第107話 最強少年は運命を変える。 7




 俺の目の前には膨れ上がる魔力を制御出来ずにふらつく女がいる。


「さあ、ここからが本当の戦いです。ご当主さまの敵は全て排除します。それが我等芦屋八烈の使命……」


 高揚感に酔ったのか、熱に浮かされたような顔の女の周囲には自身が生み出した魔力が暴れまわっていた。


 確かに言うだけはある。魔力の総量で言えば日本でこれまでに出会った人間の中では最大だ。封印を解いた葵以上だなこれは。


 この魔力の薄い地球でこれだけの力があれば自惚れたくなるのも解らんでもないが、この女はただ感情のままに魔力を放出しているだけだ。

 つまり今のままでは全くの無駄だ。この魔力を残さず凝縮、錬成し研ぎ澄ませ魔法と為して初めて意味を持つのだ。


 魔力を無駄に放出してビビるのは知能の低い獣くらいなものだ。

 この程度のそよ風では俺には威嚇にもなりゃしない。


 俺は瑠璃丸を鞘に納めると暴れ足りないと不満そうな愛刀を<アイテムボックス>に仕舞いこむ。出番を選り好みし過ぎるので更に不機嫌になるんだが、こいつは雑魚に振るうには勿体ないんだよな。



「お前、芦屋の生まれって訳でもないんだろ? よくそこまで入れ込めるな。当主とやらにでも惚れてんのか?」


「戯れ言を……誰があのような三流以下に懸想などと、寝言は寝てから言いなさい。だが偉大なるご当主さまに全てを捧げるのは当然のこと!」


「……今の台詞を録音しとくんだったぜ。自分で言ってて支離滅裂なの解ってるか?」


 大人数を一人一人洗脳するのは時間も手間もかかる。手早く仕込むには個人の認識をすり替えるのが一番手っ取り早い。

 この場合は親玉の命令が第一、くらいのシンプルだが強力な暗示でもかけてるんだろうと俺達は予想していたが案の定だったな。

 簡単な暗示なら矛盾をついてやれば認識の齟齬から洗脳は解けるが、単純とはいえ大昔から存在するバケモノがかけた仕込みだけあってチャチなもんではなく、矛盾程度では解けたりしなかった。


「私を惑わせようとしても無駄なこと。さあ、我が力の前に屍を晒しなさい」


 そう告げると女は俺に向けて手を翳す。それと同時に力の奔流がこちらに怒涛の勢いで雪崩れ込んできた。


「やれやれ、周りの被害ガン無視かよ」


 もちろん<結界>に阻まれて俺には何の影響もない。しかし俺の背後にあった道場の壁をぶち抜いて通りすぎて行く。

 だがあの空気砲も威力だけはあったようで壁をぶち抜いて外に被害を出しそうだったので<結界>を壁代わりに置いて防いでやった。



「ふん、小手調べでは意味がないようですね。何処の傍系の出かは存じませんが、私の力をこの程度と思ってもらっては困ります」


「このくそ女が、勝手なことを言いやがって」


 なんで俺が周囲の被害を気遣ってやらねばならんのだ。

 周囲に人がいなかったから良かったものの、なに考えてやがる。

 いままでの奴らは洗脳されててもそれくらいの分別はあった。

 この女、さてはもとより操られてなくても周囲に破壊を出すことを躊躇わない性格だな?


 ……このまま見捨てて自爆させたい誘惑が俺の中で膨らんでゆく。俺がなにもしなくてもこのままほっときゃ勝手に自滅するからな。


 こんな女がどうなろうとマジで知ったことじゃねえし、好き好んで自殺したがる馬鹿に付き合う義理もない。

 ……無いんだがなぁ。俺の後ろで呆然としている藤乃さんのことを考えると助けられる術を持ちながら見殺しにするのは俺の主義に反する。

 何よりこの事がユウキに知られたら絶対にガチギレするので見て見ぬふりはできない。アイツは女子供に優しく出来ない男は死ねと常日頃から本気で口にして実行もしている奴なので非っっっ常に不本意だがこの女も助けなくてはならない。

 こうなったら精々藤乃さんに恩を高く売り付けてやるとしよう。



 ひとまず気持ちを切り替えた俺だが、難題の解決はこれからだ。


「藤乃さん、確認させてください。今のあの女は自分の力をあえて暴走させてますね?」


 突然爆発的に膨れ上がった魔力からしてそれ以外に考えられない。彼女が禁じていたこと、そして今もふらつき、咳き込んでいることから見ても過度の負担が、恐らく生命力を魔力に変換して超常の力を得ているはずだ。


