第110話 最強少年は運命を変える。 10 



「うわ、本当にセントオリエント・アーツじゃない。こめん、絶対嘘だと思ってた」


 車窓から覗く超一流ホテルを見上げて加藤瑞希が俺に謝ってきた。

 俺達の拠点に案内すると言ったのだが、ホテル名を口にしてからずっと疑っている顔だったのだ。確かに16のガキが日本でも指折りの超高級ホテルに部屋取ってるなんて寝言にしか思われなくても不思議はないので文句は言わないでおいたが。


「そんな即バレするような嘘ついてどうすんだよ。まあ、俺が予約したわけでもないし、葵と一緒に初めてここに案内された時はめっちゃ驚いたけどな」



「おい、それよりこのまま地下駐車場に入っていいんだな?」


 車を運転する社長がこれから先の予定を聞いてきた。彼も緊張しているのか、微妙に声が上ずっている気がする。


「ああ、守衛に話はついてるから大丈夫だってさ。そのまま進んでくれてもいいが、ドアマンに車の事を頼んでもいいみたいだぞ」


 ホテル内にいる如月さんから<念話>を受けて俺はそう助言した。


「なるほど、任せた方が話は早そうだ」


 社長はホテルの正面玄関に俺も以前乗せてもらったアルファルドを停めると、近寄ってきた係員に鍵を手渡した。

 やはり超一流ホテルの従業員だ。一度しかやってこなかった俺の顔まで覚えていたらしく、その後に現れた数人の係員が自分達を例の直通エレベーターに案内すべく玄関前に待機してくれていた。


「おいおい凄ぇな。一体どこ泊まってんだよ、完全なVIP待遇じゃねえか」


「こういう凄ぇホテルじゃ当たり前なんじゃないの? 俺はこれまで金に縁がなかったからよくわからんな。加藤瑞希やの方が詳しそうだが?」


 俺は車内の奥にいる2人に視線を向けた。


「海外公演の時は向こうのプロモーターに格式のあるホテルを都合つけてもらったけど、ここまで凄いのは初めてだわ」


「綾乃、足元に気をつけて」


 当然のように車に乗り込んでいる、さっきまで入院中だった綾乃と亘を見て社長は諦め顔だ。


「ったく、なんでついて来ちまうかね」


 この2人が同行することでさんざんに揉めて、押しきられたはずの彼だがまだ納得していないらしい。


「社長、まだ言ってるの? 私達も素人じゃないんだし、戦力は多い方がいいじゃない。瑞希さんを説得できなかった段階で諦めなさいよ。それに”師補”の瑞希さんと私がいれば心強いでしょ。ああ、もちろんあたるの力も必要よ」


 芦屋の暴漢に襲われて顔に何針も縫う大怪我を負ったとはとても思えない、元気そのものの綾乃がぶつくさ文句をいう社長を嗜めた。

 というか”師補”って八烈のすぐ下のランクだったか? 加藤瑞希は綾乃と同クラスの術者だってのか。超有名な歌姫の綾乃といい若くして全国クラスの大女優やりながら術士でも腕利きとか天は二物を与え過ぎだろ。


「僕は綾乃を守るためにここにいるから、頭数には入れないで欲しい」


 そして綾乃の側で静かな気配を漂わせる亘だが、こいつ本当にあの時の生意気なガキか? 別人のように纏う空気が変わっているが……同時に危うさも感じられるな。


「瑞希は言い出したら聞かねえから仕方ないだろ? だがお前らは未成年だし、特に綾乃、お前は病み上がりだろうに。なんで病院で大人しくしてしてられねぇんだよ」


「もう大丈夫にしてもらったんだから平気よ平気。傷があった頃はひきつるような感じもあったけど、今は全然だし。それに今夜が最後の戦いなのでしょう? このままじゃ私、やられっぱなしで終わっちゃうじゃない」


 やられたらやり返さないとね、と勝ち気に笑う綾乃を見て社長は大きな溜め息をついている。



 どうして俺が彼等をこのホテルに案内しているのか、事情を説明するには少し時間を巻き戻さなくてはならない。




「原田、すまん。予定が狂っちまった」


 綾乃が入院しているという高価そうな個室で顔を合わせた社長は開口一番、俺に頭を下げた。


 どういう意味なのかは問うまでもない。部屋の中を見れば一目瞭然だからだ。



「はいはい、みんな急いでー。あと30分でこの部屋引き払うからね」


 はーい、と俺より少し年下くらいの少女数人が声を揃えた。


「大丈夫ですよ、瑞希さん。荷造りくらいは自分でやりますから……」


「ついこの前まで亘の前以外ではこの世の終わりみたいな顔してた子の意見は聞きません」


「そもそもまだ医者が退院の許可出してないだろ……」


 苦虫を嚙み潰したような顔で社長が零しているが、彼の嘆きを聞き入れるものは誰一人としていなかった。


「入院したそもそもの原因がなくなったんだし、退院しましょう。メディアの追及から逃れるのに入院は便利だったのは確かだけど」


 すでに綾乃の退院は確定事項らしい。それを認められないのは社長一人だけのようだが、予定変更ってのはどういう意味だ?

