第83話 最強少年は移動する。





 ユウキは一度動くと決めたなら、その行動は迅速極まる。


 学院から戻った姫さんやイリシャにこれから予定を伝え、姉貴と共に葵のことを頼むと即座に移動を開始した。


 そして気付けば夕暮れ前には巫の隠れ里の近くまで到着していたくらいだ。


「飛竜かあ、そんなに早いのか?」


 異世界と言えばドラゴンだ。火を吐くトカゲは何体も倒してきたが、ここで言う飛竜とはドラゴンライダー達のことを指す。

 彼等は最速の運び手として名を馳せているのだ。


「ああ、あいつら大したもんだぜ。大陸の南端から北まで4刻(時間)かからないんだからな。あれには驚いた、同乗者を魔法で風から守ってかっ飛ばすんだが、それがとんでもなく速いんだ。世界最速を声高に吟うのにも納得だぜ」


 そんな馬鹿な。あのアホみたいな大きさの大陸を4時間で縦断するだって?


 俺達が拠点としている大陸はそれ1つだけでも地球の全部の大陸より広いはずだ。

 大昔に栄えた先史文明とやらが残した地図を大帝国の宝物庫で見たんだが、呆れるくらいデカかったのを覚えている。

 その大陸をそんなに早く飛べるのか。いったい何千キロ出てるのか気になるな。


「そりゃすげえな。俺も早く乗ってみたいぜ」


「僕も会ったけど飛竜があんなに人懐こいとは思わなかったよ。流線型のフォルムをしているけど性格的には子犬に近いね、あれは」


 飛竜便はその確実さと早さは世界一と評判だ。もちろんその料金の高額さも世界一だけどな。


 ユウキが今関わっている依頼でその飛竜便に乗ることができたようなのだ。如月さんも見かけたことがあるらしい。

 くそう羨ましいぜ。俺が日本で不本意な異能力バトルに巻き込まれている間に2人はこんな楽しそうなことをしてたなんて!


「飛竜を駆る飛竜騎士には恩を売りまくって仲良くなったから、いつでも乗れるようにしてある。お前と如月の分も既に予約してあるぞ」


「よっしゃ。飛竜に乗れるとか絶対最高じゃんか!」


 ああ、話を聞いたらめっちゃ乗りたくなってきた。こんな陰気臭い事件はさっさと片付けてアセリアに帰ろう。

 ユウキまで駆り出しちまったんだ。この事件が解決したのはもう確定だし、あとはどれだけ時間がかかるかの問題である。



「さて到着、と。よし、座標に間違いはないようだ」


 <ワームホール>は行き先の座標を指定して移動する。この座標指定が世界移動する上で肝心要の要素なんだが、これを見つけるまでどれだけ苦労したか……語り出すと夜が明けかねない。

 もう海の中や空中に放り出されるのは勘弁だ。マグマや石の中に出ないだけ運が良かったのは確かなんだが……つまり、ユニークスキルってのはそんな欠陥だらけの能力をしてるってのを理解してもらえればいい。

 リリィが“いしのなかにいる”と真面目な顔してたが、実際に遭遇すると洒落にならんぞあれは。


 <ワームホール>から出た俺に続き、ユウキと如月さんも四国に足を踏み入れた。

 今回日本へ舞い戻ったのはこの男三人だ。従者二人は同行を強く願い出たが、主人に仕事を命じられて渋々諦めることになった。

 

「ここが葵の故郷か。いいところじゃないか」


「そうだね、自然がとても豊かだ」


「本人はど田舎過ぎて早く抜け出したかったて言ってたけどな」


 現在位置は隠れ里の外周から少し離れた場所だ。薬草の事でいずれ再訪することは解っていたのでこの場所の座標を記憶しておいたのだ。


「じゃあ、僕は準備を始めるよ。動く時間になったら連絡が欲しい、なるべくそちらに合わせるから」


「了解です、よろしくお願いします」


 そう言って東京のホテルに繋がる転移環を置いた如月さんはそのまま転移していった。

 彼には大事な仕事をお願いしている。今でも色々お願いしているのにこれ以上頼むには罪悪感しかないが、彼にしかできない仕事なのだ。


 如月さんが使用した転移環を回収して俺達は気の早い夏虫が大合唱を繰り広げる田舎の獣道を歩き始めた。



「玲二もここまでついてくる必要はなかったんたんだぞ? お前もトウキョウでやることあるって言ってたじゃないか」


「おいおい、俺が居ないままで里の人たちにどう説明する気だったんだよ」


 男子禁制のあの場所にユウキ一人で乗り込んだら騒動になるに決まっている。確かにこれからを考えたら早く東京に向かうべきだが、まずは里に同行することを選んだ。


「突然ここにくる時点で相手の素性は限られるだろ。お前の名前を出せば納得してもらえると思ってな。っと、ここら辺か」


 ふむふむ、と先を歩くユウキが不意に足を止めた。

 まさか、ここもう結界なのか? 張り直すとは聞いてたが、以前の場所よりかなり手前だ。しかし俺の中で明らかな冗談以外でユウキの言葉を疑う習慣はない。試しに手を伸ばしてみると、確かになんか違和感がある。


