第42話 最強少年は女の里に迷い込む。
「ごめん! ウチの里って15になると男の人は外に移住させるしきたりだったの忘れてた!」
「お前さあ、それ一番最初に言っとくべき話じゃねえの?」
呼子の笛が鳴り響く中、葵は顔の前に手を合わせて謝ってくるが、もう遅い。<マップ>では次々と人間を示す点がこちらに向かってくる。その表示はもちろん敵性反応の赤だ。
「なんでそんな大事なことを忘れんだよ!」
「だってボク、中学と当時に里出たし。掟の事なんてすっかり忘れてて今思い出したんだよ!」
瞳さんが居れば葵に忠告したかもしれないが、彼女は報告のために先に行ってしまった。
何しろ電話も通じない山奥だから彼女の帰還はおろか、監禁されて死にかけた事さえ里の者たちは知らないはずだという。彼女たちの一族に伝わる秘術とやらで葵の無事だけは先に伝えたそうだが、育った男は追い出して女だけの村とかマジでここは現代日本なのかと疑いたくなるような話だ。
陰陽師とか出てきた段階で俺の知る常識はだいぶ壊れてきている……異世界に呼ばれた時点で大概か。
「侵入者を発見! 男がふた……あ、葵!? 葵じゃないか!」
「あ、麗華さんだ! ただいま!」
動きやすい恰好をした長身の女性がこちらに駆けてくるが、葵を見て大層驚いていた。顔見知りらしい葵は知った顔を見て安堵の表情を浮かべている。
だが俺が気になったのは麗華と呼ばれた宝塚系のイケメン女の首にあった。俺の見間違えでなければあれは咽喉マイクだと思う。声帯の振動を感じ取る奴で多分どこかと連絡を取っているんだと思うが、俺はちゃんと文明の利器を活用しているんだなと安心したくらいだ。
少なくともここは米俵で年貢を納めたり、馬で農耕をするような時代錯誤な場所じゃないらしい。
あ、そういやテレビはあるって言ってたか。俺を値踏みするように厳しい視線を送る宝塚さんの衣服もよく見りゃ普通にスポーツウェアだったわ。
「葵、無事でよかった。それはもう心配したよ! 芦屋の無頼共に狙われたと聞いて里はその噂でもちきりさ。怪我はないか?」
「うん、一時はどうなるかと思ったけど」
「それで、その男は? この里が男子禁制だと忘れたわけではないだろう? あの姿で15歳以下にはとても見えないが?」
見た目通りのハスキーボイスで葵に駆けより抱きしめたその背の高い女性は俺に対して壁になるように前に出た。外見だけではなく中身もイケメンらしい。是非ともその調子で世の女どもの視線を釘付けにしてほしいもんだ。
「玲二はボクを何度も助けてくれたんだ。彼が居なかったら僕は芦屋に捕まってた。紛れもない命の恩人で、ボク達を心配してここまで一緒に来てくれたんだ」
ほう、と息を漏らした彼女が俺を覗き込んでくる。というのも今の俺はパーカーのフードを目深に被っているからだ。
ここまでの道中で妙に視線を感じて実に不快だったのだ。一応アイドルやってる葵やモデルで今すぐトップ取れそうな瞳さんという顔の良い二人を連れてりゃ耳目も集めちまうか。
「ほう、君が話にあった芦屋八烈を退けたという少年か……なるほど、葵に白馬に乗った王子様が現れたという訳か。いや、まさに、実に実に見事なものだ。うむ、素晴らしい!」
突然上機嫌になった宝塚さんだが、誰が葵の王子様だ、と悪態をつきたくなるのを我慢してしきりに納得している彼女に話を進めてもらう。
こうしている間にも続々と俺達を囲むように人影が出現しているからな。
目の前の宝塚さんもそうだが、周囲も含めて全員が戦闘の心得を備えているのが気配で解る。葵もそれなりに修めてはいるが、彼女たちに比べれば大人と子供くらいの差がある。
「麗華、状況を説明して。その少年は何者なの? 男子禁制の掟破りを放置するわけにはいかない」
「琴乃、そう結論を急くものではない。この麗しき宿命を楽しむ余裕を持とうではないか」
「また、そんなことを言って……いつまで現役でいるつもりなの? 天組のスターは2年前に引退したのよ」
