第84話 最強少年は里から連れ出す。
「里長、原田玲二さんがお見えになり、私の一存でお招きしました」
「おお、なんと! この危急の折に最も会いたいと思っていたが、まさかそちらから訪ねてくれるとはの」
隠れ里の中心にある久さんの屋敷には既に大勢の人間が集まっていた。とは言っても男子禁制の里なので全員が女であり、俺には不快感ばかり募る空間である。
「どうも。瞳さんから連絡が来たようですね」
「うむ。我等の宿業がこの婆の代で顕現しようとしておるのなら、暢気に構えている訳にはいかぬのでな。して無事とは聞いておるが、葵は今どこに?」
「誰にも手出しできない安全な場所です。詳細は控えますがその代わりに……」
俺は隣に座るユウキに目配せすると彼は<ワームホール>を開いてくれた。世界間の移動は一日一度が限度だが、空間を開けて通信をするくらいなら何度でも可能だ。スマホで様々な情報や映像を手に入れることで異世界での商売は軌道に乗ったと言っても過言じゃないからな。専門の技術者でもない限り、異世界で知識チートを披露するならスマホは絶対に必須だと思う。付け焼刃じゃ途中でボロが出るからな。
こんなにとんでもないユニークスキルを持ってるってのに如月さんは自分が仲間内で一番役に立ってないとか言い張るんだから困ったもんだ。
俺はスマホを取り出してみせた。
「里の中で電話は使えぬことはご存知のはずじゃが」
困惑する久さんに構わず通話を始めると数コールで当人が電話に出た。既にスピーカーモードに変更済みであり、座敷の畳の上にスマホを置いたのでこれで普通に会話ができるはずだ。
「玲二、どうかしたの? ボクは今、お姫様たちにこの国の王都を案内してもら……」
「葵! 無事なのじゃな!?」
自分の運命を忘れ去ったかのような能天気な声で電話に出た葵だが、鬼気迫る久さんの言葉に遮られた。
つうか姫さんもその日のうちに王都観光に出かけなくてもいいじゃんか。まあ、あそこなら姫さんの顔が知られてるから女だけで夜遊びしても問題ないくらい治安いいけど。
「えっ、おばば様の声!? 玲二は今、里にいるの? うそ、いくらなんでも早くない?」
「俺の事はいいから久さんに返事しろよ、お前を心配してるんだぞ」
「あ、おばば様ごめん。ボクは玲二に助けてもらったから大丈夫。ここに逃げてからは怪異の影響から抜け出たみたいだし」
「そうであるか……玲二殿、重ね重ね感謝する。もう何度孫の命を救ってもらったか知れぬほどじゃ」
「敵の呪いは葵の内部から生まれていました。賭けではありましたが、その呪いから逃れることに成功したようです」
「それよりお母さんは? ボクに呪いの影響が出たんなら、お母さんにだって」
葵の言葉は俺も気になっていた。この屋敷の広間にいるのは久さんだけである。非常時だと自分で口にした状況で茜さんの姿がないのはおかしい。
「娘は……再び呪いの影響が活性化して離れに籠っておる。玲二殿より戴いた水薬は効果があるものの、その影響を完全に抑え込めぬほど強力になったのじゃ」
「やっぱり……あの妖魔はかなり力が戻っているみたいだった。ボクは玲二の助けでなんとかなったけど、お母さんもひどいことになっている気がしたんだ」
どれだけ薄めて飲んでいるのか知らないがあのキュアポーションは上級に位置する品質だった。それでも影響が出るとなるとかなり深刻な呪いのはずだ。
「茜さんを診させてもらってもいいですか? 話はその後でもいいでしょう」
「是非とも頼みたい。これまでにないほどの規模で周囲の霊力を吸い上げており、手が付けられぬのじゃ」
「いや、俺が診よう。玲二は話を続けていてくれ、代わりに誰か案内をくれると助かる」
「悪い、助かるわ。久さん、彼は俺よりはるかに凄腕なので何の心配も要りません」
「玲二殿がそこまで言うとは……ユウキ殿と申したな。娘をよろしくお願いする」
腰を上げかけた俺を制してユウキが立ち上がった。気配で大体の位置が解るのだと思うが、迷うことなく離れへと向かう彼に中学生くらいの女の子が即座に立ち上がった。
「わ、私が案内します!」
よろしく頼む、と答えて広間を出て行ったユウキが居なくなると、露骨に安堵の溜息を漏らした人物がいた。気になって視線を向けてみると、この里ではあり得ない事に壮年の男が下座に正座している。
とはいえその初老の男に見覚えはあった。
「あんたは確か、この里まで葵を探しにやって来た橘さんだったよな?」
「ああ、その通りだ原田君。君たちが去った後、こうして里に客人として遇してもらっている」
