第82話 最強少年は仲間と相談する。
この
そしてこの世界で人間族並みに数が多いのが獣人たちだ。その力ははっきり言って人間の上位互換だと思う。身体能力は彼等の方が圧倒的に上だしな。
そのぶん種族的にのんびり屋が多いとかオツムが足りないとか力を重視し過ぎとかいろいろ言われているが、俺の知りあった獣人たちはいずれも名誉と誇りを重んじる気持ちの良い奴等ばかりだ。
葵が腕の中で抱きしめて離さないキャロはラビラ族という。容姿は……ミッフ〇ーをもっとかわいくしたようなもんだと思えばいい。葵が骨抜きにされているが、それは誰もが通った道だ。幼いキャロは警戒心がなく人懐っこいから初対面の人間にも平気で近寄ってしまうので、正直言って人攫いに遭わないかいつも心配するレベルである。
だがラビラ族はその愛くるしい見た目とは裏腹にその身に強大な魔力を秘めている種族だ。数こそ少ないものの獣人の中では最も魔法の素養に恵まれ、その才はエルフの遥か上を行く。
気付いているのかどうか知らんが、あいつが腕に抱いている4歳児の段階で封印を解かれた葵の10倍以上の魔力があるのだ。
戦乱が続いた時代では戦場を一変させるという軍団魔法《レギオンマジック》を個人でバカスカ使って敵を倒しまくり、その武功を讃えられて新大陸にある獣王国では獣王を輩出する資格を持つ3公家の一角を占めているほどだ。自覚は全くないようだが、キャロはその一族のお姫さまでもある。
「はぁー、可愛い、可愛すぎる。もう、なんなのこの子、信じられないくらい可愛い!」
「やー、おねーちゃん、くるしいの」
「正気に返れこの馬鹿女。キャロが嫌がってるだろうが」
我を忘れてキャロに頬ずりする馬鹿女の脳天に手刀を落とすと、身を捩って嫌がる幼女を葵の魔の手から救出する。
「びっくりしたの」
「ごめんなキャロ、怖かったろ?」
「ううん、へいきなの」
「ああっ、返してよ」
「うっさいわボケ。お前のような危険人物の前にキャロを出せるか」
キャロを初めて見た女は大抵こうなって現実に帰ってこないので、既に見慣れた光景だ。魔性の兎とでも言えばいいのだろうか? 当の本人(兎)はしばらくぶりに再会した俺を見て無邪気に喜んでいる。
俺は葵の馬鹿がキャロの前でうっかり日本の事を口走らないか不安で仕方ないってのに。さっきあれだけ注意したのはこの子に日本行きを悟られない為なのだ。
隠し事なんてしたくないが、もうしばらくキャロには黙っておかなくてはならない。フィクションでもないかぎり、日本に獣人はいないからな……さっき出会った雲雀とかいう式神と同じ括りならイケるか? あ、そもそも陰陽師が公の存在じゃなかったわ。
このままノープランでキャロを連れてったら大騒ぎになっちまう。
「それよりれいじおにーちゃん、ずっといなかったの。どこいってたの? ママにきいてもおしえてくれないの」
俺の腕の中に納まったキャロから早速の質問が来ちまった。この子から離れた葵も正気に戻ったようだし、絶対に余計なこと言うんじゃねえぞと視線を送っておいた。
「ちょっと遠いところにな。俺も本当は早く帰ってきたかったよ」
「ふーん。もうおでかけしない?」
「まだちょっとかかりそうなんだ。すぐまた出かけないとな」
「えーやだやだ。じゃあキャロもいっしょにいくの」
俺の胸に顔を埋めながらおてつだいするの、とのたまう幼女に俺は閉口する。めっちゃ可愛いが、そりゃ助かる、ありがとうという訳にもいかない。
「キャロ、そうなると数日は家を空けることになるぞ」
困り果てた俺に文字通りの救世主が現れたのはそんな時だった。
「あ! ユウキおにーちゃんだ! おかえりなさいなの!」
「とーちゃん、きょうははやいね」
