第117話 最強少年は悪しき神を滅ぼす。 6
俺の頭上に見たこともない物体が浮かんでいた。
異様なほど細長い胴体、それに申し訳程度の短い手足がついている。
アレが尋常の存在ではないことは、全身から発せられる強烈な重圧だけで明らかだ。
「り、龍だ 、龍神だ……」
誰かがそんな呟きを漏らした。
あれが、竜? 異世界で何度も見た大トカゲとはまるで別物じゃねえか。
俺は一抹の不安を抱きユウキのもとまで下がることにした。大トカゲならともかく、俺は竜という名称にどデカいトラウマがあるのでこういう訳解らんのはあいつに頼るに限るのだ。
「ユウキ、ありゃ一体何なんなんだ?」
「見ての通りただの蛇だな。でかくて空飛んでるが、普通の蛇だよ」
「……そうか。まあ、普通蛇は空飛ばねえと思うが確かに見えなくないな」
日本人からすりゃあの姿は龍なんだが、異世界人の感覚では空飛ぶ蛇になっちまうのか。あの野郎もあの姿を持ち出して蛇と言われるのは想定外だろう。
『虫ケラどもよ、裁きの時はきた。我が姿を怖れよ、我が威光を讃えよ。我こそがこの世界を統べる主なるぞ』
そのとき、これまでに倍する強烈な思念波がこの場に居る全員に襲った。この感覚に慣れていない殆どの者は頭を押さえて蹲ってしまうほどだ。
しかし、ここにそんなものを屁とも感じない奴が二人いる。
「はっ、寄生虫が笑わせやがる」
「寄生虫だって? 奴の本体じゃないのか?」
「……もう慣れた感があるけど、あの龍を前にしてなんでそんなに冷静なの、二人とも」
ユウキの言葉の真意を質す前に俺達の後ろで葵が何処か諦めたような顔で突っ込んでくるが、こいつもその意味じゃだいぶこっち側に染まって来てるな。他の皆はあの龍を前に魂が抜かれたかのように言葉を無くしてただ天を見上げているってのに。
「アレに驚いてやるほどの価値もないからな。玲二、お前も<鑑定>してみろ。奴のしょうもない
既に興味を無くした顔で空に浮かぶ龍を見上げたユウキに倣い、俺も<鑑定>を発動する。実体のない霧と違い、あれだけデカい相手なら何も問題なくスキルは成功した。
ウガノミタマ・パラサイト 神精種
故にその能力は半数が使用不可能。しかしこの島を割ったとされる神の力はいまだ健在。
HP 55700/55700 MP 40000/40000 経験値 94300
「なんだこりゃ? 奴は自分でコウリュウとか抜かしてなかったか? それにパラサイト? なるほど、寄生虫ってそう言うことか」
この世界の魔物に初めて<鑑定>使ったが、文面は異世界と大して変わらないようだな。
まあ敵よりも最初の部分に会ったもう一つの世界とかいう文言に興味が惹かれまくりだが、今は奴に意識を集中すべきだ。
だが、ここでユウキと長々と話を続けることは出来なくなった。
『虫ケラよ、消え去れ』
蛇野郎からの攻撃が雨のように俺達に向かって降り注いできたからだ。
「くそっ、調子に乗りやがって、あの寄生虫野郎!」
俺は慌てて皆から距離を取る。こうすることで<結界>に攻撃が集中することを防げるのだ。
実は影野郎の時から敵は俺と葵を均等に狙ってきていた。攻撃を仕掛ける俺より千年以上も封印し続けた巫に恨み骨髄のようで、俺が幾度か葵に向かう攻撃を潰したほどだ。
事実として俺が移動すると攻撃の大半はこちらに向かってきた。全て<結界>に防がれているが、あの蛇から力を借りているのか威力は段違いに上がっている。
<玲二、さっきの話の続きだ。あの黒い霧を<鑑定>して敵の正体が解ったんだが……>
妙に歯切れの悪いユウキから<念話>で待望の敵の詳細情報が聞こえてきたんだが、その内容は耳を疑うものだった。
<は? マジで? なんでアセリアのモンスターが日本にいるんだよ、いくらなんでもおかしいだろ>
<そこは激しく同感だが鑑定ではそう出たとしか言えん。俺も事情はさっぱり分からんが、今大事なことはそこじゃないぞ>
