第86話 最強少年は旧き宮と出会う。



 会議室に集った陰陽師たちは示し合わせる訳でもなく立ち上がると、その白い女性にむけて一斉に礼を示した。


 俺の側にいる久さん達もそれは例外ではない。見れば珍しいことにユウキも頭を下げており、俺も自然とそれに倣った。


 後で聞いたのだが、皇室は神道と切っても切れない関係にあって様々な神職を統合した陰陽師たちの最終的なトップが皇族方ということらしい。

 

 事実としてあの白い女性も皇族でありながら久さんに匹敵する魔力を保持している。あのご一家における陰陽師担当がこの方なのかもしれない。



「頭をお上げください。今日は太古からこの国に巣食うわざわいについてお話をするために参りました」


「は、このような場所に足をお運びいただき、恐縮にございます」


「久が何としても来いと怒鳴りつけるものですから。世話をかけます」


「とんでもございません。末代までの光栄とさせていただきます。宮さま、どうぞこちらへ……」


 この場のホストを勤めているらしい陽介がその人を席に導いたが……最初の言葉の後に続いた僅かな唇の動きを俺の確かな動体視力は見逃すことはなかった。


 思わず顔をしかめて隣のユウキを見たが、百戦錬磨の彼は平然としている。

 俺が解ったのだから、もちろんユウキだって彼女が発しなかった言葉を理解しているはずだ。


「玲二、最後はどうとでもなるから今からあまり気負うな。疲れるだけだぞ」


 いや、そうは言うがなあ……


 我等が一族の罪の告白に参りました、とか言われて平常心でいろってのは無理じゃね?


 解っちゃいたが、この件は相当な厄ネタなのは間違いなさそうだ。



「まさか、藤乃までもひじりの宮から出てくるとはの……三人が一同に会するなど、本当に数十年ぶりじゃ。気楽に喜べればどれだけ良かったか……」


「お互い立場がありますから。私も貴女も次代に託してのんびりできるはずなのに、なかなか思うようになりませんね」


「ふふ、今やお主はそう気軽に出歩ける身ではなかろうて」


「鎮護の君であらせられる藤乃さまが市井に出歩かれるなど、滅多にあることではないですからね」


 陽介が白い女性を席に案内しながら相槌を打ったが、彼の祖母は快活に笑った。


「何を言うか、こやつは我等三人の中でも手のつけられん暴れ者での。その昔、妖魔と手を組んだ悪しき術士集団が蔓延っておった頃、供も連れずに一人で悪漢どもを薙ぎ倒して回ったのがほかならぬ皇位継承権第9位の……」


「昼夜問わず一族郎党を引き連れて徹底的に狩り出していた貴方に言われる筋はありません。それに頭目の百目鬼を滅ぼした久に比べればわたくしなど……」


 有名な事件だったのか、彼女たちの話に聴衆はおお、あの百目鬼討伐か! 流石は”八百比丘尼”のお三方だ、と歓声を上げている。

 それに三人は仲も良かったのだろう、言葉の端々に深い親愛が感じられた。


 しかし、扇をぱちりと音を立てて閉じた久さんの厳しい声が周囲の喧騒を搔き消した。


「2人とも、昔がたりはこの件が片付いてからゆるりと行えばよかろうて。此度の禍、この国の行く末がかかっておる。各々方、努々油断めされるな」




「皆様、今宵はお集まりいただき誠に感謝する。この場は私、土御門の陽介が進行を努めさせていただく」


 この会合は陽介の音頭で行われたので、彼が司会を行うのも当然の流れだ。

 だが関係者を一同に集めて会議の場を設けようと提案したのは他ならぬ俺である。


 陰陽師に限った話じゃないんだが、こういった神秘を扱う連中は秘密主義者ばかりだ。

 自分が得た情報は己のみで秘匿する、そんな風潮が蔓延っているので、俺が情報共有の場を作ろうと言い出した時も陽介は意味不明な顔をしていた。


 もちろん、懇切丁寧に俺達が得た情報を渡してやることが第一義ではない。

 これは後からウダウダ抜かしたがる馬鹿を生まないための処置である。



 俺はこれまでユウキの側で様々なことを学んできた。

 これもその一つだ。彼はでかい事態に遭遇すると、必ず一度は関係者を集めて会議を開くのだ。

 なんでそんなことする必要があるんだ? と聞いた俺にユウキには先程の答えを口にした。


 関わる人間が多くなればなるほど、一握りの人間で問題を解決すると後からグチグチ言い出す輩は絶対に出てくる。

 特に今回のように閉鎖的世界で余所者が事態の中心にいると、減らず口を出さない方がおかしいくらいだ。



 地球では派手な行動ばかりしているが、本来の彼は最後の後始末までちゃんと考えて行動する。


 面倒でも一度会議を開くことによって”ちゃんとお前らにも配慮しただろ? 後になって聞いてないとか寝言を抜かすなよ”と釘を刺したのだ。


 当然こちらの配慮に気付けない馬鹿も相当数いるが、それでも会議を開いておけばそんな奴に賛同する奴はごく少数に止まるはずだ。何せ善意での情報提供だからな。


 この場限りでの縁切り上等なら、お前らの事情なんざ知るか馬鹿野郎で済むのだが、彼等にはこれからも太い客になってもらいたいので手の一つも打っておく必要があったのだ。


 細かい話だが、これをこなしておくと後が非常にスムーズだからな。俺もユウキがやってきたのを何度も見ているので手間をかける意義はある。


 言質を取ったと言う意味で。



「昨今、我等が界隈を騒がす大問題に対処すべくこの集まりを呼び掛けたのだが、もう既に私の想像を越えてきているのが正直な所だ」


 陽介の言葉に無言で同意したのは俺だけではないだろう。

 久さんが自分も関係者を呼ぶとは言ってたが、まさか皇族が出てくるとは思わなかった。


「本来であれば巫の親族から話が聞けると考えていたのだが……」


「生憎とこちらも概要を口伝で伝えられただけじゃ。しかしこの禍から避けられぬとあれば、総てを知る者から直接話を聞いた方が早いからの。隠したところで最早どうにもならぬし、似たような話を2回聞く必要はあるまいて」


