第79話 最強少年は話を聞く。
ここは俺が召喚された異世界、その名をアセリアという。
ここはガーラント大陸の南端にあるランヌ王国……って地理を語っても仕方ないか。
要は俺達が拠点として借り上げている屋敷である。
「い、異世界!? なんで? 玲二って帰ってきたんでしょ?」
「確かに帰ってきたが、こっちに戻れないなんて言った覚えはないぞ」
この事を誰かに自慢して回るほどガキじゃないから言いふらすつもりもないが。
それに異世界に葵を連れてくる気は更々なかったので説明する予定もなかった。
だからこれまで幾度かあった芦屋や他の家から逃げる際もこちらに戻るという選択肢は初めから無かったんだが……葵の呪いが命に係わるものだった以上、悠長な事は言っていられない。
「そう、ここが異世界なんだ……」
いつもの葵ならその事実に大興奮しただろうが、衝撃の事実が明かされた後なので元気がない。
俺も俺で盛大なやらかしが判明したし、やむにやまれずの異世界帰還だったのでどうにもテンションが上がらない。もっと辛い立場の葵が目の前に居るので律しているが、気を抜けばため息が出そうになる。
「葵。もう一度聞くが、呪いの影響はないんだな? この期に及んで我慢とかつまんねえ事すんなよ?」
「うん、それは大丈夫。さっきまで残ってた声も完全に消えたから」
正直異世界へ退避するのも賭けだった。恐らく大丈夫だと思っていたが、マジモンの上位存在と言える奴等は”因果”で対象を追うとか訳の分からんことをやってくる。その場合は世界を超えようが閉鎖空間に逃げようが意味はないからな。
そんな意味不明存在がちらほらいる
「ここじゃなんだしな、とりあえず場所変えるか」
「うん、解った」
使っていない客室とはいえ、掃除は完璧に行き届いているから埃っぽいわけではない。
だが別の理由で俺は場を移すことを望んだ。
俺が先導して屋敷の中を歩いていると不意に声が掛かった。
「変な反応があると思えば。貴女、名前は確か御堂さんだったわね」
「あ、貴方は玲二の!」
視界の先には俺と同じ顔を持つ双子の姉、雪音が居た。<マップ>で俺が帰還したことを知り、そしてその隣に居た葵の反応を見てこちらにやって来たのだろう。
「ユキ、喫茶店の部屋空いてるか?」
「今日は侯爵夫人主催の茶会が3部屋とも
予約済か、それじゃしょうがない。外行くか。
そして姉の雪音は俺の勝手な判断に大層ご立腹だ。まあ俺も同じ事されたら絶対に不快になる自信がある。<ワームホール>を使った世界移動は俺達だけが独占できる恩恵であり、おいそれと他人に使ってやりたいとは思わない。
「俺のミスで緊急事態に陥って仕方なくな。ユウキには後で俺から言っとくって」
「助けてあげないからね? これでも忙しい身だし」
ユキが忙しいのは事実だ。姉貴はこの国の王都で美容や美食を取り扱う店をもう一人と切り盛りしているのだが、今は相方が不在で大忙しなのだ。
「要らないって。第一そんなことでユウキが怒るわけないだろ?」
姉貴だって解りきってることをいちいち言葉にする必要もない。
あいつが怒るとしたら、葵の一刻を争う危険な状況を知りつつも秘密を守るために異世界への帰還を躊躇った時だろう。
もし葵を見捨てることがあったとしたら、その時は俺がユウキに見限られている。
「それにしても……本当に女性なのね。レイと一緒に居たところを見た覚えがあるけど、あの時は男にしか見えなかったわ」
ユキが葵をまじまじと眺めている。俺は住み込みのバイトが見つかったらその後は学校に殆ど行かなかったが、姉貴は完全に不登校だった。ちょっと聞けば周囲と徹底的に合わなかったらしい。
だから俺と葵が学校で一緒にいる所を見ていたのは想定外だった。(姉貴は女子寮だ)
