第45話 最強少年は算盤を弾く。



 俺は社の中に鎮座するピンポン玉のような大きさの透明な石をまじまじと見つめた。俺の知る魔石は濃い紫色をしているが、これは無色透明に近い。

 俺の常識と照らし合わせると、透明になるってことは中の魔力を使い果たす寸前であることを示しているはずだ。



 やはりどう見ても魔石だ。<鑑定>してみた結果なので間違いないだろう。

 

「ねえ、玲二……」


 葵も能天気に俺をここに案内したわけではなさそうだ。こいつなりの思惑がなければ里の結界を司るこの重要な場所、そしてこの貴重な石を俺に見せたりはしないだろう。


「なあ葵、お前はこれをどう思う?」


 俺はジャケットのポケットから出すふりをして<アイテムボックス>から7等級の魔石を取り出して彼女に見せた。


「すっごく! おおきいです!」


 何故か俺の肩の上にいるリリィが満面の笑みでそう叫んだが無視だ無視。別にデカくねえし、ピンポン玉だし。



 俺が魔石を持っていることに確信があったのだろう、葵は僅かに表情を変えるにとどめたが、隣の琴乃さんは目を見開き全身で驚きを表していた。


「うそ……こ、この溢れ出る強力な力、まさか本物の霊石なの?」


「玲二、やっぱり持ってたんだね。ねえ、ものは相談なんだけど」



「そっちはこの石にいくら出せるんだ?」


「琴乃さん、いくらくらいになりそうです?」


「こればかりはおばば様に尋ねてみないと……」


 じゃあよろしく、と俺は琴乃さんに魔石を手渡すと彼女は非常に驚き、押し戴くように受け取るとこちらの監視など忘れたのか風のように走り出していった。


「ただちに確認するわ!」


 はてさて、この世界の住人は魔石にどれほどの価値を見出すのか、実に楽しみだ。



 ここで魔石に付いて少し話しておこう。


 この世界の霊石とやらとどう違うのかはさておいて、俺の知る魔石はその名前の通り魔力を内包した石だ。

 異世界ではこの魔石が世界を動かしているといっても過言ではない……は言いすぎかもしれないが、魔導具の動力源として世界中で活用されているからだ。


 その魔石だが、俺は地球には存在しないと思っていた。

 帰還してこの世界にも魔力の存在を認識して驚いたものの、それでもこちらの魔力濃度の薄さを考えればその考えを変えることはなかった。


 何故ならこの世界には魔物がいないからだ。

 

 世界に出回るほぼ全ての魔石は魔物の体内から産出されるものだからだ。


 獣と魔物の違いは体内に魔石を宿しているかだけだが、その他にも凶暴性や巨大な体躯を持つこと。そしてなにより異常なまでの成長速度の速さだ。

 魔石の力を借りているとの話だが、子供から大人になるまで一月足らずだというからぶっ飛んでいる。

 だからこそ魔物被害は収まらず、冒険者の飯の種になるわけでもあるが。



 何故魔物に魔石があるのかは解っていない。だがそれを調べる必要などなかった。

 魔物は人を襲い喰らう存在であり、人々は魔物を倒し魔石やその素材を収入として得る。

 そして金銭と交換された魔石は魔導具のエネルギー源となり、人々の生活に役立てられている。


 これがあの世界の不文律であり、自然の摂理である。


 だから魔物が存在しないこの世界に魔石があることに俺は驚いていたのだ。



 余談だが、魔石はその大きさと内包する魔力量によって等級分けされている。

 最下級はクズ魔石とも呼ばれる等級外を除外すると、ゴブリンなどの9等級からドラゴンクラスになると3等級や2等級になる。1等級は現存していない。


 それを見ると葵たちが後生大事に守っている7等級はこの世界では相当上等な品だと言える。俺の知る魔物で言えばトレントやマーマンなどBランク位階の魔物が宿す魔石であるからだ。買い取り価格も金貨2枚だし、日本円に換算すると40万円相当だ。


 魔石は異世界で魔道具の動力源として無限の需要があるから高価買取なんだが、こちらではどの程度の評価になるのだろうか。

 結界を起動するのに使うようだが、用途がそれだけなら大量に売ってくれとはならないかもしれない。7等級程度で数百年もったとか言ってたし、消耗品としてすぐ次が必要になるわけでもなさそうだ。

 他の貴金属に次ぐ換金候補になるかはまだ未知数だな。

 異世界と大差ないようなら敢えて無料で渡してやり、恩や大きな貸しとして使った方が後々効果的かもしれない。



 それに他の素材と違い魔石は時間経過で一切劣化しないので冒険者ギルドでも値崩れせずいくらでも買取してくれる有り難い品なのだ。

 そんな魔石をなぜそんな大量に持っているかと疑問に思うかもしれないが、これには海よりも深い事情があるのだ。


 その理由とは、仲間のユウキがダンジョンで魔物を倒して倒して倒しまくっているからである。

 ダンジョンモンスターは魔力で生み出されているのでドロップアイテムとして落とす魔石は野生の魔物よりも高品質になる傾向がある。具体的には1つか2つ等級が上がると思ってくれ。ダンジョンの難易度、魔物の強さによって内包する魔物が変わり、等級も変化する。さらに余談だが、ユウキが一人で挑んでいるウィスカのダンジョンはゴブリンが6等級の魔石を落とす超絶難易度のダンジョンとして知られている。


 それらをユウキが一人でひたすら倒していると、いつしか冒険者ギルドの支払い能力を超えてしまったのだ。

 ギルド側からこれ以上金貨の持ち合わせがないので今は買取を控えてほしいと言われてもユウキは変わらず呆れるほどの数を倒し続けているので備蓄が溜まる一方なのだ。

 さっき7等級が10万以上あると言ったが、それはあくまで7等級以下に限った話である。


 <アイテムボックス>内には6等級を始めとした高位等級の魔石は、優にその3倍以上のストックがあるなんて話しても誰も信じないだろうな。

 俺達の<アイテムボックス>は仲間内で共用なので今も現在進行形で増え続けている。



「ねえ、今のって魔石ってやつなの?」


「ああ、こっちにも同じものがあるなんて思ってなかったから驚いたぜ」


「こっちは数百年の時間をかけて自然が作り出す奇跡の石なんだけど、異世界じゃ魔物が持ってるんだね。なんか違和感が凄いんだけど」


「まあな。それより魔石、霊石って売り買いできると思うか?」


「どうだろ、貴重過ぎてお金に換えられないとか言い出さないとは思うけど。でも、あの大きさだからなあ、どの家も絶対に欲しがるよ、それこそ億を出してもおかしくない」


「そりゃすげえ、期待させてもらうとするぜ」



 これ以上の散策は難しいと判断は今日の所はキャンプに向かって引き返すことにした。



 おばば様から火急の件とやらで呼び出しを受けたのはすぐ後である。




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