第88話 最強少年は鍵を探す。 2



 敵の封印を解いちまったのが自分達だという衝撃の事実が判明したが、俺達はポーカーフェイスを貫いて動揺を顔に出すことは防いだ。

 しかし俺は少し無表情が過ぎたかもしれない。もうちょっと”へえ、そんな場所に封印が”と感心するべきだったかもな。

 幸いにして藤乃さんも機密をうっかり口に出してしまった事に動揺していて、俺達の無表情には気づかなかったようだ。


 周囲は相変わらず自衛隊に協力を仰ぐがどうかで議論を重ねており、あの夜の当事者である瞳さんはそちらに意識が行っていて、この不都合な真実を聞いている感じはなかった。

 もっとも、死の淵から生還した瞳さんはあの夜の事をあまり覚えていないらしい。意識を取り戻したのもあの神社から離れた後だったから、心配はあまりないと思うが黙っておくに越したことはない。



 だがこの状況はチャンスだな。彼女だけに話を聞く機会は今に置いてない。


「結局、かんなぎってどういう存在なんですか? 当事者の葵からは殆ど話を聞けなかったもので」


 俺の問いかけに藤乃さんは周囲を少し見回し、俺達に誰も注意を向けていないことを確認して口を開いた。


「それは原田さん。貴方がこの国難にどこまで関わられるおつもりなのかでお話しする内容が変わってきます。私個人としてはあまりこちら側に立ち入ることはお勧めしませんが、その強大なお力を御貸し頂けるならば」


「完全そして完璧に解決します。俺は芦屋の野望を挫くという依頼を葵と久さんから受けています。その達成の為には諸悪の根源を潰す必要があるようなので」


「敵は神を名乗る存在なのですよ? その力は人知を超えます。貴方がいくら強大な力を持っているとしても……」


「忠告はお気持ちだけ受け取っておきます。ですが、自称神程度ならこれまでに4、5匹始末してますんでお気になさらず。俺はむしろ土竜叩きのように何度でも復活することを心配しています。それはいくらなんでも付き合いきれない」


 人間に封印されちまう程度で何が神だと笑いたくなる。ガチでヤバい連中は人間に推し量れるレベルに居ないし、そもそもそんな奴等は人間に興味を示さない。地面に這う蟻を道を歩く俺達が気にも留めないのと同じ理由だ。


 あの野郎は葵というか巫に執念を燃やしていた。そこまで俗っぽい奴は総じて神の位階も低い。精々が土地神の下級レベルだろう。

 つまり大した敵じゃない。問題なのは確実に始末できるかである。倒したと思ったら取り逃がしてて忘れた頃に復讐されるとか面倒臭すぎる。

 そしてその場合、狙われるのは俺ではなく周囲の戦う力のない者たちになるだろう。

 故に潰すと決めたなら確実に仕留める必要がある。だからこうして事情を知る人たちに詳しい話を聞いているのだ。


「貴方はやはり”渡り”の……そこまでの御覚悟がおありならお話ししましょう。巫とは神をその身に下ろす特異な資質を有する者を指しますが、今回はその特性を利用して弱らせた悪神をその身に宿し続けることで封印を続けている状況なのです。我等の不甲斐なさで久の一族には言葉にできないほどの痛苦を……」


 先ほど封印が解かれたと告げた時よりも深い苦悩が彼女に見えた。どうやら冒頭の咎はこっちが本命のようで、その顔に思わず口を挟んでしまったほどだ。


「当時の陰陽師が討伐不可能だったのは理解しましたが、その件で貴女が謝罪する必要はないでしょう」


 俺の言葉に藤乃さんは儚く微笑んだ。罰を与えられることを望む咎人がそこに居た。


「先ほど、京の都に呪いを振りまいたと言ったでしょう? それは方便なのです、本当はあの悪神が呪いをかけたのはある一族なのです」


 その先はもうお解りでしょう? と促されて唐突に納得した。


 俺の記憶が確かなら安倍晴明って中世の人間だったはず。その頃の最高権力者といえば……藤乃さんの一族だろうなぁ。

 そして敵はこの国の中枢、それも最も価値のあるトップを狙ったって事か。



「巫は我が一族の身代わりとなってその身に呪いを受け、現在まで苦しみを受け続けているのです」




 いつしか議論は止み、会議室は俺と藤乃さんの会話だけが聞こえていた。

 皆にも今の話は聞こえていただろう


「かくして我が一族はあの妖魔を封じ続けることを使命に時を過ごすことになった。無論のこと、皇室から過分なほど手厚い庇護を受けておる故、藤乃に恨み言を告げる気はないが」