「あはは、あの時はちょっと術も使ってたから。ボクは雪音さんのとんでもない美貌に今も圧倒されてるけど」
「お互い同い年なのよ? 雪音でいいわ、私も葵と呼ばせてもらうから。それに術か、陰陽師なんて今も本当に存在していたのね。レイに少し聞いたけど魔法とは違うのでしょう?」
「ボクは魔法の方がよっぽど驚いたけどね」
ユキと葵はすぐに打ち解けていて俺の方が面食らってしまう。俺の知る限り姉貴はかなり気難しい性格で、日本での気の許せる同性の友人は少なかったはずだ。
俺もそうだが、異世界での生活は姉貴の在り方に大きな影響を与えたはずで、それが対人関係の構築にも大きく変化を見せている。
「じゃあ、私は店に戻るけど。葵、レイに変な事されたらすぐ言うのよ」
「馬鹿なこと言ってないでさっさと戻れ。店長が居ないと店が混乱するだろ」
「生憎と私の店の従業員は全員優秀だから問題ないわ」
姉貴を追い払った俺は葵を連れて屋敷を出る。あれほど異世界の話を聞きたがった葵ならしきりに周囲を見回していそうなものだが、今日ばかりは大人しい。
ずっとこんな感じでは調子が狂うからさっさとこいつの肩に乗っかっている重たい荷物を下ろしてやらんとな。
「え、ここなに? 店だとしたら入り口の扉がなくない?」
しばらく歩いて辿りついたのは全体が蔦の絡まった緑の建物だったが、葵の言う通り通りに面した場所に扉がついていない。
「ああ、入り口はこっちなんだよ。初見じゃ絶対に分からないよな」
葵にそう告げた俺は店の横に回り、巧妙に隠されているドアノブを回した。このドアノブが曲者で、手を触れたことで魔力を認識し登録者がどうかを判断して鍵を外すという魔法鍵だ。
ここは完全会員制の喫茶店だ。俺達が店の権利を数年の期間限定で買い取って好き勝手しているので、学院が講義中の今は余計な誰かが入ってくることもない。
込み入った話をするには最適な場所だった。
「あら。ご無沙汰じゃない。依頼で外に出ていたと聞いたけど?」
この店のオーナーであるマダムが俺の入店に気付いて声をかけてきた。見るものに物憂げな印象を与える中年の美女だ。
「ええ、まだその途中なんだ。奥の部屋借りますよ」
「どうぞ。お嬢様がたはまだ見えられてないわ」
この時間なら誰もいないと踏んだのは正解だった。趣のある喫茶店の店内をしきりに見回す葵だが、普段なら俺を質問攻めにしているこいつが大人しい。
さっさと話を聞きだして普段の葵に戻ってもらうか。
奥のボックス席に腰掛けた俺は対面に葵を座らせた。
「適当になんか頼むぞ」
「うん、おまかせするよ。よくわかんないし」
だろうな、と頷いた俺は茶とコーヒー、それにいくつかの軽いものを注文した。
そして、俺は葵の顔を見て謝罪した。
「悪かったな、今回は俺のミスだ。為すべきことを怠っていたせいでこんなことになった」
そう言って俺はこいつに頭を下げた。今の言葉は嘘偽りない本心であり、頭を下げることに対するわだかまりはない。
「ええっ、玲二が悪いわけじゃないよ。ボクが何も言ってなかったのが悪いんだし」
「それでもこっちから聞くべきだったのさ。訳アリだってのは最初からわかってたし、俺もどこまで踏み込んでいいのか迷ってた。だから勝手に芦屋の頭を潰せばいいと考えてたら、そもそも前提が違うらしいことに今になって気付いたわけだ」
「……黙っててごめん」
「そりゃあんな内容ぺらぺら喋れんだろ。もうそこはいいよ、だがこれからの事を考えるとそうもいかない」
「うん、そうだね」
「だから、聞かせてくれ、葵。お前の、君たち一族の話を」
そうして俺は
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