第70話 最強少年は追っ手から逃れる。




<玲二、今終わったぞ。彼女の処置を施しておいた>


 <念話>を通してユウキの声が聞こえてくる。北里さんの魔力を起こしてもらうためにわざわざ来てもらって申し訳なさで一杯だ。俺の知る限り、瞳さんを助け出した時よりユウキが直面する状況は悪化しているのに、それでも俺の頼みを聞いてここに来てくれたのだから。


<ユウキ、忙しいのに悪いな。また頼っちまった>


<別に構いやしないさ。いきなり周囲全部が敵に変わったなんて聞かされたら誰だって心配になるだろうが>


<だが、そのために貴重なカードを切らせちまって悪かったと思ってる。すまん、この通りだ>


<だから良いって言ってるだろ。お前は考えなしに提案する奴じゃないし、必要があると判断したんだから、それでいいんだよ>


 ユウキはそう言ってくれるはするが俺は自分の判断が本当に正しかったのか、今でも自問している。



 彼女を転ばせる為に色々な飴玉を考えていたんだが、どうにもしっくり来なかった。


 当初は使い捨ての魔導具やそこら辺のアイテムで釣ろうとしたのだが、彼女の力への渇望を見るに一度使えば消えてしまうアイテムじゃ効果は薄いんじゃないかと思えたのだ。彼女が欲したのは強力な武器ではなく、誰をも見返す強大な力であるように見えたんだ。


 だが、魔力起こしは俺達にとっても秘中の秘とも言える技術だ。ユウキしか使えないし、あいつも仲間や身内くらいにしか使っていない秘術を一度しか会ったことのない相手に使うべきか非常に悩んだ。

 悩みに悩み抜いた後、ユウキに日本中全ての術者に狙われている現状を打ち明けると盛大な溜め息をつかれたあとで、そう言うことはもっと早く言えと怒られた。


 そして八方塞がりの状況に風穴を空けるために魔力起こしを頼みたいと願い出ると解った、と静かに告げて了承してくれたのだ。


 勝手なことしてみんな怒ってるだろうな、と脳裏に激怒した姉貴の顔を思い浮かべつつ俺は話を続ける。

 

<悪い、マジで恩に着る。それで北里さんは? 彼女には陽介への取次ぎを頼みたいんだけど>


<ああ、魔力を起こしてる最中に気を失ったから、二人に介抱を任せてきた。俺がいない方がいいだろうからな>


 介抱かぁ。あの二人に任せて大丈夫だろうか……特にユウナさんは俺たち以外に力を与えることをものすごく嫌がりそうだ。まあ、俺も見知らぬ他人にユウキが魔力を起こしてやったなんて知ったら複雑な気分になる。

 マジで早まったか? いや、でもこうしないと全てを敵に回して無駄に恨みを買って戦い続けることになる。

 日本で遊ぶ気満々な妹達の為にも、これから先ずっと常に敵を警戒し続けなくてはならない状況は回避すべきだ。

 俺の選択は間違っていないはず、ユウキもそれでいいと言ってくれた……んだが、モヤる気持ちは当分収まりそうにないな。

 魔力起こしさえやっちまえばこの地球で俺たち以外に勝てる奴は居ないんだ。そのぶん北里さんにはこれから死ぬほど役に立ってもらおう。


<なあ、あの二人機嫌悪くなかったか?>


<機嫌? ああ、ユウナはなんか妙にぶつぶつ言ってたが黙らせたよ。勝手に俺についてきたのに文句が多くて困るぜ>


 瞳さんを助け出す時に1人で現れたように、ユウキは群れるのを嫌い単独で行動することを好む。だが従者2人にとっては主人がふらっとどこかへ出掛けるのはたまったもんじゃないようで、事あるごとにお供すると言い張っている。