 そんなことを考えつつも、俺は個室の中にいる綾乃に声をかけた。


「まあ、無事で何よりだ。葵もあんたの怪我を聞いて心配していた。自分のせいだって責任を感じててな」


「そんなわけないじゃない。まったく、葵は自分で抱え込みすぎなのよ。世界中の不幸は全部に関係があるとでも思ってるのかしら」


「はは、是非ともそれをあいつに言ってやってくれ」


 普段はウザいくらい元気な奴なのに、一度沼にハマると死ぬほど落ち込みやがるからな、あの馬鹿。


 本当はそう言葉にして続けたかったんだが、隣にいる亘が思い詰めた顔をしている。


 こいつを庇って綾乃は顔に本来なら一生残る傷を負ったという。俺がもしその立場だったとしたら、自分のミスで姉のユキが大怪我をしたら……自殺したくなるわ。


「もう、そんな顔しないの。でもね、また同じことがあれば私は何度でも亘を守るわ」


 弟のそんな様子を見て取った綾乃は亘を後ろから抱き締めたが、当の本人はこれまでのように照れたりはしなかった。


「次なんかない。今度は僕が綾乃を守るから」


 覚悟を感じさせる亘の言葉に綾乃は不満顔だ。彼女としては歳相当の弟が良かったらしいが、小学生低学年にしてこいつは男の貌をしている。

 こいつに何があったかは容易に想像できるけどな。



「で、綾乃の元気な姿を見られて俺は満足したが社長、予定が狂ったってのは?」


「ああそれ? 私と綾乃も今夜の最終決戦に参加するから。健吾がなんと言おうと確定事項ね」


「原田、頼む。こいつら説得してくれ……」



 話を聞くと、どうやら術士としては頼りない社長を心配して同行を申し出た2人に対して、社長はそんな危ないことさせられるか!と憤慨しているようだ。


 憤る彼に私達の方が強いんだから黙って守られてなさいと加藤瑞希に言われて社長は黙り込んでしまう。


 俺としては彼に最前線で戦わせる予定はない。あくまで芦屋一族もこの戦いの決着に尽力したというポーズを作り出したいだけだなので<結界>内で観戦でもしてくれれば十分だ。

 それに観戦者は他にもいる。ホテルにいる久さんたちも同行を申し出るだろうから今更数人増えた所で大して変わりはない。


 だから俺は社長の味方をすることはなかった。登場人物が小さな芸能事務所社長よりシャバでも有名な二人が最後の戦いで活躍したことにすれば話のもいいしな。


 もちろんのこと、自分の身は自分で守ってもらうことを条件に許可を出した。

 人間を遥か格下に見下していたあの敵がそれをするかは微妙だが、追い詰められた敵が観戦者の彼女たちを利用する可能性を考えて罠も仕込んでおくつもりだ。


「説得してくれるんじゃないのかよ……」


「あんたにできなくて俺にできる理屈がねぇよ。危ないことはさせないから安心しろ」


「お前にその気がなくともあいつらが勝手に前に出たがるんだよ。くそ、なんとかしねえとな」


 加藤瑞希たちには守りの魔導具でも渡して社長の不安を少しでも取り除いてやるとしよう。



 そのあと今更離れるのもあれだし、じゃあ作戦開始の時間まで俺達の拠点行くか? という話になり、この超高級ホテルに向かっていたのである。




「久しぶり、瑞希。貴女も元気そうね」


「え、こ、琴乃なの? 貴女、なんでここに? って麗華まで!」


「久方ぶりだ、瑞希。前に会ったのは松竹の60周年記念パーティー以来になるかな?」


 俺達を出迎えてくれたのは麗華さんと琴乃さんだった。車椅子の如月さんを気遣ったのと、見ての通り顔馴染みに再会するためにエントランスまで来てくれたようだ。


「あれって天組の”れいこと”ペアじゃない。私達を迎えに来たように見えるけど……」


 綾乃の言葉に俺は頷いた。


「今回の事件の関係者だからな。加藤瑞希とも知り合いだったのは今知ったけど」


「なるほど、彼女たちも巫の一族なのね。引退後は動向を聞かなかったからどうしたのかと思ったら」


 彼女たちの立ち位置は微妙に違うのだが、そこは敢えて指摘しなかった。


「それにしても彼女たちといい、あんたと葵といい、顔見知りが多いな」


「芸能界は狭い業界だし、その中で術師となるとさらに限られるもの。きっと”学び舎”で同期だったのだと思うわ」


 望外の再会を喜ぶ三人を連れて俺は拠点である最上階へ皆を案内した。


 そして規格外の部屋に驚いて(加藤瑞希だけは最上階で出迎えた如月さんに異常なまでに興奮して社長に取り押さえられていたが)質問攻めにしてくる皆を適当にあしらい、ひとまず軽食でも取って落ち着かせると今夜の決戦に参加するメンバーとの顔合わせを行った。



「御堂葵の母にございます。この度は当家の娘の事で皆様には多大なご迷惑を……」


「いえ、話を聞けばこの国の一大事とのこと。元凶を作った芦屋の者として事態解決に向けて協力するのは当然のことです。微力ではございますが末席にお加えいただければ有難く思います」



 茜さんと社長がそれぞれ挨拶するなか、俺は簡単な作戦会議を行い……




 そして、最後の夜を迎えることになる。






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