「いつも思うが、よく解るな。どうやって見分けてんの?」


「空気の流れが微妙に違うだろ。まあ感覚的なもんだから、はっきりとした事は言えないんだが」


 なるほど、さっぱり解らん。ユウキ限定の特殊能力だと考えよう、いつもの事だし。

 そうやって思考停止したことがよかったのだと思う。彼の次の行動に唖然とするだけで済んだ。


「取りあえず人呼ぶか、勝手に押し入ったら大騒ぎになったってお前言ってたしな」


 そう呟いたユウキは突然、結界を叩き始めた。

 へえ、結界って叩けるのか。知らなかったぜ……ってんわけあるか! これ外部の侵入を弾くタイプ結界じゃなくて、中身を隠す奴だぞ。最初来たときも普通に入り込んで騒ぎになったわけだし。


 ばしばしと結界を叩くユウキだが、よく見るとリズムを刻んで……つーかノックしてるのかこれ。結界ノックする奴初めて見たな。


「それもどうやってんの? このタイプの結界って触れないはずじゃね?」


「自分の魔力をこの結界と同質に変質させて手に集めるだけだ。慣れりゃお前だってできるぞ」


 事も無げに言ってのけるが、ユウキの魔力操作は頭がおかしいレベルに到達しているのでこいつの頑張れば出来るは普通の才能なら一生無理と同じ意味となる。


 俺も同じ事をやってみようと手に魔力を集めたが、それだけだと結界と反発せず素通りしてしまう。

 こりゃダメだ、こんなの当たり前に出来るのはこいつだけだ。即座に諦めた俺は呼び出すのはユウキに任せてしまうことにする。


「これで来るかね? 中に入った方が早いかな?」


「多分伝わってるはずだ。<マップ>見ると結構騒がしいしな」


 確かに里の中はユウキが結界をノックする前から多くの人が行き交っていた。俺が滞在した時は夕暮れ時ならのんびりとした時間が流れていたので恐らく瞳さんから何らかの形で情報が行ったのだと思う。


 こうして結界をノック(自分で言っててワケ解らなくなってきた)し続ければ誰かが気付く可能性は高い……といってる側から誰かがこちらに近寄る反応があった。



「お、来た来た。俺の知った顔で良かったぜ、琴乃さん」


「この非常時に里中から変な音がすると騒ぎになって現場に駆けつけてみれば……君だったのね。いったい何をしたの?」


 呆れ顔を隠しもせずに俺を見るのはこの里の自警団、戦乙女の長を務める久瀬琴乃さんだ。

 見た目どおりの真面目で責任感が強くて苦労人な美人である。

 彼女に結界をノックして人を呼んだと説明すると、名状し難い顔をされた。

 俺もさっき同じ顔をしたと思うから同感だが、変なことをしたのは俺じゃない。そこのところを間違えないでほしいもんだ。


「非常時だってわかってるなら、詳しい話はしなくて良さそうですね?」


 俺は既に完全武装の出で立ちである彼女を見やった。


「ええ、瞳から昼前に一報が入ったわ。でも簡単な言葉しか符には乗せられないから詳細はまだよ。ここに来たということは、伝えに来てくれたのでしょう?」


「本当は俺が久さんと茜さんにこの件の詳しい話を聞きに来たんですがね。詳しく話を聞いてないならまずはそこからですね。中に入れてもらっても?」


「もちろんよ。それと、隣の外人さんとはどんな関係なの?」


 琴乃さんは警戒する視線をユウキに向けているが、当の本人は我関せずの態度だ。基本的にユウキはこの件で前に出る気はないと言っていた。

 要は俺の仕切りで解決してみな、と暗に言われているのだ。俄然やる気が出るってもんだぜ。


「俺の仲間です。冗談抜きで世界の誰よりも頼りになります」


「そりゃ言いすぎだが、足手まといにはならないつもりだ。よろしく」


 金髪の外人が流暢な日本語を話すことに面食らっている琴乃さんだが、ユウキが自己紹介とばかりに内包する魔力を僅かに見せたので力量は納得したようだ。

 

「そうね。本来は里長の判断を仰ぐ所だけど、こちらも大騒ぎの最中だから私の一存で許可するわ。それより早く話を聞かせてほしいわ。瞳からは一族の宿敵が現れたとしか聞いてないの」


 急かす琴乃さんを宥めながら、俺はユウキを連れて巫の隠れ里の中心部にある長の屋敷に向かった。



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