俺と如月さんの腕からぴょんと飛び降りたシャオとキャロはそのままユウキに駆け寄り、あいつは慣れた手つきで二人を抱き上げた。
「玲二が珍しく客を連れて帰ってきたからな。それとキャロ、玲二と一緒だとセレナさんと離れることになるが、それでもいいのか?」
セレナさんとはキャロの母親だ。この子とは種族が違うので血も繋がっていないが、惜しみない愛情を注いでいるので非常に慕っている。あと怒るととても怖い。
「う、それはいやなの。ママといっしょがいいの」
何とかキャロの説得ができたようで俺も胸を撫で下ろした。ユウキに感謝の視線を送るとあいつも軽く頷いている。
最悪の事態はまぬがれたようだ。この件は素早い対策が求められるのでユウキに頼むぞ、の念を送っておいた。
二人を抱いたユウキがこちらに歩いてくる。その後ろにはレイアさんとユウナさんを従え、姉貴も店から戻ったようだ。
これでこの話題を共有する主要な面子は揃ったことになる。
「よう、たしか葵だったな。あの夜以来だがこっちで会うとは思っても見なかったぜ」
「あ、あなたはあの夜の! あの時はろくにお礼も言えなくてごめんなさい、お姉ちゃんを助けられたのはあなたのお陰だよ」
確かにあの夜の葵は瞳さんが心配で終始あたふたしっぱなしだった。誘拐されたのを救出したと思ったら瀕死だったりと息つく暇もなかったからな。
葵の心境としては満足に礼も言えずユウキは帰ってしまったと思ったのだろう。
「乱暴に助けたから予後が不安だったが、無事ならなによりだ。だが、現状は一件落着とは程遠いようだな?」
ユウキの後半の言葉は俺に向けたものだった。
「こいつを連れてこっちに撤退するくらいに面倒な事態になっちまってな」
「お前がそこまでする事件か。詳しく聞かせてくれ」
俺はこうして仲間たちに葵の宿命をぶち破るための相談をすることにした。
「悪い、そういう訳で葵を連れてきちまった。秘密だってのは解ってたが、あの時はこれしか思い付かなかったんだ」
葵は一刻を争う状態だったから、思い付いた策を即座に実行する必要があった。こいつを連れての帰還は望んだことではないが、その責任は俺にある。
「別に気にすんなって。確かにユニークスキル関連は仲間内だけの秘密にしとけとは言ったが、命に替えて守るほどのもんじゃない。お前達ならそれくらいの分別はつくだろうし、それで原因で葵が死んだら悔やんでも悔やみきれない。玲二の判断は正しいと俺は支持するぞ」
屋敷の部屋に入った俺は開口一番謝罪したんだが、ユウキの一言で難なく解決した……したと思うのだが、ユキが不満そうな顔をしているので何が言いたいことがあるに違いない。
きっとユウキが不問にしたから自分が何か言うのは憚られると思ってそうだ。それを見て取ったのか、彼は続けて口を開いた。
「確かに秘密や貴重な情報ってのは俺達で独占するものであって、簡単に明かすもんじゃないが、それでも必要なら躊躇うべきじゃない。まあ、相手は選んでほしいけどな」
これでこの件は終わりとばかりにユウキは手を叩き、その意を受けたレイアさんが話題を変えた。
「しかしまあなんだ、千年以上も邪悪なる存在をその血脈に封じ続けるとはな。よくぞ術式が破綻しなかったものだ。大導師が好みそうな話題だな、呼んでくるべきか?」
大導師とはユウキの魔法の師匠であるエルフだ。異世界人である俺も目を掛けてくれ、よく会う間柄だ。
齢数千年を生きるハイエルフだが、見た目は俺と大差ないくらい若々しい。
「先生に知られると嬉々として押し掛けそうだが……話が脇に逸れるから後にしろ後に。しかしまあ、あんたもなかなか難儀な人生歩んでるな。俺の妹たちに匹敵するぜ」
ユウキの声には呆れも混じっている。暗によくまあこんなトラブルに巻き込まれるなと俺に言っているんだが、それ俺のせいじゃなくね?
