第43話 最強少年は女の園から逃走する。



「なりません! 男を里に入れるなど何をお考えですか!」


 耳障りな金切り声が俺の耳を痛めつける。声の方角へ振り向くとそこにはいかにもお堅い性格ですと言わんばかりのひっつめ髪のおばさんが立っていた。

 これや一目で解る。典型的な煩型うるさがただ。


「うわ、やっぱり真里香さんがお出ましだ。」

 

「まったく、小うるさい奴が来おった。この慶事を理解できんとはな」


 首を竦める葵といかにも面倒臭そうな顔で声の主を睨めつけた里長はこれ見よがしに溜息をつき、それを見たおばさんは額に青筋が浮かんだ。


 お、壮絶な女の戦いが勃発しそうだ。だがせめて俺の居ない所で盛大にやってくれ。 



 こんな面白い事態になるまでに少し経緯があるので説明しておくとしよう。



 葵と祖母だという里長の案内を受けて俺は巫の隠れ里に足を踏み入れた。


 隠れ里なんて聞くと外界との接触が断たれ時代に取り残された場所を勝手にイメージするが、俺のその予想は覆されることになる。


「あれ、ソーラーパネルだよな……」


「うん、ウチの里は全部自家発電なんだってさ」


「ここいらは九州並みに日照条件が良いのでな。蓄電だけで十分に賄えておるのじゃ」


 太陽光ってそんな効率良かったっけと疑問が頭をよぎるが、余所者がどうでもいいことに口を挟むつもりはない。


 この里は周囲を森に囲まれている。ドーナツが森で穴の部分に里の住人が暮らしていると考えて貰うと解りやすい。非常に広大な森と結界が里の存在を隠している訳だが、森もデカけりゃ里もずいぶんと広い。

 その広い平野の至る所に不似合いなソーラーパネルが設置されていたのだ。


 そして住居もいかにもな古民家など一つもなく、むしろ洗練されたデザインの新しい建物ばかりだ。見た感じ都会だぞここ。

 俺の中で隠された秘境という印象は完全に崩れ去っている。


「なんかイメージと違うな……」


「玲二が何を想像したのか知らないけど、立地が山奥過ぎるのと電話が繋がらない以外はウチそこまで変じゃないよ? 男の人を追い出す掟はちょっと擁護できないけどさ」


「千年続くしきたりをなんと心得るか、この馬鹿孫め」


 祖母に窘められる葵だが、その言葉には納得できた。茅葺き屋根のいかにもな住居は一つもなく、遠目に見えるのは真新しいトラクターだ。隠れ里という神秘的な名前とは裏腹に古臭さとは無縁の光景が広がっている。

 奇怪なのは俺達の後の続く人たちが全員女だということだ。労働力とかどうしてるんだろう、野郎は奴隷扱いで存在が許されてるとかかな? と奴隷が普通に存在する異世界に慣れた頭で余計なことを考えたりした。



 里の中心部にある大きな屋敷に案内され、奥に通された俺は非常に居心地が悪い思いを味わう羽目になった。


「へえ、あれが葵が連れ込んだ男かい? こりゃ眼福だねぇ」「あ、こっち向いた。うわ超イケメンだ」「推し変必至レベルじゃん」「私も将来事務所に所属すると周りはああいうイケメンばかりなのかなぁ」


 見られている。広間みたいな場所で待つように言われたのだが、周囲に遮蔽物がないから大勢の女どもが俺を一目見物しようと距離を置いて十重二十重と取り巻いているのだ。


 超うぜぇ……



 女も見世物扱いも大嫌いな俺の機嫌は急降下した。今すぐ席を立ちたい誘惑に駆られつつも、最低限の礼儀を守って我慢する俺の心情など露知らず、周囲の女どもは無遠慮にこちらに視線を寄越してくる。

 しかし多いな、この里の全ての女が集まってるんじゃないかと思いたくなるほど程の数が居る。


 そして俺が顔を動かさずに視線で周囲を窺って解ったことだが、どいつもこいつも顔が整っている。陰陽師が自分たちの技を効率よく広める手段として芸能界を思いつき、それを成功させるだけはあるということか。

