第85話 最強少年は思惑を知る。
このオスプレイは要人移動用の特別製らしい。電車みたいに両側に座席があるわけではなく、新幹線のような構造をしていた。
貨物のように運ばれるより乗りやすいことは有り難いが、何故こんな軍事輸送機が突然現れたのか理解が追い付かない。
しかし足は用意しましたと自慢気にほざいておきながら、なんか知らないけど迎え来てます、とは言えず自信満々の顔で迎えいれ……
俺達は今、機上の人になっている。
<玲二、どうやら僕が手配した便を米軍が横槍を入れて介入したようだね。そちらはどうなってるんだい?>
<ああ、なるほど。そういうことですか>
眼前の光景を眺めながら俺は深く納得した。
<その感じだと、なにかあったみたいだね>
<ええ、オスプレイには連絡将校だとかいう金髪の若い女が最初から乗り込んでたんですが、そいつがさっきからユウキにばっかり話しかけてるんで>
頭の良さそうな印象を与える若い女だが、明らかにハニトラ要員だろあれ。だがあいつ相手に色仕掛けは100%意味ないから無駄なんだけどな。
<へえ。確かに見た目だけなら同国人に見えるから色々確認したいんだろうけど……多分偵察衛星か何かであの倉庫街の消滅は誰の仕業かを知ったんだろうね>
如月さんと<念話>していると、当の本人も会話に加わった。今の<念話>はグループチャット方式なので仲間内なら誰でも参加できる。
<どうやら話を聞いてると向こうさんもこの事件についての情報はある程度、いや下手すりゃ俺達より掴んでいそうな節があるな。質問というより”確認”しに来てる感じがする>
会話をしながら相手の情報を探っていたユウキだが、俺にとっては異世界人の彼が当たり前のように英語を話してる事の方がよほど突っ込みたい衝動に駆られるんだが。
だがここは我慢だ、意味なく突くとあとで厄介なことになるからな。
<しかし、監視カメラだの偵察衛星だの、俺にしてみれば日本の方がよほど魔法が発達してるように見えるぜ。あの夜もこっそり動いたつもりだったのに、こいつらまであの日の行動をほとんど知ってるときた。これじゃ隠し事なんて出来やしないな>
北里さんもユウキの行動を知ってたが、彼自身自分の動きがカメラに映し出されてたなんて考えもしなかっただろうからな。
<ユウキは変装か認識阻害の魔導具を使った方がいいぞ。これから向かう先は、全員お前の事知ってるはずだからな>
<そうするわ。珍獣のように見られるのは勘弁だ>
珍獣って。いつ炸裂するか解らない核爆弾の間違いだろうに。
そんなことを考えていた俺に隣の麗華さんが声をかけてきた。
「このまま東京に向かうのかい? この機体でそのまま降りるわけにはいかないだろう? 間違いなく大騒ぎになるだろうし」
俺も墜落したら大変ですしね、と現役の軍人の前で軽口を叩く勇気はない。
「とりあえず横田基地まで飛んで、そこからヘリで会合場所の赤坂まで運んでくれるそんです。先方には夜の八時には始められそうだと伝えてあります」
「了解だ。こんな機体に乗れるなんてもう二度とないだろうから、精々楽しませてもらうさ」
皆も突然のオスプレイの登場に唖然としたが、俺が平然と受け入れたらそんなものかと納得していた。内心、めっちゃ焦ってたけどな。
空の旅は数時間で終わり、俺達は赤坂にある高層ビルの屋上ヘリポートに降り立った。
ユウキは最後まであの美人の将校に何か話しかけられていたが、無難に対応したようだ。あいつの事だからなにか仕込んでいそうだが。
既に話が行っていたのか、ヘリポートには関係者と思われる数人が待機していて俺達はすぐにビル内のエレベーターに案内された。その中には陽介の姿もある。
