第46話 最強少年は頼まれ事をされる。
「この霊石を500万で引き取らせてもらえんかの」
葵と共に里長にして彼女祖母である久さんの元へやってきた俺は、彼女から開口一番こう切り出された。
「……」
たかが7等級に500万だって!? 思わぬ高額に俺が二の句を告げないでいると、額に不満を覚えたと思われたのか彼女は言葉を続けた。
「550、いや600出しても構わん。この膨大な霊力が籠められた霊石にはそれほどの価値があるのでな。是非とも譲ってくれまいか」
「500で結構ですよ。正直、そこまで評価してもらえるとは思っていませんでしたので」
俺はそう答えながらも頭の中でいろいろと可能性を探っている。
異世界で40万の価値だった7等級の魔石が500万に化けたことになる。日本では貴重っぽいし100万もいけば上出来だと思っていたら5倍になったわけだが、それが適正価格なのかは疑問が残る。
葵が億とか言ってたのは戯言と切って捨てるとしても、想像以上の高額だ。しかし500万という額をそのまま受け取るのは危険だな。この里は結界により外界から閉ざされることによって、
つまりこの里にとって魔石というか霊石は何よりも大事な、それも代わりが存在しない超貴重なアイテムということになる。
500でも多すぎだろと思ったら黙った俺を見て即座に値上げしたことと言い、それ以上の価値があるのか? それとも俺が頑として受け取ろうとしなかった葵を連れ帰った謝礼込みの額なのだろうか?
どちらも有り得そうではある。俺は異世界の幾度も戦争を経験した城塞都市なんかも目にしたことがあり、都市構造にもそこそこ知識がある。その目線でこの里を<マップ>で俯瞰してみると俺が今いる里長の屋敷を守るかのように周囲の家屋が配されているのだ。
そう見るとこの里が巫を守り育てるために存在しているのは間違いないようだし、彼女たちにすれば芦屋にその存在を見破られたことは痛恨の出来事だったはずだ。
それを助けて連れ帰った俺は確かに高額の謝礼を払うに足る大恩人なんだろうが、そもそも超大事な巫で孫娘でもある葵をなんで外に出したんだよという話にも繋がるんだよな。この件は考えれば考えるほど思考の深みにはまるので別の事を考えよう。
とにかく、あまりにも高すぎてこの金額が相場に相応しいのか怪しくなってきた。魔石の取引きを土御門の陽介にも持ちかけて比べてみる必要がありそうだ。
しかしその前に一つ聞いておくとしよう。
「それはそうと、数は1つでよろしいんですか? 結界の基点となるのはあと7か所あるはずですが?」
俺の問いかけに久さんの眼が光った、ような気がする。
「おお! その口ぶりではまさか、まだ霊石をお持ち……なんとまあ」
俺が残りの魔石7個を彼女の前に並べると久さんは目を見開いている。魔石も1つだけだったら結界に使えないんじゃ意味ないと思うんだがな。何か方法があるのか?
「あと3500万ご都合いただけるなら提供しますよ」
「すぐに用意させよう。まさか巫女を無事に連れ帰ったと思えば我が里の長年の懸案が解決するとは、玲二殿は神の遣いか何かかのう?」
「そんな大袈裟な、手持ちの品でお互いが利益につながった。それだけの事です」
神様に異世界に呼ばれた身としては笑えない冗談を口にした久さんは部屋の外に控えていた誰かに声をかけている。あれ、500万から値引交渉一切なしか? あの金額は謝礼込みの値段じゃなくて全部霊石代なのか?
