第111話 最強少年は運命を変える。 11 閑話 御堂葵
「ちょっと玲二? いったい何だったんだよ、もう」
唐突に通話の切られたスマホを手にしてボクはため息をついた。
玲二が突然電話してきたと思ったら、よく解らないことを言い出して、ボクの返事も良く聞かずにそのまま切ってしまったのだ。
こっちはこっちで大変なんだけどな。
「これ、動くでない。診えなくなるじゃろ」
「あ、ごめんなさい」
目の前にいる美少女からの叱責を受けて慌てて背筋を伸ばす。
ボクは今、この世界で大賢者と呼ばれる人から診察を受けているんだ。とても大賢者には見えない姿をしているけどね。
すっごく偉そうな口調で喋る子で見た感じは僕より年下の女の子なんだけど、でもその見た目通りではないことはあのユウキが敬意を示しているというだけで十分すぎるほどに理解できた。
それになにより、この子の長い耳が地球には絶対に存在しない種族であることを表している。
エルフだ、異世界の象徴とも言える存在がボクの目の前いる。本当なら興奮して踊り出したいくらい嬉しいんだけど、むむむと難しい顔でボクの前に手を翳すエルフ娘を見ているとそんなことはとてもできない。
その手からはボクにもはっきりとわかるほど濃密な霊力(この世界では魔力と呼んでいるんだって)が放射され、自分の体を隅々まで探ってくれているみたい。
さっきは異世界からの連絡ということで電話に出ても構わないと言われたんだけど……
しばらくそのままでいると診察は終わったのか、エルフ娘はボクに向けていた手を降ろした。
「ふむ、魔力の薄い世界の使い手など大したものではないと高を括っていたが、なかなかどうして達人は居るものじゃ。この封印術式の精緻さはどうじゃ、世代を重ねることで綻ぶ所を複雑に絡み合わせることで補っておる。見事なものじゃ」
「は、はあ」
ご先祖様の作り出した封印が随分とお気に召したのか、うんうん、と感じ入っているエルフ娘だけど、ボクにもわかるように説明して欲しいなあ。
そう思っていたんだけど、次の瞬間にはこの娘から発せられる空気が一気に冷え込む錯覚を覚えた。
「だが、同時に愚かの極みでもあるな。アオイと申したな? お主も解っておろう、この術式がそう長く保たんことを」
「うん、この役目を負った者は20年しか生きられないんだって」
ボクの残り時間についてはあまり考えないことにしていたんだけど、昨日の夜にユウキの前で思いっきり泣いたらだいぶスッキリした。
なんだろう。あの人、玲二よりも年下のはずなのに、なんでも話したくなるような不思議な安心感がある。
ボクには縁がないけど、父親っていうのはこんな感じなのかもね。
ボクの言葉を聞いたエルフ娘は腕を組んで眉間に皺を寄せた。恐ろしいほど顔の造形が整っているので、そんな顔をしていてもその美しさは微塵も損なわれてはいない。
もう嫉妬や羨望といった感情は通り越して、世の中にはこんな綺麗な人がいるんだなぁとフラットな感情で異世界美人を観賞しているよ。
「やはりそうか。あと数年でお主の心の臓が止まるように組まれておる。封印が脆弱になる前に鍵そのものの力をなかったことにしてしまうのじゃな。これほどの見事な腕を持ちながら、この術式を組まんとした術者の苦悩が窺えるようじゃ」
暗い顔でそう締め括ったエルフ娘だけど、不意に顔を上げると不敵な笑みを浮かべた。
「たがお主はとびきり運が良い。なにしろ稀人である玲二と知り合えたのだからな」
「うん、それはもう痛いほど解ってるよ。数えきれないくらい何度も助けてもらったもん」
これまでの記憶を辿ってみても、命を助けられた回数は両手で足りないほどだもの。
そのくせ心からお礼を言おうとすると”なんだお前、変なもんでも食ったのか?” とか真顔で言い出すし、ちゃんとありがとうってまだ言えてないんだよね。
あ、稀人というのはこの異世界での日本人の呼び名だそうだ。召喚者はもれなくユニークスキルを持っているので良くも悪くも世界に影響を与える存在だと認識されてるみたい。
「うむ、玲二がおれば悪いようにはなるまい」
近くにあったお菓子を遠慮なくパクつきながらエルフ娘はずけずけと言葉を続けた。
「それに万が一、あ奴がしくじったとしてもユウキの奴がおるしの。よいか、面倒な事になりそうだと思ったらすぐにユウキにぶん投げるのじゃぞ? 奴め、儂らが真面目に悩む事が馬鹿馬鹿しくなるほどの力業でいつも解決しよるからの。厄介事は全部、奴に解決してもらうのが吉じゃ」
やれやれじゃ、と肩を竦めるエルフ娘をみていると可笑しさがこらえきれなくなり、ボクは小さく吹き出してしまった。
「ふふ、貴女はユウキをとても信頼しているんだね」
ボクの言葉にエルフ娘は面食らったかのような顔をした。心外だったらしい。
「なな、何を言うか。誰があのような師を師とも思わぬ横柄な馬鹿者を!」