 そこいらを歩く一般人が同様のことを思いついても絶対失敗する絵空事を成し遂げられる素養は最初からあったってことだ。

 美人ばかりの一族とか滅茶苦茶だなここ。



「何を騒いでいるのです!?」


 早くここから逃げ出したいと葵の登場を切実に願っていると、遠くから俺のこの窮状から助け出すおばさんの声が響いたのだ。




「彩芽、しばし黙っておれ。里長の判断に口を出すでない」


 苦り切った葵の祖母の声は冷然さを以て彩芽と呼ばれたおばさんに向かったが、あちらも相当気が強いようで一切怯むことはなかった。


「いいえ、黙りません。ある年齢以上の男の立ち入りを禁ずるとの掟は初代様が為されたこと。巫女を秘することと同様に我等が何よりも守るべきことではありませんか! なぜ里長自らその約を違えるような真似をするのです!?」


「我等が巫女をここまで守り抜き、更には里まで連れ帰った者にもう用はないから失せろと申せとお主は言うのか? その方がよほど了見が疑われるわ」


「了見など犬に食わせてしまえばよろしいのです。我等は歴史の影に消えた存在、そのものが何を言おうが誰も取り合うはずが……」


 おばさんは強い剣幕で話し続けたが、里長の一喝で口を噤んだ。


「私は黙れと申したぞ! そのようなことが出来るものか。この件、既に4大陰陽師家や陰陽寮にも知れておるのだぞ! 特に土御門の御曹司とは連絡を取り合う仲だと聞いている。何も知らぬ者が賢しらに口を挟むでない」


「くっ!」


 普段から仲が悪いのか、里長の一喝に黙らされたおばさんだがその眼光は衰えることなく老婆を見据えている。なんだよ、俺にその矛先が向けられたら遠慮なく立ち去る口実が使えたのに。

 まあ、今のこれでも十分だが。


 話は終わったとばかりに咳払いした里長は俺に視線を向けた。ちょうどその時瞳さんもこの広間に入ってきたところだった。その後ろには宝塚さんと隊長さんの姿も見える。


「玲二殿。到着早々見苦しい様をお見せして申し訳ないことをした。改めて自己紹介をしよう、葵の祖母にしてこの隠れ里の長をしておるひさという。気軽に久婆と呼んどくれ」


「原田玲二です。縁がありこの地に辿り着いた次第です」


「うむ。葵より話は聞き及んでおる。我が孫を義に依りてたすけ、かの芦屋八烈の退けたその力、見事じゃ、実に美事みごとである。その姿、まさに男子おのこと呼ぶに相応しい、最近とんと聞かぬ会心事よ。その傑物を前にして栓無き事を申した馬鹿がおるが、物を知らぬ愚者の戯言だと思って聞き流してくれると助かるのじゃが」


「なっ!」


 声を発しかけたおばさんは里長、久さんの視線を受けて黙り込んだ。しかしむしろ俺に対する視線は険しいものになった気がするな。


「いえ、彼女の言うことも尤もかと。私もこの地が男子禁制であると聞いていれば引き返していました。お騒がせして申し訳なく思っています」


 久さんの隣で小さくなっている葵と瞳さんと目が合った。主犯は葵なんで瞳さんは気に病まなくてもいいと思いますよ。


「いや、我等が巫女を守護せし武士もののふに対して礼をするは当然、よくぞ参ってくれた。我が一族の歓待を受けて下されい」


 ざわ、と周囲の女どもが動揺する気配がした。

 

 うん、絶対に受けちゃならん奴だと俺の本能が警鐘を鳴らしている。もう少し話を続ける予定だったが、ここで退散するとしよう。

 いやあ、あのおばさんはいい仕事をしてくれたぜ。


「いえ、そのお気持ちだけで十分です。俺も自分がここで異物であることは理解していますし、葵を送り届ける約束も果たせました。こうして挨拶も済ませましたし、お暇させていただきます」


 そういうだけ言って俺は腰を浮かせた。これ以上どんな言葉を重ねられても俺は頷くつもりはない。さっさとこの女だらけの伏魔殿から逃げ出したいのだ。


「ま、待たれよ! 恩人をこのまま帰すなど……」


「男を里の中に入れれば家中にも異論はあるでしょう。歓迎をされていないのは明らかですし、余計な波風を立てることもないかと。義理は果たせましたし、これで失礼します」


 どうもありがとう、と叔母さんを一瞥すると向こうは変な顔をしていた。さっきまで夜叉のように見えたが、やはり美人の一族らしくその顔は非常に整っていた。

 どいつもこいつも美人とか、俺とは最低の相性だ。マジでさっさと撤退しよう。



「れ、玲二。ごめんなさい、こんなことになるなんて……」


 立ち上がって背を向けた俺に葵が声をかけてきた。


「とりあえずお前はここでゆっくりしとけ、しばらく満足に寝てないだろ?」


 自分が狙われていると知ってから、葵は常に怯えていた。爆睡したのなんて初日のラブホくらいなもんで、その後は物音ひとつで飛び起きていた。さらに瞳さんを助けだした後も彼女の看病ばかりでよく眠れていないはずだ。