俺が戸惑っている間にも追加の3500万が俺の目の前に置かれ、100万の札束が40個積み重なっている。
金貨の山も迫力あったが、札束は札束でいいもんだな。
この札束が全部俺のものになるという。電車代にも事欠いた数日前が嘘のようだ。
しかしなんだ、あっさりこの額を出してきたか。溜め込んでやがんなぁ、と思うと同時に俺の<商人>スキルがまだ引っ張れそうだと告げてくる。
だが葵の実家相手にガツガツ行くのもあれだし、ここらで手仕舞いにしておくべきだろう。
「しかし、里の発展具合といい、この札束といい閉ざされた空間にしては随分と羽振りがよさそうですね。いや失礼」
懐具合を詮索するのは非礼に当たるので口だけは謝罪したが、発言内容は本心からのものだ。この屋敷こそ純和風だが、周囲の住宅は今風の新築ばかりでとても豊かに見える。外界と交流がない隠れ里ってのは老人ばかりでもっと寂れていると思ったのだが、琴乃さんや宝塚さんといい若い美人も多い。色々とちぐはぐな印象を受けていたらこの札束の登場だ。
「ふふふ、この里は巫女を守り育てるために人祓いの咒を講じておるが、里の者は外に陰陽師として働きに出ておる。それに古くからの術師は権力者とのつながりも深いもの、我等も例に漏れぬ。付近の山も全て国有地の体ではあるが元は此方の財、国に賃貸として貸し出しておる。それに陰陽師は法人格も有しておるからの」
確か宗教法人は税金がかからないと聞いた覚えがあるし陰陽師としての仕事報酬は相当高額らしい……なるほど、こちらの方々は上級国民様であらせられましたか。
気を遣って損したわ、これからは遠慮なく毟り取ってやるとしよう。
上級国民様に最大限寄生すべく、出された茶や菓子を遠慮なく頬張っているが、これもかなり上等だ。これらはどうやって調達しているんだろう? 外から行商も入ってこれないだろうに。
「月に一度だけ結界に穴を開け物資や人の出入りがあるのでの。月に一度でさえ負担が大きいというのに今月は更に二回穴を開けたからの。限界を超えて運用している結界にこれ以上負荷はかけられぬ。玲二殿には不便をかけるが、あと数日の不自由をどうか許してほしいのじゃ」
俺の思考を呼んだのか、久さんはあちらの内情を明かしてくれたがその中でひとつ気になる言葉があった。
「陰陽師ですか。確かにこの里には心得のある人が多いとは感じていましたが、実際に活動しているんですね」
「うむ、里に引きこもっておるとはいえ、長い歴史があれはそれなりに縁もできるでな。知り合いの一族の傍系と称して妖魔退治に出向いておる」
「戦巫女の皆は全員が外で術師としての経験を持ってるよ。その中でも麗華さんと琴乃さんは御影小路の本家にスカウトされたこともある実力者なんだから」
久さんの隣に座る葵がそう語る時の顔は明るく、あの二人を心から誇りに思っているであろうことは容易に想像できたが……やはりこの家にいる時のこいつは影がある。里が、というよりこの屋敷に何かありそうだな。
それをどう久さんに切り出したもんかと悩む俺だが、その前に向こうから声をかけてきた。
「確かに戦巫女は巫女を守るための存在じゃ。しかし最近はその力に物足りなさを感じておるのも事実。そこで玲二殿にこの婆から頼みがあるのじゃが、聞いてくれんかのう?」
「え? おばば様、いきなりなにを……」
なんだ? いきなり雲行きが怪しくなってきたぞ。
「もし時間が許せばでいいんじゃか、あの”芦屋八烈”を容易く退けたという力を我が里の者の戦巫女たちに見せてやってくれんか? 本物の力を知れば修業にも力が入るというものじゃからの」
ええ? ここの女たちに修行をつけろって意味か? そんなの面倒だから絶対に嫌だ、と高く積まれた札束を前にして口にするのは中々に難しい。
この婆さん、金を受け取らせた後に依頼を持ちかけるとは、解ってはいたが相当に曲者だ。俺が断れないと知ってこの提案をぶつけてきやがったな。
それに里に閉じ込められた格好の俺が盛大に暇していることも彼女は解っているはずだ。今は忙しくてそんな暇がないと言い訳を使う訳にもいかなそうだ。
断る理由が特にない。俺が女嫌いであることは聞いているはずだが、それを理由に断れるほど俺もガキじゃない。
「……2、3人でしたら」
こうして4000万という大金と引き換えに俺は面倒な依頼を引き受けることになる。
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