第106話 最強少年は運命を変える。 6



 俺の愛刀である瑠璃丸は意思を持つ刀だ。

 言葉を話すわけではないが、主である俺には久々に出番を与えられて歓喜に震えていることが手から伝わっている。


 いや、これは歓喜じゃないか。俺が地球に戻ってから全くこいつを抜いていなかったので不貞腐れているんだ。


 だがこれは仕方ないだろう。異世界ならともかく、日本で武装して歩くなんて真似をしたら速攻で通報されて警察が飛んでくる。

 向こうにいるときも普段は<アイテムボックス>に入れて依頼のときだけ佩いていたし、そこまで怒らなくてもいいと思うんだがな。


「こ、これほどの霊威とは……まさに神器と呼ぶに相応しい……」


 隣の藤乃さんが俺の瑠璃丸を見て魂が抜けたような顔をしながら呟いた。


 お、誉め言葉に我が愛刀はちょっと機嫌を直したようだ。現金な奴だが、長い事人目に触れることなく死蔵されてきたこいつは他人の目が気になるようなのだ。


 こいつと出会ったのは異世界の大帝国の宝物殿だ。異世界人が建国に大きく寄与したその帝国は稀人(異世界人)を篤く遇する慣習がある。そんな事情を持つ帝国の皇帝と仲良くなってお近づきの印に宝物殿からお宝を貰えることになったのだ。

 

 俺自身は運命の出会いとかいうネタは信じない性質なんだが、こいつとの巡り合わせだけはそれに該当するのかもしれない。

 あの巨大な宝物殿の片隅で埃をかぶっていた瑠璃丸は、あのとき間違いなく俺を呼んだ。意志を持つ剣は自らの意思で主を選ぶとの噂は事実だった。

 俺は導かれるようにこいつが待つ宝物殿の最奥に辿り着き、その刀身に魅入られたのだから。


 うん、その意味では二十日近くも仕舞い込んでいて怒るこいつの理屈も解らんではないが……でも<アイテムボックス>内は時間は止まってるんだがなあ。


 さて、どう考えても瑠璃丸の相手ができるレベルに居ない目の前の女だが、まさか現代日本でチャンバラすることになろうとは想像もしていなかったので興が乗っちまった。

 一先ずはこの高慢な女の伸び切った鼻をへし折ってやるとしようか。



 俺達は道場の中央で向かい合っている。


「人払いはしてあります。ここなら何の邪魔も入ることはありません。たとえ泣き叫んでも誰も助けに来ませんよ? 当然覚悟はできていますね?」


「まったく、雑魚の遠吠えってのはいつも同じ台詞だな。心配するな、俺はあんたと違ってちゃんと手加減してやるよ。それくらいのハンデは絶対に必要だろうからな」


 俺達は互いに殺気を叩き付け合った。既に俺は愛刀の瑠璃丸を抜き放ち、対して目の前の女は納刀したまま俺の出方を窺っている。


「私を雷皇院と知ってなお出るその言葉、あの世で後悔するといい」


「……お前さぁ、自分が思ってるほど強くないぞ」


 道場はかなり年季が入っている。板張りの床は身動ぎするだけで微かな音を立て、女はその音に過敏なまでに反応する。細かな体重移動さえ筒抜けらしい。

 地の利と言う点では道場に招き入れた時点でこの女の狙いどおりなんだろう。


 

 俺としては目潰しなど小細工が出来る外の方が都合が良かった。俺にとって戦闘とは手段に過ぎず勝利という結果以外に興味はない。もちろん周囲に人の目があれは正々堂々と戦う意味も理解しているが、基本的にどんな手でも使って勝利すべきと考えている。

 こちとら異世界で人間の常識が通用しない危険な魔物どもと戦いを繰り返して来ているので、正しさに拘って戦う馬鹿さ加減は理解している。

 むしろそれが理解できなかった者はこの世から物理的に退場させられている。




「立会人は私が努めます。双方はこの一戦に名誉と尊厳を賭け、以後に遺恨を残さないように。よろしいですね?」


 俺達の間に立った藤乃さんがこの喧嘩を仕切ってくれた。口だけは一人前で隙だらけな女に今すぐ切り込んでもいいが、後でグチグチ言いだすに決まっているので儀礼は守った方がいい。

 俺も殺伐とした戦いの経験を多く積んでしまい、倫理観はかなり異世界ナイズされている自覚があるので日本の流儀に合わせようと思う。


「師範のお手を煩わせるほどのことではありません。一刀で頚を跳ばして終わらせますから」


「ご心配なく。この程度の相手なら事故なんて起きようがありません。適当に遊んで終いにしますよ」


 俺達の戦意を確認した藤乃さんだが、ため息をつくどころか楽し気に微笑んだ。ここにくるまで自分の弟子が静止も聞かずに出奔したことにかなりご立腹だ。俺がこの女をボコボコにへこませても全く問題ないと笑顔で告げていた。



「戯言を。刀の優劣が勝敗を分ける要因ではないと教育してあげましょう」


 そう言い置いて女は納刀状態のまま半身に構え、刀の柄に手を置いた。


「抜刀術か……」


 その構えだけで俺のやる気が一層削がれたのだが、女はそんなことには気付かない。


「冥途の土産に北辰流居合の神髄を味合わせて差し上げます」


「あっそう」


 馬鹿らしくなった俺は藤乃さんの開始の声を同時に前に出た。勢いよく飛び出すようなことはせず、無造作に距離を詰める。


「……!」


 そしてあと一足で敵に間合いに侵入する所までくると、不意に横に回り込んだ。


「ちぃっ」


 俺の意図を理解した女が小さく舌打ちした。俺が回り込んだのは女にとって不利になる左側だったからだ。


「おいおいどうした? 酷くやりにくそうじゃないか。自慢の抜刀術の出番はまだか?」


 俺の挑発にも女は渋い顔をしたままだ。これをやられるだけで抜刀そのものを無意味にできるからな、だから俺の周りで戦いにそれを用いる奴は皆無だ。


 俺がやったことは単純明快だ。居合は刀を抜く動作の都合上、刀を持つ側に常に移動されると取れる選択肢がひどく狭くなるのだ。

 相手が正面や抜刀する進路上に居れば神速の速さで敵を切り伏せられるのだろうが、左右に動かれると中腰という体勢もあって方向転換が酷くやりにくい性質がある。

 今も背後に回り込もうとする俺に何とか正面を向こうとしているが、抜刀術の体勢では俺についてこれていない。


 瑠璃丸を貰った帝国は異世界の日本人が関わったこともあって日本由来の武道がかなり盛んだったが、ユウキは抜刀術に低い評価しか与えていなかった。

 俺も居合への憧れもあって最初は反論したが、それが活躍できる状況を詳しく聞くにあたり、使いどころが限られると納得せざるを得なかった。


 これだけで相手の女が実戦慣れしてないことが明らかだ。どうせこれまでは適当な雑魚を相手にしかしてなかったんだろう。


「はあっ!」


 自分にとって不利な方向へ移動し続ける俺に業を煮やしたのか、女がとうとう刀を一閃させたが、所詮は無理な体勢から放たれた苦し紛れの一撃で速度も威力も大したことがなかった。

 難なく愛刀の鞘で受けることができた。この鞘も異世界の大樹から削り出された超のつく逸品で間違いなく名のある魔鋼で作られたこの刀身より硬いと思う。

 多分に変則的ではあるが、ステータスの恩恵がある俺は硬い鞘を盾代わりに使うことによって愛刀の刃毀れを未然に防いでいる。日本刀同士で鍔迫り合いなんてのは必死のせめぎあいから起こるもので、普段からそんなことをしていれば刀は簡単にへし折れる。俺の瑠璃丸はまさに戦場刀、肉厚の人切り包丁だが女の手にある刀はいたって普通に見える。愛刀と切り結べは一合で根元から断ち切ってしまうに違いない。


「こんなもんか? さっきまでの威勢は何処に行ったよ、この程度で最強を名乗れるなんて随分とヌルい世界だなおい」


「こんなっ、馬鹿なことが!」


 抜刀術を諦めた女は続けさまに刀を振るい、流れるような連続攻撃を見舞ってくるが俺はそれらをすべてかわしていた。


「何者なのですか? これほどの強者が今まで埋もれていたとが信じられません」


 攻撃で最も疲れるのは空振りだ。息をもつかせぬ連撃も当たりもしなければ疲労が溜まる一方だし、何よりこの女には基礎体力がない。一騎打ちの緊張は体力と精神力をいつも以上に消費するが、それを差し引いてももう肩で息をし始めている。


