第72話 最強少年は癒し、とっておきを取り出す。
「予定通りこの島で下船します。ほとんど滞在しなくて申し訳ない」
「とんでもございません。初めからお話を伺っておりましたし、そのようなゲストも沢山いらっしゃいます。一応、下船する際には近くの乗務員にお声掛けいただければと思います」
「ありがとう。それと隣の部屋の皐月さんからこの手紙を出すように頼まれたんで、お願いして良いですか?」
「かしこまりました」
宛先が京都になっている品のよい便箋を担当コンシェルジュに渡して俺の仕事は終了だ。
これはお節介だろうが、一応話しておくか。
「余計なお世話かもしれないが、彼女の体調が芳しくないようです。医者を呼んだ方がいいかもしれません」
「了解したしました。その件は注視しておきます」
コンシェルジュは日本人でなかった。だから告げられた言葉の意味をなんとなく理解してしまった。
すぐには動くつもりのない注視、と言ったのだ。
恐らく彼女のほうからそちらに何か言付けがあったのだろう。
ここでは静かで穏やかな時間を過ごさせて欲しいとか彼女からの申し出があれば、船側も不必要な接触は出来ないに違いない。
きっと全て承知の上で皐月さんはここに来ているのだ。
赤の他人がその人の最期の時間にいらん口を出すのも野暮だしなぁ。
俺も昨日知り合ったばかりの人をそう気にかけてもいられない。
早ければ今夜にはこちらからアクションを起こすかもしれないのだ。そうなれば一気に解決まで事態が動くことだってあり得る。
袖すり合うも多生の縁、とは言うがこのご時世、何処まで踏み込んでいいものか。
俺はぶらぶらと巨大で飽きさせない船内を散策する。
お、あのハリウッド映画まだ見てないな、でも吹き替えなしかよ。流石世界を回るクルーズ船だ、映画に字幕もないと来た。
フイットネスクラブも興味あるが、下手すりゃ今日の夜にも動くし、今から疲れるのもなあ。屋外プールはまだ寒いから論外、カジノは夜営業だがどのみち未成年は入れない。一発当てて一攫千金……大負けする未来が見えるぜ。
益体もないことをつらつらと考えつつも、皐月さんの事が脳裏をちらついてしまう。さてさて、どうしたもんかねぇ。
これが異世界なら、少なくとも俺達のホームならマジでお節介焼きが”どうしたどうした”と勝手にワラワラ世話を焼きに湧いてくるんだが、ここは人情紙風船の現代日本だ。
俺自身、そういったドライな空気感が嫌いじゃないし、適度な距離感を保ったままでいいだろと思っていたんだが……そうも言ってられない事態に遭遇した。
皐月さんが先程別れたソファーにまだいるのだ。というか、顔を伏せて身動きひとつしないときた。
「皐月さん?」
猛烈に嫌な予感がするぞ。いやいや。ちょっと待ってくれ。俺が最期に言葉を交わした人間とか本気で勘弁して欲しいんだが。
思わず駆け寄って恐る恐る彼女の脈をとる。今にも消えそうなほど微弱だが、わずかに鼓動があって一安心だ。
これならなんとかなると俺は小さく安堵の息を漏らすと、耳を澄ませ皐月さんの浅い呼吸を感じ取った。
まだ生きてはいるが、今にも命の灯が消えそうな彼女を見て誰か人を呼ぼうと……ってここは特別区だ。専用エレベーターでしか来れないし、宿泊者以外は限られた従業員しか立ち入ることができない。
ならせめてコンシェルジュを、と思って<マップ>を見ると先程までいた外国人の彼がいない。きっと手紙を他の者に渡すべく席を外しているのだろう。
流石にこの状況で皐月さんを放り出すほど俺は鬼ではない。
しかし、部屋の鍵はカードキーだし彼女の手荷物を漁るのも気が引ける。
だが、皐月さんをこのままにしておけない。ならば向かうのは彼女が滞在する隣の部屋、つまり俺達の客室しかなかった。
さてさて、本気でどうしたもんかね。
柄にもなく俺は悩んでいた。もちろん皐月さんに回復魔法を使うかどうかである。
別に大変な手間がかかる、とかそんな話ではない。<鑑定>では重度の心臓病との事だったが、回復魔法にかかれば健康体に早変わりだ。
医療という点に関しては異世界は現代日本の遥か上を行く。
なにしろ欠損した腕がエクストラポーションでマジで生えてくる世界だし、手の施しようがない死を待つだけの末期患者も元気に歩き出す魔法薬だってあるんだ。身内に重病人が居ればどんな手を使ってでも欲しがるに違いない品をごまんと俺達は持っている。
回復アイテムや魔法は現代医学の常識を鼻で笑う効果がある。だが俺はその力を誰かに使うことを長いこと躊躇っていた。
切り傷程度の軽い怪我ならともかく、命に関わるような重病や大怪我となるとなんとも踏ん切りがつかないのだ。
弱い薬草を探す切っ掛けになったあの出来事、母親の悲痛な叫び声が俺の体を硬直させる。
あの声を思い出すたび、回復魔法をかけようとする手が止まっとしまう。
これまでずっとそんなことの繰り返しだった。
だが、それでも……なんとなくだが、彼女がここで命を終わらせることが俺は嫌だったのだ。
敢えて自分の中で理由を捏ね上げるなら、葵の故郷で見た祖母という俺には縁のないものを彼女に感じていたのかもしれない。
両親の親は既に他界していたので、俺達に祖父母なんてものは存在しないんだが、昨夜一度会っただけだというのに俺は不思議と彼女に親しみを覚えていた。
そんな皐月さんと出会ったばかりだというのに、彼女の運命は今ここで終わりを迎えようとしている。
その
そうだ、納得できない。誰に何を言われようが彼女は癒す。
あれから色々と葛藤したが、結局大事なのは俺の意思だ。助けたいから助ける、誰に何を言われようがその思いがあれば、後は知った事か。
文句を言いたい奴には言わせておけばいい。やらずに後悔するよりやって後悔した方がマシ、俺にとってはそんな感じの問題なのだ。
「ここは……あら、玲二さん。ごめんなさい、どうやらご迷惑をおかけしてしまったようね」
彼女を俺達の部屋のベッドに休ませると、しばらくして意識を取り戻した皐月さんはそう謝ってきた。
「いえ、お加減が悪いなら医者を呼んだ方がいいと思いますが」
「大丈夫よ、お医者様から痛みを軽減するお薬はいただいているわ」
そうですか。やっぱり病気を治す薬じゃないんですね。
「でしたらここで休まれるといいでしょう。昨夜お話しした通り、自分たちはこの島で夜には降りますので遠慮は不要です」
「いえ、そこまでご面倒をおかけできないわ。自分の部屋へ……」
体を起こしかけた皐月さんだが、途中で力尽きて俺が支えることになってしまった。ここに運んだ時も思ったが、彼女の体重は紙のように軽かった。
「もう、齢は取りたくないものね。体が言うことを聞いてくれないわ。サイパンまでとは言わないけど、せめて硫黄島の近くまでは辿り着きたかったのだけれど」
サイパンか、確かこの先の寄港地だったような気がする。だが硫黄島だって?