「まさかアメリカ軍のヘリでやってくるとは想像もしていなかったぞ。相も変わらず驚かせてくれる奴だ!」
「これに関しては俺も驚いたけどな。どうやらアメリカもこの件を詳しく知っているらしい。後で情報を共有させてくれ」
あれから米軍の将校が何度もユウキに話しかけていたものの、逆に自分の情報をとられてしまう始末だったが、その中で見過ごすことの出来ない話題があった。
「なんだと!? 解った、会合の後で時間を作ろう。それより、後ろの方々が巫の関係者の皆様だな。今日は遠いところをお招きして申し訳ない、今代の土御門を預かる陽介と申す。神秘に包まれた一族にお会いでき光栄だ」
「そこまで神秘というわけでもないが。久し振りだ、陽介」「貴方もお変わりなく」
「なっ!? お前達、まさか北条に久瀬か!? 北原の傍系という話ではなかったのか……いや、今となっては栓無き事か。伝説の戦巫女……2人の腕ならば納得だ、頼りにさせてもらうぞ」
前に葵から聞いたのだが、陰陽師は同年代を集中的に教育する場があって琴乃さん達と陽介はそこで同期だったらしい。北里さんに陽介が惚れているという重大情報を教えてくれたのも彼女達なのだ。
「土御門の御当主どの。我が主も既に?」
「貴殿は橘の! 行方知れずと聞いていたが、彼女達の里に滞在されていたか。御無事で何より、加茂の御当主も既に到着されている。貴殿の顔を見れば安堵されるだろう」
「ふふ、安堵で済めばよいのだがな……」
悪戯めいた表情をする橘のオッサンに怪訝な顔をした陽介だが、下に降りるエレベーターが到着したのを見て意識を切り替えたようだ。
「ではご案内しよう。それぞれの一族の主だったものは既に顔を揃えている。そちらの御二人には詳細な事情をお聞かせ願えると信じている」
強い視線を込めた陽介の言葉に久さんは鼻で笑った。
「ふん、あれが次代の土御門か。まだ青い青い。修羅場の経験が足りぬの、玲二殿を見習うといい」
いや、俺は隣のユウキがやらかす滅茶苦茶に付き合う内に嫌でも度胸がついただけだから。あれほど濃密な体験を何度もすれば、ちょっとやそっとでは動じなくなるだけです。
地下の会議室は異様な空気に包まれていた。
俺達がやってきた時には4つの集団に別れており、それぞれの家と陰陽寮からの人間が集まっている。
そのなかでの例外、ポツンと2人だけで座っている人が俺を見て即座に駆け寄ってきた。
「玲二さん! 葵は大丈夫なのですね!?」
真剣な表情で詰め寄ってくる瞳さんに答えたのは俺ではなく茜さんだった。
「ええ、心配ないわ瞳。私も先ほど話をして無事を確認しました」
「茜さま!? あの邪悪が甦ったならば呪いの影響が再発する恐れもあると考えましたが、こ無事で何よりです」
「貴女にも心配をかけたようですね。今は大丈夫です」
瞳さんは茜さんの言葉の意味を正しく理解したのか、俺に一瞥を寄越したので曖昧に頷いておいた。
対応したのはユウキなんだが、本人がここで目立ちたくないと言ってるので話を振ることはしない。
「原田様、お言いつけの通り彼女を御守りしておりました。この後は如何しましょう?」
「あー、えっと……」
俺を上位者として扱う北里さんに本気で困り果てたので全ての原因であるユウキに丸投げしよう。
「この後はあいつに聞いてくださいよ、俺に聞かれても困りますって」
俺の後ろに続くユウキを指差したが……当然ながら彼女は認識阻害をした彼を判別できないらしい。
「何故あのような者の指示を仰ぐ必要が? 私が付き従うのは我が主とその仲間の皆様だけです」
「玲二を困らせるんじゃねえよ。あんたには好きにしろと言ったが、俺達に迷惑をかけるならその扱いは考えるぞ?」
溜め息と共にユウキの声が耳に届くと、北里さんは即座にその場で跪いた。
「なっ、小夜子! 一体なにを!」
隣の陽介の絶叫がうるさい。
「失礼いたしました、我が主よ。どうかご命令を。貴方様の求める総てを為して御覧にいれます」
あわてふためいている陽介を完全に無視して北里さんはユウキのみ視線を注いでいる。
うーん、立派な信者だなあ。だが場の空気を読まない行動はユウキがもっとも嫌う行動だ。事実、声音がかなり不機嫌モードに入っている。これ以上は俺達でも止めに入るのに躊躇するレベルだ。
「さっさと立て、迷惑だ」
強制力さえ伴うユウキの冷厳な声に跪いていた北里さんは弾かれたように立ち上がった。会議室の隅、そしてすぐに立ち上がったこともあり、大して注目は集めなかったがこの場にいるもの達の記憶を消すことなど出来ない。
特に琴乃さんや麗華さんは前からの知り合いということもあり、彼女の変貌ぶりに声を失っている。
陽介に至っては敵を見る目でユウキを睨んでいるが……頼むから殺気とか向けてくれるなよ? お前の命乞いをしなきゃならんとか面倒すぎるからな。
「次は私から御礼を述べてもよろしいでしょうか? 貴方のお陰で命を救われました。この御恩は一生忘れません」
仲間の俺でも躊躇うような嫌な静寂の中、進み出たのは瞳さんだった。彼女はマジで凄ぇな、あれだけ不機嫌オーラ出してるユウキを理解してなお前に出るなんて本当に大したもんだ。
「無事だと話は聞いていたが、問題ないようで何よりだ。だが礼は必要ないぞ、俺は玲二を手伝いに来ただけで、貴女を助けたのは行きがかり上に過ぎないからな」
「それでもお礼を言わせてください。あの時はここで果てるものと覚悟していましたが、こうしてあなたの前に立てています。どうか私の感謝をお受け取りください」
「わかったわかった。堅苦しいのは苦手なんだ、貴女の感謝を受け取るから、普通にしてくれ」
勘弁してくれ、と言外に示すユウキを見て瞳さんは口元に手を当てて上品に笑った。
「ふふ、本当に玲二さんの言う通りの方なのですね」
「玲二の奴が何か? あまり聞かない方がよさそうな気もするが」
俺を胡乱げに見るユウキに反論しておいた。
「変なことは言ってないぞ。事実だけを正確に告げただけだ」
「ええ、玲二さんが心から信頼している仲間だと何度も聞いています」
瞳さんの言葉を聞いても気恥ずかしさはない。これだけは胸を張って言える、異世界で得た俺の最大の福音だからな。
「いや、そりゃ玲二は仲間だし、信頼してるが……玲二お前真面目な顔で何言ってんだ?」
「事実だからな、嘘ついてもしょうがないだろ」
困惑した顔でユウキが言葉を発しようとしたとき、外から俺に声をかけてくる人物がいた。
「おお、原田殿。無事で何よりじゃ、巫の一族を連れて来てくれて感謝する」
未だにユウキを警戒している陽介を無視して先代当主である伽耶さんが土御門一門を引き連れてやって来ていた。
「そちらも瞳さんを他家から庇ってくれたそうで。感謝します」
「なんのなんの。貴殿から渡されたあの呪具の破壊力と言ったら我等の符が玩具に見えるほどじゃ。この件が無事片付いたら是非とも話をさせてほしいものじゃ」
よしよし、プレゼンは上手く行ったようだ。陰陽師にデカい影響力を持つというこの婆さんを顧客にできれば異世界アイテムの現金化は一層加速するだろう。
「して、巫の一族の方々はいずこじゃ? 姿が見えねば話が始まらぬ」
「あちらもこの場所で人と待ち合わせをしているようで、それを待っているそうです」
「ふむ、更に人を呼ぶというのか。これ以上関係者がいるとも思えんが」
「何を言っとるか。伽耶、お主も知っとるじゃろ、外す事の出来ぬ肝心要の一人が居ることを」
その時、部屋に入ってきた久さんが、気安い声で話しかけたんだが、知り合いなのか?
