第87話 最強少年は鍵を探す。 1



「そろそろ今回の件の詳細を聞かせていただけるので?」


 あれから少し時間が流れた。


 会議は最早続行不能だった。俺でも名前を聞いたことのある超有名人の安倍晴明は史上最強の術者として比類なき存在だったらしい。その晴明でも倒すことができず封印するしかなかった敵が復活しようとしているのだ。


 会議室の空気は完全に”もうだめだぁ……おしまいだぁ”状態である。さらに藤乃さんが畳みかけるように言い伝えでは当時の陰陽師が総出で掛かっても痛手一つ与えられなかった、その咆哮は大地を砕き不浄の呪いを撒き散らしたとか、明らかに話盛ってるなと言いたくなる内容を追加してくるのでそれを聞いた陰陽師たちの戦意を挫きまくっていた。


 だが話の途中辺りから俺は彼女の思惑を感じ取っていた。この件に無関係な人間を極力排除しようとしていると思われたのだ。俺にとってもこの会議はただのアリバイ作り程度の認識なので話し難い内容なら数を絞るのは歓迎である。



「貴方が原田玲二さんですね? わかりました、ですがここでは何ですので……」


「別室を用意します」


 藤乃さんがそう水を向けると、絶望に打ちひしがれた陰陽師の中でもまだ戦意の衰えていない陽介が立ち上がり近くの係員に言付けた。


「会議は一時中断とする。一時間後に再開の予定だが、参加は任意とする。ご随意になされよ」


 この状況で果たして再開されるのか、甚だ疑問である。




「さて、何処からお話ししたものでしょう」


小会議室と書かれた部屋に移動したのは俺たち以外は陰陽三家の当主たちと葵の親族だけだった。琴乃さんたちも参加する予定だったのだが顔見知りの術師たちに声をかけられ離席している。実力派の使い手として名を馳せながら突如表舞台から消えた二人が現れたことは絶望の未来に憔悴した術師たちでも興味を惹かれる事柄だったらしい。



「そちらの識る総てを。皇室はあの敵に対する情報を数多く持っていると踏んでますので」


「あら、どうしてそう思うのかしら?」


 このビルの応接員が緑茶を淹れてくれる中、こちらを試すように微笑む藤乃さんに対して俺は自分の想像を語った。


「貴女が先ほど言葉にできなかった咎という言葉が気になっています。この事態の全ての鍵となっているかんなぎの存在が関わっているのではないですか?」


「貴方、16歳とお聞きしたけれど何とも思慮深いのですね。ご明察、と申し上げておきましょう。ですがどこからお話ししたものか、とても長い物語になるのです」


 育ちが特殊だったし、異世界召還されて色々と濃い体験をしてきたもので。人並み以上に面倒な人生を送ってきたつもりだ。


「差し支えなければ、こちらからの質問にお答えいただく形でもよろしいですか?」


「ええ、その疑問にお答えする中で、今回の禍についての打開策を共に練ってゆければと思います。芦屋の当主を乗っ取ったあの禍を苦も無く撃退したという貴方が私たちの最後の希望なのですから」


 本当の最終兵器なのは俺の隣で静かに茶を啜っているユウキなんだけどな。こいつの力を知ればみんなそう納得するはずだ。珍しく今回の事件に介入する気満々だからいずれ皆が真にヤバい奴が誰なのか思い知るはずだ。


「そんな大したものじゃないですけど。確かにあの存在はこのまま放置すると危険な存在になりそうでしたね」


 昼間戦った芦屋の当主、といか乗っ取った輩を思い出すが……本来の一割弱程度の力だとしても、まあ力だけならそんな強くはないわな。

 とはいえ戦いは単純な力だけで決着がつくわけではない。むしろどんな能力を持っているかで趨勢は決まるといっていい。だからこの場での情報収集が肝心だ。


 じゃあ早速話を、と思ったら出席者の前に茶菓子が置かれたのだが、なんともデカい最中もなかだな。


「あら、これは仙太郎ね、懐かしいわ。伽耶の手配ね」


「儂ではない、陽介じゃ。一切の指図は当代に任せてあるのでな」


 藤乃さんに微笑まれた陽介はぎこちなく頭を下げた。

 俺は名を知らなかったんだが、聞けば京都の老舗和菓子店の品らしい。手に取るとずっしりと餡子が詰まっていて、それでいて濃厚な甘さだが渋めに淹れた茶とよく合う。

 これは菓子を考えて淹れた茶だな、土御門の持ちビルだというが、確かにいい仕事をしている。

 俺が一人で勝手に”ううむ、流石京都人だ。デキる”と唸っていると甘いものが苦手なユウキからさっさと本題に入らないか? と視線で問われて慌てて顔を上げた。こいつの分の最中は俺が貰っておこう。


「それではまず敵の能力について教えてもらっても?」


「それは直に接した貴方達の方が詳しいかもしれないわ。伝承では体躯は山のようで、都に呪いを振りまきその咆哮は多くの者の気を失わせたとあるけれど、これは話半分で聞いておくべきね」