「娘役の君が僕の前にいる限り、どんな場所もシアターなのさ」
この場を仕切る隊長らしき女性が宝塚さんを詰問したが、彼女はどこ吹く風だ。話を聞くにどうやら”本物”っぽいな。俺は舞台を見た事もないし全然詳しくないけど。
「麗華さんの卒業公演はチケットが20分で完売して伝説になったもんね」
「葵、話が進まないから後にして。貴女の無事を喜ぶ前に終わらせておくべきことがあるわ、その少年は葵の何? ともに来たということは葵を助けたという例の?」
「ああ、そうだとも。彼こそが
「誰が番だ。突然現れて適当なことを言わないでくれ」
不穏な言葉を吐かれた俺はたまらず口を挟んだ。ただでさえ女だらけのこの環境は俺にとって不快指数が激高なのだ。今すぐ背を向けて帰りたいのを我慢している。
これ以上面倒なことになる前に葵の親類に挨拶だけしてさっさと帰ろうと心に決めた俺だが、俺と共に否定するはずの葵は何故か固まっている。
「れ、麗華さん。それは後世の作り話だってみんな言ってるじゃん」
「ふふふ、あの小さかった葵もその甘美な蜜の味を識る齢になったんだね。でもそれを思ったのは僕だけではないさ。誰でもそう考えるに違いない、なにしろ巫を護り届けてこの地まで足を運んだんだ……」
「麗華、そのへんにおし。いつまでも客人を森の中に立たせておくもんじゃないよ」
宝塚さんが長口上を述べている最中に、硬質な老婆の声がその場に割り込んだ。
「げっ、おばば様。足悪いのになんでこっちに来てるの?」
腰が引けた声を出す葵の様子からするに、声の主に強い苦手意識があるみたいだな。
腰の曲がった小柄な白髪の婆ちゃんだが、只者ではない気配を醸し出している。これは異世界でもなかなかお目にかかれない人物だな。
「娑婆でやらかした馬鹿孫を一刻も早くどやしつけなくてはならんからの。だがまずは客人を
「おばば様、彼が巫女様の、そしてわたくしの命の恩人様でございます」
葵の婆ちゃんをここまで案内してきたらしい瞳さんがその後ろで畏まっている。
おばば様、か。これまで何度か葵や瞳さんから里長だというその人に関する話を聞いていた。
父親の顔を知らない葵にとって母親に次ぐ肉親だという話だが、あの雰囲気からして甘えるような関係じゃないんだろうな。
「ほう、そうか。お客人、我が孫たち、そして里の大恩人として我等の歓待をお受け願えんかの?」
「俺はこいつを送り届けたらすぐに退散するつもりだったんですが……」
「えー、いいじゃん。里でゆっくりしていきなよ」
「断る」
はっきり言って男子禁制の女の里とか俺にとっては悪夢だ、地獄に等しい。何が悲しくて女だらけの空間に好き好んで滞在しなきゃならんのか。
「そこを曲げて頼みたいのう。お主はそれほどのことを我等に為してくれたのじゃ。礼の一つもせずに帰したとあらば先祖に祟られかねんからの。里の長としてはなく、孫たちの祖母としてどうか礼をさせてはくれんかの」
祖母か。俺に身内は姉貴だけで、両親から祖父母に関して話を聞いたことはない。このまま固辞して背を向けるのもなんかおさまりが悪いし、現実の婆ちゃんがどういったものなのか見聞させてもらうのも悪くないか。
「そこまで仰るなら、世話になります」
そのとき、ざわと空気が動いたのは気のせいだと思いたい。
「なんとなんと。まさかこれほどとは……こんなことで葵を褒め称える日が来ようとはの」
どういう意味だよ、まったく。
「これが都会、これか東京。こんな男が普通にいるなんて凄すぎる」「もう無理。尊い、尊過ぎて死ぬ」「テレビの俳優よりよっぽど男前じゃない」「葵、一体どこでこんな相手を……」「スマホどこだっけ? 持ち歩いておけばよかった!」「歴代最高を更新した、絶対した!」
うるせえな。これだから女はよ……
俺は最低限の仁義としてフードを外し、素顔を見せただけだってのになんでこんなになるんだよ。
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