第12話 最強少年は殴り込む。
俺達が電車を乗り継いで降り立ったのはとある駅だった。昔から大物芸能人が多く住んでいたことからその縁で芸能事務所も数多く存在する区だという。
もちろん芸能界から極力距離を置きたい俺が知る由もなく、道中で葵から聞きかじった程度の知識だ。
「リリィ、そろそろ起きないか?」
「うーん、あと五分……」
もう幾度かこのやり取りと続けているが、俺の手の中に居るリリィは目覚める気配を見せない。アイツなら彼女を懐に放り込んで持ち運ぶんだが、流石にそこまで雑な扱いができるのは世界で一人だけだ。
「いったん戻る……ちゃんと起きたら合流する」
「あいよ」
睡魔から逃れ切れていないリリィは寝ぼけ眼で消えていった。あの妖精は何というか本当に規格外で、転移して異世界に帰っていった。
気軽に異世界移動するのかよ、と思うがそれくらい滅茶苦茶な存在なので仕方ない。リリィがこんな面白い見世物を見逃すとは思えないし、目がしっかり覚めたら合流してくるだろう。
そこからタクシー(数年振りだ! 金があるって素晴らしい。借りた金だけど)を拾って向かう先は俺も所属している芸能事務所だ。
「事務所はこれで二度目だっけ? 全然顔出さないもんね」
「そこに籍を置いた理由が学校に行かなくていい口実欲しさだからな。顔出す意味が無ぇよ」
俺が通う高校の芸能科は事務所に所属していると出席関連で優遇がある。女であることを黙っている代わりにこいつに事務所を紹介してもらったんだが、そこから今の状況に追い込まれていることを考えると、良いのか悪いのか微妙だ。
こいつには迷惑しか掛けられてないが、異世界に呼ばれる要因の理由の一つに日本に未練が何一つなかったことらしいので、今の俺を形作った要素はこいつにあることになる。
認めたくはないが、そこだけは葵に感謝しなくてはならんかもしれん。
「おかげで皆から結構言われるんだけど。玲二連れて来いってさ」
「はあ? あの社長からはたまに電話来たけどそれ以外に誰か会ったか?」
葵に連れられてあの
俺はそう答えたが、目の前の馬鹿女がこれ見よがしな溜息をつきやがった。
「出たよ、この無自覚超イケメン様はさぁ。君が事務所に来たら空気変わったもん。自分より圧倒的に華がある存在が目の前を通ったんだよ? あれは誰なんだって大騒ぎになったからね、その後も君全然顔出さないからグループの皆からも連れて来いってホント煩くてさあ」
「知るか」
俺は人の外見で騒ぐ連中が嫌いだ。勝手に盛り上がって勝手に幻想を押し付けられ勝手に幻滅される。本当に俺の知った事じゃない、他人のあれこれに執着するより自分の中身を磨けと言いたくなる。
「まあ今日はそれどころじゃないだろうし、大丈夫でしょ。あ、運転手さんそのあたりで止めてください」
葵がタクシーを止めたのは大通りの端だった。既に朧気な記憶だが、こんな場所だったかな?
「事務所のちょっと手前で止めたよ。その理由はすぐわかるからさ」
さ、行こっかと告げる葵の後を俺も追うが、しばらく進んだあたりで彼女がなぜそんなことをしたのか理解した。
とあるビルの前に十数人の男女が屯しているのだ。そうか、色々あり過ぎて忘れてたが、そういやこいつのグループのセンターが男発覚で大炎上してたっけ。テレビカメラこそないが首からカメラ提げている奴もいる。こいつら、雑誌記者だな。個人で来ている奴が多いってことは、ゴシップ連中か……
俺の中に忌まわしいあの記憶が蘇る。ちっ、人の醜聞に群がり、腐った餌を貪るハイエナどもが。やっぱり芸能界は腐臭漂う糞中の糞、掃き溜めだ。社長に用があるからって気軽に来るんじゃなかったぜ。
俺は<アイテムボックス>からキャップを目深に被り、人相を見えなくした。これ以上奴等の餌になってたまるか。
「玲二、どうしたの?」
背後で俺が変装じみたことをしたので葵が訝しんでいるが、そういや初めて出会った時からこいつは俺の事情を知らなかったな。今考えれば電話がないレベルの田舎なんだし、その理由も頷けるってもんだ。
「別に。さっさと行くぞ、立ち止まってると怪しまれる。ただでさえお前は渦中の人間なんだからな」
「派手に燃えてるのは沙織であってボクじゃないんだけどね。まったく、あの子にも困ったもんだよ、あの事件でボクのバイトの件も余計に注目されちゃったし」
やらかしてくれたもんだよ、と呟く葵の声には暗い響きがある。なるほど、あのスキャンダルで笑い話程度の葵の話題がさらに拡散されて芦屋とかいう連中の目に留まった面もあるのか。こいつとしては一言文句も言いたくなるってもんか。
