26 15:31 ファミリーレストラン

「こんちわー。

 みんな迷わなかった?」


 そんな感じで軽く挨拶をし、竹田さんはルカの隣、私の斜め向かいに座った。

 私服の彼女を見るのは初めてだが、綺麗に色を抜いた後染色したツートンの髪以外は思った以上に装飾の少ない、割とスッキリした感じのファッションをしている。

 ゴテゴテといろいろ付けているのかなとか思ってたが、あんなギャルはソシャゲか薄い本ぐらいにしかいないと言うことなのだろうか。

 ファミレス内、すみっこの六人席を占領し、私たちは清夏さんからライブ参加グループの解説を聞きながら山盛りポテトの山を崩していた。

 カルピスのコーラ割りを飲むルカに対し、白湯を飲んでいる才加、アメリカンをブラックで飲む裕子と普通にジンジャーエールを飲んでいる清夏さん。

 知らなかったみんな(ルカ以外)の一面に驚きながらも楽しんでみている。

 私?私も普通にコーヒー。

 というか、ポテトみたいな脂っこいもの食べる時に炭酸抜きはきつい。

 

「んー、観客席に何か投げたりとか、そういうのはないんだね?」

「あっは、もっとお金があるグループならやるかもだけど、ステージから何か投げて壊しちゃったらもう賠償がすごいからねー。

 今回みたいなアングラの中でもディープすぎないやつなら大丈夫大丈夫。」


 ライブ素人の才加の言葉に竹田さんが答える。

 私の方でも話したが、一応ジャンルが違うと言う感じに言っていたからか、確認するような感じだった。

 

「狭く深くだと、やっぱりなんか投げたりとか、ファンサすごかったりする?」

「あー、すごいみたいよ。

 ペイできるグループとか、もう信者とかいたりするやつなんかは見ててやばいのわかるし。

 モッシュ、あー、観客も暴れたりするしね。

 あ、もちろん今回の番組にはそんなヤバいグループも、そんなファンもいないから大丈夫!」

 

 うん、そっちの心配がいらないのはいいけど、今度はちゃんと盛り上がれるかが不安になってくる。

 ライブ会場冷えっ冷えとか、割とトラウマになりかねないよね。

 

「桃は、何か投げられたことある?」

「今までで一番やばかったのは、なぜかローションでぬるぬるになったシャウティングチキンかなー。」

「は?なんで?」

「いや、わかんない。

 曲とも歌詞とも何一つ関係ないけどいきなり投げてたなー。」

「どういうグループよそれ。」

「経験豊富な竹田さんならもっとすごい話あるんじゃない?」

「ないから!

 私はこれでも常識の範囲内で生きてんの!」

「うーん、でも私、陽キャとかパリピの常識知らないし。」

「あ、それ私もです。」

「アタシも。」

「え?え?

 わ、私も。」

 

 慌てて合わせてくる裕子の頭を才加が撫でた。

 初心だ、可愛い。

 あざとい。

 保護されることに慣れてやがる、小動物かよ。

 

「んでさぁ、セトリなんだけど。」

 

 あんまりオリジナル曲もないし、割とコピーもするようなので動画内でもセットリストは安定していなかった。

 今回のフライヤーでも細かい番組内容は記載されていなかったのでもし知っているようなら聞いとこう、としたその時だった。

 

「おう清夏、ごめんごめん遅れちゃって!」

 

 みしり、と音がした気がした。

 竹田さんとルカの間、私の座るソファーの空白部分。

 そこにいきなり空気の壁ができたような、そんな雰囲気が突然に構築された。

 ルカが少し座る位置を変えた。

 私もそれに倣い、間違っても隣に座られないように、座る位置が少しだけ通路側に寄る。

 おかしいな、私こんなに人に対して壁作る人間だっけ。

 少なくともクラスの男子にこんなピリつくことは無かったし、山上君に至ってはむしろこっちから無害判定出すくらいだったのに。

 

「あ、これ私の彼氏!

 ほらよろしくしなー。」

「どうも、後関ごせき 翔翔しょうとつーの。

 みんな清夏の友達?

 やっぱあそこの子はかわいいねー。」

 

 はぁ、どうも。

 そんな生返事をしながら、私はちょっと竹田さんを睨んだ。

 聞いていない。

 知らない男がいきなり合流するなんて、一言あってもいいだろう?

