27 15:45 ファミリーレストラン

「驚かせちゃった? でも俺も驚いたよ!

 清夏の友達なのにギャルっぽい子じゃないのな!

 あ、それ俺も食べていい? いい?

 やった! じゃあなんか取ってくるわ。」

「もー、いきなりなんだから。

 ごめんね皆んな、私もドリンク入れてくる。」

 

 竹田さんの隣に立つ男の人、彼氏らしいその人は元気よく私たちに話しかけてきたと思うと、竹田さんとドリンクバーに連れ立って歩いて行った。

 突然の気安い挨拶とまくしたてに、嵐が通り過ぎた心持の私たちの間に空白が満ちた。

 彼の言動に対し、こちらは何も言ってない。

 何も、許可も、謝罪の受け入れも、しちゃいない。

 ため息をつきたいところだが、そんなことをしても意味はないだろうし仕方ないと諦観による受け入れをした。

 あれは、多分ああいう人間で、ああ言う人が多い生活圏だったんだろう。

 とはいえ、せっかくの空白時間だ。

「ゆーちゃん、こっち来て。

 あっちゃんの奥に場所変えよう。」

「そうですね。

 の、えっと裕子さん。

 大丈夫ですか?」

「う、うん。

 ごめんね、ありがと。」

 

 ルカが席を立ち、あわせて私と才加も立つ。

 手を引かれて立たされた才加を一番奥の席に座らせて、次に才加。

 最後に通路側にルカを座らせようとしたが、やんわりと断られた。

 問答する時間ももったいないと、ありがと、と言って私が通路側に座り、蓋をする。

 そして、ルカが私たちの向かいの一番壁側に座る。

 裕子の保護は完璧、ルカの隣に流石に男が座ることはないだろうが最悪でも裕子の直近にあのタイプの男は置かずに済む。

 ふむ、これはいっそのこと裕子といい感じになっていたバレー部三羽烏を今からでも呼ぶべきだろうか。

 あの時はそれなりに男とも話せてたから大丈夫になったんじゃないかと思ったんだけど、やっぱりいきなりの陽キャは辛かったか。

 これは反省素直に反省すべき点である。

 とりあえず、私たちの席替えを終えると竹田さんカップルがこっちに戻ってきた。

 両手にカップを持った後関さんと、ストローを刺したグラスを持って飲みながらこっちにくる竹田さん。

 私たちの座っている位置が変わっていることに気づいたのか、笑いながら竹田さんがルカの隣に座ってくれる。

 よしよし、ちょっとホッとした。

 

「わざわざ席あんがとねー。

 桃ちゃん? よろしくねー。」

 

 私の向かいの後関さんが手を出してくる。

 握手ぐらいならしていいか?

 いや、ここだけはちょっと壁を作っとこう。

 そう決めて、すまなさそうに眉をよせ、ごめんなさい、と言って掌を見せてちょっと拒絶する。

 私の行動に、一瞬明らかにイラつた顔をするが、本当に一瞬だけで、対面する私ぐらいしかわからなかっただろう。

 あぁ、くそう。

 ニコニコしながらごめんねー、なんて私に差し伸べられた手が握られて引かれる。

 

「ちょっと、いきなり何しようとしてんのよ。」

「えー、いいじゃん、仲良くしようとしただけだぜ。」

「ダァから、さっきも言ったでしょ!」

 

 べしべしと、竹田さんが後関さんを叩く。

 仲良くやってるように見えるが、さっきの一瞬の目が私の記憶に焼きついていて、微笑ましく見ることはできなかった。

 

「それで、みんなライブとかは初めてなんだよね? 」

 

 ひとしきり触れ合ったら満足したのか、後関さんがいきなり私たちに話しかけてきた。

 

「えっと、はい。」

「そっかそっかぁ。

 今日は思いっきりアゲて楽しんでこうね!」

 

 声が、大きい。

 周りの人の迷惑になっていないか、心配になってしまう。

 なぜ本人じゃなく周りにいるだけの私がそんな心配をしてしまうのか。

 声をあげそうになるルカを、視線で抑える。

 うぅん、ちょっとルカの悪い面が出はじめてる気がする。

 

「あはは、はい、よろしくお願いします。

 その、後関さんと竹田さんでよくライブには行くんですか?」

「うん、あたし達が会ったのがライブだったんだよねー。」

「そうそう。

 それから何か気が合っちゃってさぁ。」

 

 あそこにいった、どこそこのライブに参加した、何たらとかいうバンドとは知り合いでカラオケにもよく行ってる。

 ベラベラと二人のことを話される。

 そうか、竹田さんが時々範囲が違う情報を持ってたりしたのは、こういうことか。

 

「いやー、それでいつもの時間に出ちゃってさ、桃達との待ち合わせも覚えてはいたんだけどね?」

 

 ファミレスに来る少し前くらいには合流できていたはずが、うまくいかなかったことに対して説明してくる。

 ケラケラと笑う姿に、やはりあんまり時間を大事にしているようには見えない。

 その辺り、私とはあんまり仲良くできそうにないと感じた。

 

「あはは、困るなぁ。

 来なかったら帰ろうかと思っちゃったよ。」

「ダメ!」

 