 俺は山奥とは思えないほど豊かな隠れ里を思い出した。陰陽師が儲かる職業だというのを差し引いても国からさらに援助があるらしい。

 だがそれはそうか。もし何が手違いがあって葵の家系が途絶えたら呪いは本来の場所、菊の御紋章の一家に帰ってくるのだから、何としても維持させるべく庇護を与えるのは当然と言える。


「久、私が貴女に抱いてきた罪悪感を今まで言葉にできなくて申し訳なく思っています。ごめんなさい、その呪いは本来ならば私たち一族が引き受けるはずだったのです」


「その言葉は我が娘の茜と巫たる葵に告げてやってほしい。巫の母となった者はある意味で巫以上の不自由を味わう。漏れ出した呪いが周囲の霊力を吸収し、瘴気に変換するのじゃ。そのせいで我が娘は孫娘と満足に触れ合うことも出来んかった」


 久さんの言葉は平坦で一切の感情が消え去っていた。その境地に至るまでにどれほどの悲哀があったのか、想像することもできない。


「茜さま……」


 瞳さんが叔母である茜さんを支えているが、彼女はその手を優しく抑えた。


「ですが今は玲二さんのお陰でこうして皆様の前に顔を出せるまでになっています。宮様がお気に病まれる必要はございませんわ」


「ありがとうございます。そう言っていただけて、少しだけ胸のつかえがとれた思いです」


 しんみりしてしまった空気を振り払うように俺は別の話題を口にした。


「しかし、考えてみれば都合よく巫を用意できたものですね。当時は陰陽寮に所属していたんですか?」


 移動はすべて徒歩かノロノロ歩きの牛車の時代だと思うが、もし巫が別の地方に居たら全てが水の泡だろう。その意味でも安倍清明は幸運だったと言える。

 そう軽く考えた俺だが、藤乃さんから衝撃の事実が語られた。


「悪神は聖上おかみとその直系親族を狙って強力な呪いをかけたそうです。その呪いを肩代わりできる資質を持つのは、やはり同じ一族のみなのです」


「えっ!? ってことは……」


「はい。当時の巫は傍系ですが皇族でした。その後、皇籍から外れたとされていますが、それゆえに呪いをその身に引き受け聖上をお守りすることができたと聞いています」


 おおう。ということはここにいる久さんたちもその血統じゃないか。それは初耳だったようで彼女たちも大層驚いていた。


「なんと、そのようなことが……」


「ふふ、久と私は遠縁なのですよ。もう家系図も追えないくらい、いえ家系図も遺失したことになっているのですけれど」


「遺失、ですか?」


 思わせぶりな言葉に食いついた俺に久さんは悪戯めいた顔を見せる。


「ここまで説明したのですから、もう一つくらい秘密を明かしてしまいましょうか。原田さんは日本書紀という書物をご存じかしら?」


 突然思いがけない名前が出てきて面食らってしまう。に、日本書紀だって?


「たしか歴史書ですよね。古事記とかと同じで……」


 自信なさげな答えを返す俺だが、歴史はあまり得意ではないので詳しいことを聞かれても答えられないぞ。


「ええ、そうです。本書が全30巻と系図が存在しましたが、それは失われたとされています」


「今の話ですと、その系図は実存するように聞こえましたが」


「その通りです。遺失した系図は今も正倉院の奥深くに眠り続けています。何故なら、その系図には巫の名が記されているからなのです。その書は表に出せない禁書となり、歴史の闇に葬られました」


 ううむ、話が大きすぎてついて行けない。俺は歴史学者じゃないのでとっておきの秘密を明かしました、という顔をされても反応に困るぞ。ほら、俺以外もどんな顔をすればいいのか戸惑っているじゃないか。