俺は相当変な顔をしていたのか、皐月さんはゆっくりと言葉を紡ぎ出した。
「貴女のような若い方には縁がない話かもしれないけれど、この国は昔戦争をしていたの。父はサイパン島で、年の離れた一番上の兄は硫黄島で亡くなったわ。主人に先立たれてからはこの時期に慰霊の旅を続けていたのだけど、今回が最後になりそうね。ごめんなさい、玲二さんには退屈な話だったでしょう」
「いえ、そんなことは。ですがまずは皐月さんが元気になって旅を続けられることが最善だと思いますよ」
「ふふ、そうね。ありがとう……お言葉に甘えて少し眠らせていただくわ」
ほどなく穏やかな寝息を立てる皐月さんに俺は手を翳すと、柔らかな光が寝室を満たす。
暫くその光が皐月さんの体を覆うと、じきに光が収まってゆく。回復魔法の効果があった証拠だ。
よし、病魔は去った。これで彼女の胸の苦しみに耐える日々はお終いだ。
俺は回復魔法の専門家ではないからちゃんと治ったのかを確認するには<鑑定>してみる必要があるが、彼女の健康状態を示す項目から心臓病が消えている。
これでよかったのか、命を弄ぶ傲慢な行為じゃないのか、など様々な感情が俺の中にあることは確かだが、皐月さんを助けたかったという俺の気持ちに嘘はない。
別に彼女から感謝や見返りが欲しかったわけでもないし、完全な俺の自己満足だ。
そう、俺は彼女が助かって気分がいい、それ充分だろう。
だから戻ってきた葵や瞳さんに何か説明をする必要もない。
「あれ、玲二どうしたの……ってそこで寝てるのって皐月さん? ええっ、なんで!?」
「ちょっとな、気分が優れなかったらしい」
「ええ? それでボクたちの部屋で休むの? まあ玲二が変なことするわけないけど。時たま変な奇行に走るのもよくある事だし」
俺の答えに納得のいかない顔をする葵だが、こっちのこれまでの行動を鑑みて結局はそう理解したらしいが……奇行とはどういう意味だおい。
「玲二さん、皐月さんはお加減が?」
俺の回復魔法の残滓を見て取ったらしい瞳さんの問いに小さく頷いた。彼女もユウキの魔法を受けたことがあるので、何をしたのかは分かったようだが、俺の意を汲んでそれ以上口を開くことはなかった。
続けて彼女に軽い<
俺はいざとなればソファーで寝ればいいしな。下手をすればベッドよりも寝心地の良いソファーが山ほどあるのだ。
「葵、そんなことより準備はいいのか? 明日朝10時に北里さんが陽介に約束を取り付けた。流石に今日は無理だったみたいだな」
陽介の奴は青森にいるらしい。朝一で関東に戻るらしく、今夜仕掛けるにはちょいと無理があった。
「なぁんだ、じゃあ急いで買い物しないでよかったじゃん。でもそうするとあと2回はホテルの色んなレストランを回れるね。それにジャクジーも楽しめそう」
「もう、葵ったら。もう少し緊張感を持ちなさい、油断は禁物よ」
瞳さんは妹に危機感を持てと窘めているが、こんなスイートを楽しめる機会なんてもう絶対ないんだし、せっかくだから満喫しないとねと言われると黙ってしまう。
「はぁい、気を付けます。あのさ玲二、そういえばここからどんな魔導具を使えば東京に移動できるの?」
ここは東京から南に千キロ離れた小笠原諸島だ。ここまで来るのに2日掛かっているが戻りは一瞬だ。何をすればそんなことができるのか、その秘密を葵と瞳さんに明かす時がやってきたようだな。
「ああ、こいつを使う」
俺は直径80センチほどの金属製の輪っかを取り出した。
こいつは転移環という通話石を超える超がつく神器中の神器である。
なにしろ2つで1セットという特性を活用することで……
瞬間移動を可能にするのだ。
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