25 15:21 ファミリーレストラン
「とりあえずドリンクバーと、少しだけ食べたいからスナックプレートかなー。
誰か何か食べたいのあるー?」
クーポンもあるよ、と言いながら卓上のタブレットに自分の頼みたいものを入力し、誰でも入力できるようにテーブル中央に置く。
みんな特に食べたいものはないようで、ドリンクバーだけプラスで増えていく。
四人分になったところで注文実行。
厨房の方からピンポーンと聞こえて、画面の方でも注文受付と出てきたことを確認すると、裕子たちにドリンクをとってくるよう促した。
「私とルカが荷物見てるから、先取ってきてもらっていいっすか。」
「ありがと。」
「サンキュ、桃。」
何飲むー? と話しながら二人が席を立つ。
身長の高めな才加が裕子をエスコートする姿は、ちょっと乙女心にキュンとくるものがある。
二人を見送り、とりあえず置かれた水で唇を湿らせた。
甘いジュースも好きだけど、暑い中歩いてきての水もやっぱり最高だ。
「才加さんと裕子さん、仲良しですよね。」
「そうだよね、見た目なんか全然共通点ないのに。」
ルカの言葉に、にひひ、と笑いながら答える。
ポケットからスマホを出し、動画サイトに繋げる。
見る動画は、ライブ映像。
チャンネル登録者数100にも満たない泡沫バンドチャンネルのそれをスマホに表示する。
「今日のグループの演奏ですか?」
「うん。
一応礼儀だから。」
私にとってはね、と付け加えてイヤホンを片方ルカに渡し、再生されているライブ映像を演奏開始時点までスキップする。
改めて、何というか売りのないバンドだ。
音を出し、無理矢理にテンションを上げ、とりあえず叫ばせる。
技術的にはまぁ、下手な方だ。
ギターはタブ譜をなぞるだけで精一杯だし、運指もおぼつかないところが多い。
ベースも同じく。リズム感もそこまでいいわけではないようで、ボーカルの先走りにつられていることすらある。
ドラムは唯一まとも、というか特徴もなければ瑕疵もない感じ。
ひょっとするとお店の人なのかもしれない。
で、ボーカル。
きっとカラオケは上手なんだろうな、というところか。
一人一人で見てみれば、売りもなく、粗は多い。
で、初参加の身としてはそこまでの魅力も感じられない。
まぁ、だからいい、とも言えるか。
何をどう間違っても才加や裕子が追っかけになるようなレベルのものには思えない。
一緒にライブというものの空気を感じる程度になら、魅力のなさが逆に線を引いてくれるかもしれない。
そんな、もしバンドの人たちが聞いたら怒りながら拳を振り抜きそうなことを考えながらルカと動画を流し見る。
「本当に演奏できるだけですね。」
「ね。
この前ルカに見せたライブDVDの方が熱があったよね。」
「あれはもう熱だけは異常だったじゃないですか。」
ライブ動画を見ながら他のグループについて話す。
割と失礼だと思うが、もう動画の演奏について熱が持てないんだからしょうがない。
額にkillと書かれたコミックバンドのことについて話す方が余程面白い。
というか、あのバンドのファンはすでに信者だろう。
色々話すが、まだ一曲終わってない。
長いなぁ。
曲も、ドリンクも。
「ただいまー。」
「あ、おかえりー。
なんかおいしそうなジュースあった?」
「あるわけないでしょ、普通だよ。」
ドリンクを取ってきた才加と裕子にお帰りと返す。
向かいに座った二人に勧められ、今度は私とルカがドリンクを取りに立つ。
コップをルカに渡し、二人で並んでジュースを汲むとすぐに席に戻る。
席にはまだスナックの皿は来ていないようで才加は裕子のスマホを覗き込んでいた。
「こっちもただいまー。」
「お帰り。
何もなかったでしょ?」
「うん、普通のファミレスだった。」
ルカに奥に行ってもらってから私が座る。
四人全員席につき、ドリンクも揃った。
三人揃えば姦しいというが、四人揃ってもそれなりの声量に抑えて私たちは楽しく雑談を続けることができた。
自然と範になってくれるルカのおかげだろうか、単なる女子高生に過ぎない私たちがお嬢様学校の娘よろしく周りに迷惑をかけない時間を過ごすことになった。
むしろ、斜め向かいの席に座る人たちのうるささに苦笑し、店員に追い出される姿に感心してしまうほどだった。
「そういえば、ライブの時間ってまだ日が出てるよね。」
不意に裕子がそう話を切り出した。
時間的に沈んでないからそうじゃない? なんて返すと、はぁ、としっかり目のため息を返された。
「どうしたん?
話聞こうか?」
「うん、私あんまり外に出ないから気にしてなかったけど、やっぱり日傘って大事なんだなって思って。」
才加渾身のミームをさらりと流しながら、裕子はそうぼやいた。
確かに、使ってみなければその良さは分からないだろう。
そして、使うにしても自分の色に合うものをと考えると二の足を踏むのもわかる。
美意識と実用性両方が必要なのだ、だから山上君のように実用性一辺倒のゴツい日傘なんか使えるわけないのだ。
くそ、男子め。
私だって全身一色の実用性コーデで決めたいのに。
「ルカのやついいよね、熱くならないやつ。」
「え、そうなの?
