第112話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 1
この二十日近く関わる羽目になった葵の問題もようやく終わりを迎える運びとなった。
今は午後8時前。今日は満月が煌々と闇夜を照らし、雲ひとつない星空が広がっている。
この騒動の終幕に相応しい天の配剤だ。もう今日中に全ての始末をつけろとこの世界が告げているかのようだな。
俺が一人でやる気を出していると後ろから声がかかった。
「原田、これからどうするつもりなんだ? さっきの作戦会議の通りか? 確かにここなら余計な被害はそう出ないだろうが」
俺達は今、秩父山中に居る。この直ぐ近くに芦屋の本拠地があると藤乃さんから昼過ぎに連絡があり、当主本人は不在だと陽介から報告がきたが市街地からも遠くて戦いやすそうなので移動してきたのだ。
「ああ、ここで始めるつもりだ。この時間までにもう少し情報が集まるかと思ったんだが、全然だったからな。マジで何が起こるか解らないから安全策を取ろう」
結局敵の事は何もわからなかった。
葵の中に敵妖魔の魂が封じられているならその本体が存在しているのでは?
その本体があるなら記録に残っていてもおかしくないのでは?
敵が復活を目指しているのは間違いないが、もし復活するとしたらそれは現在の憑依先である芦屋の当主の側なのか?
ならばむしろこちらから芦屋の本拠地に殴り込みをかけた方がいいのでは?
そういったことを少し前に行った作戦会議の場で皆から提案されたんだが……
本体に関する情報は現時点までに入ってこなかったので不明。
完全に復活した敵が芦屋の当主の側に出現する恐れはあるが、封じていた葵の側という可能性もある。
という現状では全く情報が入ってこないので計画の立てようがないというお粗末な有様だった。
この国の偉いさんやご先祖がこの件の当事者である陽介たちが総力を上げて調べてくれているのだが、驚くほど何も出てこないらしい。綺麗さっぱり歴史から抹消されている。
陽介が言うには、当時の日記が該当する期間だけ切り取られていたりと露骨に工作の跡がみられるという。
藤乃さんが語ったような口伝で伝承されている程度で、ガチでこの国を滅ぼしかけた妖魔とやらの痕跡を消してしまったらしいのだ。
「消されたか。俺だってこの界隈に長いことのたくってるが、巫の存在自体が伝説の代物だったからな。その伝説の巫がヤバ過ぎる何かを封印しているなんて想像もしねえし、知っても誰も得しねえしなぁ。そう考えれてみれば厄ネタ関連は結構闇に葬る傾向があるな、陰陽師って生き物は」
やれやれ、と溜め息をつきつつも、社長としては納得できなくもない話のようだ。
葵の一族に年間数十億の支援を与えておけば敵は封じられ続け、この繁栄した日常が維持できるのならば、必要経費としては安くつくのだろう。
これまでの国のトップたちは不用意に寝た子を起こす必要はないと考えたのかもしれない。
だが、その封印は綻びを見せた。僅かな隙間から這い出た古の妖魔は暗躍し、要である巫を始末すべくその魔手を伸ばし始めた。
もしこれが百年前ならこの件はこの国のみの問題で収まったのかもしれない。
だが今は情報化社会だ、この事実はすぐに近隣諸国の各国の術士たちに察知され世界の首脳たちにも共有されているとか。この国の上の方はその対応に忙殺されているそうだ。
どうやら日本でヤバい事が起きそうだ。
そんな噂がまことしやかに流れ始め、国は火消しに必死だが実際に今日の為替や株は大きく下がったとさっき社長が言っていた。
ここまでくるといっそ清々しいな。本当は陽介たちのようにもっと時間をかけて詳細に調べ上げるべきなんだろうが、昨日の敵の様子じゃいつ復活してもおかしくない状況だし、俺もこれ以上この件に関わるつもりもない。
絶対に今日で全てを終わらせる決意で俺は挑んでいる。
それに情報にさほど期待していたわけではない。相手がどんな力を持っていようがその上で全部上回って叩き潰せばいいだけだ。
五里霧中というか、手に入る情報が皆無な状況で最後の戦いに挑むことになったが、朗報が何一つなかったわけではない。
その一つが予定外の援軍の参戦だ。なんでも
セラの婆ちゃんは数千年を生きる(冗談ではなくマジだ。各国の歴史書にその二つ名を見ることができる)ハイエルフで今は俺より年下の姿をしているが、出会った当初はイメージ通りの怪しげな魔女という風体だったからそう呼んでいる。
無理に若返っている訳ではなく、本当にそれだけの時間を経ても姿が変わらないらしい。それはあの人の古い友人(その人も長命種だ)が当たり前のように受け入れていることからも間違いないと思う。
セラの婆ちゃんはユウキの魔法の師匠というだけあって、異世界でも指折りの強者だし、その知識は世界が違うと言えども敵の情報が皆無な俺達には心強い助けになるだろう。
それに如月さんも手伝いを申し出てくれた。俺は何一つ彼に貢献できていないのにこちらばかり迷惑をかけるのが申し訳なく、一度は断ったのだが押し切られてしまった。もちろん感謝も感謝、大感謝だし、これだけの面子が揃えば万に一つも負ける要素がなくなった。
彼は本来俺が行う予定だった葵の迎えにアセリアに出向いてくれている。
それに行方不明だった八烈の第3席も見つかった。ホテルに移動した後でふと思い出して綾乃たちに聞いてみたところ、亘が連絡先を知っていたのだ。
正確には読者モデル仲間の連絡先だが、そこから辿って連絡が取れたのだ。
俺は又聞きだが、一週間前に海外から帰国したら明らかに様子がおかしい兄と、それに反論せず同調する他の幹部を見て異常さに恐怖し友人宅で引き籠っていたらしい。
帰国するや否や芦屋の正気を疑う暴れぶりを知って、一族全てが異常に侵されていると考えていたようだが、綾乃や加藤瑞希がマトモだと知って安堵したようだ。
そしてこのままでは実家が破滅確定であることも理解しており、事態解決に積極的に協力を申し出てそれを聞いた陽介が迎えを出したそうだ。
この戦いに合流するのは無理だろうが、これで敵に操られて俺達の前に立ち塞がる面倒な事態は防げた。
残る幹部は式神の雲雀だけだが、あいつはどう出るか?
