第129話 最強少年は己の日常に帰還する。 1
「レバニラ定食2丁上がったよ! お次は八宝菜と油淋鶏!」
「はーい。じゃあ木村さん。お待たせしてごめんなさいね、カウンターへどうぞ」
店内に俺の声が響くが、目が回るような忙しさの昼ピーク中では喧騒にまぎれてしまう。白米を大盛りにして椀に盛り定食を完成させると同僚の涼子さんが新たな客を捌きながら出来立ての定食を運んでゆく。
あの細い腕の何処にそんな力があるのか、重い定食のトレーを片手で軽々と持ちながら他の客の注文を取っている彼女はまさにベテラン店員だ。
「おや、玲二君戻ったんだね? ここ最近店に出てなかったから気になっていたんだよ」
鍋を振る俺の目の前の席に座ったのはもう十年来の常連だという木村さんだ。恰幅の良い40代のオッサンだが、人当たりが良く気前もいい。
すぐ近くに一軒家を構える彼は家族ぐるみでこの青竜軒に通い詰めてくれている有り難いお客さんだ。
「ええ、面倒事に巻き込まれて離れていたんですが、ようやく昨日から戻ってこれましたよ」
「奏も喜ぶよ、もしかしたら夜にまた顔出すかもしれないね」
「はは、ありがとうございます」
奏ちゃんは彼の下の娘で確か小学校低学年だったはず。口数が少ない大人しい子だが来店すると俺をめっちゃ凝視してくるからちょっと苦手だ。しかし日本ではお客様は神様なので顔には出さない。異世界は商品を”売ってやる”側なのでその点ではアセリアのほうが有難いと思ったりする。マジでお前には売ってやらねえとか言い出す店が普通にあるからな。
「何にせよおかえり。あ、いつもの特製炒飯ね」
「特製炒飯りょーかい! ちょっといま立て込んでっけど5分ってトコですね」
ぶつ切りの大きめチャーシューがゴロゴロ入った特製炒飯は所謂裏メニューだ。俺も賄いの時、肉増量でよく食ってた旨い裏なのに人気メニューである
大きすぎて肉に熱が入りきらないので電子レンジであらかじめ温めておいたりと結構手間がかかるんだが<料理>スキルが猛威を振るう今の俺ならマルチタスクもなんのその、<並列思考>も全開でこのどピークを楽勝で乗り切ってやるぜ。
この青竜軒は昼時ともなると有り難いことに周辺の会社から客が殺到する。この物価高のご時世に値段据え置き、基本大盛りで長年やって来たまさに地域に愛される街中華だが、その人気故に昼ピークは凄まじい戦場と化す。
何しろみんな休み時間は一時間しかないのだ。周囲にまともな飯屋がないので客が引っ切り無しにやってくるし、体力仕事ばかりの客層なのでどいつもこいつも大食らいときてる。
増設し三台の中華レンジをフル活用で同時に幾つもの料理を並行調理しながら俺は最適な順番で大量オーダーに戦いを挑む。
お客もお客で慣れたものだ。飯を平らげたら長居せずにすぐに腰を上げて次の客が座れるように常連が配慮しあうくらいなので、昼時が終わる二時間くらいは延々と手を動かし続けることになる。
「でも玲二君が戻ってくるとなんかしっくりくるねぇ。まだ君が来て二月程度なのに、すっかりこの店に馴染んじゃって。それとあの女の子も居れば完璧だったけどね。私もネットニュースを見て驚いたよ、まさかあんな有名人がここで働いていたなんてね」
常連の彼は周囲の目もあり葵の名前を直接出すのは控えてくれたので、俺は僅かに頭を下げて答えた。
「あいつには迷惑をかけられっぱなしですよ。この店も変な意味で有名になっちまうし」
「他の皆はいい宣伝になったと喜んでいたけどね。今日は彼女は居ないのかい?」
「ええ、というよりもう来ないと思います」
「それは残念。涼子さんに代わる新しい看板娘の誕生かと常連の間じゃ喜んでいたんだけどね」
いやいや、仮にも現役アイドルが店員やってるってどんな店だよ。
「そもそもここで働くような奴じゃないですよ。それに今の俺か、それ以上に忙しいはずですし」