 基本的にそれぞれが忙しくしているのでユウキにべったりというわけではないのだが、今回の事件は彼女達と共に行動しているので無理矢理くっついてきたようだ。


<やっぱりそうか。2人に悪かったって謝っといてくんない?>


<気にすんなって。俺が決めたことに文句があるなら従者止めればいいんだからよ>


 そう嘯くユウキだが、俺とユキが仲間に加わった時は既に2人はいたから今の話の内容はよく解らない。だが聞けば何でも2人とも押し掛け従者らしい。


 特にユウナさんは従者なんか要らんと突っぱねるユウキなんか意に介さず、無理矢理居座って有能さを示し続け、ついにその能力を認めさせたというから凄まじいったらない。


 まあ女を置きたがらないユウキの性格からして女従者をなんで置いてるんだと思ったが、そんなことがあったなんて初めて聞いたときは驚いたもんだ。


 もう1人の従者であるレイアさんはもっとぶっ飛んでるが、それはまたの機会に語るとしよう。



<だが玲二、お前がとった手段は悪くない手だと思ったぞ。でかい相手を敵に回して、まともに戦うつもりがないなら搦め手を取るしかないからな。でもその中で綺麗な若い姉ちゃんを堕として裏切らせることを思いつくなんて、世の中悪い奴がいたもんだな>


<そりゃ俺の近くには実に参考になる奴がいるからな>


<おいおい、俺の仲間にそんな悪辣な者がいるはずがないじゃないか?>


 ははは、と俺達は白々しく笑いあった。そんなのユウキに決まってんじゃないか。



<それより玲二お前、今どこにいるんだ? <マップ>で大体の場所は解ってるが、変なトコにいないか?>


 俺達はスキルで仲間の場所を把握できる。だからあの夜もユウキが俺達の所にやってこれたんだが、流石のユウキも俺の今の居場所はよく解っていないらしい。


<いや、これでも東京にいるんだぜ?>


<そりゃいくらなんでも嘘だろ。俺はこっちに詳しくないが、周り全部海だろうに>


<ああ、でもここも東京なんだよ、面白いだろ?>


 俺達は今、小笠原諸島のとある大きな島にいるのだ。

 四国を抜け出した後、神戸から出ているクルーズ船を運よく捕まえられた……はずもなくもちろん如月さんの手配だ。もう本当にあの人に頭が上がらない、日本だけで何十回助けられたんだ俺は?


 ええと、話が逸れたな。でもってそのクルーズ船に乗り、二日かけてこの父島に辿り着いたのだ。


<でもなんでそんな場所にいるんだ? むしろ船の中だと逃げ場がなくないか?>


<いや、一度出港しちまえば追っ手が乗り込んでない限り道中は安全だから問題ないよ。いやマジで日本の何処に居ても誰かが追いかけてくるからさ。こうなりゃ海を越えてやろうじゃねえかってなってよ、一時は国外脱出も検討したんだけどな、俺と瞳さんがパスポートなかったから諦めた>


<そりゃまた思いきった事をしたもんだな。じゃあ、追手は撒けたのか?>


<ああ、日本中何処へ逃げても追いかけると脅されたが、流石に離島までは及んでないみたいでな。ここまで来れば俺達を捜索する術は効果がないみたいだ>


 その事に気付いたのは瞳さんだった。

 彼女は出稼ぎ陰陽師として腕を磨いていたのは土御門の分家一族であり、そこで彼らの得意とする遠見の術を間近に接する機会があったのだ。

 確かに日本国中をつぶさに捜索できるというとんでもない術だったが、その範囲は確かに日本を網羅してはいたが、あまりに遠方にある離島は対象外だったようなのだ。実際に地図で見ればわかるが、八丈島や小笠原諸島はマジで遠いからな。

 こんなところまで手を伸ばせるなら大陸だって網羅できるわ。

 

 北里さんの返事待ちだったので時間を稼ぐ必要があった俺達は、クルーズ船に飛び乗って追っ手の眼を掻い潜る必要があったのだ。



 俺が北里さんを抱えて崖へダイブした後、意識を失った彼女を近くにあった洞窟で休ませたんだが、その後に当然ながらリリィに持たせた通話石から事の経緯を尋ねる葵からの追及が始まった。