「その通りです。あれは命を削る禁じ手中の禁じ手。才無き者は会得さえ叶わない'最秘奥たる'華厳"です。ですが、あれを用いた者の末路は決まっています」


 生命エネルギーを使い果たして死に絶えるってことだな。


 ああ、本当に面倒だな。これと似たような経験があるから同じことすりゃなんとかなると思うがそれが手間なんだ。


 俺は内心で盛大な溜め息をつきながら魔力を練り上げる。これからやる曲芸には繊細な調節を必要とするのだ。

 成功率で言えばユウキに頼んだ方が確実なんだが、もう異世界に戻っちまってるから俺がやるしかない。


「私の術をこれだけ防ぐのは見事ですが、守ってばかりでは私を倒すことなど出来ませんよ?」


 勝ち誇った顔で俺を見下す女に俺のやる気ゲージが更に下がって行く。


「このクソ女……誰のせいでしなくてもいい苦労をする羽目になったと思ってやがる」


 マジで事故ったろか? と、膨れ上がる誘惑に耐えながら俺は準備を終えた。


「遺言はそれでいいのですか? では遊びはそろそろおしまいにしましょう。人生の最後に選ばれし者だけが扱える本当の力というものを教えてあげまず」


 陶然とした歌うような声でそう言い放つ女に対して俺は鼻で笑った。


「力、ねえ。偉そうな台詞を吐くなら最低限これくらいはやってほしいもんだが」


 そう言って俺は僅かに力を開放した。やり方は今さっき女がやったような周囲への無軌道な放出だが、俺の魔力量は目の前の女とは次元が違う。練り上げられた濃密で純然たる魔力の奔流がもう半壊状態になっていた道場の壁を完全に破壊し、崩れ落ちそうになっていた屋根をまとめて吹き飛ばす。


「なっ! こ、この力は……」


「随分な御託を並べてくれたようだが、たったそれだけの力で何をどうやって教えてくれるんだ? さっきも言ったよな、お前、自分が思ってるほど強くはないぜ」


「こ、こんなことは有り得ない! 人の身でこれほどまでの霊力を纏えるはずが……まさか、いずこかの神を降ろしているとでも?」


 これでも放出したのは2%にも満たない僅かな力なんだが、女の度肝を抜くには十分な力だった。こちらに対抗するために女の方も力を放出しているが、お陰でさっきまでの余裕は掻き消えているものの、その手からは血が滴り落ちている。

 あまり時間はかけていられないな。


「生憎とタネも仕掛けもないぜ。これは純然たる俺の力だ。さあ、予告してやるぜ。お前はを食らってお終いだ。逃げられるものなら逃げてみやがれ」


 俺の掌から7つの光球が生まれると、それぞれがスパークしながら俺の周囲を浮遊し高速回転を始めた。放電する雷球がそれそれ共鳴しあって道場跡はまるで異空間のような様相を呈している。


「……原田玲二、貴方はご当主さまの障害になる。ここで私の命に代えても排除しなくてはならない」


「今ここで倒されるお前にその心配をする必要はないだろ。この程度の力でよくここまでハシャげたもんだ。よく覚えておけ、これが敗北の苦味だ」


 俺の魔法には詠唱も魔法名も不要だ。必要な時に起動し、敵を殲滅する。


 俺の意を受けて触れれば人を簡単に消滅させられる(もちろん手加減してあるが)7つの雷球はそれぞれが異なる軌道を描きながら暴走状態の女に殺到した。


「私を、雷桜院静夏を舐めるなぁ!」


 その時、女の魔力が爆発的に膨れ上がりその手にした符から4匹の水蛇が雷球に向かって発射された。


「蛟よ、我が敵を討ち滅ぼし給え! 救急如律令!」


 その叫びと共に俺の雷球に突っ込んだ水蛇は互いに相討ちになったようだ。手加減しまくったとはいえ、俺の魔法を打ち消すとはな。暴走込みとはいえやはり実力は相当なもののようだ。


「まだまだぁ! 前鬼、後鬼、私を護りなさい!」


 腕に符を仕込んでいるらしい(瞳さんもそうだった)女は水蛇が消滅したと当時に新しい式神を喚んでいて、次に現れたのは筋骨隆々とした大鬼だ。


「おお、大道芸として客が取れるぞ、こりゃ面白ぇ」


 俺の軽口に取り合わず女は新しく喚んだ二匹に残る3つの雷球の相手をさせている。必死の形相で魔法の集中をしていて、どうして俺がこんなトロすぎる速度で魔法を放ったかは考える余裕はなさそうだ。

  

「二人とも、あの玉を掻き消しなさ……ああっ!」


 隠し玉らしきあの二匹も雷球と揃って相討ちだ。残る最後の一つが女目掛けて突き進んでいる。


 さて、終局だ。


「其の力よ、我に加護を! はああぁあ!」


 なんと女は残る魔力を総動員して俺の魔法を迎え撃つらしい。だが全力で力を振り絞っていて額や鼻からも血を流していた。

 もうあの女の全身はボロボロだろう。体中の毛細血管や筋繊維が断ち切れて外部出血や内出血だらけになっているに違いない。

 だが俺にはそれを止める術はない。操られた当人が異変だと感じていないので外部から正気を取り戻させることは難しい。たぶん何か方法はあるんだろうが、今の俺に思いつかないのなら何の意味もない。

 だがら俺の知る確実な対処法を取ることにした。

 

「負けるものですかあぁぁ!!」


 あの女は自分の迫る雷球を全身に纏った魔力で受け止めて後方へ弾き飛ばそうとしていた。見た目こそ清楚系なんだが、やってることは完全な気合勝負だ。だけど結構根性あるじゃねえか、やっぱ窮地ほど人間の本性が出るよなあ。


「静夏! 無茶です!」


「うわああぁああああぁぁっっっ!!!」


 愛弟子が心配で俺の後ろで声を上げた藤乃さんの言葉に反発するかのように女は咆哮と共に俺の雷球を上空へ跳ね上げることに成功したのだった。


「はあ、はあ。こ、これで私の勝……」


「いや、終わりだ」


 精魂尽き果てた顔で勝利の笑みを浮かべる女の足元が爆裂したのはその時だった。


 耳をつんざく爆音と共に高く高く跳ね上げられた女は放物線を描いて宙を舞っている。思ったよりも高く飛んだな、威力を間違えたか?