あれだけの大事件の後始末なんだ、あいつも当事者として忙殺されているはずに違いない。
あの事件から3日が過ぎた。
俺はあの諸悪の根源を消し飛ばした後、ぶっ倒れた演技をして近くの病院に担ぎ込まれた。
そして翌朝になると自分が寝ていたベッドの上に百万の札束を置くとユウキに命じられて付き添ってくれていた北里さんに後を任せてこっそり病院を脱走した。
別に病院にいる必要はなかったし、あのままあの場所に居たら検査を名目に何されるか解ったもんじゃないからだ。
事実としてその後北里さんから聞いた話だと病院側がかなりきな臭い動きをしていたと聞いている。恐らく検査名目で要らん事まで調べ上げられただろう。
血を抜くだけでもさまざなな情報が抜けるからな、陽介を積極的に疑うわけじゃないがあいつにも立場があるから当主として不本意なことも命じることだってある。
要は俺が不用意な隙を見せなければいいだけなので、厄介事からはさっさと退散するに限る。
それはそうと、結局あの野郎はユウキが止めを刺したらしい。
戦いながら薄々予感はしていたが、やはり奴は本体を別の場所に隠して俺と戦っていたようだ。
あれだけ俺に大口をたたいておきながら本体は安全な場所に隠れていたとか、とんだチキン野郎だが、あのクソチート能力は本当に厄介だった。スキル封印というそれを上回る超絶クソチートがなければ初見撃破なんて夢のまた夢、ユウキの助力が無かったら成功なんて絶対に不可能だったぜ。
そして、どうやら奴は自分が封印されていた神木付近に潜んでいたようだ。ふと違和感を感じたユウキが念のために転移環を設置して備えていたんだが、あいつの違和感や嫌な予感はほぼ確実に的中する。
さらにユウキはどんな敵でも確実に逃がさず始末するので、俺達を敵に回した時点で奴の破滅は確定していたってことだ。
ユウキの処刑完了報告により葵の諸問題が解決したことを知った俺はようやく自分の問題に専念できるようになり、こうして自分の店に戻ってきたというわけだ。
そして俺の問題は如月さんが全て解決していてくれた。
マジで俺はあの人に足を向けて眠れない。俺のやらかしは警察のご厄介コースであり、魔法や陰陽師の技でどうにかなるものではなかった。しかし如月さんの力をもってすれば表沙汰になることなく、穏便に事を納めてくれたのだ。
俺の問題は大きく3つあった。
まず、この海外にいるオーナーを口八丁で騙して学生の俺が青竜軒の雇われ店長をしていたこと。そしてそれが学校に露見したことと、俺自身が抱えた借金の問題だ。
俺の借金というのは、死んだ親父の昔の部下だったというこの学校に入れてくれた恩人が急逝したあと、彼の奥さんからこれまでの支援額を返せと言われたことだ。
如月さんが言うにはかなり無理筋な要求のようだが、恩人の家も大黒柱を失い、さらに小さい子供を二人も抱えて大変なのだ。他人を助けている場合じゃないと言われても反論はないし、あの最悪な時期に手を差し伸べてくれたあの人に俺達姉弟は、少なくとも俺は大きな恩を感じていた。だからそれを借金として受け入れることを了承した。
額は出世払いとはいえ姉貴の分と合わせて総額600万ほどだが……今の俺なら楽勝で全額返せてしまうから、時期を見て徐々に返済していけばこれは何も問題ない。
どうにもならないのは残りの2つだが、ここからが如月さんの八面六臂の大活躍だ。
彼は何とこの店をオーナーから買い取ってしまったのだ。
彼からの話を聞いてゆくと、どうやらオーナーは異国で人生を共にする女に出会い、骨を埋める覚悟をしたのだという。
そしてオーナーは何らかの事情で纏まった金が早急に必要で、現地に派遣した代理人弁護士が彼の唯一の資産である店舗の買い取りを提案したという。
交渉はかなり難航したそうだ。店は繁盛店だが立地も地価も最悪の部類でこちらが提示した額と相当乖離があったようだが、如月さんが損益度外視で早急に交渉をまとめるように指示を出したお陰で妥結したそうだ。