いや、だって深く信頼してないとそんな言葉は出てこないでしょ。
その言葉を口にする寸前、ボクがいる部屋の扉がノックされ雪音と話題の人物であるユウキが顔を出した。
「またセラ先生が俺の悪い噂を誰かに吹き込もうとする気配がしたぞ」
「気のせいじゃろ。さて、結果から先に述べると、この娘に施された術式はその身に何らかの魂を封じることだけじゃ。お前が想像するようなことにはなるまいて」
「それを聞いて安心しました。封印を解いた瞬間に彼女の体を引き裂いて敵が復活したらどうしようかと不安だったもので。葵、俺の師匠の見立ては確かだ、信頼していい」
「ありがとう。ボクも本当は不安だったんだ、封印解いたらどうなるのか何も解ってないからさ」
玲二がボクの一族に関わる何もかもに決着を付けようとしてくれているのは本当に有り難いんだけど、この件は当事者であるボクにもわからないことが多すぎた。
そのことを昨日の夜にちらっと口にしたんだけど、彼はちゃんと気に留めてくれていたみたい。
今朝起きたらもうユウキの姿は無かったんだけど、シャオちゃんに色々異世界を案内されている最中に彼がこのエルフっ娘を伴って現れたんだ。
彼の魔法の師匠だって話だけど……こんな超可愛い女の子が? ホントかなあ。
「俺の娘と遊んでくれていたそうだな。礼を言うよ、シャオの相手は大変だっただろう?」
「いや、全然平気だよ。あんなに素直で元気な良い子だもん、ボクも里では子供の面倒をよく見ていたから慣れてるし」
雪音と共に椅子に座ったユウキは世間話から始めることを望んだみたいだ。
「そう言ってくれると助かるよ。娘も君に親しんだようだしな」
ちょっと困った顔をするユウキに不安を感じたボクは思い切って尋ねてみた。
「ごめん、ボク何かしたかな?」
「いえ、葵に落ち度は何一つないから気にしなくて大丈夫よ。このことで困るとすれば、それはレイだけだもの」
ボクの疑問に答えてくれた雪音は微笑を浮かべた。その仕草だけで同姓であるボクも視線を縫い付けられてしまう。掛け値なしの本物の美人の凄さというものを痛感させられた気分だよ。
「さて、じゃあこれからの話をしておこうか。昨日は夜も遅かったし、俺は朝から不在にしていたからな。葵も気になっていたと思う」
「うん、正直めっちゃ気になってた。昨日は実際あれからなにをどうしたの? おばば様たちが電話に出てきて驚いたんだけど」
そして僕は玲二たちが日本に戻ってからの話を聞いてさらに驚くことになったよ。
この国の陰陽師たちのトップである鷺ノ宮さまがお出ましになって事情をお話しくださったとか、瞳お姉ちゃんがあの神社に捕まっていたことにちゃんとした理由があったり、あの悪しき存在がこの国をはるか昔から苦しめていたとか、衝撃の事実が目白押しだった。
「まさか他の陰陽師家の護り巫女が誘拐されていたなんて……」
「全員昨日のうちに無事に助け出してあるから心配しなくていい。その原因を自分たちで作ってしまったと聞いては静観してはいられなかったからな」
「そ、そうなんだ」
誘拐と聞いて心配した直後にもう助け出したと聞かされて凄いというか、ちょっと呆れてしまった。ここを離れたのが昨日の午後だったはずなのに、いろいろ動き過ぎじゃない?
「玲二の方は今朝になって敵の幹部をまた一人潰したらしい。ソウウンとかいう……」
「早雲って”八烈”の首席じゃない。まあ、玲二の力なら楽勝で倒しそうだとは思ってたけどさあ」
玲二の方は本番の今夜に向けて敵戦力を順調に削って準備を整えつつあるようだ。さっきの電話は行方知れずの第3席を見知っていないかの確認だったらしい。それならそうと口で言えばいいのに。
「玲二には鞍馬という男も同行しているそうだ。その男は葵も知っているそうだな?」
「鞍馬って、あの鞍馬社長!? それより綾乃は大丈夫なの? 大変な目に遭ったって聞いてるんだけど」
綾乃に関しては様々な噂がネット上に溢れていた。わかっていることは暴漢に襲われたこと、何らかの怪我を負ったらしいこと、そして今どこに居るのか誰も知らないことだけで不安は増すばかりだったのだ。
「それなら心配ないわ。ユウキさんが傷一つ残さず治療したそうよ」
彼の隣に座る雪音が自分の彼氏を自慢するかのように嬉しそうに教えてくれたけど、やっぱり怪我をしたんだ……
「本当!? あ、ありがとう。綾乃にはなんて謝ればいいのか見当もつかないけど……」
「怒りは君ではなく芦屋とかいう連中に向いているようだけどな。現状としてはこんなもんか。そして今日の夜の事なんだが……」
こうしてユウキの口から玲二の計画を聞きながら、今夜の本番を迎えることになった。
そう、ボクの運命が変わる夜に。
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