驚愕というより意味不明に近い内容なので思わず否定から入ってしまったが、ユウキの言う通り事の真偽は二の次でいい。厄介な敵の能力に対する対処だ。
<いくらでも分裂して、そのどれもが本体になるってどんなチートだよ。絶対死なねえじゃねえか>
<変異種だからな。それくらいはやってくるだろ>
<まあ変異種だしねー。ユウ、お腹空いた、なんかちょーだい>
ユウキとリリィの声はどこか投げやりだった。変異種とは突然変異で生まれ落ちた特殊な個体を指す。俺達はこれまでに何体か変異種と遭遇しているが、どいつもこいつも奇怪な特殊能力を持っていた。
それに奴等は総じて高い知性を獲得しているのが通り相場だ。そんな存在が千年以上も長生きしていたら狡猾に立ち回るに決まってる。
<あの安倍晴明が討伐出来なくて封印するしかなかったってのも頷ける話だ。きっと何度倒しても復活したんだろう、いくらでも分身作れるなら当然だろうが>
ガス生命体とか平安自体に理解できない存在だろうしな。それでも何とか生態を把握して封印にこぎつけたんじゃなかろうか。
そう考えると凄ぇ偉業な気がしてきたぞ。<鑑定>なしてそこまでやれたって事だろうからな。
<対象を操るにはこの靄が体内に入る必要があるようだ。本当に無限に増えるなら手駒作り放題のはずだが、敵はそうしなかった。そこらへんにも攻略の糸口がありそうだが……>
ユウキの言う通りだ。その気になればこの国を乗っ取ることさえできるはずなのに、こいつは芦屋一族に限定して支配をしていた。その能力に何らかの制限があると見るべきだろうが、ユウキは最後何か含みのある物言いをした。
俺はその真意を尋ねたかったのだが、その前に敵が動いた。
『逃げ回ることだけは得意なようだ。ならば、逃げ場を無くしてやろう。出でよ、我が眷属ども。虫ケラよ、これが本当の力というものだ』
「また召喚かよ……なるほど、確かに言われてみれば見慣れた<召喚>術式じゃねえか。マジでアセリアの魔物なのか。千年以上前からこの世界と繋がりがあったって事かよ」
色々と余計なことを考えてしまうが、今は敵に集中しないとな。
<玲二は敵に集中しとけ。検証は裏方の俺と相棒がやっとくからよ>
<悪い、葵も頼むわ>
ユウキからそう指示が来たので俺は蛇野郎に意識を向けた。そうせざるを得ない事態が起きていたからだ。
こいつが喚んだのはこれまでの偉業とは明らかに格の違う強者の群れだった。見た限りではそれぞれが程度が低いとはいえ精霊クラスかそれ以上の神霊級だな。
それが異界の門から途切れることなく生み出されている。寄生先からの力を得て召喚の力も増しているようだ。
だが俺にそれをけしかけても無意味と理解したようで、魔物どもを俺ではなく葵達に向けて襲わせたのだ。
<結界>の護りを抜けないのに襲わせる意味あんのかね?
「お前がいくら強かろうが、他はただの虫ケラにすぎぬ。巫のその一族を嬲り殺しにし、その絶望の顔をお前に馳走してやろう」
だが奴は自分が召喚いた魔物の強さに自信があるようだ。皆が為す術なく蹂躙されることを疑ってもいない。
ユウキとリリィがいる時点で絶対に完全無敵なんだがな。何万匹送り込んでも挽肉にされるだけだぞ。
「本当にしょうもない野郎だな、小物ムーブが随分とサマになってお似合いだぞ」
「我が本体と融合し神の力を取り戻した今、虫ケラがいかに喚こうとも最早運命は変わらぬ。ただでは殺さん、あらゆる苦痛を与えその身を切り刻んてくれるわ!」
「はっ、妄想だけは一人前だな、この蛇野郎が。だがテメーはとりあえず……」
この調子に乗ったクソ爬虫類に身の程って奴を教え込まないとな。
俺は力を籠めて跳躍すると、空高く宙を舞う金色の巨体にむけて魔力を籠めた拳を叩きつけた。
「蛇は蛇らしく地べたに這いずりやがれ!」
偉そうに俺達を見下す蛇野郎を地上に叩き落とすのだった。
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