「うん、たしかにそうだけど。でもそういう意味じゃなくてさ……」


「確かに学校やアイドルどうすんのかとか考えることは有るだろうが、数日は何も考えず過ごすといい。俺も経験者だが精神の疲れってのは簡単には取れないぜ」


 こいつが里に戻ったからと言って芦屋に追われる現実は変わらないが、敵の目的を潰せただけで意味はある。後のことは関係者たちがやるだろうし、俺の出番は終わりだな。

 戻って如月さんの手伝いや俺の問題を片付けないとな、と広間を出るべく歩き出したその時、



「待たれよ。済まぬが、玲二殿をそのまま外に出す訳にはいかなんだ」


「今なんと?」


 気付かずに<威圧>していたらしい。周囲の空気が急速に張り詰めてゆく中、声を上げたのは葵だった。


「ごめん、玲二。全部のボクのせいなんだ。ウチの結界って何度も開けられないんだよ。弱い結界だからさ、玲二もそこらへんは解ってくれるでしょ?」


 葵の言い分は理解できる。結界には幾つか種類がある。攻撃を弾く防御結界が一般的だが、この里を覆うような隠蔽を主とする結界も存在するのは知っていた。その中でもこの結界の微弱さと繊細さはかなりのものだ。俺も言われなければ気付けなかったほど自然にこの里を隠していたからな。


 結界の強弱は良し悪しに直結しない。特にこの場合は身を守る手段ではなく相手に見つからないことが第一だから、結界そのものが微弱でも何の問題もないからだ。


 そして弱く繊細な結界の特徴として、扱いは慎重にしなくてはならない。隠蔽系の結界は手順一つ間違えるだけで壊れるほど繊細なのだ。それを指しているのだと思う。

 それらの理屈は異世界でもこちらでも大差ないようだ。



「すまんの。里を覆う結界は静謐な水面のようなものでのう。瞳が葵を迎えに出たのが8日前、そして今さっき葵がこの結界に穴を開けた。これほど短期間に連続して影響を及ぼすだけでも異例なのじゃ。再度結界に干渉すると何があるか解らぬ。どうか数日時間を置いてくれんかの?」


 この通りじゃ、と頭を下げる久さんに俺は渋面を作った。この女くさい場所に数日も滞在しろだと? ただでさえ歓迎されてないってのに、冗談じゃないぜ。


「確かに無理に出ていこうとすれば里内の8か所にある結界の基点が壊れそうなくらい弱いですね」


 俺の言葉に久さんは無言になった。これは口にしちゃ駄目な情報だったらしいな。



「玲二殿の望みは全て叶えることを約束しよう。我が里、そして我が孫のため、どうか数日の時間をこちらにいただけんじゃろうか」


 そう言って久さんは俺に深く頭を下げた。その光景に周囲が息を呑んでいるから、長が頭を下げるってのがどれだけの意味なのかは理解できる。理解できるがよ……。


 俺がそれを容れる道理はないんだよな。葵も俺がどれだけ女嫌いかはあいつ自身がよく理解している。女アイドルが寮で同室だったのに手を出されないってのはそういうことだからな。

 その葵はすがるような眼で俺を見ている。

 なんでそんな目で俺を見る必要があるんだよ。お前は安全な実家に帰ったじゃねえか。


 ったく、仕方ねえな。



「何日待てばよろしいので?」


 ため息を共に告げた言葉に葵が喜色を浮かべた。頭を上げた久さんも同様だ。


「5日、いや4日頂ければ結界は落ち着くじゃろう。ご厚意に感謝する」



「俺の事は葵から聞いていると思いますから、その間はこっちの好きにさせてもらいますよ?」


 俺の要求は受け入れられた。女だらけの里で暮らすなんて本気で冗談じゃない。こっちには魔導具があるので野外の夜営でもホテルと変わらない暮らしができるのだ。



 こうして大自然の中、俺の監禁生活が始まったのだ。



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