65 磨いた

 祭りから一夜明けて、翌日。

 古賀、元、俺の三人で俺たちは千円とICカードに水着だけを持って海に行き、泳いだ。

 節約だ、と三人でスーパーに寄ってでっかいペットボトルのお茶を買い、カサ増しできる飯の材料を買い、バカみたいに遊んだ。

 海に飛び込み、落ちているボールでバレー。

 気付けば遊びに来ていた周りのグループを巻き込んで遊んで、日が沈む頃に塩でベトベトの体で帰りの電車に這い乗った。

 何を話したのか、正直覚えていない。

 いや、話してもいなかったのかもしれない。

 ただ、笑ったことだけは覚えている。


 こけて笑い、泳いで笑い、飯の不味さに笑い、無言になることにも笑った。

 三人での時間は、気付けば高校生活で一番長く、その中でも時間当たりの爆笑回数でも間違いなく最も濃い時間だったと思う。

 疲れ果て、電車で眠り込み、目的地を通り越してしまって家に帰るのにまた一手間。

 帰った時にはもう塩で髪はガビガビ、着替えてはいたが服は汗でしっとりと濡れ、顔もヒリヒリと痛んでいた。

 翌日になっても何をしたかがよく思い出せない、テンションに任せた一日。

 ただ、その一日が俺にとっては、そしてきっと古賀も、元にも忘れられないよく覚えてない何でもない日になったことは間違いないと思う。

 そんな大切で無意味な日を経て、夏休みはどんどん消化されていく。

 バカをやり、宿題も終え、大木さんに頼まれて元と一緒に荷物持ちとしてイベントに参加したり、詞島さんの家に古賀と一緒に行ったりと濃い日々を超え、古賀の口から先輩の話を聞かないことが普通になったあたりで、俺たちは始業式を迎えた。


 始業式自体は恙無く終わり、新たな学期へと移行していく。

 そんな中、古賀が佐藤先輩と別れたと言う話はすでにクラス全体に知れ渡っていた。

 男連中はそれに対してイジることもなく、遠巻きに。

 女子連中はろくに話したこともないやつが古賀に話しかけてきたりと、男女で割とくっきり反応が分かれていたことは結構面白いことのような気がする。

 フられたことをろくにダメージを受けたように見せない古賀の反応に、気軽にイジると気が済んだのかもう話しかけることもなくなるような女子の反応に、結局一学期と変わらなそうだ、なんて話をした。


「まぁそんなわけで、夏休み終わってもうちのクラスはダメダメっすね。ハーレム同士のつばぜり合いが陰湿になった感じっす。」

「まじかぁ。夏過ぎたらましになると思ってたんだがなぁ、っと、それもらうぞ。」

「うす、どぞ。」


 休みボケの抜け始めたころ、俺は昼休みに部室でカード麻雀をしながら先輩たちにクラスの状況を伝えていた。

 真壁先輩にはクラスの諸々を伝えていたのだが、学年をはさんでも色恋沙汰は先輩たちの興味を引くようだ。


「四五六七八、五ヶ月か。いまだに夢を見せてんだな、お前んとこの飼い主君たちは。」

「いやー、まじすごいっすよ。小まめに声かけてるわけでもないのにきゃーきゃーるっせえわ、なんかクラス内の壁がどんどん強固になってる感じっすわ。」

「懐かしいなぁ、その感じ。」

「あったあった。」


 使い込まれた薬缶の麦茶を飲みながら、先輩たちが話を続ける。

 一年前、佐藤先輩も渦中にいた騒動。

 クラス内の騒動や教師がわかるレベルでの温度差など、まさに今の俺のクラスの前例となりそうな事態に疲れたような吐息を笑いながら漏らしてしまう。


「しかし、古賀がなぁ。」

「あんだけうざかったのが収まると思うと、うれしいんだか寂しいんだか。」

「ほんとにな。」


 先輩たちの口から古賀の事が出て、すこしびくりと身を固めてしまう。

 この前構内でちらりと見たときには、あいもかわらず優しそうで穏やかな雰囲気のままだった。

 何も知らなければ、俺も相変わらず先輩を素晴らしい人だと思っていたのだろうが、もう幻想が剥げてしまっていて、その笑顔を見ても暖かな気持ちにはなれなかった。

 目があえば軽く礼をするくらいには折り合いをつけられたが、できればまだ一対一で話したい相手ではない。


「すると、今はフリーなのか。」

「声かけんのか?」

「ばか、後輩相手にホモになれるかよ。」

「そっちじゃねーよ。」


 げらげらと笑う先輩たちの目線を縫って、一枚入れ替える。

 よし、順子がつながった。

 お茶を入れて、話を振って、意識をはずして。

 小さくこまごまと仕込みをして、なんとか二位までポイントを上げる。

 弱すぎると怒られるし、一位になったら褒められはするけど、こう座りが悪くなるので点数の調整は必要だ。

 そんなこんなで昼休みも半分を過ぎ、昼を食べ終えて薬缶を片付ける。

 麦茶パックをごみ箱に捨て、薬缶を洗う。

 逆向きにひっかけて部室に戻れば、授業前にと先輩たちがボールを磨いていた。


「あれ、やんないんすか?」

「おう、今日はバレー部が昼に体育館使うっていってたからな。」

「あ、そうなんすね。」

「いや、俺だって聞いてねーわ。」

「俺も俺も。」


 言いながら、先輩たちはボールをまわし、汚れているものを選んではタオルをこすりつける。

 常日頃から使われているおかげでそこまでの汚れはないが、やはり色や手垢はついているものだ。

 俺も参加し、部室には話し声に加えてボールを磨く音と、かごに叩き込まれる音が続いた。


「そうだ、バレーっていえば女バレのやつに誘われてんだよ。」

「はぁ!? なんだそれ!?」

「落ち着け落ち着け。あっちもそろそろ独り身が悲しくなっているようでよ、何人かで遊ぼうぜって誘われてんだ。」


 にやりと笑う真壁先輩に対し、ほかの先輩方が食い掛る。

 話に乗せるだけでも楽しいとはいえ、自分の身に降りかかるのならなおいいということなのだろう。

 とんとん拍子に話は進み、遊びに参加するのは先輩たちにとっては既定路線のようだった。


「古賀は、さすがに誘えねえわな。筒井はどうだ? 行くか?」


 来い、ではなく参加の是非を問うてくれるあたり、やはり真壁先輩は優しいと思った。

 どうするか、迷いながらも少しばかり以前のゼロ君騒動を思い出してしまう。


「あっちも去年のあれを超えてきた猛者だからな。今度はわりと行けると思うぞ。」


 俺の心配を勘付いたのか、そういう風に真壁先輩が言ってくれる。

 前回の復讐、というか厄払いの意味もあるかもしれない。


「ありがとうございます、けど、ちょっと今はいっす。」


 ぜひ、と答えようと思ったのだが口が勝手に断った。

 あまりにもあっさりな自分の言葉に、自分で首をかしげてしまう。

 が、断って悪いなという気はするものの、惜しいという気はあんまりしない。


「そうか、ならいいけどよ、遠慮すんなよ? 比奈城も結構気にしてたぞ?」

「はい、ありがとうございます。 あ、比奈城先輩は誘うんすか?」

「いや、あいつより先に彼女作りたいから今回は無しだな。結構マジだし。」

「あ、そっすか。」


 ぜってえ見せつける、と決意をあらわにする真壁先輩がおかしくて、つい顔が緩んでしまう。

 誰狙う、副キャプとか胸すげえぞ、そんな先輩たちの声をBGMに、ボールを磨く。

 つやつやとした表面に、なぜか大木さんの狐面を思い出した。



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