第115話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 4



 俺の問いに雲雀は強い意志を湛えた瞳でこちらを見返してきた。



「式神がこうべを垂れるのは契約者ただ一人のみ。自我なき獣どもであればいざ知らず、我等高位式神があのような奇怪な存在に惑わされるはずがありません」


 話をするため掴んでいた首根っこを解放してやると、すかさず距離を取った雲雀は俺の問いに間接的に答えた。


 やはりこいつはマトモだったか。この式神が最初に姿を見せた頃から疑ってはいたのだ。

 これまでに出会った操られた奴等はに尽くしているような口振りだったが、この雲雀は一貫して道満の式神だと繰り返していた。つまりあの黒い霧とあそこで寝転がる若い兄ちゃんとは明確に分けていたわけだ。

 それにこいつが怒り狂ってるのは主人たる道満が俺に傷つけられたからだ。


 となると、こいつとは交渉の余地があることになるが……当然だがめっちゃ殺気立ってるな。

 これは余計なことは言えない。一言でこいつの気を引かないとすぐさま再び襲いかかってきそうだ。


「俺は今朝、雷桜院静夏を正気に戻した」


 簡潔な一言だが、雲雀の反応は驚くべきものだった。表面上だが俺への敵意を納めたのである。

 少なくともこちらの話を聞く気にはなったらしい。

 

 俺はジャケットのポケットから極少型の通話石(異世界産の神代遺物アーティファクト。意味はそのままだ。俺達はスマホ代わりに使っている)と取り出すと耳に嵌めろと手で示す。いくらあの影野郎が時間稼ぎのために異形の大軍を生み出しこいつらを嗾けたのだとしても足を止めて話し合うのは無理があるからな。


「で、話を聞く気があると思っていいんだな?」


「そちらの情報が事実であるならば一考の価値はあります」


 俺達は互いに攻撃を仕掛け、そして防ぎながら通話石で会話を始めているんだが……俺は手加減してるってのに雲雀の野郎は殺意が溢れてやがる。確かに主人を思いっきり大岩に叩きつけたし、たぶん全身複雑骨折の重傷なのは間違いないから理由は解る。まあ攻撃は俺に一切届いていないんだが。


「第一席とかいう女が正気に戻ったのは確かだ。今は師匠の藤乃さんが面倒を見ているはずだ」


「……鷺の宮が。二人の関係を知っているのならば、今の話も虚偽ではないようですね」


「疑り深い奴だな。あとそれと雫とかいう芦屋の当主の妹は無事らしい。今は土御門の保護下にいるそうだ」


「雫お嬢様が。それは苦難続きの我が一族にとっては唯一の朗報です」


 雲雀の野郎は口ではそんなこと言いながら渾身の力を籠めて俺の<結界>を破ろうと手にした剣を振り下ろしている。


「で、俺は飴玉を並べたが、お前はこっちにつくのか?」


 俺は周囲を伺いながらそう尋ねた。状況はあまり良くない、特に葵たちが異形の大軍に囲まれつつあるのだ。渡したアイテムや強化された呪符を使って敵を数十匹単位で一度に始末している者の、倒す数より押し寄せる量の方が圧倒的に上なのだ。

 だが戦い方もあまり上手くないな。寄せ集めだから仕方ないが、それぞれがバラバラに戦っている。あれだけの面子と戦力があればもっと効率的に倒せそうなもんだが、指揮する奴もいないのだろう。


「無論。道満さまをあの悪しき存在から解放していただけるのなら。ですが、如何様に?」


 俺達の周囲は攻撃の余波で魔物たちが消滅していて安全だが、流石にここで試す気はないが、ちょうど安全地帯がすぐ近くにある。


「見ての通り葵たちが居る場所にも俺のものと同じ結界が張ってある。あそこなら安全だ」


「しかし、道満さまをあそこに連れてゆくには……」


 雲雀の視線には既に十重二十重に結界を取り囲んでいる魔物どもの姿を捉えている。あの光景を見れば不安にもなるのは解るがまったく問題はない。

 後方で巨大な魔力の反応がある。ありゃセラの婆ちゃんだな、これなら即一掃されるのは間違いない。


「心配するな、すぐに綺麗になる」


 俺の言葉が言い終わらないうちに、猛烈な爆音と共に周囲を閃光が飲み込んだかと思うと、光が消えた後にはあれほどいた魔物どもは一匹残らず消え去っていた。


 そして俺の視線の先にはこの状況を変える三人が……あれ、増えてね?



「やはり醜悪な魔物は塵一つ残さず消し飛ばすに限るの。倦んだ空気も浄化されるようじゃ」


「中の連中ごと巻き込むのはどうかと思うんですけど?」


「お主が構築した結界がどれほど頑丈かは儂が一番よく知っておる。この程度では瑕疵ひとつ付けられぬわ」



「こりゃまた大所帯で来たな」


 影野郎は何かを準備しているのか変わらず動かない。一瞬だけユウキたちに視線を向けるとなんとも予定外の面子が加わっていた。


 陽介と伽耶婆ちゃんはさっき連絡を取った時に合流するようなことを言っていたのでもしかしたらと考えてたが。さらに一人見知らぬ姿がある。まさか今話に出た雫とやらか? さらにその後ろにいる二人、特に最後尾を歩くあの女に頭痛がしてきたぞ。


 藤乃さん、弟子は再び文疲れる可能性があるからこの騒動が終結するまで病院から出さないって話でしたよね?