桃の奴も結構いい感じだったけど。」
「違う違う。
私のやつは透けないけど、そんだけのやつなの。
ルカのはそれプラス傘の下が熱くなんないの。」
「あ、やっぱりそうだったんだ。
ルカちゃんの隣、ジリジリしないなって思ってたんだけど。」
「えぇ、あれはおばあちゃんと元がいろんな情報を取ってきて、どれがいいか相談して買ったやつなんですよね。
丈夫だし色も良いしで結構長い間使ってるんですよ。」
「へー、はじめ、って前言ってた彼氏さん?」
「はい。」
「良いなぁ。」
どこかポヤポヤしたルカと裕子の話に、つい目尻を下げてしまう。
見てて心が温かいものに満たされる。
「へー、私は桃のやつでも全然日差し入ってこないから驚いたけど、そんなに良いんだ。
ねールカさん、次私が一緒に入っていい?」
「え?」
ルカからの返事の前に、裕子が声を出した。
なんからしくないな、純粋に悲しそうな問いかけだ。
そんな裕子に、つい吹き出してしまう。
「ブッフ、んふ、ちょっとごめん。」
「ちょっと桃、ツボりすぎ。」
「イヤだってんふふ、『え?』の時のあの微妙に迷惑そうなんふふ。」
ちょっと飲んでいたジュースが気管に入りそうになった。
あ、背中ルカが撫でてる。
お金払って良いくらい気持ちいい。
咳き込む直前で何とか抑えられたので、ちょっとお手拭きで唇を拭う程度で済ませる。
「んー、でもゆーちゃんにしっかり振られたのはちょっとダメージでかいかも。」
あーあー傷ついたなー、なんて言いながらカップの底に少しだけ残っていたジュースを全部飲んで空にする。
飲み物と一緒に空気を飲んでちょっと肺を落ち着ける。
「その、ルカさんの近くって涼しくて、いい匂いがしてて。」
「あー、それ思った。
制服の時はあんまり感じなかったけど、私服のルカちょーいい匂い。」
才加の言葉に、隣に座っていたルカに抱きつく。
谷間に顔をすっぽりと埋め、思いっきり息を吸う。
あまり湿度を感じない、つまり、汗をかいてない?
そして香る落ち着く香り。
山上君の家で嗅いだ、ルカの家で嗅いだルカの匂いだ。
無理矢理リラックスさせられるような感じがしてルカの背に回した手が離せない。
「桃ー、おっさんくさいぞー。」
「ふがふが」
「あの、桃ちゃん?
鼻息がすごいです。」
「こっちまで聞こえてくるね。」
吸って吐いて吸って吐いて。
ルカイオンを肺の中に補給して、名残惜しいが両手を離す。
裕子の視線がちょっと気持ちいい。
と、そうやってわちゃわちゃしているうちにロボが皿に盛られたポテトと唐揚げを持ってきた。
トレーから皿を受け取り、テーブルの真ん中に置く。
さて、となると飲み物がないときついか。
ちょっと飲み物取ってくるね、と席を立つと才加も私も、と一緒に立ってくれた。
脂っこいものだし、やっぱりここは炭酸かな、なんて思いながらドリンクバーで立ってると、髪に触られる感触がする。
振り返ると、才加が私の髪をいじっていた。
「何よ。」
「なんでもー。」
なんだよほんとに、彼氏彼女か。
ため息をつき、水とお茶をドリンクマシンから入れると、席に戻る。
才加はオレンジジュースを淹れ、私の髪をいじりながら後をついてきた。
やめろ、いいじゃんを繰り返して席に戻ると、ルカが座っている位置を移動していた。
裕子を壁側に、そしてルカが通路側に。
私が席を立つまで座っていたソファーから裕子のいる方のソファーに場所を移していた。
同じ日傘で歩いた組はどちらも大人しげな雰囲気だからか、何となくこの二人で並んでいるとただのファミレスがちょっといい店に感じてしまう。
着ている服はラフで動きやすい、結構安めのもののはずなのにやっぱり中身も大事なんだな、なんて思わされる。
ルカのスマホで写真を見てたらしく、二人の間に置かれているスマホにはウサギの画像が。
イヤ、可愛い可愛い言ってるけど、今写真に写ってるそいつ、120㎝くらいあるやつじゃん。
才加に先に席についてもらい、私は変わらず通路側へと座る。
「ただいまー。」
「桃ちゃん、浅井さんお帰りなさい。」
「なになに、ルカさんのスマホ?
裕子何見てんの?」
「あのね、ちょっと前に行った動物園だって。
可愛いの。
ルカさん、ちょっと見せていい?」
「えぇ、どうぞ。」
ほら、とルカのスマホを才加の前に置く裕子。
裕子とルカの座る位置が微妙に近い気がする。
あんまり接触がなかった二人が仲良くなっていることに何故か羨ましさを感じてしまう。
と、スマホが振動した。
竹田さんからだ。
『今から入るね、外居るよ。』
座っている場所から見える窓、それらを見回す。
道路側の窓の向こうに竹田さんがいて、私たちに手を振っていた。
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