第41話 最強少年は昼寝を楽しむ。



「今日もいい天気だな……」


 6月も半ばに差し掛かれば気温も上がり、屋外でも過ごしやすい時期になる。あと少しで梅雨に入るはずだが、まだその気配は感じられず、初夏の陽気を存分に楽しめる。

 つまり昼寝に最適な陽気だ。



 長閑な草原でハンモックに揺られて天を仰ぐ俺の視界の隅に小さな影がよぎった。


 大きな鳥が天を悠々と待っている。異世界なら飛行系の魔物かと思わず身構えるが、ここでは見入ってしまう光景だ。


 あの鳥は、鳶か? 都会育ちの俺は映像以外じゃ初めて見るが、遠目でも解る大きさなので<鑑定>は届かないがきっとそうに違いない。耳をすませば独特の鳴き声も聞こえてきた。へえ、あの鳥マジでピーヒョロって鳴くんだな。


 俺は異世界アセリアが性にあってはいるが、日本にも代えがたい利点がある。少なくとも空に鳥らしき存在が居てもすわ魔物か、と心配しなくていいのは素晴らしいだ。

 依頼でランクアップに必須だった商隊護衛をやった時を思い出す。全周警戒に空まで気を配らなくてはならず、あの時は異変一つで大騒ぎだった。高額な積み荷を積んでいたから当然の対応だったと知ったのはずっと後の事で、護衛中は過敏になり過ぎだろと内心不満に思っていたものだ。



「何も起きないねえ。そろそろ何かイベント起きてもいい時期じゃない? 玲二の才能的にもさ」


「リリィ、まるで俺がトラブルメーカーみたいに言うのは止めてくれ」


 俺の腹の上で暇を持て余している妖精が失礼なことを言っているので俺はちゃんと訂正しておいた。


「いやいや、事実じゃん。あの夜だって私が居ないのをいいことにユウと大冒険しちゃってるしさぁ」


「またその話かよ。爆睡して起きてこなかったのはリリィの方だろ?」


 もう何度目かわからない愚痴に俺は肩を竦めた。夢の国でイリシャやソフィア姫さんと共に大はしゃぎだったこの妖精はあの騒動が起きた時には既に熟睡中だった。普段は深夜アニメを視聴するために遅寝遅起きの彼女だが、あの日に限っては別だったからな。そして眠っているリリィはこちらから起こしても絶対に起きないことは本人さえ認めている事実だ。

 なのにそれでも諦めきれずに俺にぐちぐち言ってくるのだ。


「うう、そうだけどさあ。悪党の屋敷に乗り込んで大立ち回りとか絶対面白い奴じゃん。その後でユウと一緒に葵のお姉さん捜して深夜の爆走のおまけつき!? その芦屋って連中もなんで夜に仕掛けるかなあ、昼にしてよ昼に」


 と、このようにトラブル大好き妖精は連日お冠なのだ。

 実際、瞳さんが囚われていた時も彼女が居ればずいぶん楽だったはずなのはユウキ自身が口にしていた。何でも似たような経験をしたことがあるらしい。


 リリィはユウキの唯一無二の相棒だ。俺達を助け出しに来てくれた時もこの二人が一緒だった。アイツが危険な戦いをする時には必ず側にリリィがいる。

 そんな彼女が今俺の隣にいるってことは、ユウキに差し迫った危険が訪れていないという証明でもあるわけだ。


 次こそ絶対同行するんだからね、とリリィは俺にべったり付きまとっているのに何も起きないもんだからこうして無聊を囲っているわけだ。


 まあ、俺としてはタイミングが悪かったということでそろそろ機嫌を直してもらいたいところである。



「それにしても俺だけこうして暇してるってのも締まらない話だよなぁ。如月さんなんか精力的に動きまくってるってのに」


「凄いよねぇ。めっちゃ張り切ってるしさあ」


 彼は今、俺達が持つ異世界の資産を地球で現金化するための会社を設立し、もう社長を任せる予定の人物まで見つけてきている。中央アジアと南米に現地法人を作ったとか俺達にその都度報告してくれるんだけど、もちろん何言ってるかはまるで理解できない。


 俺としては”はい、わかりました。よろしくお願いします”としか答えてない。確かにあのホテルを長期間借り切ったりとかいろいろ資金が必要だし、疚しいことをしていないと示すためにもちゃんと正攻法で順序だててやる必要があるのは解ってるけど、なんか急ぎ過ぎてる感じがする。


 多分、資金調達に早く目途をつけて本当の目的に手を付けたいんだとは思う。俺ならこれだけ案件抱えたら絶対途中で取り返しのつかないミスして後悔するんだろうが、如月さんは何の問題もなくやり遂げそうな気がする。



「今日の朝なんて俺の問題の方も進展があったみたいだし」


「えっ、マジ? どんだけ同時展開してんだろ。パンクしないといいけど」


「ホント今すぐここ出てあの人の手伝いに行かなきゃ駄目だよな」


 学校の方は弁護士が出てきたら途端に大人しくなったと聞いたし、中華料理屋の方もアフリカにいるオーナーと接触できたみたいだ。ぬか喜びさせると悪いからと詳細は聞けてないけど、上手く転べは誰もが損しない展開もあり得るとのこと。