 訳知り顔で適当に頷いた俺は話題を変えて誤魔化すことにした。

 

「なるほど、このような事情であれば葵がなぜ今になって芦屋に発見されたのか理解できます。ずっと疑問だったんですよ、これまで隠せてきたのに唐突に露見した理由が」


 俺の言葉を加茂の当主が引き継いだ。


「なるほど。妖魔がその血脈に封じられていたなら巫の存在する位置を早期に把握するのは容易かろう。だが、芦屋の一門衆にここにいるのは確かなのだが顔も名も解らぬ巫を連れて来いと命ずるのは難しかろう」


 アイドル稼業や学校に行っているときは符術で隠してると言ってたが、男装を解いたバイト中にその術を使ってはいなかったのだろう。そしてドルオタに激写されネットに挙げられ、それを偶然見た芦屋の当主は狂喜したに違いない。


 ネット見出し記事にはご丁寧に”現役人気アイドルの御堂葵、隠れてアルバイトするも即座に発覚するwww”とか書かれてたからな、奴が葵を追うのに必要な情報は全部揃ってるときた。



「あの馬鹿孫め。あれほど気を付けいと申したであろうに……玲二殿と出会えた幸運を差し引いても説教し足りんわ」


 憤懣やるかたないという顔をする久さんに皆が苦笑を隠せない。俺にとってもあの事件は人生終了コースの出来事だったが、何故かこんな話になってしまっている。


<さすが玲二だな。相棒が居ればこれが主人公だと叫んだだろうよ>


<勘弁してくれ。女絡みのトラブルはもう腹一杯だってのに>


 完全な裏方に徹しているユウキが<念話>で話しかけて来たので俺は辟易とした心情を返した。


<悪いが俺も少し口を挟むぞ。今の話を聞いていて気になることがあってな>


 ユウキの言葉に了承を返すと彼は口を開いた。



「ここにいる皆さんに一つものを尋ねるが、誘拐されたという各家の護り巫女は無事なのか? これまでの方針を投げ捨てるくらい大事なものだと思うが、その割にここにいる長たちの顔に必死さがないように見える」


「その言葉にお答えする前に、貴方のお顔とお名前を伺ってよろしいかしら?」


 藤乃さんから言われて思い出したが、ユウキは今認識阻害の魔道具を身に着けてるんだった。この魔道具は”確かにあの場所に居たんだがその顔がよく思い出せない”程度に相手の認識を阻害する。この場の皆からすればなんとなく変な奴がいるくらいの感覚だろう。


「これは失礼した。確かに貴人の前で取るべき態度ではなかったな」


 そう告げて魔導具の機能を解除し素顔を晒したユウキを見て、周囲の者たちは揃って息を呑んだ。あの倉庫街の大破壊を為した当事者が近くに座っているのだから当たり前ではある。

 例外はあらかじめ自己紹介を受けていた久さんたちと橘のオッサンから情報を得ていららしい加茂の当主だけだった。


「私はユウキという者です。ここにいる玲二の友としてこの場におりますが、皆さんとはこの場限りでしょうから見知り置く必要はないと存じます。それで、私の疑問にお答えいただけるのでしょうか?」


 ユウキは<威圧>も何もしていないんだが、その存在感だけでこの場の全ての人間を圧倒してしまっている。誰も二の句が継げない中、精神的衝撃が一番少なかった加茂の当主が彼の質問に答えた。


「私がその質問にお答えしよう。我ら三家に下賜された護り巫女は符術によってその生命状態を察することができるのだ。芦屋は我等だけに与えられた栄誉を長年妬んでおったので巫女たちを拐かす暴挙に出たと思われる。しかし、彼等も巫女の貴重さを理解しているはず、交渉の道具として容易く害しはしないと見ているのだ」