俺達がそんな会話をしていると横から驚きの言葉がかけられた。
「一正とは知らぬ仲でもないのでな。捕虜とは言え昔の弟子を座敷牢に入れるわけにはいかん」
「弟子、なんですか?」
「はは、不肖の弟子、という奴だがね。私もまさか師匠が巫の血族であるなどとは想像もしていなかった。私と初めて出会ったのは加茂の食客だった時なのでな。なんにせよ、虜囚になれて幸いだった。師匠のご家族に手荒な真似をする所であったからな」
久さんも確かな実力者だとは思ってたが、若い頃は流れの術者として各地の陰陽師家で武者修行をしていたそうだ。橘さんとはその頃に出会って師弟関係を築いたらしい。
「ここが隠れ里とはいえ巫の力を持って生まれた赤子が誕生しない限り、そこまで閉鎖的な環境にはならんからの。20年ほど前までは多くの者が外に出て腕を磨いておった。里を継ぐ婆も、そして茜も例外ではない」
久さんが視線を向けた先にはあっという間に施術を終えたユウキが茜さんを伴ってこちらに戻ってくるところだった。いつもの事だがホントに早いな、一瞬で事を終えたとしか思えない。
話を進めるどころか何も話す前に茜さんが戻ってきちまったぞ。
「やはり人知を超えた力か。あれほどの事をやってのけるだけのことはある。原田君、君はあの少年の仲間で間違いないのだな?」
「もちろんです」
「一正よ、玲二殿は我が一族の恩人ぞ。かような物言いは控えよ」
ユウキを露骨に警戒する橘のおっさんに久さんが不快感を隠さずに咎めているがおっさんの方は額に汗を滲ませて師匠に向き直った。
ああ、なるほど。この人も知ってるのか、監視カメラの映像が関係者内に出回ったって北里さん言ってたからな。
「師匠、芦屋の所有する倉庫街が消滅したとお伝えしましたが、それを行ったのは先ほどのユウキと名乗る少年なのです」
「そうか、お主の懸念は理解した。だがあの少年は何の見返りも求めずに命の危機にあったもう一人の我が孫を救い出してくれた。その者を疑うは我等の信義に反する」
はっきりとユウキを信じると断言した久さんに橘のおっさんは即座に頭を下げた。
「師匠の御心が定まっておいでならば、これ以上何も申し上げることはございませぬ」
師弟のやり取りがひと段落したのを見計らったように茜さんが広間に駆け込んできた。そして畳の上に置かれたままでまだ繋がっているスマホを奪い取るように取り上げた。
「葵! 無事なのですね!?」
「おかあさん! ボクは大丈夫、お母さんこそ呪いの影響は平気なの?」
「ええ、今玲二さんの友人の方に処置してもらったから大丈夫です。貴女に怪我はないのですね? 呪いの後遺症も有り得ます、十分注意して……」
まさに無償の母の愛を感じさせる言葉を紡ぐ茜さんだが、当の葵の奴は王都の店でリリィたちとケーキを貪り食っていることをチクってやろうか? 今日は屋敷の女性陣で盛大な歓迎会をやるって意気込んでたし、俺たちとの温度差で風邪を引きそうだぜ。
「とまあ、こんな感じで葵は無事です。とはいえ俺は貴女から依頼を受けていながら詳細な情報を受け取ることを忘れていたので、お話を伺いに来たんです」
「その件についてはあいすまぬ、あの状況で詳しく語ることは憚られたのでな」
「そこらへんは全部依頼を受けた自分の責任なんで、それはいいんですけどね」
「しかし本当に厄介な呪いだな。浄化しても再度湧いてきたから、呪い自体を弱めてキュアポーションでも効果があるようにしてきたぞ。これは根を絶たないとどんな処置も意味がないな」
俺の隣に座り直したユウキに久さんは深く深く頭を下げた。
「ユウキ殿。娘の呪いにも対処していただき、孫娘である瞳の命の件と併せて感謝させていただく」
「気になさらずとも結構だ。俺は俺のやりたいようにやったまでに過ぎないし、そちらの方の対処もあくまで応急処置だ。あと5日もすれば呪いは再び活性化するだろう」
ユウキの言葉に広間は重苦しい空気に包まれたが、彼の言葉の真意を俺は掴んでいる。
「つまり五日以内に完全に解決すれば問題ないって事か。結構時間あるな」
「その前に詳しい事情を聞かないと動きようがないんだけどな」
ことさら明るい声で言葉を交わす俺達に周囲の者たちは宇宙人を見る目で見てくるが、俺達にとってはこの程度のトラブルはいつもの事だ。
「うむ、あの邪悪が蘇ったならば、もはや隠し事に何の意味もない。我等一族にまつわる歴史をお話しすることにしよう」
覚悟を決めたのか、神妙な面持ちで俺達を見る久さんだが、俺はその空気をぶった切った。
