第104話 最強少年は運命を変える。 4




「とまあ、そんなわけで俺はあの兄ちゃんの力を借りて鈴菜を助け出せたって訳よ」


 そう話を締めくくって社長は話を終え、冷めかけたコーヒーを呷った。


「ちょっと、肝心な点が抜けてるじゃない。あんたが大怪我して帰ってきた一番大変だった箇所が」


 あの血だらけのあんたを事務所で出迎える羽目になった私の気持ちを想像したことある? と不満顔の加藤瑞希に詰められて社長は渋い顔だ。


「それがなあ、俺自身よく覚えてねえんだよ。北沢をぶちのめした後、鈴菜を助け出してあの野郎の部屋から出ようとしたとき背後から撃たれたのは間違いねえんだが……そこから記憶が断片的でな」


 旺盛な食欲を見せる社長はモーニングのみでは胃袋は不満だったらしくホットサンドを追加注文し、俺や加藤瑞希もそれに倣った。


「私もボロボロ泣きっぱなしの鈴菜から所々話を聞いただけで詳しく話せるわけじゃないわ。とにかく健吾はシャツの血痕と空いた穴からして4発の銃弾を受けたみたい。腹部に3発、それと肩口にもね」


「4発も食らってよく生きてたな……」


 普通ならその時点で死んでて当然だが、ユウキがいるなら話は別だ。


「俺も気が付いたら自分の事務所で驚いたぜ。鈴菜に逃げろと伝えたことは確かなんだがな、これまで鉛弾を食らったことは何度かあるか、あれは咒の籠められた奴だった。即座に傷口が腐っていきやがったからな。あの時は俺も年貢の納め時だと覚悟したが……何故かこうして五体満足よ」


「それも傷跡さえ綺麗さっぱり無くなってるわ。頬から首筋にかけて切られた綾乃と同じようにね」


 誰の仕業なのか気になってるんだけど、と視線で訴える加藤瑞希の追及は顔を背けてかわした。ユウキは自分の行動を喧伝されることを好まない。仲間としては大いに自慢したいところだが、そこは意を汲んでやらないとな。

 ユウキが名乗らずに消えたってのはそう言うことだからだ。


「そういや昨日の車の中で特殊な弾丸について話してたな。社長が受けたのが例の咒入りのやつだってのか?」


「ああ、外道の術師が好むやり口だ。食らったらまず命はねえ、弾が掠めただけでもそこから全身に腐毒が回って半日も保たねぇって話だ」


「そんな強い武器があるならみんな使ってそうなもんだがな」


 俺が銃の優位性を想像していると、目の前の陰陽師二人は馬鹿を見る目をしていた。


「な、なんだよ」


「あんた本気で言ってんの?」


「よせ瑞希。昨日も言ったろ? こいつはこっち側の人間じゃねえんだ。原田、陰陽師は銃を持つ意味がねえんだ。なにしろ実体のない妖魔には弾が素通りしちまうからな」


「ああ、そういうことか」


 社長の話を聞いて何故外道扱いなのか理解した。銃は完全に人間用の武器であって、陰陽師が咒の籠められた弾を持ってるということは同士討ちに使う以外にないってことか。

 そりゃ正統派を任じる陰陽師は使う必要がないわけだ。そんな弾を持ってるだけで仲間を撃つのかと疑われても仕方ない。



「そりゃ災難だったな、ユウキが居てそんな状況になるのは珍しいけどよ」


 俺が知る限り、ユウキが状況を管制していれば社長が撃たれる事さえなかったはずだ。瞳さんを探しているとき、反社の屋敷で葵が撃たれそうになった時のように手助けしていると思うんだが。


「ああ、あの兄ちゃんは他にもいた女たちを部屋の外に連れ出している最中でな」


「他の女だあ?」


「うわ、最っ低!」


 俺の疑問の声に加藤瑞希が絶対零度の声で吐き捨てた。


「お前の想像の通りだ。あの部屋には鈴菜の他に3人の女が居たのさ。俺は北沢の顔面を素手で整形してやった後に反撃を食らったが、意識を失う寸前にあの兄ちゃんに鈴奈を頼むと頼んだのが最後の記憶だ」



「そこからは私の話になるわね。この馬鹿が鈴菜の不在を知って飛び出したって聞かされて夜も遅いのに事務所で待っててあげてたわけよ。あんたが居なくなって不安で涙ぐむ他の子たちを慰めながらね」


 社長は事務所の他の面子に黙って出かけたらしい、嫌味を言われて煩そうに手を振った。


「そ、それは悪かったって何度も言ってんじゃねえか。話を先に進めろよ。俺も意識なくしてて詳細は初めて聞くんだからよ」


「まったく! みんな帰して小百合と私だけであんたの帰りを待ってたらユウキっていうの? あの金髪の少年があんたを担いで帰ってきたのよ。隣に泣きじゃくる鈴音を連れてね」


「そこまでは聞いた。鈴菜が俺の事務所に案内させたってな。で、あの兄ちゃんとどんな話をしたんだよ?」


 早く教えろと急かす社長に不快感を隠そうともしない顔で彼女は口を開いた。


「”他人を助けるのも結構だが帰りを待つ相手がいるなら、命は大事にしとくんだな”って伝えとけって言われたわ。それから少し話をしたけど、何話したのかよく覚えてないのよ」


「なんだそりゃ? 記憶力の良さが大女優の秘訣ってお前自身がいつも言ってるじゃねえか」


 拍子抜けだぜ、と呟く社長に加藤瑞希は目を剥いて怒り出した。


「あんたが血まみれのシャツで帰ってくるからでしょうか! 鈴菜はあんたに縋りついて泣きっぱなしだし、あの男は話すだけ話してすぐ帰っちゃうし! あのときはあんたが死んだと思って頭がどうにかなりそうだったわよ。そのくせあんたのシャツをめくったら血の跡はあっても怪我一つしてないしさぁ! ほんと、どうなってんのよ」