俺としてもオーナーを騙した罪悪感もあり、今回の騒動で稼いだ金で丸く収まるなら何の文句もない。居抜き物件だし、億近い金を取られても迷惑料込みということで納得だ。散々揉めて色々探られるとこちらが窮地に陥る。スピード決着を望んだ彼の手腕に俺は無言で頭を下げるだけだ。
店の問題が片付けば学校はもっと楽だった。やはり芸能人を多数抱え込む学校だと相当のトラブルが多々あるらしく、弁護士が乗り込むとすぐに有耶無耶になったとか。まあ、オーナーが被害を訴えでもしない限り、学校としても積極的に動く必要はないからな。
蒸し返して喜ぶのはゴシップが飯の種の記者くらいだが、葵と違い俺の件はメディア映えするわけでもないし、事が大きくなると従業員や常連、取引先と誰も得しない展開になる。相応の旨味も用意するので、皆が揃って口を噤むことを選ぶはずだ。
結局俺はユウキと如月さんに助けられまくってる。つくづく成長しねえなと嘆いていたら仲間のピンチを指咥えて眺めていられるか、と泣けてくる一言がやってきた。
今度は俺が二人の力になってやらねえとな。
「う、うまい!! 玲二君、どこか修行にでも行ってたのかい? 信じられないくらい美味しくなってるんだけど!?」
「へへ、火加減のコツを掴んだと言いますか、ちょっとしたもんでしょ」
常連の木村さんには<料理>スキルの恩恵を感じてもらった。
お世話になった人への俺なりの餞別のつもりだ。
この青竜軒とも間もなくお別れとなる。
俺がオーナーを騙して雇われ店長だった事実はどうやっても消せないし、誰かがそれを漏らして明るみになった時、もし俺がまだ在籍していたらみんなが困ることになる。俺がいなくてもこの店は普通に回ってゆくのはこの2週間で明らかだし、自分がここから離れるのが一番いい解決法なのだ。
そもそも俺が生きる世界は地球ではなく
そこに俺の欲する総てがある。
とはいえこの青竜軒は俺にとっても思い出深い店なので、縁が切れるのは望ましくない。なので雇われ店長ではなく、時たま顔を出す緩い関係者として関わってゆくことになるはずだ。
「ふうっ、きょうの昼営業もひと段落だな」
同じ厨房に立つ銀さんが波が退いて空席が目立つ店内を眺めて溜息をついた。今日も中々の忙しさだったが、以前なら疲労困憊だった俺は今じゃ息一つ乱していない。体力は冒険者だけでなく料理人にも必須能力なのだ。
この店は午後2時を超えると客足は完全に途絶える。午後3時から午後5時までが休憩という名の夜の仕込み作業の時間だ。
今はもう客も全員帰り、全テーブルを拭き掃除している状態だ。
「だな、銀さんも昼休憩にしなよ。俺は夜の仕込みやってから飯にするわ。涼子さんと雅子さんも賄い何にする?」
「あんかけ炒飯でお願い」「あんたの炒飯を食べられるのもあと何回かねえ」
俺がこの店を去ることは他の出来事と共に既に伝えて皆に了承を取ってある。ベテラン二人が惜しんでくれるのは嬉しいが、ここに居続けることはもっとできないからな。
そのとき、珍しい事が起こった。もう暖簾を落としても構わないくらい客が来ないこの時間に新たな客の姿があったのだ。それに店のドアのすりガラスから見えるのは結構大人数だ。
出来上がった賄いを食べている二人が立ち上がろうとするが、俺はむしろ店の奥に行くように手で伝えた。飯くらい落ち着いて食べるべきだ、一組程度なら俺一人で十分こなせるしな。
そんな俺の考えは客の女の一言で霧散することになる。
「あ、ホントに居た! 健吾、中で原田が働いてる!」
「加藤瑞希? なんであんたらが……?」
突然現れた加藤瑞希を筆頭に鞍馬社長や綾乃に亘、つまり杠芸能事務所の面子が勢揃いしていたのだ。
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