「あ、すみません。よければその話、他の陰陽師一族が集まってる場所でやってもらえませんか?」
「な、なんじゃと? 秘密は限られたものだけに共有するものと相場が決まって」
「いやいや、彼等も思いっきり巻き込まれてる関係者ですよ。どうせなら脇に置いておくより逃げられないくらい盛大に巻き込みましょう。それに葵は俺に芦屋の野望を挫けと依頼したんですよ? つまりあの敵を消滅させないと依頼達成になりません。諸悪の根源が消え去っているなら、そちらの秘密を守る意味なんかもうないと思いませんか?」
「それは、確かにその通りじゃが。この里から出向くだけで夜が明けかねんな」
ここにたどり着くまでに車で数時間かかることを考えれば久さんの言いたいことも理解している。こんなことで<ワームホール>や転移環を使うわけにもいかないが、すでに手は打ってある。
「それも心配いりません。空からの迎えを要請していますから、今日の夜には東京に到着していますよ。それに既に他の陰陽三家は必ず出席するとの返事は来ています。陽介と伽耶さんでしたっけ? 土御門の先代当主が呼びかけてくれたんで向こうは準備万端です」
「了解した。事は既に我ら一族だけの問題ではなくなっておる。詳細な説明をするならこちらも呼びたい人間が居るでな。ちょうど良いとも言えるの」
久さんの決定に異論を唱えたい里の者もいる気配があったが、この非常時に里長に面と向かって文句を付けられる人はいなかったようだ。
トップダウンは色々問題もあるが、一度物事が決まってしまえば後は早いのが利点だな。久さんの一声で全て動いてゆく。
ユウキは先ほど案内してくれた少女を伴って薬草畑を見学に席を立ったのでここには居ない。
「橘さん、折角ですしそちらも一緒にどうです? この里から少し離れた所に大型
如月さんに伝手があるそうなのでこれは完全にお任せだ。だが、彼が出来ると言えば不可能はないので間違いないだろう。
「頼めるならばよろしくお願いしたい。その代わり、もし説明の席で巫の一族に何か言われることがあれば私が矢面に立とう」
「なら、私も同行していいかな? もちろん琴乃も参加だ」
「麗華、勝手に決めないで。異論はないけれど」
自警団のツートップも同行を希望した。
<如月さん、こちらは話が纏まったんですがそっちはどうです?>
俺はいつものように準備は万端だよ、という返事が返ってくると思ったんだが、彼の言葉は困惑に満ちていた。
<ごめん、玲二。ちょっとよくわからない状況になってるんだ。<マップ>を見るとそちらに間違いなく迎えは飛んでるんだけど、僕が手配した機じゃないみたいなんだ。予約便が取り消されててその代わりが出てるみたいなんだけど、正直何が何だが>
<え? どう言うことなんですそれ?>
迎えは来てるけどこれは彼が手配したものじゃない? この状況で普通に深読みすれば芦屋の攻撃か何かなんだろうが、肝心の葵は居ないしここが巫の隠れ里だというの確証があるわけでもない。
そもそもこの件に完全無関係の如月さんの手配で芦屋が出てくる理由がないしな。
<こちらも情報が錯綜しててはっきりしないんだけと、どうやら岩国から迎えが出ているみたいなんだ>
岩国ってどこだっけ? スマホで調べようにもまだ茜さんが葵と会話している。そろそろ返してくれないかな、長くね?
頭の中が疑問符で埋め尽くされているが、乗員が俺達に敵意を抱いて襲って来ようが楽勝で返り討ちにできるので実際にヘリが見えてから考えればいいや。
そう思い直した俺は準備する久さんたちを尻目にヘリの着陸予定場所に出向くことにした。
「嘘だろ……」
夕闇迫る中、隠れ里から少し離れた所になだらかな小さな平原がある。そこを着陸場所に指定して篝火を焚いて目印にした俺だが、遠目に見えてきた機体に度肝を抜かれてしまった。
双翼のヘリの多くは前後に回転翼がついているもんだが、こいつは左右だ。その形状は飛行機に近く、ある意味日本で一番有名な機体なのは間違いない。
「なんでオスプレイがやってくんだよ……あ、岩国って岩国基地の事か!」
ヘリとは一線を画す機体を見ても何故ここで突然自衛隊が出張ってくるのかという俺の疑問は機体の後部を見てさらに深まった。
俺が映画で見て知ってるんだが、機体の後部に描かれた国籍マークは白地に赤という分かりやすい日本のものではなく、青地に白い星……つまりアメリカの機体だった。
「海兵隊のオスプレイだと? なんでここでアメリカが?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます