第114話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 3
<玲二どうだ? 結界の展開は問題ないか?>
<ああ、成功してる。これで奴は袋のネズミだ、何処にも逃がさねえ>
<この広範囲を本当に覆えるか不安だったけど、ユウキの魔力なら何とかなるものだね。範囲外に敵の一部が逃れていなければだけど>
俺達は<念話>で状況を話し合っていた。いくらユウキといえどもこの超極大規模の結界を構築するのは始めてなので、僅かな隙間も見逃すまいと精査中なのだった。
このガスだかもやだかわからん存在が本体ではないならばなおさらだが……このデカさならちょっとは欠けや綻びがありそうなもんだと覚悟してたがが、今のところマジで見当たらないぞ。セラの婆ちゃんが手伝っただけのことはある。
<ここの封印はセラ先生が褒めてたほど精密だった。ここまでの仕掛けを施した術者なら封印場所を四方に分散させたことにも意味があるはずだ。そのあたりは考えてあるだろ>
俺はこの敵と戦う前に仲間たちと話し合い、入念に計画を練っていた。
何しろこれから戦う相手がどんな敵なのかもまったく解っていないのだ。ユウキや如月さんも最低最悪の想像をして、その上で対策を講じることは必要不可欠だと考えていた。
そして俺達が恐れる最悪の事態とは、敵が初手から全力で逃げを打たれることだった。
最終目的である復活も成し遂げたんだし、冷静で狡猾ならば態勢を整える為に姿を消すこともあり得た。人間を露骨に見下していたから煽って挑発すれば襲いかかって来ると踏んだが、案の定簡単に釣れてくれてひと安心だ。
力負けすることは絶対にあり得ないと解っていたが、俺達の知らない能力を使ってこいつを取り逃がすと容易に追いきれない可能性があったからだ。
リターンマッチが俺の事情(これが終わったら異世界に帰るからだ)で出来ないので、手間をかける必要があった。
それに復活した敵をこのままのさばらせると日本が魑魅魍魎が跋扈するとんでもない国になってしまう。こちらの我が儘で蘇らせたので、責任もって始末しなくてはならない。
だから戦いが始まったら真っ先に広域の結界を展開すべきだと俺達は判断していた。
その判断の是非はこれから明らかになるだろう。
<それで、結局敵の正体は解ったのか? <鑑定>ではどう出た?>
<悪い、それなんだが俺の腕じゃ無理だったわ。というか霧相手に鑑定とかマジでどうやるんだよ>
俺達の持つ<鑑定>スキルは対象に魔力を当てて情報を読み取る技能らしい(セラ婆ちゃん談)んだが、相手が霧状だと魔力を当てる対象が絞りきれなくてもう何度も失敗しているのだ。
俺達の持つ<鑑定>は正確に言えば<精密鑑定>なので、成功すれば敵の能力や隠された技能なんかも全部丸裸にできるんだが……視界に入れてちゃんと見ないと効果が発動しないので素早すぎる敵とかと相性が悪いんだよな。
もちろんのこと、ユウキなら当然のように鑑定できるだろう。俺とは魔力操作の腕が違いすぎる。
俺は暗にユウキに助力を求めた。情報なしにこんなチート野郎と戦いたくはない。
<慣れりゃできるようになるが……わかったよ、相棒と一緒に合流する。野暮用終わらせてから行くから少し待っていてくれ>
<野暮用? なんかあるのか?>
<確証があるわけじゃないんだが、まあ保険だと思ってくれ。先生と相棒もいるし、すぐ終わるさ。如月と一緒に……>
<ごめん、ボクも玲二の戦いを特等席で見物したいところだけど、現場に向かうと車椅子になっちゃうから遠慮しておくよ。まさか本家の祖父の知り合いがいるとは思わなかったし、不用意なことすると色々面倒そうだからね。ホテルで眠る3人の巫女のこともあるし僕は戻るよ>
<そうか。色々済まないな>
<いや、礼を言うのは俺だっての。如月さん、本当に色々ありがとうございます>
<僕たちは仲間だろ、礼なんて不要だよ。玲二はこれからもう一仕事あるんだし、敵を手早く片付けられることを祈ってるよ>
<そ、それってさっきユウキが何か言いかけた奴じゃ? いったい何があったんです?>
<それは全部終わってから話すって言っただろ。今は敵に集中しろよ、大したことない相手でも油断してると足元を掬われるぞ>
<めっちゃ気になる……>
俺達が<念話>で必要なことを話しあったのは僅かな間だが、影野郎が受けた衝撃から立ち直るには十分な時間だったようだ。
「神である我をここまで虚仮にするとは……何時でも殺せる虫ケラ如きと思い遊んでやったが、それゆえに己が力は神に比肩するとつけ上がったようだな」
俺達が結界を張ったことは影野郎には想定外の警戒すべき出来事らしかった。
その証拠にこれまでとは口調はともかく気配がガラリと変わっている。
奴さんはようやく本気を出すらしい。
「別に思い上がったわけじゃねえよ。ただ俺の方が圧倒的に上だという変えられない現実があるだけだ」
だが俺は変わらず奴を挑発する。怒りは感情の制御を疎かにし、力を乱れさせる。
それに気になったあることの確信を得るため、俺は敵を煽り続けた。
その甲斐あってか、影野郎が発する空気が変わった。
「よかろう。虫ケラなどには勿体無いが、神の本当の力を見せてやる。その増長した頭に恐怖と絶望を刻み付けて死ぬがいい」
奴はそう言い放つと、全身から強烈な魔力を放出したが……動きはそれだけだった。
「えっ、今何かした? もしかして不発?」
背後の<結界>の中にいる葵がそんなことを言っているが、恐らく違う。
きっとこいつは俺達には理解できない何かをしたのだ。
これから何が起こるか不明だが、奴の中でも相応の手札を一枚切らせた意味は大きい。このまま丸裸にして二度と復活できないようにすべての力を絞り出させてから消滅させてやる。
「ふ、これを察せぬとは巫の質も落ちたものよ。千年の獄は業腹だが、術師共を堕落させることは出来たか。古に比べ呆れるほど拙い技量よ、ゆえにその慮外者の異質さが際立つ。ただの虫ケラとはおもえぬ、本当に人の子か?」
「生憎と人間様だな。それより今になって突然会話を始めるって事は切り札を使うにはずいぶん時間がかかるようだな?」
露骨な時間稼ぎだが、こちらの目的と合致するので乗ってやろうとしたんだが……俺の指摘に我慢がならなかったのか、気分を害した影野郎は周囲に魔力を迸らせると俺の前の空間が漆黒の闇に切り替わった。
これは……昨日も見たな。完全復活しただけあってその規模は比べ物にならないが。
「よかろう。かように争うことを望むならば、我が軍勢と一戦交えるがよい。復活した我が眷属は星の数ほどおる。お前が必死に守っている他の虫ケラが生きたまま腸を貪り食われるのを眺めておるがよいわ」
その暗闇から夥しい数の異形どもがうじゃうじゃ湧いてきたのだ。
観客に意識が向かないよう俺が挑発していたのは確かだが、別に必死に守ってるわけでもないんだがな。
「やっぱこうなったか。芸のない野郎だ、昨日と同じじゃねえか」
昨日はひとつの入り口から魔物が湧いてきたが、今日は10以上の入り口から続々と出てきているので周囲は既に敵だらけだ。ざっと見ただけでもう4桁は居そうだな。
確かにこの数を見れば戦意を喪失しそうなもんだが、観客の皆は普通じゃないからな。
俺が視線を向けると想像通りの光景が広がっていた。
「ふふっ、どうやら私達の出番がきたようだ。彼の言う通りだったな、準備が無駄にならず良かった」
「麗華、油断しないで。いくらこの結界が優秀でも慢心は禁物よ」
「ふん、この婆も知らぬ妖魔とはの。新しい呪符の相手にちょうどよいか」
「瞳、手筈通りに。葵は下がっていなさい、危険です」
「はい、茜さま。ここに葵がいるのならば、幾万もの妖魔が来ようとも決して遅れは摂りません」
「大丈夫だよ、お母さんにお姉ちゃんも。ボクもこうなるって聞いてたから準備は万端だし」
「原田様のご指示はあのお方の意思と同じこと。主命を果たしましょう」
「お前ら、絶対に無理すんじゃねえぞ。ヤバいと思ったらすぐに下がれよ!」
「大丈夫よ、私達も原田から色々貰ってる、むしろ健吾は私たちが守るわ。それに結界の中から安全に妖魔を倒せるんだからただの射的じゃない、こんなの」
「そうそう、芦屋の立場を考えるなら葵の一族よりも働かないと」
「綾乃も皆も僕が守るよ。もう誰も傷つけさせはしない」
……観戦する皆の方が俺より戦意高そうだな。暫くは俺が観客で居た方がよさそうだ。
そう思っていたんだが、律儀な影野郎は俺にも相手を用意してくれた。
「お前は面白い相手を用意した。我が傀儡と一戦交えるがいい」
偉業たちとは異なる闇から出てきた存在に俺は内心の溜息を隠せなかった。
「やっぱりもう用済みだから解放、なんて真似はしないか。三流小悪党のテンプレ通りの行動しやがって」
現れたのは昨日戦った今代の芦屋道満だった。黒い長髪を後ろで纏めている二十歳後半の青年だが、その顔色は土気色だし瞳は虚ろで足元もおぼつかない。その姿を見れば誰もが正気じゃないと口を揃えるだろう。
「いずれ使う機会があると思うて手元に置いておいたが、存外に早かったな。術士であればこの者の名も見知っておろう。同じ人間同士、精々殺し合うが……」
「あっそ」
奴の言葉が終わらないうちに俺は風魔法で操られた芦屋道満を遠慮なく吹き飛ばしてその体は近くにあった大岩に激しく叩きつけられた。
「き、貴様!」
「馬鹿かお前? なんで俺が昨日会ったばかりの敵に手加減してやる義理があるんだよ。むしろこの先の芦屋の状況考えたらここで死ねた方がよほどマシな末路だと思うぞ」
岩壁に叩きつけられても呻き声はおろか身動き一つしない芦屋道満は影野郎の完全な支配下にあるのだろう。あの男の扱いはこれが最善だ。
下手に手加減してしまうと人質の価値があると敵に思わせてしまうからな。そうするとこの先ずっと肉の盾として影野郎の前に置かれかねない。
とはいえ、盾にされた芦屋の当主を避けて攻撃するのは朝飯前ではあるが、ここでは人質としての価値を消した方が得策だ。
「お前もそう思わないか?」
きっと同意してくれると思ったのだが、その前に景気良く吹き飛ばしたことが気に入らなかったようだ。
「我が主に対する暴挙を許すことは出来ません。その大罪、貴方には命で贖ってもらいます」
どういう理屈なのか、突如として背後に現れた式神の雲雀が俺の首筋目掛けて抜き身の刃を煌めかせるが、当然のように<結界>に弾かれて年若い少年の姿をした式神は距離を取った。
「これで主要な面子は揃ったか。となると……」
影野郎に意識を残しつつまだ動きを見せない道満を尻目に俺は雲雀を観察する。油断なく短刀を構えた人型の式神は短く呪文らしきものを唱えるとその姿が8つに分裂し、それぞれが俺に襲い掛かってきた。
「
「その守りの技にも限界はあるはず! 焔よ、弾けろ!」
幾度攻撃を弾かれても諦めずに雲雀は巨大な火球をこちらに打ち出してくる。この<結界>はユウキ特製なので異世界の超上位存在でもなければ抜けはしないし、魔力を用いた攻撃は吸収されて終いなんだが、俺はこれを好機に変えるべく敢えて火球を迎撃することにした。
「<ファイアボール>」
火球同士が空中で炸裂し、耳をつんざく爆炎と爆風が周囲を包みこんだ。
よし、これで秘密の話もできるってもんだ。
「くっ、火球一つでなんという威力! ですが、ぐうぅ!」
「おいおい、感心してる場合か?」
周囲を土煙が埋め尽くす中、煙幕を避けようとうる雲雀の首根っこを掴んだ俺は必死に逃れようと身をよじる式神に確信をもって話しかけた。
「お前、やはり操られてないな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます