第105話 最強少年は運命を変える。 5
「それで、その第一席とやらがどこに居るか見当はついているんですか?」
魔法の短剣の効果で眠る護り巫女を載せた車が去ってゆくのを眺めながら、その場に残る藤乃さんに俺は声をかけた。
先ほどまで一緒だった社長と加藤瑞希は別行動だ。具体的には同行を望んだあの女を社長が無理やり引き剥がして連れて行ったのだ。
社長とは夜に合流することで話がついている。
「ええ、あの子がどの程度まで操られているかは不明だけど、この時間にいつも行く場所があるのよ。そこを捕らえたいと思っているわ」
「捕獲するんですか? 一応師匠の貴女が弟子を説得するとかではなく?」
昨日の大男の洗脳具合を考えれば説得なんざ無理だとは思うが、一応穏便な手段をお薦めしたところ彼女は首を横に振った。
「言葉で納得する性格ではないのです。自分の力を実戦で試したいと15の誕生日に出奔するような娘なのですから」
なんだその脳筋思考は。俺が驚いていると藤乃さんはため息をついている。考えることは同じらしい。
「原田、お前の強さは解ってるが油断はするなよ? 雷皇院は2年前に突然ふらっと現れたと思ったら八烈の席次持ちを薙ぎ倒して頂点に立った女だぞ。何処の一族かも解っちゃいなかったが、宮さまのお弟子さまならば納得ってもんだ」
「本当に手のかかる不肖の弟子ですが、このままにしておくわけにはいきません。どうか力をお貸しくださいな」
「……まあいいですけど」
本当は全く良くはない。なんで俺がこんな面倒に関わらなくてはならないんだと内心では思っているが、こいつらを放っておいたら今夜の本番中に乱入されて俺達の計画を台無しにされるかもしれない。
残りの幹部が揃って操られているなら俺達の敵に回ることは間違いないのだ。だったら時間がある今のうちに片付けて後顧の憂いを絶っておいた方がいいと判断した。
「Hi、Reiji。取り込み中悪いけど、今いいかしら?」
「ああ、あんたか。そっちにかかれば俺の居場所なんてすぐわかっちまうんだな」
藤乃さんの提案を受け入れてこれから移動のための車を待っていると反対方向から歩いてきた外人の女が俺に声をかけてきた。
「ONIはSDFのDIHに引けを取らないほど優秀なのよ。それより彼はいないの?」
今は私服なので印象が全く異なっているが、彼女は昨日俺達を四国から東京に運んだ米軍の情報将校だ。ユウキから接触があるかもしれないと聞いていたが、本当に来たな。それもまだ朝九時すぎだったのに。
「あいつは不在だ。あんたが来たらこれを渡すように頼まれてる」
俺はジャケットからメモリーカードが入ったケースを金髪女に渡した。このやりとりを藤乃さんも見ているが、彼女は何も口を挟まなかった。黙認、というより上の方では話がついているのかもしれない。
「ねえ、貴方と彼、一体どんな関係なの?」
「さあな。あんたらも優秀なんだからそれくらい調べてるだろ?」
抜け目ない諜報畑の女は情報収集に余念がないようだが、俺は女にまとわりつかれるのは大嫌いだ。ユウキなら相手の土俵で敢えて踊ってやるくらいのことはするんだろうが、俺は邪険に追い払うのみだ。
「あら、つれないのね」
「必要なものは手に入れたはずだ。それを持って早く帰るんだな、俺はあんたと会話を楽しむつもりはない」
「やれやれ、ほとんど初対面なのに嫌われたものね。彼に伝えてくれない? ステイツはいつでも貴方を歓迎すると」
「気が向いたら伝えておく」
目の前のアメリカ軍人はもう少し会話を続けたそうだが、俺はスキルを使わなきゃユウキほど交渉事がうまくない。
けんもほろろに背を向けたが、向こうも俺から情報を少しでも引き出そうとしてるから会話を打ち切るのが正解だ。
「ちょっと! もう、最後にひとつだけ。本国から腕利きをニホンに送り込むわ。そちらのオンミョウジは戦力半減なんでしょう? 同盟国として最大限の協力をするつもりよ。そちらのロイヤルファミリーにもよろしく見知りおきを」
米国は藤乃さんの顔はおろか立ち位置まで把握しているようだ。
「そりゃありがたくて涙が出るね」
海の向こうから何時援軍がくるのか知らんが、今日中には始末をつけるので間違いなく無駄足になるな。だがそれを教えてやるほど俺は優しくない。
アメリカ軍人が間違いなく立ち去ったのを確認すると、藤乃さんは小さな声で訊ねてきた。
「あちらの方には何を?」
「これまで俺達が見知ったことの要約ですよ」
もちろん嘘である。渡したのは昨日の夜に藤乃さんが語った話の録音データだ。
当の本人の前で渡すことになるとは思いもよらなかったが。
「米国もこの事態を相当重く見ています。大陸や東南アジア諸国からも力ある術士が続々と入国していると聞いています。その意図が私たちの協力するというのなら歓迎なのですが……」
「騒ぎに乗じて色々企んでるですわけですか。それだけでもう大騒動になってますね」
俺は完全に他人事の口調で呟いた。本当に他人事なんだから仕方ないが、藤乃さんは不満そうだった。
「四大宗家の内、最も荒事に特化した芦屋が離反した事実は我が国はおろか周辺各国の
んな大げさなと俺は思うが藤乃さんの顔は実に深刻だ。俺はあくまで葵の依頼を解決するだけだが、彼女たちの立場になると国同士の問題になるのか。お偉いさんも大変だな。
「玲二さんにはあの不肖の弟子を是非とも懲らしめていただきたいわ。それに他の皆さんは貴方の事を手放しで褒めるのだけれど、私はまだその超常の力を目の当たりにしていないの。どうか玲二さんがこの国を救うに足る力の持ち主と信じさせてくださいな」
「あー、それはどうでしょうか。ご期待に添えるといいんですがね」
今の言葉の意味はもちろん相手の女の実力が、である。弱すぎて戦いにさえならないケースがこれまで幾らでもあったからな。
藤乃さんの弟子だという芦屋の最高幹部がいる場所はそこから車で小一時間ほど離れた寺院だった。
ここまでついてきた侍従たちを寺の駐車場に留まらせ、俺と彼女二人で境内を進んでいる。
「ここに貴方の弟子がいるんですか?」
「ええ、この時間はこの奥にある道場で稽古をしている筈です。あの娘は自分で決めたことを決して曲げないので、たとえ精神を悪神に操られていようとここで鍛錬をこなしているでしょう」
人気のない参道を二人で奥に向かって歩いていると、途中で道を外れ、もう寺院の関係者しか入れないと思われる区画に足を踏み入れていた。
そして藤乃さんの案内で大きな和風の家屋が見えてきた。あそこが道場らしい。
「あの子、勘が良いのは相変わらずね」
藤乃さんの言葉通り、道場の前には一人の道着姿の女が立っていた。
なるほど、俺達を待ち構えていたらしい。
しかし予想外なこともある。この女、腰に刀を佩いているのだ。本当に陰陽師なんだろうか?
「師範、私を止めるために貴女が来ることは解っていました。そこの男を同道させているのは想定外でしたが」
漆黒の黒髪を後ろで束ねた俺よりも一つか二つ年上の女がそこに居た。そして口調こそ平坦だが獰猛な殺気をこちらに放っていて、穏便に事を済ませる気は皆無であることが窺えた。
「静夏、貴女は古来よりこの国に禍を齎す邪悪に操られています。自分がその影響下にあることを理解していますか?」
藤乃さんの問いかけに女は失望したと言わんばかりに首を振った。
「師範ともあろう御方があの至高の存在を禍などと形容するとは。やはりご当主様の御言葉通り、師範にも救済が必要なのですね」
解っちゃいたが、この女もしっかり洗脳済みだ。藤乃さんも額に手を当てて溜息をついている。うん、予定に変更は無しだ。
「今の言葉を自分で口にしていて違和感を感じないのですね。困ったこと、昔から頭を使わない子だったものね。悪神もこの子を操るのは容易かったでしょう」
「操る? ご当主様はそのようなことはなさいません。偉大なるご当主様の行いを理解できない愚者を始末するのが私の、芦屋八烈の崇高な使命。恩ある貴女に弓引くことになりますが、これが救いであることを冥界で師範も理解されるでしょう」
「お馬鹿な弟子の不始末を付けるのも師匠の務めだとは思うけれど、今日は特別なお客様を呼んであるから、彼に後をお願いするわ」
「はっ、師範以外に私の相手が出来る者など……」
ここで初めて女の目が俺を見たが……舐め腐った眼をしてやがる。上等だ、この糞女、絶対泣かしてやる。
「あら、彼を知らないはずがないでしょう? 貴女達芦屋の最高幹部を次々と薙ぎ倒している有名人じゃないの」
「まさか、ではこの男が原田玲二? 多少心得はあるようですが、私の敵ではあり……」
女の言葉は最後まで続かなかった。俺の笑い声によって遮られたからである。
「貴様、何が可笑しい!」
「何がって、全部に決まってるだろ。ここまで笑える話を続けてくれたからには、自分の身の程って奴をあんたに教えてやるとするか」
俺の挑発に女は表情を消して能面のような顔になった。ようやく本気になったらしい。
「いいでしょう。私の刀の錆になりたいのなら、望みの通りにしてくれます」
刀、ねえ。
世の中何が起こるか解らんもんだ。まさかこの日本で俺の愛刀を披露することになろうとはな。
「やれるもんならやってみな。あんた相手には力不足も甚だしいが、折角の披露目だ。俺の瑠璃丸で相手をしてやるよ」
そう告げて俺は黒鞘の太刀を<アイテムボックス>から取りだす。明確な意思を持つ俺の愛刀は久々の出番に歓び、大気を震わせた。
こうして俺は陰陽師との戦いでまさかの剣戟を交えることになったのだ。
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