第109話 最強少年は運命を変える。 9




 俺はスマホを取り出し、最早掛け慣れた感さえある相手を呼び出した。


 多少の時差があるとはいえ、あいつは朝早いし普通に起きているはずだ。案の定、相手は数コールで繋がった。


「どしたの玲二、なんかあった? 問題発生?」


「いや、野暮用だ。葵、お前は芦屋八烈の第3席とやらに会ったことあるか?」


「え? アイドルやってた私に陰陽4家の大幹部と知り合う機会なんてあるわけないし。いったい突然どうしたの?」


「わかった。これで義理は果たした。詳しいことは後で話すから切るぞ」


「え、ちょ……」


 有無を言わせず電話を切った俺は、突き刺さる多くの視線を無視して普通に振る舞った。


「聞いての通りあいつも知らんとさ。現状で俺が手伝える事はもうないぞ」



 先程俺が何気なく呟いた一言は、陽介たちに衝撃を走らせてしまったらしい。


 もし他の八烈が操られていることに危機を覚えて姿を隠しているなら、こちらの味方になる可能性があるのだという。


 "'百鬼夜行"の二つ名が示す通り、芦屋当主の妹は多数の式神を同時に操れる優れた術者であり、敵に回すと恐ろしい存在だという。

 雲雀が完全に俺達と敵対しているなか、序列上位者をこちらに引き抜ければ戦力差は完全に逆転するのでさっきから陽介は配下に捜索を開始するよう指示を出し続けている。


 大事になったなぁ、と他人事で眺めていたらお前も巫が万が一知り合いでないか確認しろと何度も詰め寄られたのだ。


 なんで俺が、と困惑するがあいつを連絡を取れるのは俺しかいないことを知られているのは悪手だったな。


 なんでもその雫とかいう女は読者モデルもやっていて芸能界に片足突っ込んでいるからだそうだ。

 当然ながら探している女が奇跡的に葵の知り合いだという都合の良い話はなく、俺としてはあくまで陽介に義理を通して確認してみただけである。


「原田、何だ今の会話は。もっと掘り下げて話を聞いてくれ」


「無理いうなよ。名前も本名かどうか解らない上に、顔も知らん相手だぞ? それに人探しはお前らの得意分野だろうが。そっちで探せよ」


 半日足らずで葵を探し出した土御門の力なら、行方知れずのその女もあっという間に見つかることだろう。


 そもそも今日の夜には全部始末をつける予定の俺に、その当主の妹とやらを探し出す意味を感じない。その女が操られていて本番に殴り込んでくるなら叩くべきだが、諸悪の根源を叩き潰せば普通に傀儡も解けるだろうし、今から慌てて何かを始める必要を感じないな。

 とはいえそれを陽介に説明する気はないのでこうして終始無関心の態度を貫いていたし、俺に人探しの能力はないことを彼も知っているのでこれ以上何か言ってくることはなかった。



 そうこうしている内に車は指定された病院に辿り着いた。


「師範。別にお医者さまに診てもらう必要はないんですけど……」


「今正気を取り戻したとて、再び洗脳されない保証があるのですか? お馬鹿は黙ってついてきなさい。玲二さん、このお礼は後ほど必ず」


 女が藤乃さんと侍従たちに有無を言わせず病院の奥に連れていかれるのを見送った俺は、彼女の依頼が完了したことを認識する。


「……ホテルに戻るか」


 これ以上陽介たちと行動を共にしたらまた何か用事を言いつけられかねない。どうせなら俺だけ食べ損ねたホテル飯を堪能するのもいいだろう。

 まだどこかへ連絡している彼に手を上げてこの場を立ち去ることを告げたのだが……


「原田、少し待ってくれ! また後でかけ直す、早急に各所に通達を回せ。時間との勝負だ」


 陽介は通話を打ち切ると俺に向かって駈け寄ってきた。


「一体どうしたんだ? そっちは忙しいんだろ?」


 俺がそう言う間にも彼のスマホには着信があったが、彼はそれをすべて無視して胸ポケットに放り込んだ。


「これから先、余人を交えず話ができる機会はもうないだろうからな。一度お前と腹を割って話しあっておきたかったのだ」


「話し合うって。機会がこれっきりってわけでもないだろうに、時間ならそっちに合わせるぞ」


 俺はそう答えたが、陽介の纏う空気は真剣そのものだった。適当に茶化して誤魔化したらこの関係は崩壊するだろうと思えるほどに。


「次では意味がないからな。先ほどの”百鬼夜行”への薄い反応を見て確信したぞ、お前はこの事件を今日明日にでもカタを付けるつもりだな?」


 嘘を許さない強い視線で射すくめられた俺は白旗を上げた。陽介に隠し事をするつもりはないが、彼と話し合う意味も見いだせなかったからな。

 あ、そういや土御門の護り巫女もすでに助け出してあることもまだ話してないな。彼に対して隠し事ばかりだったわ。


「……その件に関しては黙秘させてもらう」


 俺は肯定も否定もしなかったが、それは彼への明確な返答になった。陽介は名状しがたい表情になり、俺を見た。


「本気、なのだな?」


「前にも言ったろ、俺は葵から依頼を動いている。お前達の方法ではあの女にとって根本的な解決にならない、それだけだ」


「しかし……」


「土御門を率いるお前には一族の長以上の立場があるのも解ってる。その選択を責める気はないが、お前は昨日会った葵の母親や祖母に貴方の娘さんはあと4年で予定通り死んでもらうし、未来永劫この国の生贄になってもらうと言えるのか?」


