第127話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 16
「やべ、あれだけ<結界>張ったのに全損してんじゃんか……」
触れた全ての者を消滅させる裁きの光が周囲一帯を包み込む中、俺は内心で焦りを隠せないでいた。
この大魔法の効果時間は相当長い。全力発動するとたっぷり1分は極光を放射し続けることになるんだが、その分それを受け止める<結界>に多大な負担をかけることになる。
それに俺は封印解放状態でガンマ=レイの術式を組んだので相当な魔力をつぎ込んだ自覚がある。このままだと魔導災害とまでいかなくてもどんな障害が残るか解ったもんじゃないので大急ぎで積層型の結界を張りまくったんだが、見事に全部ぶっ壊されて影響範囲が拡大しちまってる。
何も起きないことを祈るしかないが……何を聞かれても知らぬ存ぜぬで押し通そう。
「玲二っ!」
俺が色々諦めて全てを無に還して収まりつつある光を見上げていると、感極まった様子の葵がこちらへ猛ダッシュで近づいてくるのが解った。
そのまま葵は減速することなく突撃し、俺はその勢いのままに葵に押し倒される格好となった。あたっ、後頭部ぶつけたじゃねえか。
「玲二、勝ったんだよね? ボクの一族を苦しめ続けた禍はあの光で消え去ったんだよね!?」
その瞳に涙を湛えながら俺に乗り掛かって見下ろしてくる葵の顔には様々な感情が去来していることは見て取れた。
「落ち着けよ、葵。これから良い所なんだ、滅多にみられない絶景だぞ」
「え? なにそれ……うわぁぁ、なんて綺麗」
押し倒されたことで夜空を見上げるには楽な格好になった。俺が天を指差すとそれにつられた彼女も天を仰ぎ、この光景に言葉を失った。
「なんと。オーロラか! 人の行いでこれを為すとは……」
すぐそばまでやってきた久さんの言葉通り、夜空は光のカーテンで彩られていた。
緑や赤、時折紫に変化する美しい光景を誰もが言葉を発さずに見入っている。
俺もこの現象は文献で知るだけだったので実際にこの目で見ることができて満足だ。にしても葵の奴、俺にのしかかったままだぞ。物凄ぇ邪魔なんだが、押しのけることは止めておかねばならない。
この天体ショーはそう長く続かない。術式のラストに光の屈折で起こる幻想的な光景らしくて効果が切れるまで5分もないからだ。
「玲二。その、大丈夫?」
オーロラが消えた後も皆は言葉を無くして空を見上げていたが、俺の様子に最初に気付いたのは当然というか、葵だった。
今の俺はまだ地面に四肢を投げ出した状態だからな。女嫌いの普段の俺ならこいつを押しのけて即座に立ち上がるところだ。
「流石の俺もこれで完全に魔力切れだ。精魂尽き果てた、もう指一本動かせねぇわ」
「担架を急げ! 車も回せ! 最優先だぞ!!」
消耗しきったと言わんばかりの顔で葵にそう訴えるとそれを聞いた陽介が周囲に迅速な指示を出してくれた。
「あれほどの大魔術なのです。その負担も相当なものでしょう」
俺の様子を診ている藤乃さんの顔にははっきりと畏れの色が見える。目の前の男が自分の想像を遥かに超える力を持っていることを認識したんだろう。
この国で揉め事を起こしても何の得にもならないから、我ながら日本では慎ましく活動してたからな。精々が火魔法で個人を吹っ飛ばしたり、範囲魔法で集団をぶっ飛ばした程度……一応慎ましいぞ、俺はユウキみたいに一夜で敵対した大組織を皆殺しに追い込んだりしてないし。
だからこんな大規模破壊を単独で起こせるなんて彼女の想定にはなかっただろう。俺達も異世界でこんな事例は散々経験しているため、為政者側である彼女の危惧は手に取るようにわかる。
「あれはまさにとっておきです、ヤバいブースターを何個も限界まで回してやっと可能な秘術中の秘術で、俺も貴重な道具や触媒を全部使いきっちまいました。ここまですることになるなんてこちらも想定外、超大出費ですよ。何なんですか最後の大蛇は……」
だからこうやって無害な普通の一般人アピールをしておかないと24時間監視が着くような生活になっちまう。一般人の概念がどうかという問答はこの際置いておく。
たとえもう魔力体力ともに完全回復しているとしても、持ち出した品なんて何ひとつ無くて何度でも同じ魔法が放てるとしても。
消耗しきって指一本動かせないという演技は相手を誤解させ、安心させるために必要なんだ。