「古文書は話を盛るからの。敵を強大に示すことで当時の術者が抗し切れんでも仕方なかったと擁護するためにの」


 久さんの言葉は俺に解説をしてくれるためのものだったようだ。彼女に軽く目礼をして先を促した。


「その他に数多の眷属を呼び出したともあるけれど、実際に当時もっとも厄介だったのは傀儡の術らしいわ。討伐に出向いた陰陽師が同士討ちさせられて全く戦いにならななかったと記録にあるの」


「なるほど、芦屋の当主らはその傀儡になっていると見てよいですな。そのような力があれば今の状況も理解できます」


「昼間我等が相対したのも敵の眷属であろうな。地獄の餓鬼のような姿をした妖魔を数百も容易く呼び寄せおった」


 陽介たちは昼間の襲撃の詳細を誰にも語っていなかったようだ。今の話を受けて出席者たちは驚きを隠せないでいる。


「伽耶殿、それほどの数を前にしてよく無事でいられたものだ。”八尾比丘尼”の力は些かも衰えておらぬようだな」


 御影小路の当主が発した称賛を彼女は渋面で応じた。


「儂は何もしとらんよ。そこの原田殿が齎した呪具であの数の妖魔は一掃されたからの。あれほどの威力は神代の遺物としか思えぬが、どうやら数があるようじゃぞ」


 伽耶さんの言葉に陽介も大いに頷いている。実際あの敵を相手にスクロール4枚でほぼ全滅させたらしい。残りは北里さんと瞳さんが掃除して終了で土御門の二人は本当に何も手出しせずに終わったようだ。


「ほう、それはそれは。我等にも有効な呪具であれば、是非にでも」


 俺の目論見は成功し、陰陽宗家たちは異世界の品に食いついたようだ。冗談抜きで捨てるほど余っているので適正価格で売り捌きたいが、今はその話をする時ではないので頷くだけに留めておいた。


「その傀儡から正気に返る方法は残されていますか?」


 俺の問いに藤乃さんは首を横に振った。


「記録にはありません。不可能ではないと思いますが……」


「ですね。直接脳を弄られてでもいない限り、元凶を滅ぼせば元通りになるとは思います。ですが、敵もそれを見越して使い捨ての盾として使うでしょう」


 暗に始末していいですか? と周囲に聞いたんだが、否定的な反応が返ってきた。


「いざという時はやむをえまいが、それはあくまでも最後の手段だと考えたい」


「うむ、数の少ない術師をいたずらに減らすのは愚策だ。なに、奴等を取り押える非殺傷武器を多数用意してある。いざとなれば我等に任せてほしい」


 加茂の当主が懸念を示し、御影小路が一任しろと言うので任せることにした。今回の事態を受けて懇意のイスラエルや中東の武器商人から様々買い集めているとのことだ。

 どんな伝手があれば陰陽家の当主が武器商人と繋がるんだよと、その内容が気になるがこれも今聞く事ではないな。


「芦屋め、一家の当主が妖魔に誑かされるとは前代未聞の醜聞だぞ。一体何時からその身を乗っ取られたのか。先月の会合では微塵もそのような素振りは見せなかったが」


「そうですね、家の者に今代の道満の行動を調べさせましたが、特に不審な点は見られませんでした」


「そのうな話は後でもよいではないか。今はあの敵に対する対処を話し合う場ぞ」


 話が逸れかけたことを久さんが窘め、皆が再び俺に注目した。

 それでは本題に入るとしよう。


「そんな強大な敵を安倍清明はどうやって封じたのですか? 先ほどの話では当時の巫を犠牲にしたような口ぶりでしたが」  


 俺の問いかけは先ほどの咎に直接関わるものだったらしい、言葉にするか逡巡していた藤乃さんだが久さんが頼む、とダメ押しをしたことで重い口を開いた。


「記録によれば星の力を借りて妖魔の力を4つに分離させ、神将たちの攻撃で弱った所をその魂を巫の身に封じたとあります。我が一族はその4つの祠を極秘に、しかし厳重に管理し、二度と禍が蘇ることのないようにすることだったのですが……」


「何かがあったのじゃな? 藤乃よ、隠さんでくれ。これは葵の、我が孫の命にかかわることなのじゃ」


 懇願するような久さんの言葉にその端正な顔を歪めた藤乃さんは意を決したようだ。


「気の流れから察するに北の護りが解かれたようなのです。安倍清明が考案し、これまで幾度かあった脈動をも完全に防ぎ切った最高の守護なのですが……」


 いかなる手法を用いたのか、と続ける藤乃さんは悔恨の極みと言った感じだ。その只ならぬ様子に各家の当主たちも有り得ない事態であると認識したようだ。


「皇家の不手際を責める気はないが、その守りが限界であったのではないか?」


「それは有り得ません。歴代最高の術師である清明が編み出した術式は私の目から見ても完璧でした。妖魔の強大な力を龍脈で縛り、それでも溢れる残滓は神木に吸わせることで徐々に弱らせ、いずれは完全な消滅を目指す安倍清明渾身の術式です。他の護りが今も完璧に作動していることが何よりの証左ですのに……あの壊れ方から考えるに、龍脈を破壊する勢いで力が流れ込んだものと」


