第128話 後始末。



 某所――



 とある場所の地下に蠢く黒い塊があった。


 は荒い息をつきながら身を起こす。光の届かない地下の暗闇はその全容を覆い尽くしているが、もしそこに光源があればその姿を黒い靄と形容したことだろう。


「はあっ、はあっ。危ない所だった。突然我が力が消え失せた時はどうなるかと思ったが、あの男も本体が遥か遠きこの地に隠してあったことは夢にも思うまい」


 ギズモ種の変異体、ラインスター・ギスモ・ヘレティックはそう独り言ちたが、その声は恐怖に染まっていた。その存在が持ついくつかの驚異的な能力の中でもその最たるものは無限に分身を作り出し、そのすべてが瞬時に本体と切り替われることである。

 それを用いてギズモはこの戦いの最初から本体をこの地に潜めていた。これは陰陽師勢力や原田玲二の力を怖れたというより、この生命体が常に行い続けている万が一に対しての保険だった。

 それ故に能力の封印を受けても命拾いした。ここから遥か東の秩父の地で蛇神を支配して戦っていた存在もギズモの分身に過ぎなかった。

 分体がいくら滅ぼうとも本体が無事であれば生き永らえる。ギズモはそうして永い時を生存し、安倍清明に封じられるまで悪逆の限りを尽くしてきたのだ。


 そして今回も元来の臆病さがその命を保たせることに成功したのだ。



「ぬう、やはり我が力が何一つ使えぬ。あの小僧、一体何をした? しかし奴の口振り、そして我が正体を言い当てたことといい、間違いなく<鑑定>持ちのはず……本当に同郷の者なのか? しかしあの神殺しの禁呪を扱えた事といい、世迷言とは思えぬ」


 ギズモは地下空間を這いずるように進んだ。未だに本来の力が使えないことでその動きは遅く、その事が変異種として数多くの敵を倒し、そして支配してきたギズモの誇りをいたく傷つけた。


「おのれ、この我を地に這わせるとは。あの小僧め、決して許さぬ! 小僧が同郷だというのならこれはアセリア由来のスキルのはず。ならば失った力とて永遠に戻らぬ道理ではあるまい。我が能力と同様に限界があってしかるべき、ならば今は伏して時を待つが得策よ。なに、既に我は復活を果たしたのだ。力が全て戻った暁には必ず復讐してくれる」


 その異質な力ゆえに孤独を長く友としてきたギズモは独り言が多かった。今も誰に聞かせるわけでもなく繰り言を続けている。


 だが、その呪詛もとある事柄に及ぶとその憎悪が一層深まった。


「……憎き巫め。どれほど悪罵を尽くしても我が憎悪は表し切れぬ! 力が戻り次第、真っ先に根絶やしにしてくれるわ! この我を千年の獄に繋いだその大罪、永劫の苦しみの底に落としてその魂魄が擦り切れるまで穢し尽くしてやる! その果てにこの国がどうなろうが知ったことか! この世の全てを煉獄に沈めてくれるわ!」




「それは困るな」




「なにっ!? 誰、ぐわっ」


 背後からの突然の声にギズモはその顔に当たる部分を振り向かせようとしたが、その寸前に視界を塞がれた。

 いや、その手で頭を鷲掴みにされたのだと解った。


「き、貴様! 何者だ!?」


「別に名乗るつもりもお前の自己紹介も要らねえよ。俺はただ後始末に来ただけだからな」


 返ってきたのは恐ろしく平坦な声だった。


 その言葉には一欠片の感情も伺えない。更に今の彼はそのすべての能力を封じられ、この本体が最後の一体であることもそれが生来臆病な気質のギズモの恐怖をより増大させた。


「だ、誰かと勘違いをしているのではないか? 我はお前など知ら……」


「俺はお前みたいな屑の考えることは手に取るように解るんでな。腰の引けた戦い方を見てすぐ気付いたぜ。お前のような奴はたとえ全力を振り絞って戦ったとしても必ず僅かに余力を、安全な逃げ場所を確保してるってな」


「……先ほどの戦いに参加していたのか」


 まずいことになった。

 どんな甘言もこの男には通用しないであろうことは全てを拒絶する気配から察することができた。


「どうせ分体犠牲にして逃げ切ったと思い込んでんだろうなと思ったが案の定だ。冥府への土産に教えといてやる。俺がいる限り外道の企みってのは全て潰える宿命にあるのさ」


「おのれ……」


 言葉を交わす間もギズモはこの窮地を脱するべくあらゆる策謀を練ったが、力が全て封じられていること、そして目の前の存在がそれを易易と赦してくれそうにないのは明らかだ。


「玲二だけならともかく俺に見つかるとは運がなかったな。あと百年長く寝てりゃ念願叶っただろうによ」


「な、ならば見逃してくれ! 我はこの国から手を引く! 2度と関わらぬことを我が名に於いて誓う!」


「はっ、外道の寝言を誰が信じるか。さっきの葵への憎悪は何処へ行った? 第一、お前は受けた恨みは絶対に忘れねえ性質たちだろ?」


 何しろ俺も同類でな、だからこの判断には絶対の自信がある。

 そう嗤う男の声にギズモは得体の知れない恐怖が沸き起こるのを押さえきれない。


 ギズモ最期の賭けだった命乞いは鼻で笑われて終わった。



 そして己を掴む手に力が籠もった。腕力だけでなはない、永く存在したギズモをしても未知の力がガス状生命体を包んでいた。


 もう絶対に逃げられない、そう悟るに充分な力だった。


「俺は直接の恨みはねえが、お前みたいなのが日本に居たら死ぬほど迷惑なんでな。だから俺の目的のために大人しく死んでくれ」


 死の宣告はこれまで通り、何の感情も感じられないものだったが……男の手が動いたことにより閉ざされたままだったギズモの視界は僅かに男の貌を見ることに成功する。


 それがギズモ最大の不運だった。


 暗闇でその顔の輪郭ははっきりと解らなかったが……その瞳を捉えた瞬間、ギズモの魂は芯まで凍り付いたのだ。



「ま、禍ツ神が……何故」


 その言葉を最期に、異世界にて生を受けたギズモの変異種は散々に猛威を振るいつつも、地球にて消滅しその生涯を閉じた。



 こうして冒険者ユウキの手により誰にも語られることのない後始末を終えたことで、伝説の存在だった巫の発覚に始まる大騒動は完全なる終結を見たのである。








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