 店内に叫び声が響く。

 視界の端で案内してくれた店員さんが怪訝そうに私に視線をくれた。

 スッとスマホを胸元から取り出し、目線と頷きでこちらに問いかけてくる。 その姿に安心感が湧いた。

 少なくとも、この店は敵じゃない。

 無意識に口角が緩む。

 小さく首を左右に振り、ありがとうございますの意を込めて会釈する。

 今通報されても、ちょっと困る。

 

「竹田さん、落ち着いて。

 冗談だって。」

 

 必死だ。

 そんなにライブに人が来て欲しいのか。

 インディーズレベルのバンドにとって、観客の数が大事なことは知っている。

 私が今も追いかけているツアーをできるレベルになったバンドだって、最初の頃は本当にひどいもんだった。

 後二人ファンが少なかったらライブハウスに保証金を倍額で払うことになって、バンド辞めてたかも、なんて話をラジオでしていたのも聞いたことがある。

 どこだって必死で、ギリギリだ。

 そんなバンドにここまで必死でお願いをできるということ、それ自体は尊敬に値することのような気がする。

 ここまで来たんだし、ライブに向けてちょっとだけど腹ごしらえもしてしまった。

 まぁ、本当に危ないようなら帰ればいいか?

 とりあえず、ドリンクの色がわかるカップじゃなかったら飲まないように後で言っとこう。

 あ、そうだ、山上君から教えてもらった方法があるじゃないか。

 ライブハウスの灯りに色ついてたら、スマホのライト使う方法をやらなきゃね。

 うーん、初めての行動には、準備がいっぱいだ。

 いっそ、ここで何かあれば帰ってしまえるんだけど、どうだろうか。

 チラリと横を見る、裕子の顔色は、最初に後関さんが来た時よりはマシだ。

 けど、うん、ちょっと表情は優れない。

 じっと見ている私の視線に気付いたのか、裕子が私を見返す。

 視線に思うことがあったのか、裕子は才加越しに声をかけてきた。

 

「桃ちゃん、どうかした?」

「ん、いやあ、ゆーちゃんさっきから喋ってないけど疲れてないかなって。」

「んーん、大丈夫。」

 

 違う、違うんだゆーちゃん。

 ここは我慢せず、今日は帰りたいって言ってくれていいんだ、そうすれば私たちも裕子を送るからって言ってフェードアウトできたのに。

 だが、まぁ言ってしまったことは仕方ない。

 それに、逆に考えれば裕子が男に対する苦手意識を克服し始めていると取れなくもないではある。

 どうせならいい面だけに目をむけてしまおう。

 ルカを見る。

 あちらも同じ、少し困ったような顔で小さく首を縦に振った。

 次いで、才加をじっと見る。ルカほど視線に敏感ではないようで、私の視線に気づくのに少しかかった。

 

「あ、あたしも大丈夫。

 せっかくのライブだし、ちょっとアレだけど、楽しまなきゃ。」

 

 才加の言葉に、覚悟は決まった。

 いらない覚悟かもしれないし、ぶっちゃけいきなりの男性に対する態度じゃない気もして結構無礼かもしれない。

 というか、山上君に竹田さんの彼氏の後関さんと、私男に対して失礼すぎないか。

 こういうところ気をつけないとクソレズに堕ちたりしそう。

 自戒を繰り返し、レシートを取る。

 ライブ参加は決定、そして時間もそろそろいい感じ。

 予定通り、ライブハウスに向けて出る時期だ。

 

「そろそろ行こっかー。」

「えー、ちょっと早くないっすか桃ちゃん。」

「あんたと違って真面目なんだようちの子らは。

 んじゃー外でとくね。」

 

 カバンを肩にかけ、彼氏と一緒に出口に向かう竹田さん。

 あまりにも自然なその姿に、ちょっと尊敬の念も浮かんでくる。

 

「あの、桃。

 いくら?」

 

 才加の言葉に、私の常識は狂っていないんだと認識できた。

 いや、まさか彼女の友達に会計押し付けて出ていくとは思いもせなんだよ。

 その彼女の方は一瞥もしねーし。

 これで外に出る前に会計でもしててくれればかっこいいけど、残念ながらそれはしていないのが明らかだ。

 二人話しながら、普通にドアを開けて外に出て行った。

 いやまあ? 間違っても奢られたくなかったからいいんだけどさ。

 

「一人二百円でいいよー。クーポンでそんぐらいだから。

 あとでQRでも送ってくれればよし。」

「う、うん、すぐ送るね。」

 

 即座に私との個人ルームに送られてくる二百円分の割り勘用コード。

 それを確認すると、私は才加と裕子にありがとね、と告げてレジへ向かう。

 スマホ決済でまとめて払うと後ろについてきたルカにご馳走様でした、と声をかけられた。

 いやいや、ルカや山上君には結構奢ってもらったりてたし、その分から考えると全然返しきれてないんだが、ルカ的にはこれで貸し一つ相殺とか思ってるんだろうなぁ。

 借りは返させてくれるんだけど、なぁ。

 やっぱり敵わない、そう思いながらお粗末さまでした、と返す。

 四人でドアを抜けると、外では竹田さんが待っていた。

 

「ごめんねー、待たせて。

 行こっか竹田さん。」

「オッケー、みんなも一緒についてきてね。」

 

 うん、ライブが楽しみだ。

 ライブは、楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る