第73話 最強少年は奇襲をかける。



 この転移環と呼ばれる魔導具はとあるダンジョンボスのレアドロップ品だ。

 レアの名の通り滅多に手に入らない品とあって、俺達の中では絶対の秘密だった。


 なにしろその効果はどこで〇ドアだ。とんでもないなんて言葉が生易しくなるレベルである。舗装なんてされてない道を馬車でノロノロ移動する異世界で瞬間移動を可能にするのだから。


 こいつと時間停止、容量ほぼ無限の<アイテムボックス>を使って商売したらどうなるかなんて考えるまでもない。一度だけやったことがあるが、俺達の手元には世界中の金貨が集まってくる勢いだった。


 つまり、王候貴族が聞き付けたらどんな手を使っても奪い取りに来る神器である。



 そういうわけなので俺達の友人でもごく限られた者にしか伝えてないシロモノをユウキは使えばいいだろと言ってのけたのだ。


 まあ、実は俺もユウキにそう話を持っていくように仕向けてはいたのだ。


 土御門の術から逃れるためにこんな南までやってきたが、スマホが繋がらない以上陽介に会うためには本土には帰らなくてはならない。


 海上は術の範囲外かもしれないが、本州に戻れば俺達はたちどころに見つかってしまうだろう。

 俺達に殺到する敵を倒しつつ陽介のもとまで接近を気付かれずに到着するのは至難の技だ。それに葵と瞳さんまでいるのなら、隠密行動は不可能に近い。かといって護衛対象2人を置いて俺1人で向かうってのは論外だ。

 帰ってきたら二人が居なくなっている未来が容易に想像できる。相手がどんな術を持っているかも知れないのだし、俺はいつだって最悪の想定をして行動する主義だ。


 そんな八方塞がりの状況をひっくり返せるのがこの転移環だ。

 北里さんが先に到着して対となる転移環を設置してくれれば、俺達は彼女が陽介と会話している最中に乱入できる。

 つまりは全陰陽師の裏をかいて本丸に斬り込めるのだ。

 もちろんすべてが上手く行けばという前提ではある。北里さんが俺に攫われて半日ほど行方不明だったという情報は向こうも摑んでいるはずだ。

 その彼女が突如として陽介に接触を持ちかけるのだ。相手も警戒していないとは思えないが、俺がその場に直接乗り込んでくることは想定外に違いない。



 もちろんそれだけの力を持つ神器だけあって厄介な問題も多く抱えている。

 特に異常なほど多い安全装置が、このアイテムを神の領域の魔導具から容易くただの輪っかに変えてしまう。


 例えば転移環は全ての面が接触していないと機能しない。

 この部屋はカーペットが敷かれているので使用不可能だ。ほんの僅かな隙間さえ見逃さず安全装置が機能を停止してしまう。

 

 その他にも転移環の枠上、転移させる領域外に何か無機物が置かれているだけでも機能は止まる。とにかく何かにつけ安全装置が働いて動きを止めてしまうのだ。

 前なんか、大陸を隔てた場所に転移したのは良いが、用事を終えて帰ろうとしても転移環がうんともすんとも言わなくなったことがあった。

 あのときは本当に参った、<念話>で仲間と連絡が取れたので事なきを得たが、下手すれば年単位で時間をかけて帰還する羽目になるところだったからな。



 そんな便利な分厄介な側面もある魔導具だが、俺達は様々な検証を経て使い勝手を向上させて来たので今はだいぶ使いこなしている。

 例えば全ての面が設置していないと起動しない点に関しては専用の台の上に置くことで解決した。これでどんな荒れ地の上でも使うことができる。

 もちろんこの船の部屋の中でもだ。

 

「わ、すごい! 本当に瞬間移動してる! お姉ちゃんもやってみなよ、すごいよこれ!」


「まあ、本当にこんなことがあるなんて!」


 これ一体どう使うの? と聞いてきた葵に実際に使わせて歓声を上げている。


「葵、隣の寝室で皐月さんが寝てるんだから少しは声を抑えろ」


 実際は睡眠魔法を使っているので起きることはないし、夜にでもこの船を離れる予定が明日の朝になってしまったので、彼女には俺達が発つまでここで休んでいてもらおう。死を待つだけだった体が突然完治したのだ、その場に居た俺に何かしたのかと問われても困るしな。


 こういった力は使った後が一番厄介なんだ。善意の裏に必ず存在する、ある種の押しつけがましさをいかに消すか、これを間違うと面倒なことになるからな。



  感謝が欲しくてやったわけじゃないとはいえ、相手の望みを聞いたわけでもない。だが、別にこんなこと頼んでいないと言われれば後味は最悪になるだけだ。



 ユウキがいつか言っていた。"相手にかける情けってのはなきゃいけない”と。

 当初は何を言っているのかよく解らなかったが、今ならなんとなく理解できる。


 あいつが誰かに何かを施した後には不思議な清涼感があるんだ。


 派手なこともなく、さっと他愛ないように大きなことを行ったかと思えば、何も求めず静かに去ってゆく。

 そしてそれを受けた方は決して騒がず、その志にただただ深い感謝を捧げるだけだ。


 その場に爽やかな風が吹いたような、それを見た者に強い満足感を与えるあの振る舞いが俺の目指す理想だ。

 まあ、あんなことを当たり前にできるのはユウキくらいなもんだと解っちゃいるんだけどな。

 それでも目標に据えることは間違っていない、そう思っている。



 それはそれとして転移環も問題なく使えるようだ。例の”弱い薬草”が手に入った場所は非常に魔力が薄く、魔導具が使えなくなるほどだった。


 あそこほどではないにせよ、こちらの魔力濃度では何か不具合が起こる可能性もあったので何回も使っている葵の様子を見て内心で安堵する。


 これで準備は万全だ。あとは仕掛けるだけだな、結果としてどう転ぶかは皆目見当はつかないが、陽介と接触すれば事態は大きく動くはずだ。







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