 俺、もう如月さんに足向けて寝れないわ。まあ、一度もそんなことしたことないけど。



「でも、まあしょうがないじゃん。あと数日はここから動けないんだしさ、じっと我慢我慢」


 そのうち待ってれば絶対何か起きるしね、とトラブルの予感を嗅ぎつけて笑みを浮かべるリリィに俺はげんなりした。



「ったく。ちゃんと送り届けるとユウキには言ったけどさ、まさか着いたら葵の故郷に閉じ込められるなんて想定外だぜ」





 あの夜から実に5日が経過している。


 ユウキと別れて夜行バスに飛び乗った俺達だが、そこから芦屋と土御門の追跡を撒くために移動に次ぐ移動を重ねることになった。


 バスで青森へ着くと、そのまま空港へ向かって大阪へ飛んだ。大阪から今度は那覇へ向かい、そこから新潟へ。

 新潟から四国へ乗り入れてようやく飛行機の旅は終了したようだった。


 幾度も繰り返す乗り降りを飛行機が久しぶりの俺は前向きに楽しんだが、葵は瞳さんの体調を心配していた。当の本人が気丈に耐え抜いたし、土御門の眼を搔い潜るために必要なことだと強硬に主張したのでこいつも渋々引き下がった。


 魔力を抜かれすぎて一時は重篤な状態に陥っていたが、それ以外に不調はないので魔力が回復すれば体調もじきに良くなるだろう。



 あの木に括りつけられて魔力を吸い上げられていたのは何か意味があるはずだ。それは葵が狙われる意味にもつながるはずで、そういった儀式に詳しい陽介たちに調査依頼をしたが、移動中にその結果は出なかったらしい。


 今この場所は携帯圏外なので話も出来ないが、進展があるといいのだが。




 葵の一族の隠れ里は四国にあるようだ。


 俺も初めて知ったのだが、四国は開けているのは外周ばかりで中央部は山ばっかりなんだな。

 途中までは列車で、その後は車でひたすら移動することになった。


 飛行機移動のときは辛そうにしていた瞳さんも四国に入ってからはだいぶ体調も戻ったようで葵も一安心していたが、移動しても移動しても一向に目的地に着かない僻地にある実家に辟易していた。


「今って西暦二千年を超えて令和の時代だよ? もうちょっとウチの里も文明開化すべきだと思わない? ちょっとした街に出かけるのに半日以上かかるとかありえないでしょ?」


 実家を出て最初の頃はホームシックにかかるかと思ったけど、戻るだけでこんなにかかると考えたらそんなの引っ込んだよ、と笑う葵に同意したのを思い出す。


 そりゃ瞳さんが東京に迎えに来るのに3日は見ろと言われる訳だ、マジで周囲にはなんもない。

 俺にとっては異世界で見慣れた光景ではあるが、葵が都会に憧れたというのも頷けた。俺は生まれも育ちも東京なんでよくわからない感情だが。



 ようやく生まれ故郷の近くまでやってきたと葵が告げたのは出発して4日目の昼だ。飛行機で回り道しまくったとはいえ、ここから東京に出向けば2日はかかるだろう。

 それに瞳さんは関東地方まで来たのが初めてだという。妹を助けるべく迎えに手を上げたが複雑な東京の路線を前に当然のように迷ってしまい、運よく(悪く?)親切な声をかけられたと思ったらそれが芦屋の手の者だったという話の流れだ。




「なるほど、確かにここになんかあるな。結界っぽい」


 この先がウチの里だよ、と告げる葵が指さす先を見て俺は違和感を感じた。はっきりと感じ取れるようなものではないが、漠然と”何か”あると思える感覚を覚えた。

 だが俺も葵から指摘されないと見逃してしまいそうな微弱なものだ。


 これが千年以上も外界の眼から隠され続けてきたかんなぎとやらの隠れ里か。微妙な違和感程度に留めながらも確実な隠蔽。いい仕事してるじゃんか、地球の魔法は敵を倒す破壊力には乏しくてもこういった補助系の魔法は異世界より優れている気がするな。


「うん、外からのお客さんを迎えるのはこれが初めてなのかな? よくわかんないけど。じゃあ開けるね」


「さあ、参りましょう。里の大恩人をこのままお帰しするわけにはまいりません」


「はあ、まあここまで来たら最後まで付き添いますよ」


 瞳さんに促されて俺はため息交じりに二人を追いかけた。


 俺は本当はこの場所で葵と別れるつもりだったのだが、俺の言葉を待たずにこいつは結界とやらを説いて先に進んでしまった。

 瞳さんも先に里長に説明をしてまいりますと奥に向かってしまい、俺は仕方なく里に向かう覚悟を決めた。



 どうやら葵がやったことは結界に僅かな穴を開けただけらしい。あ、何か通ったなと感じ取れる感覚と共に俺は巫の隠れ里に足を踏み入れたのだが……



 突如として笛の音が響き渡った。笛と言っても優雅な感じではなく、呼子笛のような警笛、警告を示すようなちょっと逼迫感があるような、そんな音色だ。


「ん? 何かあったのか、これ?」


 俺の問いかけに対して葵は目を見開いている。そして徐々に俺から目を逸らした。

 

 こいつ……


「おい葵、お前俺に何か言うことあるだろ? 怒らないから言ってみ?」


「あ、それ後で絶対怒るやつじゃん!」


「いーから。さっさと説明しろコラ」


 葵の顔には冷や汗が浮かんでいる。笛の音もさらに増してるし、絶対ろくでもないことになってるだろこれ!!



「えーと、ウチの里ってさ。だ、男子禁制だったり……」


「帰る! ふざけんな! 今すぐ帰るぞ俺は!」



 こうして俺の隠れ里での日々が始まった。



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