 加茂の当主の言葉は彼等の共通認識のようで、誰からも補足の言葉はなかった。


「なるほど、丁寧な説明痛み入ります」


 そう言ってユウキは頭を下げた。そのことで他の当主たちの緊張も解れたのか彼に言葉をかける人もいた。

 だが仲間の俺はユウキがかなり焦っていることを理解している。


 俺も行動を開始した方がいいな、これは。


「ユウキ殿、貴殿には礼を言わねばならぬ。あの倉庫街に囚われた二人は我が一族の者達だったのだ。彼女たちに代わり、篤く礼を申し上げる」


「ああ、あの二人はそちらの係累でしたか。怖い思いをさせてしまったと反省しています。ただ、他人の名前を商売で使うのはほどほどにとお伝えください」


「しかと伝えよう。出来ればこの件が片付けば正式な礼をしたいのだが、ご都合は如何だろうか?」


 御影小路の当主がユウキに色々話しかけているが、俺としては止めてくれと叫びたい。今は表面上友好的に接しているが、ユウキの精神状態はあまり良くない。


<ユウキ、何があったんだ?>


<玲二、今この老人は巫女を下賜されたと言った。その意味をお前はどう考える?>


<下賜ってことは偉い人から貰ったってことだろ? ってことは皇室からだな>


<俺はお前から話を聞いて違和感が拭えなかったんだ。この護り巫女のとこだけ唐突すぎるんだよ。何故敵は巫女を拐った? 人質として葵を探させる頭数を増やすにしても敵がほぼ復活してるならそんな必要はないだろ?>


<そういや雲雀とかいう式神も陽介を張ってたが、目的は葵に接触することで巫女は直接関係ないな。だとしたらマジでなんで拐ったんだろうな?>


<その理由は彼等が自分で答えたぞ>


 ……あっ!


「藤乃さん! 今話に出た護り巫女は全員が皇族の生まれですか!?」


 思わず勢い込んで尋ねた俺に周囲の注目が集まる。

 俺の想像が確かなら、のんびり会話している場合じゃねえ。

 ユウキの悪い予感ってマジで当たるな! だから本人もここに出張ってきたんだろうけどさ!


「はい、その通りです。各地の霊的守護を担う陰陽宗家に我が一族から……」


 彼女の最後の言葉は既に聞き流している。


「なるほど……ありがとうございます」


 人間、切羽詰まると逆に落ち着くらしい。焦る気持ちと同時にここで俺は何を優先すべきか頭が回り始めた。


「陽介、その巫女さんたちが誘拐されて何日経った?」


「今日で5日目だが、それがどうかしたか? 」


「そうか、ありがとう」


 怪訝な顔をする彼に礼を言い、俺は静かに黙考を始めた。


 ユウキの懸念は恐らく当たっている。


 巫女たちは交渉材料として誘拐されたんじゃない。他の用途で使うためにわざわざ芦屋の精鋭を派遣してまで他家の本拠地から強奪してきたのだ。


 そこまでする価値のある行為なんて、そんなの悪神とやらの復活以外ないだろう。



 俺の脳裏にあの夜の光景が蘇る。


 北の封印場所だとされた阿良々木大社には瞳さんが大木に括りつけられて魔力を吸われていた。元は葵を誘い出す餌として誘拐された彼女だが、あの場所に居たのはかんなぎの血族ならもしかしたら封印が解けるかもしれないという期待も込められたのだろう。


 その試みは失敗に終わったが、ユウキが彼女を助けるために力技を敢行した結果、封印は解かれてしまった。

 その事実を俺達は知っているが、結果だけ知った敵は葵以外でも血族ならば封印は解けるのだと誤解してしまった可能性は高い。


 そして狙われたのは瞳さんと同じく皇族の血を引く巫女たち。奇しくも3人は残りの解かれていない結界と同じ数だ。こんなの偶然なはずないだろ。



 間違いない、護り巫女たちは封印を解く生贄として各地の封印場所に捧げられている。巫術で無事が解るとか言ってたが、そんなの小細工次第でどうとでもなる。

 誘拐しておきながらまともな要求一つ寄越さない時点で解る。

 

 始めから彼女たちを生きて返さないつもりなのだ。


 ただでさえ瞳さんは捕まって二日で体中の魔力を吸い尽くされ、瀕死にまで追い込まれていたのだ。


 巫女たちが誘拐されてもう5日も経っているという。

 三人はまだ生きているのか?


 少なくともこんな場所でちんたら話し合っている場合じゃないことだけは確かだ。




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