 俺が北里さんを寝返らせる算段を思い付いたのは半分以上その場の勢いだった。何しろその姿を見るまで彼女の存在さえ忘れていたからな。


 だが、考えれば考えるほど裏切らせるには理想的な相手だ。陰陽師の名家の出身なら内部情報は色々知ってるだろうし、顔も広い。

 そして何より、麗華さん情報だと彼女は陽介の幼馴染みなのだ。


 今でも陽介と(嫌々ながら)連絡を取り合う間柄だと知れば絶対に逃すことのできない相手だった。


 なにせ陽介の野郎、スマホが通話妨害を脱してから俺が何度電話しても出やがらねぇ。


 出られない理由があるに違いないが、こうまで隠されるとその理由を知りたくなっている。

 だがあいつも歴史のある大きな家の当主だし、当人も頻繁に移動しているようで何処にいるのかは全く判明しないのだ。


 だが彼女なら、陽介がガキの頃から惚れているという北里さんから話があると呼び出されれば、あの野郎もノコノコの姿を表すに違いない。


 その為にユウキ以外誰もすることができない、魔力起こしというこちらでも最大級の隠し球を投入したのだ。


 こちらがどれほど貴重なものを提供したのか北里さんも魔力を自覚すれば解ると思うので、それに見合う貢献を彼女に求めたいのだ。

 きっと今、ユウナさんが北里さんを教育中に違いないのでその結果に期待しよう。


<うわっ、ユウナの奴またやりやがったな……>


<何かあったのか?>


 ユウキから心底嫌そうな声の<念話>が入った。ユウナさん絡みということは北里さんの身に何が起こったのかはなんとなく解るが取りあえず聞いてみた。


<いや、なんでもない。こちらの問題だから気にすんな>


 相手から辟易とした声が届いたので、ほぼ確定だろう。


 絶対に北里さんがユウキの前に跪いて絶対の忠誠を誓う言葉を紡いだのだ。

 もう何度も見ているので脳内再生が余裕である。


 誓われた当人がそういった堅苦しくて面倒くさいやつが大嫌いなのでこの塩反応だ。

 謙遜でもなくマジで嫌がってるのでこれを続けるとガチで嫌われるから注意な。望めば今すぐ国の一つや二つくれそうな奴もいるが、栄達や名声に何一つ興味を示さないので上の立場からすれば扱いにくいことこの上ないだろう。

 そのくせ敵に回すともれなく地獄にご招待されるし。


<とりあえず彼女に言ってお前の望み通りに動いてもらうぞ。詳細決まったらまた連絡する>


<こっから本州に戻るまでまた2日掛かるから、それ見越してスケジュール組むように話しておいてくれ>


<戻り時間だぁ? そんなまだるっこしいことしてないで、ロキを派遣するから使って戻ってこいよ、その方が早いだろ>


 いいのか!? と尋ねる前にじゃあ後でな、とユウキは<念話>を切った。



「ねえ玲二、何かあった? 突然黙りこんじゃってさ」


 隣にいた葵が<念話>をしていた俺の様子に気付いて声をかけてかけてきた。


「ようやく話はついた。北里さんはこっちにつくそうだ。そして一番大事な土御門の陽介へのアポも彼女の方でやってくれるってさ」


「へえ、じゃあようやくなんで他の家もボクを追いかけ始めたのか、その理由が聞けるって事だね? ずっと気になってたんだ、でもいつ合流するの? 戻るのにまた2日掛かるよ」


「お前の度肝を抜くとんでもないアイテムがあるから楽しみにしくんだな。これまでは受けに回ってたが、今からは攻めに転じるぞ」



 ようやく前に進めるってもんだ。突然の変心の理由を陽介にはたっぷりと尋ねるとしよう。



 

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