 それなのになんでついて来てるんですかね……まあいいや、ユウキが連れて来たって事は面倒はあいつが見てくれるはずだ。俺は敵に集中しよう。



「道満さま!! お気を確かに!」


 結界の周囲を埋め尽くしていた魔物どもが消えたことにより雲雀は即座に主人に元に瞬間移動するとそのまま葵たちの元へ移動した。


 すぐにリリィとユウキが重傷の芦屋道満に近づいているのであちらは任せていいだろう。

 あ、予想外のユウキの登場に社長が完全に固まっててウケる。しばらく観察していたいがそんな暇はなさそうだ。


 雲雀の動きを見て影野郎が動き出したからな。


「悠久の時を生きる式神とはいえ所詮は虫ケラの主従に過ぎんか。主の為、己が存在を賭して手傷の一つも負わせるかと思えば、即座に靡くとはな。奴にも罰が必要か」


 そう言うや否や、雲雀と道満というか彼らが居る<結界>に向けて極太の黒い稲妻が幾重にも降り注ぐ。落雷が落ちた場所はデカいクレーターになるほどの威力だが、当然ながら<結界>は全てを防ぎぎっている。


「これでも砕けぬか。やはり今のままではどうにもならぬ」


「当たり前だろ。お前如きの力で抜けるとでも思ってんのか、調子に乗るのも大概にしやがれ」


 結界を攻撃された仕返しに俺も奴を狙って火魔法を放ったが、真正面から放ったその攻撃は回避されてしまったが……避けただと?


 今まで俺の攻撃を何度食らってもそのまま復活してきた影野郎が今回に限って攻撃を避けるのは不自然だ。何か理由があると見ていいだろうし、これが奴攻略の鍵になるのかもしれない。


 検証のために再度火魔法を放とうとした俺にユウキの<念話>が入ったのはその時だ。


<玲二。<鑑定>結果が出たんだが、その前に敵さんの準備が終わりそうだな。地震が大きくなってきてる>


 やっぱりユウキなら鑑定できると思ったぜ。これで敵の能力を丸裸にしてやれるが、最後の言葉が気になり過ぎた。


<地震だって? そんなに揺れてたか?>


 影野郎や雲雀と戦い続けてたから振動なんて全然気づかなかったぞ。


<いや、この場所じゃなくて国全体が揺れてるそうだ。大きさはここにいる皆も俺が話して初めて気付くような小さなもんだが、もうずっと続いてたぞ。その揺れの大きさも徐々に大きくなってるし、大地から魔力が溢れて来てる。先生もそろそろするって言ってるし、間違いないだろ>


<そりゃ一体どういう意味……>


 俺の言葉が言い終わらないうちに、どこかで雄叫びが聞こえた気がした。


 遠くから響いたように反響しているのに、嫌にクリアに耳に届いたその叫びは俺だけではなく皆の耳にも響いたようだ。


「な、なにこれ? 今の声を聞いてから悪寒が止まらないんだけど」


「おばば様。これは一体何事でしょうか!?」


「皆目見当もつかぬが、どうせろくなことではあるまい。気を強く持て。怯懦は敵に付け入る隙を与えるだけじゃ」



「ほう、こりゃか。なるほど、面白くなってきたじゃねえか」

 

 葵や瞳さんが困惑した声を上げる中、ユウキが感心したような声を上げているのが強く印象に残った。

 気付けばさっきまで続いていた地震が止んでいる。やはり影野郎が何かしていたようだな。



 それよりも抜けたとはどういう意味なのか、それを彼に問い質す前に事態は動いていた。



 その声は上空から降ってきた。


「本来であればこの国を破滅に追いやる際に予定であったが。この姿でなくてはあの虫ケラが潰せんのでは致し方あるまい」



「うそ、そんなことが……」


 これまで落ち着いた雰囲気を崩すことのなかった藤乃さんが掠れた声を上げて上を見上げている。


「馬鹿な。あの姿はまさか四神のひとつ……」「有り得ぬ! これは敵の幻術に決まっておる。この現世にあのような存在が現界するはずが!」



「囀るな。矮小なる虫ケラどもよ」


 が意思を思念で発しただけで久さんと伽耶さんは衝撃を受けたように硬直してしまった。なるほど、確かに神威が籠ってやがる、奴が高位存在なのは間違いなさそうだ。


「我こそは神意である。我が前にひれ伏せ、ニンゲンども」


 から発せられた強制力を伴った言霊が俺はおろか葵たちにまで襲い掛かった。陽介たちが思わず膝をつきそうになったが寸前で思いとどまった。陽介が神威に抵抗できるとは思えないからユウキが何かしたんだろう。


「あれは……龍。金色の龍が悪神の正体だなんて」


 風さえも凪いで静まり返ったお陰で、呆けたような葵の小声がこちらまで聞こえてきた。


「あれが奴の本体か。なるほど、勿体つけるだけのことはあるってか。ここへきてまさかのファンタジー回帰路線とは恐れ入ったぜ」


 俺の頭上を金色の龍とやらが宙を舞っている。ファンタジーといってもジャンルは中華ファンタジーだが、異世界でもこんな面白い存在にはお目にかかってないな。




「この身を得た我をかつての神々はコウリュウと呼ぶ。人よその宿業を贖う時が来た。神の怒りをその身に受け己が愚かさを永劫に悔いるがいい」




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