「さあな。だが世界の広さを思い知ったろ? ちなみに俺より強え奴は普通に居るからな」


 会話を選んだのは疲労を少しでも回復させるためだろう。だがそんな余裕は与えない。たまらず退いた女を負うように踏み込むと瑠璃丸を横に薙いたのだが……


「あっ、馬鹿野郎!」


 咄嗟の行動だろう、何とか俺の一撃を防御しようと中途半端に刀を構えた女だが、牽制程度の横薙ぎとはいえ俺の技量があれば途中のに刃筋を立てることなど造作もない。


 つまり――


 きぃん、という高い音と共に女の刀は中ほどから斬り飛ばされていた。


「そ、そんな!」


「あーあ、やっちまった。ここまでする気はなかったんだがな……」


 武器破壊は敵を潰すなら有効な方法だが、俺自身瑠璃丸をはじめ武器防具は大事に扱うようにしているので、壊すのは趣味ではないんだが……これは事故だ。


「おのれっ! 刀の腕を上回った程度で調子に、乗るなあっ! 陰陽師の本領を見せてあげましょう」


「まあ、剣は遊びだろうとは思っていた。素人剣法丸出しだったしな」


 俺はそんなことを思ったが、女の方は刀身を容易く切り飛ばされたことで実力の差をようやく思い知ったらしい。

 道着の腕に仕込んでいたらしい呪符を取り出すと素早く詠唱を行い、俺の前に火の鳥が迫ってくる。


「劫火よ我が敵を焼き尽くせ! 煉獄鳥!」


「へえ、これはなかなか。確かに己惚れるだけの力はあるようだ」


 俺に向かって飛翔する炎の符術はこれまで見た事がないほどの威力を秘めている。その力は封印を解いた葵をも上回り、藤乃さんがもう教えることがないと言わしめた天賦の才を示していると言えるだろう。


 俺の前では何の意味もないが。


これまでは<敵魔法無効>で掻き消していたが、いつも同じでは芸がない。たまには趣向を凝らすことにしよう。


「<フレアランス>」


 無詠唱で放たれた火属性中級魔法が俺に襲い来る火の鳥を迎撃する。火の鳥に籠められた魔力から逆算してちょうど拮抗するように手加減してはなっただけあって、上手く鬩ぎ合ってくれたようだ。


「くっ、霊力でも互角とは。本当に人間ですか貴方は」


「悪いが俺はマジで普通の人間だ。あの倉庫街を消滅させたあいつに比べれば可愛いもんだろうが」


 昨日の大槻とかいう男もそうだが敵の親玉に操られていると言っても、立ち振る舞いにおかしな点はないから恐らく一部の認識だけを改竄されているのだろう。


 だがらとりあえず身の程を教え込んで泣かすくらいで勘弁してやるつもりだった。



 しかし、事情は変わった。


「貴様ぁ! あの金色の降魔の一味なのですね!? ならば、貴様はこの命に代えてもここで葬らねばならぬ存在です!」



 突如豹変した女の魔力が爆発的に膨れ上がったのだ。

 いったいどうしたってんだ? ユウキの話題を口にした途端、これまでの態度とは一変したぞ。

 そして女は腕に巻いていた赤と黒の組紐じみた腕飾りを引き千切ろうと力を込めている。


 それを見た藤乃さんが強い調子て止めに入った。


「静夏! 忘れたのですか、その枷を外してはなりません! それはあなた自身を守るためにあるのですよ!」


 これまでどんなことがあっても推移を見守っていた彼女が慌てている。


「ご当主様の敵を滅ぼすのが我等の使命。その大義の為にこの命を使うことは誉の極み! 我等が主よ、どうかご照覧あれ! 静夏は今あなたの敵を討ち滅ぼします」


 女が手首の紐を引き千切ると膨大な魔力がこの道場を満たした。なるほど、確かに自慢するだけのことは有る魔力量だが……


「おい、悪いことは言わねえからもう止めとけ。それ続けると死ぬぞ」


「ご当主様の敵を斃せるのなら本望です。さあ、本当の力というものを教えて差し上げましょう」


 そう言いつつも女は咳き込み、その口からは血が出ている。明らかに魔力量に対して肉体が追い付いていない。藤乃さんが止めるのも当然だ。

 このまま放っておけば遠からずこの女は死ぬ。命を削って超常の力を生み出しているようなもんだからな。


 確かに強くなれるかもしれないが、これは時間制限付きの自爆だ。この女も正気ならば絶対に使わないだろう。



「静夏……その封じ紐は貴女を守る御守りだとあれほど教えたというのに。あの封印は二度行えないことは解っているはず。な、なんということを」


 呆然とする藤乃さんが膝をついてもう暴走した挙句死ぬほかない弟子を見て膝から崩れ落ちている。

  

 あーめんどくせえ。自分の命を武器に変えることさえ躊躇いなく実行させちまえるやっぱり洗脳系の敵はややこしいわ。


「藤乃さん。そこから下がってください。ここから先は流れ弾一つでも致命傷になりますよ」


「玲二さん……静夏は……」


 彼女の言葉はそこで途切れたが、その先は言われなくても解っている。


 俺は本気で女嫌いだが、この状況であの女を見捨てたら目覚めが悪すぎるからな。


「ったく、俺があの女を助ける義理は特にないんですけどね。まあ本番前の準備運動と考えればそう悪くないですよ」



 いくら膨れ上がったとはいえこの程度の魔力ならどうとでも対処できる。だがこの女の命を助けるには細心の注意が必要だ。


 ったく、とんだハプニングに巻き込まれたもんだぜ。

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