


 会話に割り込んだ葵に対して俺はそうまぜっかえした。


「もう、その話はいいでしょ!」


「ふふ、仲が良いのね。羨ましいわ」


「琴乃さんと麗華さんほどじゃないですよ」


「私達は腐れ縁って言うの、同じ里で生まれて同じ劇団に入って同じ時期に退団して。そろそろ別の道に行ってもいいと思うくらいよ」



 俺達は葵の先導に従って森の中を歩いている。里の者がしっかりと管理していることが解る手の入り具合だ。人の手が一切入っていない異世界の原生林とは大違いである。


「この季節は殆ど獣も出ないし、散歩にはちょうどいいよね」


「ええ、せっかくの貴方達のデートを邪魔してごめんなさいね。こちらにも都合があって」


「デ、デートって、琴乃さん! そんなんじゃないし!」


「俺もずっと遠目から監視されているより面と向かって話をした方がいいから構いませんよ。それより葵、あの先にある岩が例の結界の基点のひとつのようだな?」


 顔を赤くする葵に気を留めず俺は気になっていたことを尋ねた。


 この里を外界から隠す結界は8か所からなる基点からその効果を発揮している。葵はその場所を案内するつもりはなかったようだが、近くまで来たので興味本位で訊いてみたのだ。

 どうせ答えなんか返ってこないだろうが、琴乃さんの気配が変わったのが正解を伝えていた。


「うん、そうだよ。あの結界がウチの里を2千年近く隠し通してきたんだって」


 おい、聞いた俺も俺だがお前も普通に答えるんじゃない。


「葵! あ、貴女、一体何を考えて」


「琴乃さん、玲二に隠したって無駄ですよ。この人がその気なら結界ごと壊してここから立ち去るなんて簡単ですもん。”芦屋八烈”が二人掛かりで挑んでも手も足も出なかったんですよ?」


 もし良かったら見てみる? とか普通に言い出すんで俺の方が戸惑って琴乃さんの様子を窺ってしまったが、彼女の方も当然ながら頭を抱えている。


「そりゃ隠蔽系の結界は珍しいからどんな構成なのか気になるけどよ、良いのか?」


「別にいいでしょ、真似するわけでもないんだしさ。こんなのでよかったらいくらでも」


「葵、貴女ねぇ。結界は里の根幹をなす秘術よ。それを何だと思ってるの……」


 葵の背中を追ってその岩に近づくと、その中心部の窪みに小さなやしろが建てられていた。


「この大きな岩が基点に丁度良かったっておばば様が言っててさ」


「葵、貴方も巫女なら磐座いわくらをもっと敬いなさいな」


 額を押さえながら琴乃さんが苦言を呈しているが……真面目そうなこの人は葵に苦労させられたんだなと思わず同情したくなった俺である。


「この中の霊石が力の源なんだけどさ。もう何百年と使い続けてガタが来てるんだって。だからそう何度も開閉できないって理由なの。ボク達にここまでしてくれたのに、玲二には本当に悪いことしたと思ってるんだ、ごめんね」


 そう言って葵は琴乃さんが止める言葉も聞かす、社の扉を開いて霊石とやらを俺に見せてきた。


「霊石の存在を外部に明かすなんて! 貴女は何を考えているの!? これがおばば様に知れたらどうなるか、葵にだって解るでしょう」


 外部の人間に見せてはマズいシロモノなのは琴乃さんの慌てぶりを見れば一目瞭然だが……俺はその霊石とやらに視線を縫い付けられていた。


「琴乃さん、ボクも昔はそう思ってましたけど、霊石を要石に結界を構築するのって結構ポピュラーみたいですよ? 少なくとも陰陽寮や土御門は普通にやってました」


「霊石を他でも使っているの!? となると陰陽寮では量産化に成功したということ?」


「量産なんて絶対無理ですって、そんなの歴代陰陽師の悲願じゃないですか。それでもウチと同じく本当に大事な箇所には霊石使って結界張ってましたね。勿論これほど大きな霊石じゃなくて米粒みたいな極少サイズでしたけど」


「それはそうよね。霊石は悠久の時間が生み出す自然の産物だもの、人の手で作り出すなんて夢物語だわ」



<なあ、リリィ。あの霊石ってさ>


 どうやら超貴重らしい霊石とやらを前に真剣な顔で会話する二人を後目に俺は<念話>で頭の上に座る妖精に問いかけた。


<うん、どう見ても魔石だね。それも内包する魔力の低さから見て7等級じゃん>


<だよなあ>


 あの低級魔石でいいなら、<アイテムボックス>に10万個位入ってるんだが。



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