第113話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 2




『おおおおおぉおぉぉおおおおおおぉ!!!!!!』


 何処からか怖気を震わせる奇怪な雄叫びが聞こえた。


 野郎、念願の復活が叶ってご機嫌のようだがこの叫びだけで精神系の耐性防御がないと一発で人間を廃人にしかねないほど凶悪なシロモノだ。


 もちろんすべてが謎の敵を相手にする以上、その程度の想定はしてあるので対策済みである。<結界>内にいる皆はその叫びハウルの影響は受けていない。


 ……しかし、さっきの叫び声、ありゃ思念波か? 昨日飛行場で遭遇したときは明日の当主の体を介して話していたが、今は直接頭の中に響いた感じだ。

 俺の認識が誤解でないことは<結界>の中にいる皆もそれを聞いて周囲を見回している。

 だが周囲全ての人間に届くとなると超がつくほど強力な思念波ということになる。それができるだけの力を持っているって事か、まあラスボスには相応しい相手だと思うことにしよう。


 そうこうしているうちに、なにやら黒いみたいなものが俺達の前に集まり始めた。


 その闇が凝縮されたような禍々しさを周囲に放つが人の形を取ったかと思うと言葉を発したのだ。


「今宵、我が復活によりここに陰陽の世は終わり、あやかしの世が来たる!」


 相変わらず何処から声が聞こえるのか訳が解らない、不快な声が周囲に響く。

 その声音は堪えきれない愉悦が滲んでいた。随分とご満悦のようだ。


「天よ見よ、地よ吠えよ! 満願成就の夜である! この天地をあまねく支配する旧き神がここに蘇ったぞ!」


「いちいち能書きが多い野郎だ」


 俺はこちらを無視して悦に浸っている影野郎に向けて風の刃を打ち出した。

 かなりの魔力を籠めた魔法は影野郎を頭から真っ二つに両断したが、奴の体はまるで時間を巻き戻したかのようにくっついた。


 修復いや、再生でもないな、ありゃどういう理屈だ? ……やれやれ、覚悟してたこととはいえ、気が滅入るぜ。


「雅を解さぬ虫ケラがおるようだ。ここは神前であるぞ、不遜極まる。故に神罰を与える、滅ぶがいい」


 その言葉が終わらぬうちに俺に向けて不可解な力が襲った。

 なんだこれ? まるで見えない手が全身に纏わりつき、俺を引き千切ろうとしているかのようだ。

 もちろん俺には何の効果もない。周囲に微弱な魔力を飛ばすと圧力は消え去った。


 今のは念動力とでも言えばいいのか? 本当に不思議な力を使いやがるな。


「ほう、我が力に抗うとは。その顔、見覚えがある。巫の傍にいた虫ケラか。先程の一撃といい、陰陽師にしてはやりおる。忌々しい巫とその一族を先に皆殺しにしてやろうと思うたが、気が変わったぞ」


 奴は後ろにいる葵や茜さんたちに気づいていたようだ。その血脈に封じられていたからか、その存在を把握出来るのかもしれない。

 ……やはり、ここで仕留めなくてはならない相手だな。


 それにどれだけ愉悦に浸ろうと滅ぼすべき敵を忘れるようなことはないらしい。

 だが奴の望む未来はけして訪れることはない。


「葵たちを殺すだぁ? それは絶対に不可能だな」


「ほう、完全なる復活を遂げた我に不可能があるとほざくか、面白い。まさか、お前のような虫ケラが我を阻むとでも抜かす気か?」


「阻む? おいおい、そもそも前提から勘違いしてるぞ。千年も無様に封印されてただけあって頭もボケたようだな」


「なに?」


「俺はお前を滅ぼしに来たのさ。この令和の時代に神だの悪魔だの時代遅れの化石がデカい面して幅利かせやがって。こちとらお前のせいで大迷惑を被ってんだ! この借りは百倍にして返してやるから簡単に死ねると思うんじゃねえぞ、このクソ外道が!」


「痴れ者が! 神の力を理解せぬ愚かさを冥府で悔やむがいいわ!」


 影野郎の側に巨大な岩石の牙が生み出されたかと思うと俺目掛けて突っ込んでくる。

 そして当然のように<結界>阻まれて、石の牙は粉々になった。


「おいおい、カミサマとやらの力は俺まで届かないらしいな。その程度の弱さでよく神とか名乗れたもんだ。いくら自称でも限度があるだろ?  今から糞雑魚ナメクジに名前変えとけよ」


「虫ケラがあ!! 虫如きが、神を嗤うか!! 許さん、許さんぞ!!」


「ギャーギャー煩ぇんだよ。雑魚が喚くんじゃねえ、俺が大サービスでもれなく地獄に送ってやるからさっさとくたばりやがれ!」


「"滅びよ、我が前に来たれ"」


「消え去れ、<ホーリーレイ>!」


 俺の魔法と影野郎の力がぶつかり合い、超常の戦いはこうして始まった。




<玲二、戦いが始まったようだが様子はどんなもんだ?>


「砕け散れぃ! 虫けらめが!」


「はっ、そんなみみっちい力じゃ俺に毛ほどの傷もつけられねえぞ! 舐めてんのかこの雑魚野郎!」


<あー、駄目だわユウキ。敵のギミックが全然読めねえ。もう何度も消し飛ばしてやってんだが、そのたびに復活しやがる。一体どうなってんだか>


 影野郎と戦う俺にユウキから<念話>が入ったが、俺はそれに愚痴で返した。

 口では威勢のいいことを言ってるが、敵の能力のカラクリに見当がつけられないでいたのだ。

 まだ戦いは始まったばかりなんで焦っても仕方ないんだが。



 だがもうかれこれ5回は奴の全身を消し飛ばしているってのにその都度何処からか蘇るので埒が開きゃしない。

 さっきなんて前方で爆散した影野郎が突然背後から復活して攻撃を仕掛けてきたりした。一体どういう仕掛けだこりゃ。


 とはいえ完全に想定外というわけでもない。前情報なしでいきなりラスボス相手に最終決戦に挑んでいるので、一撃であっさり倒れてくれる幸運に恵まれるとは最初から期待していない。