「お、お主! ひさ、久か!! おお、何十年ぶり……いや、なるほど。そういうことか」
「うむ、次に会う時は三途の川の向こう側じゃと思っておったが、巡り合わせとは奇妙なものよの。こんな形じゃが、友に会えてうれしく思うぞ」
老婆二人は長年の友人らしい、快活な空気が二人の間に流れていた。
「まったくじゃ。こんな形でなければ再会を喜び合えるものを。だが、色々腑に落ちた。お主ほどの術者が何故表舞台から消えたのか、疑問に思っておったのじゃ」
「お、おばば様。こちらの方とお知り合いなのですか?」
俺も含めて突然の出来事に口を挟めなかったのだが、陽介が意を決して会話に参加した。彼の言葉は誰もが気になっていたことを問うものだった。
「陽介、この者の名はお主も知っておるぞ。この儂と同じ”八尾比丘尼”の号を得た”者じゃ。名を御堂久というが、二つ名の”
「あの第二級怪異を単独で撃破したという”颯観”ですか! おばば様と無二の友人であられたという……これは知らぬ事とはいえ、ご無礼をいたしました!」
久さんに頭を下げる陽介だが、そのすぐ後で巻き起こった叫び声に誰もが視線を集めることになった。
「ひ、久の姉御だと!? 生きていたのか!」
「ふふ、あの洟垂れ坊主がすっかり老けたのう。年は取りたくないものじゃ」
「い、一体いつの時分の話をしてやがる。くそ、賀状の便りさえ絶えて何年経つと……おお、一正! 無事だったか。そういやお主は姉御に師事していたな」
俺の前では厳格な当主だった肩までの白髪を持つ加茂の当主は久さんの登場に言葉を盛大に崩しているが、その顔は再会の喜びに溢れている。
「ご当主様、ご下命を果たせずし申し訳ありません。師匠の下で生き恥を晒しておりま……」
「つまらんことを言うな。よく帰った、お前が居なくては我が一族は立ち行かんのだ」
「は……」
「本当に久殿なのか。最後の顔を合わせたのは親父が健在だった正月の宴以来か?」
「御影のは貫禄が出たの、先代も喜んでおるじゃろうの。本当なら旧交を温めたい所じゃが、状況はそうも言っていられぬ」
「うむ。お主が巫の一族と分かれば色々と辻褄が見えてくる。じゃが、詳しい話を聞かせてもらおうかの」
伽耶さんが皆を伴って席につこうとしたとき、久さんがそれを手で遮った。
「待て待て、今さっき人を呼んだと言ったじゃろうが。呼びつけるのに手間がかかる故、時間がかかったが……我ら三人が揃うのは何時以来じゃろうかの。ふふふ、まるで同窓会じゃ、間もなくこの世界の命運が決まるというのに、どこか心浮き立つ」
「”我等三人”じゃと? まさか!? 久よ、お主らが抱える問題は、そこに行きつくというのか!?」
「おばば様?」
驚愕というより恐怖を顔に張り付けた伽耶さんに孫の陽介は訝しんでいるが、次の言葉が続く前に、この会議室に最後の登場人物が現れた。
その人は数人の供を携え、神職が纏うような白一色の着物を纏ってしずしずとこちらに歩いてくる。
真っ白な人だった。髪の毛もその瞳も全てが白かった。
年齢も判然としない。久さんと同年代であるようなことを言っていたが、10代でも通るような美貌だった。
「うそだろ……あの御方は……」「馬鹿な、あの方が何故こちらにおいでに?」「有り得ぬ、鎮護の君が動くなど……」
「遅れました。鷺ノ宮藤乃、と申します。久、伽耶、このような危急の時ですが、再び
ああ、とうとうこの国の中心が出てきちまったな。
俺は特に皇室尊崇の念を持っている訳でもないが、あの人を見ていると自然と身が引き締まる思いがする。
まさかの皇族のお出ましに、俺はとうとうこの話の核心に辿り着いた事を悟ったのだった。
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