第11話 最強少年は相談する。



「お前、大人気だな」


「ふあ、おはよ……なんの話?」


 一人で占領したデカいベッドで目覚めた葵に俺は声をかけた。


 こいつは朝が早い。田舎暮らしじゃそうなるのとか言ってたが早朝五時半には毎朝活動開始するので、同室ながら夜型の俺は随分と迷惑に感じていたのを思い出した。今では俺もこいつに負けず劣らずの朝型人間だが、それはこいつのように規則正しい生活を心掛けたからじゃない。


 異世界の文明レベルが中世後期程度なので日が出たら起きて沈めば寝るというライフサイクルになるからだ。薪は大事な燃料資源だし、蝋燭やランプは高級品だ。俺も持ってるが基本的に光源の魔導具は貴族くらいしか持てないしな。


 そんな仲間達に付き合った結果、俺も今じゃ立派な朝方で葵が目を覚ますと同時に俺も意識を覚醒させたのだ。



「お前が寝た後に来客があったんだが、土御門とか言う連中だった。他にもいろんな奴等がお前を探し回ってるみたいだな」


 あれから土御門陽介から情報を仕入れたんだが、こいつにとって朗報と言える出来事はなかった。


 強いて言えばリリィが乗り気になったことくらいか? これで葵の無事が確信できるまで付き合うことは確定になっちまったけど、これは仕方ない。


 リリィにじゃあ後よろしく、と告げて別行動なんて出来るはずがないからな。



「あー、やっぱりそうなったかぁ。ウチの秘密主義一点張りも考えものだよね」


 俺はその話を聞いて少なくない衝撃を受けたが、葵は想像していたのか当たり前のように受け入れていた。



「土御門の家が追ってきたの? あそこは失せ物捜しが十八番なんだ、目星がつけば簡単に見つけ出されちゃっても無理ないよね」


 あっけらかんと言い放つ葵だが、スマホやパソコンの画面に映ったこいつを正確に捜し出せるとかヤバすぎだろ。魔法やスキルじゃ不可能な芸当のはずだ。というかそれだけでいいなら誰でも探し放題じゃねえか。


 この世界はこの世界で俺の知る異世界とは違った強い力があるのは間違いない。どれだけ強くなろうが油断は禁物だな。物事の優劣を決めるのは武力だけじゃない。



「……陰陽師ってマジで居たんだな。てっきり作り話の存在かと思ったぜ」


「ああ、聞いたんだ。私が話そうと思ってたのに」


 監視者だった陽介から話を聞いたと答えると葵はとても驚いていた。


「土御門で陽介っていえば本家の御曹司じゃない! まさか次期首領が直々にボクを追ってくるなんて、光栄っていうか、厄介っていうか……てかなんで玲二と話し合いしたの? どんな状況?」


 混乱する葵に昨夜の話をすると頭を抱えてしまった。



「うそ、芦屋と土御門だけでも詰みかかってるのに、陰陽寮まで!? うわあ、日本中の術師勢力が動いてるようなものだよ……」


「良かったな、まさに自他ともに認める大人気アイドル様って奴だ」


「他人事だと思って簡単に言ってくれるなあ」


「事実だからな。まあとりあえず朝飯食おうぜ、何をするにしても喰わなきゃ力が出ねえからな。大人気アイドル様は特別にリクエストを聞いてやるぞ。和洋中どれがいい?」


「なんでもいいの? じゃあ中華でってホントにどこから出してるんだい? あ、お粥にこれ揚げパン?」


「俺も店の常連から聞いただけで詳しくないけどな。あとは塩味の豆乳とか包子とかいろいろ」


 数種類の料理を取り出した俺に葵からの疑問の視線が突き刺さる。もう異世界の妖精であるリリィも来たことだし、黙っていても意味ないんだが説明はもう少し後の方がいいだろう。




「うわ、美味しっ! この味付け、玲二が作ったんだよね? 昨日も感じたけど、料理が美味しすぎるよ! 前から美味しかったけどさ、二日経っただけで別人みたいに上達してない?」


 そりゃスキルレベル以外にも俺は師匠の下で修行したからな。それに俺にとってはこいつと別れてから二日どころの話じゃない。


「……」


 詮索は許さんとばかりに無言を貫いた俺に、元気だった葵は萎れたように小さくなった。


「ご、ごめん。玲二はこんなによくしてくれるのに色々巻き込んで悪かったと思ってるよ。もしよかったら、ボクの事情を聞いてもらってもいいかな」


「もう盛大に巻き込まれてるしお前の事情を知りたい気もするが、それはもう少し待ってくれ」


「え? なにかあるの?」


 そう尋ねる葵に俺はベッドの上で大口開けて爆睡中のリリィを指さした。


「リリィもお前の口から聞きたがるだろうからな。説明は一度でいいだろ?」


 彼女はいつも昼前まで寝ている夜行性生命体だ。本当は睡眠が不要みたいなんだが、俺達と出会ってからはこんな感じで良く寝ている。寝るのが趣味らしい。


「あのリリィのことも含めて説明してくれるの? 玲二もボクの知るキミと色々違ってるしさ」


 なんか雰囲気変わったよね、と問い掛けてくる葵に俺は曖昧に頷くだけにとどめた。


「俺が黙ってても彼女が喋るだろうからな。その時纏めて話すよ、それよりこの先のことを先に考えようぜ? 今は誰も見張ってないが、いずれあの芦屋とかいう連中にもここは嗅ぎ付けられるぞ?」


 このラブホはあくまで緊急避難先で、何処までも追われるなら一か所に留まるのは大馬鹿野郎のすることだ。


 だが次に葵が発した言葉は俺の想像を超えていた。



「そうだね、色々考えたんだけどウチの事務所に行こうかなって」


 事務所? 事務所ってことは、俺も籍だけ置いてる芸能事務所って事か? 