 敵の能力を解き明かすために腰を据えて戦う覚悟でいたが……案の定、謎の解明に手間がかかりそうな敵だった。



<この手の敵は体を維持する核があってそれが弱点ってのが通り相場だが、まとめて吹き飛ばしても意味なかったと。ってことは、そこにいるのは本体じゃない可能性が高いな>


<だよなぁ。覚悟してたけど、やっぱこの敵面倒くせぇわ。弱点っぽい聖属性魔法も大して効果なかったしさ。多分アストラル系かガス系のどっちかだと思うんだが、それなら核がすぐ近くにないとおかしいんだよな>


 それに手応えもちゃんとあるんだが、それでも普通に復活しやがる。そこら辺の仕掛けを解明しないとこの戦いの勝ち筋は見えてこないな。


<まあ、俺達の常識でここの敵を語っても仕方ないだろ。とりあえず想定どおりだってんなら、俺も如月も計画に沿って動くからな>


<悪い、頼むわ。やっぱこの戦いは簡単には終わりそうにないしな>


 俺はこの戦いに一人で臨んでいるわけではない。なにしろこっちには頼りになりすぎる仲間達がいるのだ。


<うん、僕の方も準備出来たよ。何時でも始めて大丈夫>


 そして如月さんからの<念話>も入り、俺達の仕掛けの準備も完了したことを知らせてくれた。


<じゃあ起動するぞ。この規模の広域結界を張るのは始めてだが、まあどうとでもなるだろ>


 いや、をどうにか出来るのはユウキくらいなもんだろ。

 他人が聞いたら間違いなく正気を疑われるような台詞を吐きながら、ユウキはこの国の術者達が驚愕、いや卒倒しかねない事を始めた。



 に最初に気づいたのは当然と言うか、である影野郎だった。


「ぬ、何だ?」


 今まで怒りに任せて俺に攻撃を仕掛け続けていた奴が不意に周囲を見回し始めたのだ。


「虫ケラめ、小癪な真似を。だがこの程度で我を封じ込めようなどと所詮は虫の浅知恵……なんだと?」


 己を対象としている封印を破壊しようととした影野郎の声が驚きに染まった。


「虫ケラどもめ! これは何の真似……まさか!?」


 自分の退路が完全に塞がれたことをようやく認識したようだ。


 これで第一段階はクリアか。もっと楽に滅ぼせる敵だと良かったんだが、そうは問屋が卸さないようだ。




「えっと、なにこれ? 結界なの? それにしては何の影響も感じないけど……」


「そうね。おばばさま、これは一体?」


 俺の背後でも葵と瞳さんがユウキと如月さんが展開したこの不思議な結界に怪訝な顔をしている。社長や加藤瑞希も同様のようだ。


 だが、この中で一人だけ俺達の狙いに気付いた人がいた。


「ま、まさかこれは封印の護り?」


 気付くなら茜さんが一番早いだろうと考えていた。

 何しろ同じ効果のある結界に長年閉じ籠っていたからな。


「封印の護りじゃと? ではまさか、私がお前に仕掛けたものと同じと申すか?」


 一瞬だけ背後を振り向いた俺は丁度茜さんと目があった。彼女はそれだけで俺達の意図を把握したようだな。


「その通りです。この護りは私にかけられたものと同じもの。つまり、これは護るための結界ではなく、この中から誰も逃がさないための檻なのです」


 その言葉が聞こえたのか、影野郎の魔力が膨れ上がった。お偉いカミサマのプライドをひどく傷つけてしまったようだぜ。


「虫ケラめ如きが! 神である我が虫相手に背を向けると思うたか!! 舐めた真似をしくさりおって!」


「さっきちゃんと言ったろうが。ここでお前は必ず始末するってな。絶対に逃がさねぇから遺言でも今のうちに考えとくんだな、この三下」



 そうだ、こいつはもう絶対に逃げられない。


 この技は異世界のシロモノなので久さんが茜さんを護るために展開していたものとは似たような性能でも異なっている点もある。


 その最大の違いは、内部で俺達に敵意を抱く存在がいると即座に把握して<マップ>と連動してこちらに位置を教えてくれることにあるのだ。


 つまり、何処へ逃げようとも必ず追い詰めて仕留めることが可能な殺意の高い結界なのだ。




 後から聞いた話だが、この国の術者は復活した影野郎の存在に気付いてただでさえ大騒ぎだったようたが、この結界で更に半狂乱になったそうだ。


 だがそれも無理はないことだと思う。


 何しろユウキ達は俺達が出向いたあの4箇所の封印場所を基点に影野郎を閉じ込めるための結界を展開している。


 その場所は北は北関東、西は中国地方にまで及ぶ超巨大な結界が完成してしまった。いくら膨大な魔力があるからって力技にもほどがあるだろ、と内心で思うんだがユウキにかかれは大体いつもこんなもんなので、もう気にもならない。

 


 だが大きさにしてざっとこの国の半分をすっぽりと網羅する超広域結界が張られていることに気付いた周辺各国はその馬鹿げた魔力に恐慌状態になったと言うが、それは別の話である。


 これで奴を確実に仕留める準備がまたひとつ整ったわけだ。






 

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