「あ、おい。あれ”RED COLOR”の御堂葵じゃないか!?」「本当だ! 御堂さん、一言良いですか? メンバーの平沢沙織さんの問題について一言ください!」「葵さん、貴女が学校近くの料理店でアルバイトをしていたという話について聞かせてください!」「葵さん! このスキャンダルで貴方がセンターに代わるという話もありますが?」「一言お願いしますよ!」
「ごめんなさい、事務所から正式な発表があると思いますので、私からはなにも。ごめんなさい」
今を時めく人気アイドルらしくマスゴミのあしらいもお手の物の葵はそつなくかわして事務所に入ってゆく。俺の気配を消してその後に続いたが……。
「あれ? あの帽子の男子、どこかで見たような……」
女の記者の呟きが頭の隅に残ってしまった。
「お、葵じゃん。出てきてよかったのかよ」
「ちょっと用事があってね。そっちも忙しそうじゃん」
「まあな、やっと掴んだ波だからな、ここは気合入れないとよ」
エントランスに居た俺より年上そうな男と葵が話していが、俺はその後ろで物言わぬ置物と化している。だから俺を見るな、野郎に長々と見つめられる趣味はねえ。
「葵君! 事務所に顔出しては駄目だとあれだけ言っただろう!」
「あ、マネージャー。社長いる?」
その後でこちらに走り寄ってくる中年の細身の男が葵が所属するグループのマネージャーらしい。その顔には簡単には消せない苦悩と焦燥が刻まれていた。担当アイドルが人気絶頂時に男発覚か、ご愁傷様以外の言葉はない。しかもご丁寧に証拠の画像やラインまで文春砲食らってたからな。きっとリーク先は相手の男が付き合っていた別の女か何かだな。
これも俺が異世界で学んだ真理の一つだが、モンスターやゴーストが普通にいる世界でも一番恐ろしいのは人間だった。何食わぬ顔をして背後から心臓を刺しに来る奴等に比べれば悪意全開で来る魔物の方がまだやりやすいってもんだ。
「社長? ああ、あの件で対応策を会議中だ。会議室にいるはずだが、なにかあったのか?」
「ありがと。ああそれと、私グループ抜けるかもしれないから。先に言っとくね」
葵の爆弾発言を聞かされたマネージャーの顔は何とも形容しがたいものがあった。なんか、あとで<ヒール>かけてやろうかなと思うくらいには悲惨だ。芸能人のマネージャーも大変だなぁ。
「なっ! 突然何を言い出すんだ。沙織の件があったのに、ナンバー2の葵まで脱退だと!?」
「文句があるなら社長に言ってよ。全部あのハゲが悪いんだからさ」
そう言い捨ててマネージャーを置き去りにする葵に俺は背中から声をかけた。
「アイドル引退するんだな。
「このままだといつ死体になってもおかしくないからね。こういうのはちゃんとしておかないと」
後片付けは早めに始めておくものだよ、と笑う葵に俺は怒りを滲ませて応じた。
「ふざけんな。俺とリリィが居てお前をむざむざ殺させると思ってんのか? お前には実家からの迎えと合流させる未来しか訪れねえからな」
「う、うん。信じてる、ありがと」
俺の言葉になんか顔を赤くして照れてる葵だが、あの場に居たくせに連中との力の差が理解できなかったようだ。
まったく、あの程度の雑魚が何万人来ようが葵に傷一つ付けられる訳ないだろうが。これは過信でも何でもなく、ただの事実だ。どんな搦手で来られても毒ガスだって阻む俺とリリィの<結界>が抜けるもんかよ。
「社長! 入るよ! いるんでしょ!!」
俺との会話もそこそこに会議室のプレートがある部屋の前に立った葵は一切の遠慮をせずに扉を開け放った。
「おい、会議中は誰も入れるなと……み、御堂だと!」
部屋の中では数人の男が難しい顔で顔を突き合わせていたが、一番奥に座る壮年のハゲが驚愕の表情を浮かべている。
あの男、忘れもしない。奴が社長の須藤だ。
「やあ、社長! どうしたんだい、まるで幽霊を見たかのような顔じゃないか。僕がここに居ることがそんなにおかしいかい?」
「お前、無事だったのか……そうか、何よりだ」
「無事で何よりだってぇ? ボクを芦屋に売った人間が吐く台詞かな?」
「み、御堂君。今は君たちのグループの件で話し合いの最中なんだ。個人的話は後で……」
「私の用件の方がよほど大事です。常務は引っ込んでてください」
「わ、解った」
会議の出席者の一人がえらい剣幕で迫る葵に対して仲裁に入っているが、事情を知らない余所者が口を出して一蹴されてしまった。
「実家は社長を信頼して僕を預けたはずだよね? だからまさか裏切るなんて思いもしなかったよ。ボクたちを敵に回す覚悟はできているんだね?」
「待て、待ってくれ。仕方なかったんだ。彼らがここに乗り込んできて私に脅しをかけてきたんだ。私は皆を守るために仕方なく……信じてくれ!」