操られている道満の式神だから、妖魔が完全復活すれば道満自身は用済みだ。打ち捨てられるか、利用価値を認めて操り続けるか。
展開次第で敵にも味方にもなり得る相手だ。今思えばこれまで出会った操られていた連中に比べ雲雀はそんな感じはしなかった。あくまで道満の式神として命じられたことに従っていたように見える。
俺が楽な方を選べるのなら問答無用で消滅させて終了でいいんだが、こちらも無為な殺戮は控えたい。そのときに掛かる手間次第だが、助けてやることも考えて動くと作戦会議で伝えてあり、その場合は援護を請け負ってくれた。
<玲二、こちらは準備が整った。いつでも構わない>
作戦開始は午後8時だが、その5分前にユウキからの<念話>が入った。
<了解。葵はまだ如月さんと一緒に向こうだよな?>
<ああ、手筈通りに俺が各所の結界を壊してから世界を渡ってもらう>
俺達の作戦計画では敵の復活手順に明確な順番を決めている。今この瞬間に葵をこちらへ呼んだらまたあの呪いに苦しめられることになるからな。
なのでユウキが残り三か所の封印を同時に破壊し、敵の力が十分に高まった所で葵を呼び戻すのだ。そしてあいつがこの世界に足を踏み入れた瞬間にあらゆる魔法効果を打ち消す魔導具の指輪を嵌めることで封印そのものの効果を消し、敵が完全に復活するという寸法だ。
正直復活した敵が葵の側に出現するのかは賭けなんだが……もし封印の場所とかに復活したらユウキがあっという間に始末しそうだ。別に俺が殺すことに拘っている訳じゃないが、観戦の皆には大不評だろうな。
<ああ、それと玲二に先に謝っておく。悪い、俺にはどうにもならんから諦めてくれ>
不意にユウキから不穏な<念話>が流れて俺の背中を嫌な汗が流れた。
この戦いに関することではないことは解っている。戦闘でユウキにどうにもならない事態なんて存在しないからだが、だったら一体なんだ?
<なんか物凄く嫌な予感がするんだが……>
<世の中、諦めが肝心だぞ。詳しいことは全部終わってから話すが、こういうのは予め心の準備があった方がいいからな>
<むしろ今言うなよ! めっちゃ気になるだろうが!>
いったい何があったんだ? この件には無関係なんだろうが、俺にとってろくでもないことが起きた気がする。
だがそれを追求することはもうできない。
<ああくそ。ユウキ、始めてくれ>
間もなく時間だ。遥か彼方から強大な力が吹き上がるのを感じる。ユウキが転移環を使って同時に3箇所の封印を破壊したのだ。
「これほど離れているのに、ここまで霊力の波動を感じるとは……あれが全ての元凶。悪しき神、
すぐそばまでやって来ていた茜さんが掠れた声でそう呟いた。
確かに慣れていないとそれだけで腰が抜けてしまう者もいるだろう。それくらいには強大な存在だった。自称とは言え神を名乗るだけのことはある。
「始まったようだね」
皆が復活間際の悪神の巨大な力に恐れを抱き、揃って遠い彼方を見上げている中、俺の隣に忽然と如月さんが現れた。<ワームホール>の座標をすぐ近くに設定してくれたらしい。夜の闇夜と<ワームホール>は相性が良く、黒い異空間の淵が全く見え
なくなるのだ。他の皆はいきなり二人が出現したように見えることだろう。
だが俺の目の前に広がる異空間には葵の姿が見える。
昨日ぶりに会うが俺の身内に励まされたのか、その顔には覇気があった。少なくとも葵は運命を対決して自分の未来を勝ち取る覚悟が見て取れた。
ようやくこいつも戦闘準備完了か。いいだろう、精々派手にやってやるさ。
「葵、これから全部終わらせるぞ」
「うん、お願い玲二、ボクの命は君に預けるよ」
そう言った葵は異空間から足を踏み出し――
彼女の体から異質な何かが噴き出し、周囲に不快感を与えるしわがれた声が響いた。
『はははははは、為った! ついに我が復活は為ったぞ! 忌々しき人間どもめ、我が復活を言祝ぐ贄としてくれようぞ!』
復活できた、だと? 馬鹿言いやがって、お前を完全に消滅させるために敢えて復活させてやったんだよ。
まるで自分の策略が成功したみたいに言ってやがる。
まずはその思い違いを存分に理解させてやるとしようか。
こうして俺達の最後の戦いは幕を上げるのだった。
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