 そう言って久さんは白い女性、周囲からは藤乃さんと呼ばれている人を見やった。


 伽耶さんは諦めの混じった溜め息を漏らしている。彼女は藤乃さんが現れた時点である程度の事情を察したようだ。



「久から内々の話を受け、宮内庁でも議論になりました。これは我が国から消された歴史です。知れば後戻りは出来ませんが、ここにいる方々はそれでも真実を知りたいと思うのですか?」


 この場には名の知れた陰陽師家の当主が揃っているとあって、今なら引き返せますよ、という彼女の甘い誘惑に耳を貸す者は居なかった。


「……解りました。それではお話いたしましょう。この禍は”名無し”によるものです」


「……っ!!!」


 この場の陰陽師たちから言葉にならない悲鳴が漏れた。


 淡々と告げられた一言だが、この部屋の空気は重く淀んでいる。名無しって何のことだ? 陰陽師たちは何をそんなに絶望しているんだ、と不思議な顔をしていたら隣に座る瞳さんが小声で教えてくれた。


「強力な妖魔は人々の恐怖や怖れを糧にすると言われています。人と人ならざる者の境界が曖昧だった時代は大妖怪は民衆を恐怖に陥れ、その名を口々に叫ぶことで妖はさらに強くなる悪循環だったそうです。それゆえ、あまりに強大な妖魔を”名無し”と呼ぶことで更なる力を得ることを防いだのです」


 とはいえ今では名無し、と呼ばれるだけで圧倒的強者の証明なのであまり隠蔽の効果はなくなってきていますけど。


 瞳さんの説明を聞いて彼等の態度に納得した。この時点で自分たちの対応可能な境域を超えているってことか。



「藤乃よ、名無しか?」


 顔を苦渋に歪ませて伽耶婆さんは問いかけたのだが、藤乃さんは全く表情を変えることなく言葉を続けた。

 これまでの歴史では両手の指ほどを数の名無しが存在し、そのいくつかはどこかの土地に封印されたままなんだそうだ。マジかよ、そんな曰く付きの場所があるのか。


「全ての元となった始まりの”名無し”よ。だから私が出てきたと言えるわね」


「”原初の悪神”か。考えられ得るかぎり最悪の展開じゃな」


 額に手を当てた伽耶婆さんだが、視線を俺に一瞬だけ向けたのは気のせいではないだろう。恐らくの相手は今の陰陽師では不可能だ。封印を解いた今の葵ならいい勝負が出来るかもしれないが、こちらに戻ったらあの呪いが再発するので戦いどころじゃなくなるはずだ。



 戦力になるのは俺達だけとなるが、むしろ余計な余計な横やりが入る可能性がなくなっただけこちらとしては助かったといえる。

 無能な味方は潰せない分、手強い敵よりも数百倍厄介だからだ。


「終わりだ……”名無し”は今より術師に力のあった時代でも手も足も出なかったんだぞ」

「勝てるはずがない。この国の終焉を我等の代で迎えることになるとは……」

「日本は妖魔の手に堕ちる……いっそ今のうちに西欧へ逃げるか?」


 俺としては話の続きが効きたいのだが、会議室が完全にお通夜モードだ。

 逃げを打とうとしている奴に誰も責める視線を送らない。彼等にとって名無しとやらはそれくらいの相手のようだ。


 平然としているのは俺とユウキ、そしてすでに覚悟が完了している巫の一族の3人と何故か北里さんだ。彼女はユウキが居ればどうとでもなると本気で考えていそうだな。琴乃さんと麗華さんは強大に過ぎる敵に顔が強張っている。


 だから覚悟がないものは聞かない方がいいと言ったでしょうに、と言わんばかりの顔を藤乃さんはしていた。



「……我等に残された手は、もうないのですか?」


「現状で最も期待しているのは継承者たる土御門の貴方たちなのだけれど……」


 この中で数少ない諦めていない陰陽師である陽介が声を絞り出したが、藤乃さんの答えは彼の想定外のものだったようだ。


「わ、我らでございますか? もちろん藤乃さまのお役に立ちたく存じます。いざとなれば御身の盾として……」


「そうではない。藤乃は知見を寄越せと言うておるのじゃ。此度の敵、我等は誰よりも見知っておる。お主も覚えておろう、偉大なる御先祖さまの唯一の心残りを」


 伽耶さんの言葉に思案していた陽介は目を見開いた。

 

「心残り……まさか! まさか、この敵は!!」


 藤乃さんは鷹揚に頷いたが、その顔は罪の痛みに苦しんでいるようであった。


「ええ。当時自らを悪神天津甕星あまつみかぼしと称した禍は稀代の天才陰陽師、安倍清明はるあきらをしても調伏すること能わず、巫を供物に捧げその身を以て封じるほか手立てがなかったのです」



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