「それで裏切られた方が納得すると思う? それにもしそうなったとしても、その時はボクを守るように実家は色々便宜を図ってきたはずだよ。まあ、これから全部実家に報告させてもらうから、どんな結果が出るか楽しみだね」
そう言い捨てて会議室を去ってゆく葵は奥へ向かった。例の連絡手段とやらがあるのだろう。ちょうどいい、俺は俺の目的を果たすとするか。
「くそっ、芦屋め! 何が確実に仕留めるだ。取り逃がしやがって! お蔭で俺はこのザマだ。くそぉ、何故こんなことに! 俺が何をしたってんだ!」
「そんなの決まってんじゃねえか、不相応な欲をかいたからだろ」
「なんだと!? お前、誰に向かって物を……お前、原田? 原田玲二か?」
口を出した俺を睨みつけた社長、須藤はこちらを見ると顔色を変えた。
「一度顔を出しただけだってのによく覚えてるな」
「ああ、もちろんだ、お前ほどの男を忘れるものか。そうだ、お前は御堂からの紹介でここに入ったんだよな。頼む、御堂を説得してくれ、これは不幸な事故だったんだ。上手く説得してくれればアイドルでも俳優でも好きな道を社を挙げて特別に用意してやる! お前ならば芸能界で頂点を獲れる、その器だ」
「要るかボケ、なんでお前に手を貸してやる義理があるってんだ、この糞野郎が」
突如豹変して悪態をついた俺を須藤は惚けた顔で見ている。阿保面晒しやがって。
「な、なに?」
「俺の親父の財産掠め取っておいて、よくぞまあその息子にふざけた台詞を吐けたもんだな? それに俺だけじゃなく姉貴にまで声掛けてやがったようだな。知らねえとでも思ったか?」
「……ちっ、知らずにいればいいものを。余計な知恵をつけやがったか」
そう吐き捨てた須藤の顔は酷薄極まりないものだった。忘れもしない二年前、両親が事故死した後、親の財産をいいように食い荒らした亡者どもの一人、それがこの須藤だった。
そして何も知らない馬鹿だった俺はそんな敵の事務所に招き入れられ、籍を置いてしまった。須藤からすれば自分に金を貢いでくれる馬鹿親子に見えた事だろう。
俺も姉貴から指摘されて自分の愚かさに自殺したくなったからな。
「おうおっさん、今日は葵の付き添いで顔を出しただけだが、こっから先は徹底的にやってやるから覚悟しておけ」
異世界にいる間はこの須藤のことも忘れかけていたが、こうして戻ってきたら話は別だ。きっちりと始末をつけさせてもらう。
「親なしのガキの分際で粋がりやがって。やれるもんならやってみろ。孤児のお前に何ができるってんだ」
「俺が何の勝算もなく喧嘩売ってると思うか? 念入りに捻り潰してやるから楽しみにしておくんだな」
そんな捨て台詞を吐いて俺は会議室を後にした。背後から須藤が何か叫んでいたが、耳に入れる価値もない。
今は葵の件を優先しなくてはいけないが。敵に対する対処も同時に進めるべきだろう。
<マップ>でとりあえず葵の後を追うかと思いかけたとき、俺を呼び止める声がした。
「あれ? 社長との話は終わり? じゃあ今度は私たちに付き合ってほしいんだけど」
「風間さんと木佐田さんを倒したって術師を僕たちが殺せば、あの二人以上ってことだもんね。この僕が直々に相手をしてあげるんだ、精々足搔いて楽しませてほしいな」
振り返るとそこには二人の男女が居た。赤毛の女の方は俺と同じくらいの齢だが男の方は小学生でも通りそうな少年だった。二人に共通するのは芸能人かと思うくらい顔が整っているってことくらいか。
今の言葉から察するに葵の追っ手だろうが、随分と早いお出ましだな。もう少し余裕があると思ったが。
実に運の無い奴等だ。
「お前ら、今の俺は機嫌が悪い。命が惜しいなら今すぐ消えろ雑魚ども」
俺の言葉で周囲の空気が一気に冷えた。張り詰めた空気が充満し、戦いの気配が漂ってくる。周囲に俺地以外居ないのは幸いだが、こいつらの技能で遠ざけられたのかはまだよくわからない。どが、これは俺にも好都合だ。
他人の目を気にせずやれるってのは楽でいい。
「はは、綾乃聞いた? 僕たちに向かって雑魚だって? ……そのふざけた口を閉じろよ、身の程を教えてやる!」
「野良の術師が調子に乗ってるだけじゃない、私がちゃんと調教してあげるから大丈夫よ。すぐに殺さないでくださいって泣きながら頼んでくるわ。それに私たちの本命は
普段なら笑い飛ばして相手にもしない所だが、今は虫の居所が悪い。低レベルの煽りにも応じてしまうくらい余裕がなかった。
「調教だぁ? 芦屋とかいう連中の
本当はもっと会話して情報を吸い出すべきなんだが、場所も場所だしさっさと終わらせるか。
こうして突然現れた追っ手の二人組相手に戦いの火蓋があまりにもあっさりと切って落とされたのだった。
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