 目に見えて裕子が肩を竦め、身を縮めている。

 幸い、裕子の隣で通路側にいるのは竹田さん、そしてルカだ。

 直接的な接近はないだろうが、すでにテーブルの下では手を握っている。

 才加も怪訝な顔をしているが、裕子ほど怖がってはいないと思う。

 自己紹介がてら話しかけてくる彼氏さん、後関さんに対し、ルカは一度会釈して挨拶するとすぐに裕子の方を向いて話しかけた。

 本当に助かる。

 

「えっと、竹田さん今日彼氏さんとデートだった?」

 

 何だったら先行ってくれて良いよ、言外にそう滲ませながら私は言葉を投げかける。

 私の中ではすでに竹田さんに対して隔意が湧き始めているので、声色は少しきついものだ。

 私だけならまだいい、ルカに、才加もまあいいだろう。

 ただ、裕子は男を怖がるところがある。

 わかってて彼氏を無断で連れてきたならちょっとむかっとするし、もし裕子の男の苦手さをわかっていないのならそっちの方が遥かに問題だ。

 

「あっはっは、違う違う。

 俺別に二人でデートするつもりできたわけやないから気にしないでいいよ!」


 何で私たちが気にする必要があるんだ、そっちが気にするべきだろう。

 竹田さんと彼氏、私たち四人の間にうっすらと線が引かれている気がする。

 あぁ、もうだめだ。

 あって数秒、たった二言で、私はこの人を嫌いになり始めている。

 そして、それに続いて竹田さんも。

 いかんいかん、こういう切り捨ては人との繋がりを希薄にしていく。

 一度切ったら二回目三回目と切り捨てて行くことに躊躇をしなくなってしまう。

 気分だけで切るようでは、いずれ出会う人との縁も簡単に捨てるようになってしまうだろう。それはあまりよろしくない。

 伊達メガネを外し、目頭を押さえて薄く短く呼吸をする。

 意識の切り替えを意図的に行い、嫌悪感を無理やりに抑える。

 

「あー、すみません、今日私竹田さんに女の子の集まりでライブって聞いてて、ちょっと驚いてるんですよ。

 あの、私知らない男の人と一緒にいるのがちょっと怖くて、ですね」

「えー何、桃ちゃんお嬢様!?

 大丈夫大丈夫、俺全然怖くないし、先輩たちもいい人だから!」

 

 はい無理。

 今すぐ帰ろうか、そういうふうに思考が向いてしまう。

 というか、今なんつった?

 先輩?

 バンドの人たちのこと?

 あぁ、嫌な想像だけが私の脳に湧いてくる。

 被害妄想と言わば言え。

 こちとら頭ん中性欲しか存在しないクソザル共とも生活圏が接してたことがあるんだ。

 嫌な想像をアホらしいと切り捨た途端、その斜め下を地面に体を擦りながらかっ飛んでいくようなやつらもいた。

 後のこと、人の事など考えない。

 そんな奴らを基準にしたらまともな生活なんか送れないにしても、今の私はちょっと被害妄想が激しく、それに近いレベルで品性が著しく欠損している可能性を考えてしまう。

 

「あの、ごめんね桃。

 怒ってる?」

 

 眉を寄せ、傷ついていますと体で表しながら私の顔を覗き込んでくる。

 椅子とソファーで座っている座面の高さが違う上、身長による座高もあちらが上。

 そんな相手が私をのぞき込んでくる。

 はっきり言う、イラつきが何よりも勝った。

 ただ、それを表に出すのだけは必死に抑えた。

 竹田さんの彼氏と紹介された後関さん。

 彼からは何の重さも厚さも感じない。

 つまり、ちょっとした事ですぐにカッとなることが十分にありうると言うことだ。

 考えなしの馬鹿の行動はいつだってシンプル。

 言うこと聞かない→イラついた→敵だ→殴りたい→弱い→殴っていい→殴る→言うこと聞く→キモチイイ。

 本当に社会生活を送っているのか分からないような頭の悪い思考の工程。

 残念ながらこういう考えをするバカが結構居た。

 だから、刺激をしないことを第一に考える。

 私に何かあれば、ルカはきっと動く。

 そんなこと絶対にさせられない。

 つまり、自己犠牲すら手札から除外。

 やるとしても、本当に最後の最後、どうにもならない事態になってからだ。

 波風を立てないように、じっくりとしっかりと相手と距離を取ろう。

 大丈夫、一応話は通じるし目線がいやらしいけど、まだ理性はありそうだ。

 今日一日、適当に距離を置いて付き合って二度と会わないようにすればいいだけだ。

 

「んーん、びっくりしただけ。」

 

 机越しの竹田さんの目に、微笑みながら答える。

 それだけのことが結構力が要った。

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