「この状況で事務所へ行くだと? なんか理由が……そういやお前売られたとか言ってたな」


「うん、ボクの存在を芦屋に売り飛ばした社長に文句言いたいのも有るけど、一番は事務所に実家との連絡手段があるんだ。それが目当てだね」


 なるほど、こんな訳アリが所属してたんだ、事務所自体が既に関係者って訳か。


「でもお前、それは敵も当然わかってて監視の目が光ってんじゃねえの?」


「そこは覚悟の上だよ、逃げ回っていても問題は解決しないし、ウチの実家がこの事態をちゃんと把握してるか確認したいしね。ボクはそう思うけど玲二はどうかな?」


 合流したくても互いの場所が解らなきゃそれも無理だし、その意味でも一度連絡とった方がいいと思うんだ。もし救援出してくれてなかったらもうおしまいだけどね。


 そう笑う葵だがその顔は明るい。一応俺もリリィも付き添うと言ってあるから道中は安全だ。それに土御門はしばらく静観すると陽介から言質を取ってある。彼とは連絡先を交換したので居場所が知りたければ俺に電話すればいい話だ。陽介も俺が芦屋とかいう連中に後れを取るはずがないと納得してくれた。


 それに俺の連絡先というカードがこの先どういう意味を持つか、彼も理解している。



「いいんじゃねえの? どのみちここでいつまでも籠城できるわけじゃないしな。つーか、そんな手段があるのかよ、電話じゃなさそうだが」


「まあね、こんな複雑な事情持ちの私が居れたくらいだし、前から実家との付き合いがあるんだよ。だから玲二も紹介できたって面もあるんだ。まさか私の情報を売られたなんて想定外だけどね」


 ウチを裏切るとどうなるか、あのハゲにはちゃんと教えてあげないといけないしね、と葵は怖い笑顔を浮かべている。



「相当思い切った手になるが、その行動に納得はいった」


 時間を稼ぐ守りに徹しても葵の口振りからしても助けは来る”はず”で確認したわけじゃないみたいだしな。だがこいつを追う連中の必死さからして、実家の者達は葵が敵の手に渡るような事を指を咥えて見ていることはないと思われる。


 そんな大事な存在ならなんでアイドルやらせてんだ(それも男装させてまで)という根本的な疑問が頭をよぎるが、それを尋ねるのはお互いの事情を話す時でいいだろう。


「これまでの守りの姿勢から攻めに出ることになるけど、やる価値はあると思う。私を追う敵も事務所にそこまでの戦力を張り付けてはいないだろうし」


「動かす人員の大半は俺達を探させるわな、普通」


 昨夜俺達を追いかけてきた奴等も昼夜徹して必死の捜索、というわけでもないようだ。<マップ>には気になった対象を追跡するピン付け機能があるんだが、その追っ手達は夜間は寝ていたのか動きを見せていなかったからな。


「それに事務所で術師が大立ち回りなんて出来っこないし、勝算はあるよ」


「よし。決まりだな、飯喰い終わったら早速動こうぜ。こんな早朝から敵は動いていないからな、今なら自由に動き回れるはずだ」


 絶好の機会を活用すべく俺はそう言ったのだが、葵からは冷たい目が返ってきた。


「玲二、女の子は男と違って身だしなみに時間がかかるの。まったくデリカシーないやつだなぁ。女にモテすぎるのも考え物だね」


「うっせーな。追われてるのはお前のはずなんだが……なんで俺が悪いみたいな空気になってんだ?」


 そう愚痴りつつもようやくのことで準備を終えた葵が現れたのは結構後のことだ。


 そして未だ眠りの世界の住人であるリリィを掴み上げた俺達はラブホを後にする。


「俺もあの事務所には出向こうと思ってたんだ。ある意味手間が省けたと考えたことにするぜ」


「え? 玲二が事務所に行くなんて登録するときに向かって以来? なんでまた、デビューする気はないって言ってたじゃん」


「別件だよ別件。お前には関係のない話だから、今は自分のことだけ考えてろ」


 俺の脳裏に一度しか会ってないが事務所の社長の顔がよぎる。あの野郎、よくもまあぬけぬけと俺を勧誘できたもんだな。


 お前は俺のだ。


 忘れもしない、あの2年前の落とし前をつけてもらうぜ。

 



 こうして俺のとても長い一日が幕を開けたのだった。


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