「えっ、あの二人もボクみたいな目に遭ってたの?」
姫さんとイリシャも葵並にクソな人生を歩んできた。そのふざけた運命を叩き潰して毎日笑顔で過ごせるようにしたのが目の前の男である。
「ああ、似たような感じだった。まあ、その辺りの話は本人からでも聞いてもらうとして、まず急ぎは今回の事件の詳細な情報入手だな。話から察するに葵の親と祖母が誰よりも詳しく知ってるはずだ」
「ああ、俺もそう考えてた。明らかに情報を選んで葵に与えてるからな。全容を知ってないとここまで露骨な事にはならない」
ユウキの言葉に俺はそう返した。娘に与えても即座に危険はない情報なのか、の判断は全てを理解していないとできないはずだ。そもそもあの不気味な存在を長年抑えてきたなら、敵に関する情報を持っていないほうがおかしい。
「ああ、そうだ葵。お前は数日ここで待機な。そう長くはならないだろし、誰かつけるから異世界観光でもしてろ。俺は明日にでも茜さんと久さんに詳しい話を聞いてくる」
この屋敷で最も懐いているユキの膝の上でご満悦のシャオが自分が案内するの! と張り切ってるがお前さんじゃ迷子になるだけだぞ。キャロも同意しない、迷子が増えるだけだ。
そんなことを考えていた俺は次に放たれた一言に虚を突かれた。
「いや、そんなの時間が勿体ない。まだ夕方前だし、今から俺がその里に出向いて直接話を聞くとするさ」
えっ、ウソだろ!? ユウキが直々に動くだって!?
「いや、大丈夫。ユウキがわざわざ動かなくても大丈夫だから! そっちだって終盤なんだろ? 俺以上に忙しいはずだし、自分でやるよ。それに動くのは明日でもよくね?」
「俺の方は裏方仕事だ、四六時中詰めてなけりゃどうにもならないって訳でもないから心配するな。それに俺の勘だが、恐らくこの件、ヤバいぞ。多分もうあんまり時間ない気がするしな」
マジか。ユウキの勘は悪い方だとほぼ確実に当たるのはこれまで嫌ってほど経験してるので反論する気はないが……
「第一、お前も如月も帰ってきちまってるから、今日はもうスキル使えないだろ? 雪音は論外なんだから俺が行くしかない」
<ワームホール>は解明されてない謎が多いスキルだ。日本に繋がってるのは最初からで検証したわけではないし、ざっと調べてこれならなんとか安全に使えるとわかっただけで妹達を連れてくる羽目になった。
先走ったと思われるかもしれないが、これでもかなり待たせてしまったのだ。
まだかなまだかな、と視線で訴えるイリシャに突貫で対応したんだが……とりあえずこれは止めた方がいいとわかったものの1つが、1日2回起動させることだ。
行き先がランダムにでもなるのか、内部が異質な空間に変化しているのだ。
翌日には元に戻っているので、とりあえず移動するのは1人につき一度までと決めているのだ。
「それに例の薬草畑も気になるしな。一度現地で見ておきたい。これから継続的に育ててもらうためにも葵の厄介事を万が一にもしくじるわけにはいかない」
「ああ、むしろユウキの興味はそっちか」
あれだけ日本に行く気がないと言ってた割に、なんでそんなに乗り気なんだよと思ったが薬草の件があったか。
「そう言うなよ。先生もあの薬草の話を聞いて大層喜んでな、今から来年は無理そうなんて言えない空気なんだよ。それにあの人まで話が行ったから、ここは心証を良くしておきたい」
「確かに、それなら理由はわかるがよ」
「というわけで介入する。だが俺もあまりダラダラやってられんから、さっさと片付けるぞ」
俺達としてはユウキにはあまり日本に近づいてほしくないんだが、如月さんに視線を寄越すと小さく頷いてくれた。
「うわ、この件が滅茶苦茶になるのが今、確定したぞ」
あーあ、マジで敵に同情するわ。あの野郎がどれだけ自分に自信があるのか知らないが、世界で一番敵に回しちゃいけない奴を関わらせちまったな。
あの何日あるか解らんが、精々残りの余生を謳歌してもらおう。
こうしてユウキがこの事件に本格参戦することになった。
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