恐怖はより大きな、そして極端な反動を生みがちなんだ。ひとつ対応を間違うとこの世界でも殺し屋が送り込まれかねない事態になる。
「なるほど。確かに龍神を滅ぼすあれほどの威力ならば相応の呪具が必要というのも納得です。ではあの術はもう二度と?」
「ええ、やりたくてもできません。最低でも高純度の魔石が5個必要なんですが、もう絶対に手に入らないのは解ってるんで」
「そうですか。玲二さんがそれほど貴重なものを使用してくれたこと、この国を守護するものとして感謝いたします。このお礼は国の名誉にかけて必ず」
「いえ、依頼料は前払いで受け取ってますから、それ以上は要りません」
本音では貰えるものは貰っておきたいが、報酬を受け取るとこの国の紐付きになることを意味してしまう。
無関係を貫きたいなら曰く付きの金を不用意に懐に入れない方がいい、というのも俺が異世界で学んだ処世術の一つだ。
今の俺達に日本円や米ドルは必要だが、それは後腐れのない綺麗なやつに限るからな。
「やめい、藤乃。我が一族の恩人にこれ以上迷惑をかけんでくれ」
藤乃さんの顔に思惑が外れた色を見てとった久さんが俺を擁護してくれたが、俺は別に彼女に隔意を抱いたわけではない。
これも異世界で散々経験したことだが、日本国から見ればその気になれば数万人を一度に害せる大規模テロを行える奴が野放し状態にあるのも同然だから、何らかの手を打つ必要があるのは当然、むしろ無警戒でいたら超がつくド無能だ。
俺はそんな奴が上にいる国には居たくないので彼女の警戒に安堵したくらいだ。
「藤乃さんには彼女の立場があることはわかっていますよ。こちらはそこまで気にしてないです。むしろ超疲れたんで意識手放していいですか?」
無言で俺に一礼する藤乃さんだが、これでも疲れてます、という演技の真っ最中なんだ。これ以上の追及を避けるためにも気絶の一つでもしておきたいところだ。
……つくづく最後の一発はやり過ぎたな。ハイテンションになってて超強力な一発を食らわせてやることばかり考えてて周囲に与える影響を完全に無視していたわ。
「ここだ、急げ! ここならば最寄りは……御嶽だな。あの龍神を相手にしたのだ、霊的加護を受けねばどんな後遺症が残るか解らんぞ! 御茶ノ水にも連絡を入れておけ!」
「原田、担ぐぞ!」
鞍馬社長が俺の体に手を回して担ぎ上げ、簡易ストレッチャーに乗せてくれた。本人は至って健康体なのにまるで重病人のような扱いだ。
「悪いな、社長。みんなも」
「黙ってろ。霊力が底をつくと色んな免疫も落ちるんだ、この面子の中じゃ今お前が一番危険なんだよ!」
必死な顔の社長を見ると騙していることに罪悪感が湧いてくる。この中で平然としているのは俺の腹の上に着地したリリィとセラ婆ちゃん、そして話を聞いていたのだろう葵くらいだ。
<皆都合よくあの龍神が敵本体と勘違いしてくれてるね。黙っておいて正解だったよ>
当然ながらリリィは先ほどの俺の謝罪が二つの意味を込めてあることに気付いてる。担ぎ上げてくれたことと、皆を騙すような形になることについての謝罪だ。
<靄みたいなガス野郎が諸悪の根源なんて言われるよりド派手な巨大蛇の方が通りもいいしな。結局今回の大ボスは皆龍神で誰も疑ってないし>
周囲に人が居るので<念話>で話す俺達だが、符と視線を周囲に向けるとセラ婆ちゃんは居るのにユウキの姿が見えない。
……なるほど。やっぱりそうなったか。
だが、ここでこの騒動は終結だ。事実がどうあれ、全員の中でそう結論づける必要がある。
だから俺は最後を締めるべくストレッチャーの隣を歩く葵を手招きした。
「えっと。どうしたの玲二?」
怪訝な顔で俺に身を寄せてくる葵に、俺は言葉を紡いだ。
「葵、これでお前は本当の意味で自由になったわけだ」
「!! うん、全部玲二のおかけだよ。本当にあり、あり、が……」
こみ上げるものがあったのだろう、最後の方は言葉にならなくて傍にいた瞳さんに片を支えられている。
「もうお前を苦しめるものはない。これからは望む人生を生きろ。お前の時間は沢山あるんだからよ」
「うん、うん。ありがと、れいじ、ありがとぉ」
「葵、良かった、本当に良かったわ……」
「ひ、瞳おねえちゃん」
ポロポロ涙を零しあう姉妹の安堵する顔を見ながら、俺はようやくこの事件が解決した確信を得たのだった。
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