「……たとえどれほど彼女たちに忌み嫌われようとも、それを口にしなければならんのが、俺の立場だ」


 昏い顔で呪詛を吐く陽介に俺はため息をついた。


「俺は依頼解決のために動き、陽介はこの国のために動く。それでいいだろ、これ以上は水掛け論になるから止めとこうぜ?」


 どれほど言葉を重ねてもこれは互いに納得がゆく話にはならない。


 多くを助けるために少数が犠牲になることは、それがどれほど愚かしくともきっと正しいのだろう。

 だが今回はその少数に俺の依頼人がいた。その正しさのために葵が犠牲になることは認められない。それが看過できないならこの問題の大本を捻り潰すしかない、これはただそれだけの話だ。


 そしてそういった不愉快な現実を叩き潰すのが趣味である男が俺の仲間に居る。


 そいつに恥じることのない仲間でありたい俺の行動も既に決まっているのだ。




「勝算は? お前の力は私の想像をはるか上に行くことは解っているが、どの程度を見積もっている?」


 俺の意思が固いことを見て取った陽介は縋るような目でこちらを見てきたが……ここが一番答えにくいんだよな。


「神だか何だか知らないが、敵にはこの世から金輪際消えてもらう。それは約束する」


 俺はそう言い切ったが、断言しにくいのが正直なところだ。完全復活させた敵を消滅させること自体は容易い。俺一人なら取りこぼしがあるかもしれないが、ユウキが来てくれるなら確実に殺しきれる確信がある。

 だが問題はこの件の勝利条件が確定していないことだ。この期に及んでも敵の能力が他人を操れることくらいしか解っていない。他にどんな力を持っているのかは戦ってみないと解らないので出たとこ勝負になってしまう。

 敵の特性は<鑑定>すれば大体解ると思うが、この場で始末しても時間経過で自然復活とかする能力を持っていたらその都度俺が駆り出される羽目になりそうだ。それは面倒なのでここで確実に始末したいが、こればかりはどうなるか解らん。

 


 もちろんそんな弱気な事をこの場で言えば許可できないと言われかねない。この国の陰陽師たちに俺が止められるはずもないが、様々な妨害を受けると面倒だからな。



「わかった。だがこちらも計画は進めておく、お前の方が不首尾に終わった時の保険が必要だからな」


「その時はよろしく頼むわ」


 俺達は各地の封印を破壊したあと葵を連れて来て完全復活した敵を叩き潰す予定だとは絶対に言えない。

 俺達が失敗し陽介たちの計画が発動するときは完全無欠の神を相手取ることになるからな。




「ここでいいのか? 宮さまが戻られるまで時間もあろう。それまでなら近くに送ることもできるぞ?」


「別にいいよ。そっちが忙しいのは見て解るからな」


 適当に帰るわ、とまたスマホで連絡を取り始めた彼に手を振って別れた。

 こちらの行動開始は夜になるのでそれまで時間がある。下手に動くとまた何か巻き込まれそうなので大人しく引きこもって如月さんの手伝いでもしていよう。




「あれ? どうして原田がここに? 宮さまに同行したはずじゃ……」


 俺が病院の玄関前を横切っていると丁度出てきた女から声をかけられたんだが、その声に聞き覚えがある……というかつい一時間前ほどまで一緒に居た女じゃねぇか。


「加藤瑞希? 俺は藤乃さんの頼みを終わらせてきた帰りだが、そっちこそなんでここに?」


「私は綾乃の顔を見に来たんだけど……まさかあんた、あの”早雲”を病院送りにしたの?」


 俺を信じられないものを見る目で見てくるが、俺は明確な返答を避けた。


「大事を取って藤乃さんがここに連れてきたんだよ。というか綾乃はここに入院しているのか?」


 藤乃さんもこの病院を指定したし、ここは陰陽師御用達なのかもしれない。


「そうよ。といっても怪我は完治しているから入院の意味ないんだけどね」


 本人も早く出たがってるわと苦笑するが、そりゃあユウキが治しちまってるしな。


「そういや鞍馬社長は? 夜に合流するつもりだが、会えるもんなら今のうちに会っておきたい」


 社長と共に時間までホテルで待機できるのがベストだ。この流れで下手に出歩くとまた何かに巻き込まれそうな気がするからな。


「健吾は中に居るわよ。私としては”早雲”の元に向かったあんたがこの短時間でここに居ることに驚いたんだけど。もしかして操られてなかったとか?」


「いや、思いっきり洗脳されて襲い掛かってきたぞ。怪我させずに意識を奪うのに手間取って面倒だったぜ。なんとか正気に戻したが、後遺症とかあるかもしれないし念のため病院にな」


 本当にあの”早雲”を倒したのね、と呆れ顔の加藤瑞希の後ろの病院玄関からまた見知った顔が現れた。


「瑞希さん、社長が呼んで……あ、あんたは!」


「へえ、確かに顔つきが変わったな」


 俺を見て驚いているのは以前俺に突っかかってきたあたるだった。だが確かに社長の言う通り、前まであったガキ特有の甘ったれた空気が綺麗さっぱり消えている。まだ小学生のはずだが、その瞳には不似合いなほどの力が宿っていた。


 なるほど、こいつも俺や社長と同じくユウキに人生を変えられちまったクチか。

 生意気なガキだったが、一気に親近感がわいてきたぜ。


「健吾が呼んでいるのね? 解ったわ、原田も来なさいな」


「了解。綾乃の事を葵も心配していたからな。顔くらいは見ておきたい」



 俺は社長と合流すべく、病院内に足を踏み入れることにした。



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