 全ては言い訳に過ぎませんが、どれほどの力が流れ込めばあの護りが崩壊するのか皆目見当がつきません。


 そう零す藤乃さんの言葉をまとめると、完璧なはずの結界が膨大な力を注ぎ込まれて突如ぶっ壊れたらしい。


 そんなムチャクチャな、と誰もが顔に出しているが沈痛な面持ちの彼女になにも言えないでいる。


 しかし、北の守りか。葵の問題を解決するには他に後3つあるそれをどうにかする必要がありそうだ。


「ですが巫と他の護りが万全ならば禍が完全に甦ることは有り得ません。星の巡りからするに復活の周期はこれまでも幾度かありましたが、全て乗り越えてきています。超常の力を持つ原田さんも居てくれることですし、諦めるには早すぎます」


「うむ。藤乃の言う通りじゃ。ご先祖様の努力を我等の代で途絶えさせるわけにはいかぬ。現代の術師の総力を結集し、事に当たらなければならん」


 彼等の考えは封印を維持し、この危機を乗り切る方針だ。

 当然そう考えてしかるべきだし、これが最善だという彼らの考えに異議はない。


 俺はそれに従う気はまるでないが。


「そう考えると芦屋の力を削いだのは敵の策略か? 戦闘能力では我等を凌ぐ彼等を手足の如く使えば倍の戦力を用意しても抗し切れんぞ」


 加茂の当主が難しい顔でこれからの展望を描くが、御影小路が漏らした一言が話を壮大に脱線させた。


「口惜しいが自衛隊の力を借りることも検討すべきか。陰陽師の事は我等の手で解決するのが道理だが、敵に回った芦屋の戦力は侮れぬ」


「いや、軍を招き入れるのは反対だ。不用意な干渉は禍根を招く、我等だけで解決すべき事柄だ」


「しかし、現代兵器も芦屋に対抗する面だけ見れば効果的だろう。非常時なのだからすべての選択肢を検討すべきではないか?」


「それこそ原田殿の呪具を買い取ればよい話だと思う。神秘と科学はとかく相性が悪い。他に手段がある状況で軍の投入は早計ではないか?」


「その通りだが、最悪の事態を踏まえて打診程度は可能だろう? 防衛省にも陰陽寮は分署程度だが存在するのだ、そこを介して……」


 そういや銃ってこの世界ではどんな扱いなんだろうか。喧々諤々の議論に口を挟めないので成り行きを見守っていた俺だが、その様子を見た藤乃さんが暗い顔で呟いた。


「これも全て護りを管理する私が招いた責ですね。阿良々木の護りさえ健在ならば、ここまで追い込まれることはなかったものを……」


 ん? んんん?


 どっかで聞いた事のある名前が出てきた気がするぞ。


 俺は声を潜めて藤乃さんに問いかけた


「その場所に封印が?」


 彼女も無意識に口を開いていたらしい、俺の言葉に驚いていた。


「ど、どうか内密に願います。既に壊されたとはいえ、我が国の最も秘されるべき機密なのです」


「かの地の御神木は北関東で最も霊格が高いとされていましたが、そのような意味があったのですね」


 俺の隣に居るユウキの側から動こうとしない北里さんにも今の声が聞こえていたようだ。


「北里の小夜子さんですね、貴女もこの件はどうか口外なさらぬよう。私も貴女の巨大な力の源は詮索いたしませんので」


「無論です。この国を長らく守護されてきた帝の御一家に対し、不敬を働くつもりは毛頭ございません」


 二人の間で何らかの協定が結ばれたようだが、俺は結界の崩壊理由を確信して内心で冷や汗をかいていた。



 阿良々木大社ってあれじゃん、瞳さんが捕まってた場所だ。

 そんで彼女を助けるためにユウキが魔力を神木に流しこんだわけだ。俺もその場に居たから後時の様子はよく覚えている。

 瞳さんを助けるために一瞬だがかなりの魔力を注いでいた。魔力的に同化させられていた瞳さんを引き剝がすのが目的なので、それこそ神木をぶっ壊す勢いだった。

 

 実際にぶっ壊しちゃったんだろうなあ。

 


 なんで瞳さんがあの場所の神木に括りつけられていたのか、今ではその理由が推察できた。

 巫の親族である彼女を使って少しでも封印を解こうと考えたのだろう。

 結果は無意味だったのは間違いない。あの放置具合がそれを物語っているが……


 それらを全部無茶苦茶にした存在が居る。



 俺は顔を動かさず、視線だけで隣のユウキを窺った。


<玲二、こっち見んな。黙っとけば誰も気付かないって>


 あ、さては自覚あるな? 


 いかん、俺も知らん顔しとこ。


 

 あの安倍清明が生み出し、この国を守護する大切な結界の一つをぶっ壊して藤乃さんに暗い顔をさせているのは他でもない……


 俺の隣にいるユウキだった。



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