第66話 最強少年は罠に落とす。



「じゃあ、俺達はこれで。このとこは内密に頼むわ」


「ああ、俺も無駄に敵を増やしたくはないからな。俺達は誰とも出会わなかった。それで十分だ」


 これ以上有益な情報もなさそうだったので陰陽師一族の彼等とはそこで別れた、というか向こうがここから立ち去った。俺達を罠に嵌める可能性も脳裏には浮かんでいるが、<マップ>で相互の位置関係も把握している俺は彼等が素直にここから離れていることを知って罠の可能性がないことを知った。

 それにこの地に集う陰陽師の集団はあと2チーム、14人しかいない。俺が同行していると解っていて、この数で仕留めようとするほど馬鹿じゃないだろう。


 その後で芦屋の傍系だという岩倉という女から非常に気になる情報を耳打ちされたのだが、四国の山奥にいる俺にどうこうできる件でもない。



 だがやはり鞍馬社長は厳しい状態に置かれているようだ。瞳さんを救出に向かうあの夜、俺に流した情報から裏切り者と断定されて芦屋一族から執拗な攻撃を受けていると聞いた。

 向こうの善意の上での行動とはいえ、このまま座視できるはずがない。だが今すぐ助けに行くとしても、社長や主だった連中は全員行方をくらませているらしい。

 友人でもある綾乃の安否を葵はしきりに気にしていたが、これは黙っておくべきだろう。


 <念話>で如月さんに確認したんだが、彼女は自宅マンション前で暴漢数人に襲撃されたらしい。問題は怪我したとかそういった情報が全く流れてこないことで、それが逆に様々な憶測を呼んでいる。俺の敵である須藤が殺された事件に続いて有名な歌姫の悲報に芸能界は大騒ぎになっているそうだ。

 裏切り者に対する制裁だから、きっと表沙汰になってない事件も山ほど起きているに違いない。

 スマホを使わせない狙いはこういった情報を俺達に入手させない為もあったのかと勘繰りたくなる。


 正直言って今すぐ駆け付けなきゃならんほど気が気じゃないが、社長は生死不明の状態みたいだし、この件は情報が少なすぎる。後で東京に戻った時に考えるとして、今は陽介の居場所を知るという存在を待ち構えるだけだ。


「ねえ、玲二。あの女が嘘ついてる可能性もあんじゃない?」


 リリィが俺の耳元でそんなことを言ってくる。


「女の言葉を全面的に同意するのは危険だが、他に手もないしな。だが、ここに集団が向かってきているのは確かみたいだし、騙されたならそれはそれでいいよ。それで特に損するわけでもないしな」


 橘のオッサンは期日までに葵を捕らえなければならんと言っていた。となれば時間は向こうの敵であり、持久戦はこっちに利することになる。大急ぎで事に掛かる必要もないのだ。



 そして茂みに隠れること20分ほど、ようやく目当ての人物が現れた。


 遠くに見える人影を双眼鏡で確認した俺は知らぬうちに口元を歪めていた。


「なるほど、あの人か……あの顔見たらただ話を聞くよりもっと効果的なことを思いついたぜ」


「うわ。玲二が悪どい顔してる」


 葵め、失礼な奴だ。古今東西、巨大な敵集団に対して弱小勢力が楔を打ち込む手段として最も有効なんだぞ。

 使い古された手法ってのはそれだけ繰り返された、つまりはとびきり効果的って事なんだ。


 裏切り者ジューダスを作るのはよ。



「ちょっとこれまでとは手法を変えるぞ。葵はこいつを持っていてくれ。使い方はリリィに聞いてくれ。じゃあ後は頼むな」


「はいはい、こっちは任されたよ」


 俺は異世界の神器である通話石を葵に手渡した。その名の如く、離れた場所でも相手を通話できる、向こうじゃ王族御用達となっている超貴重品だ。


 全く相談せずに実行するから連絡は取れるようにしておかないとな。


 地形は……おお、おあつらえ向きに川の流れる谷があるじゃねえか。使えそうだ。


「え、玲二! いきなりどうしたの」


 慌てる葵の世話もリリィに頼むことにしよう。俺達は<念話>があるのでいつでも連絡が取れるので心配ない。


 葵の言葉に返さずに俺は茂みを飛び出した。そのまま強化された身体能力で疾風のように駆け出すと彼我の距離は一気に狭まり、突然の俺の出現に驚く相手の顔も良く見えた。



「ッ! あ、あんた、原田じゃ……」



 俺は有無を言わせず先頭を歩く女を担ぎ上げた。女の柔らかな肉体に生理的嫌悪を感じつつそのまま森の中に突入する。


「な、何があった!?」「分隊長が突然!」「追うんだ! 見失うな!」


 俺が拉致したのは俺や葵とも知り合いである陰陽寮所属の北里さんだった。陰陽寮まで動員されたのは意外だったが、確かに彼女なら陽介とも幼馴染だし連絡を取れる関係にあるだろう。


「原田、あんた突然何を!」


「なあ、突然だが紐なしバンジーは好きか?」


「はあ? いきなりなにきゃああああああ!!!」


 彼女の言葉は悲鳴で掻き消された。


 俺が谷底に向けてそのままの勢いで跳んだからだ。

 北里さんには俺と楽しい空中散歩に付き合っていたい。



 悪いな、陽介たちは想像もしていないかもしれないが、俺はあんたらとは違って悪辣な手段を取ることも全く抵抗がないんだ。

 なにせもっと悪いヤツが傍にいるんでな、こちとら様々な手口を傍で学んですっかり毒されているんだ。



 これから北里さんには彼等を内部から崩壊させる猛毒になってもらう。


 彼女と会話したのはわずかな間だが、その頑なな性格は理解しているつもりだ。

 

 だがそれでも俺は彼女を堕とせる確信がある。



 誰よりも貪欲に力を求める彼女を篭絡する術を俺は持っているのだ。


 

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