「し、静夏ぁっ!」


 突然の出来事に藤乃さんが切羽詰まった叫び声をあげるが、このまま墜落死させたら何のためにこんな面倒なことをしたのか分からなくなる。


「大丈夫ですよ。命は助けると約束したじゃないですか」


 落下する女を風魔法で絡めとり、安全に地上に下ろしてやるが、俺の目論見通りこの女は意識を失っていた。

 直撃させてないとはいえ上空に弾け飛ぶほどの衝撃波を食らっているので無傷とは言えないが、もとより体は満身創痍だ。後でポーション使ってやれば回復するだろう。


「静夏! ああ、なんてこと……」


 なんだかんだ口では言いつつ弟子を心配してここまでやってきた藤乃さんは女の惨状を見て言葉を失っている。両足が折れているのは俺のせいだが、それ以外の怪我は自業自得……操られてたんだから被害者か。

 まあ、治せば文句は言われないだろう。


「こいつの効果を試すにはいい機会になりましたね」


 ユウキから昨夜、ポーションの話題を出したと聞いているので藤乃さんも俺が差し出した品に見当がついたようだ。

 こちらが頷くと奪い取るようにひったくり、その中身を患部にかけようとしたので口を挟んだ。


「口から飲ませた方が効果は高いです。傷口にかけても意味はありますが、零れる分無駄になります」


「わかりました。ああ、本当に傷が癒えてゆくなんて……これぞまさに神の雫……」


 意識のない女を抱き起し、口にポーションを注いだ藤乃さんから安堵の溜息が漏れた。



 これでようやくこの件は一件落着か。



 俺は初めからこの戦いの終わらせ方は意識を刈り取るしかないと解っていた。

 命を削って魔力を絞り出す戦い方は異世界でもたまに見るが、他人によって強制的に火事場の馬鹿力を生み出されている奴は数百倍厄介だ。

 脳のリミッターを意図的に解除して実力以上の力を引き出すんだが、それができるのは普通なら一瞬だけで使い続けて命にかかわる事態になることはない。

 瞳さんや護り巫女たちのように外部要因で魔力を吸われているとか、他人によって無理やり生命力を魔力に変換させられているとかが例外中の例外なのだ。


 この状態を解除するには当人の意識を飛ばして力を使わせないようにするしかないんだが、これが本当に加減が難しいんだ。


 漫画とかでよくある背後からの首筋をトンとかを俺の力でやると普通に首の骨を折る殺人事件だからな。

 それに強力な一撃を叩き込めば都合よく意識を刈り取れるわけでもない。俺の場合普通に消し炭になっちまうし、ガチガチに身構えてる奴の意識を奪うのは至難の業だ。


 だから7つの雷球を敢えて迎撃できる程度の威力に抑えて全力で対応させ、それを凌ぎきって油断した瞬間に<イラプション>で足元を爆発させたのだ。


「あー、しんど。なんて俺がこんな疲れることしなきゃならねえんだか……」


 そう愚痴りながらも、俺は内心で朝のうちに片付けられてよかったと安堵していた。

 こいつが葵を連れて敵の親玉とやりあっている最中に他の芦屋連中と共に暴走状態でカチこまれたら現場は大混乱になっていただろう。そう考えれば邪魔の入らない今のうちに対処出来て僥倖だったとも言える。



 その時、俺のスマホの着信があった。ディスプレイには陽介の名前が出ている。


「原田か!? お前は今何処に居る!? 都心で膨大な霊力が感知されて大騒ぎになっているが、なにか知らないか?」


 むしろお前絶対関係してるだろ、と詰問口調で訴える陽介に俺はここでの説明をすることにした。


「いま敵幹部の頭を張り倒した所だ。何でも藤乃さんの弟子だったらしくてな、彼女の依頼で動いたんだよ」


「八烈の頭、だと? まさか主席の”早雲”か!? それに宮さまの弟子だと!? どういうことだ、説明を……いや、こちらから出向く。場所は周防寺で間違いないか?」


「俺は連れて来られただけだから詳しくは知らんが、どうせ術で居場所は掴んでんだろ? 迎えをくれるなら助かるわ」


 俺は跡形もなく吹き飛ばした道場のことなど完全に忘れたふりで弟子を介抱する藤乃さんと共に陽介の迎えを待つことにした。


 つうか、初っぱなからこれかよ。今日は長い1日になりそうだぜ。






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