 それだけ言って社長と加藤瑞希は俺を見た。その視線の強さの意味はちゃんと分かったが、一つ一つ説明してやる気はない。

 タワマンのこともきっと<交渉>かなにかで警備員たちを納得させたんだろうし、ユウキの回復魔法は自然治癒力を増加させて傷を癒す従来のものではなく、時間を巻き戻す類のものだ。だから傷一つない状態にまで戻せるんだが……その説明をしても信じてくれるとはとても思えない。

 

「俺の腹といい綾乃の傷といい、これはもうお前の仲間だっていうあのユウキのお陰に違いねぇ。命の恩を返さにゃあ俺の男が立たねえって訳なのさ」


「はいはい、それはもう聞き飽きたから勝手に言ってなさいな」


 付き合ってられないとばかりに紅茶を口運んだ加藤瑞希とは対照的に社長は絶対に舎弟にしてもらうと意気込んでいる。


「そんなことがあったわけか。その北沢って奴はその後どうなったんだ? 報復とかありそうなもんだけど」


「そこは抜かりねえよ。今回の事で野郎の弱みを握ったからな。奴は腐ってもキー局のプロデューサーだ、潰すならいつでも出来るが利用価値がある内はボロボロになるまで使い潰してやるさ」


 なるほど、転んでも只では起きないって訳か。事務所を舵取りする頭として頼もしい限りだが……廃業するって話じゃなかったのか?



 その時、俺のスマホにメールがあったが、如月さんが差出人の時点でその内容に見当がついた。


「眠り姫の迎えが今、出たそうだ。1時間以内に到着するからそろそろ事務所に戻ろうぜ」




「本当に腰の軽い人だな……」


 護り巫女の迎えはまさかの藤乃さんだった。この人、陽介の話では常に清められた聖域とやらから出てこれないはずなんだが自由に動きまくってるな。


ひじりの様子は如何ですか?」


 護り巫女の名前らしき言葉を発した藤乃さんに俺は答えた。


「ユウキが助け出した女たちと同様のはずです。これから運んできますが、目覚めさせるのは予定通り今夜で願います」


「わかりました」


 眠り続ける巫女を社長と二人で担架に乗せて大型車に移したのだが……社長と加藤瑞希がとんでもなく緊張しているな。


「なんだよ二人とも、ガチガチすぎないか? 別に取って食われるわけでもあるまいし」


 からかい気味に声をかけたのだが、二人は眼を剥いて俺に怒り始めた。


「何言ってるのよ、あの御方は鷺の宮さま、最も尊い方なのよ!? この国の陰陽師の頂点に立たれるお方を前にして緊張しないはずがないでしょ! むしろどうしてここにいるのよ、驚きすぎて変な汗かいちゃったじゃない」


「まったくだぜ。昨日の会議に出席されていたのは知ってたが、なんだって護り巫女の迎えに直々にやって来てるんだよ。さっきなんてお声がけまでいただいたんだぞ、緊張し過ぎてまともに返事も出来なかったぞ」


 むしろなんでお前は平然としてるんだと責められる始末だ。加藤瑞希は綾乃なんか一字を頂戴したくらい敬愛される存在なのだと力説している。ということは戦巫女の琴乃さんもその口か?




 しかし護り巫女を乗せた車が発車した後も藤乃さんは昨日も居た侍従(そう言えば一人少ないか?)ここに留まっている。

 何か用かな、と考えていると彼女から話しかけられた。



「玲二さんはこれから何かご予定があるのかしら?」


「特には無いですね。作戦開始の夜まではどうにか時間を潰すつもりですが」


 個人的には如月さんに俺の問題の進捗を聞いておきたいところだし、彼の仕事を手伝いたくもある。

 そう思っていたのだが、俺の返事に藤乃さんは嬉しそうに微笑んだ。


「あら良かった。良ければこのお婆ちゃんの用事に付き合ってほしいのだけれど……」


 さて、なんか嫌な予感がしてきたぞ。何とか穏便に断る方向で……


「貴女の用事に俺が必要とはとても思えませんが?」


「玲二さんほどの力がないと安心して頼れないのよ。静夏はそれはもう強情だし、悪神の力で操られているのは間違いないの。きっと素直に師の私に従ってはくれないわ」


「身内が芦屋に居るということですか?」


 ああ、だから本来引きこもっているはずの彼女がいろいろ動いているのか、と勝手に納得していると背後の社長が上ずった声を上げた。

 

「静夏! いま静夏と? それはまさかあの雷桜院のことでございますか!?」


「なんだ、社長の知り合いって事は芸能人か?」


 なら俺の出る幕じゃ……


「んなわけあるか! 雷桜院静夏といえばあの”早雲”だ。芦屋八烈の主席、最強の第一席に座り続ける芦屋史上最強と名高い天才少女だぞ」


 気色ばむ社長の顔を見て、葵の問題を片付ける前にケリを付けなければならない小さな事件が俺を待ち構えているらしいことがわかった。


 つーかまた女かよ、女は本当に俺に面倒ばかり持ち込みやがるな。


「ごめんなさいね、静夏は私のただ一人の弟子なのよ。咎あって罰せられるならばともかく、操られているだけならば解放してあげたいの。貴方の力を貸してくれないかしら?」


 まったく、最終日もイベントが盛りだくさんだ。退屈だけはしないで済みそうだぜ。




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