02 祈った
「んで、スマホだっけ。」
「おう。ほら、俺のお下がりのスマホもバッキバキだったろ、貰った時からヒビが入ってた兄貴のスマホだけど、ついに親から買い替え許可が出たんで予算内で良さそうなやつを選んでもらってたんだよ。」
ほれ、と差し出されたスマホの画面は確かに以前見せてもらった時よりも表示画面のヒビが細かく広くなり始めており、もしフィルムが貼られていなければスワイプで怪我をすることは間違いないレベルになっている物だった。
新品だった頃にはきちんと塗装されていたのだろう側面の塗装も剥げ、背面にも欠けがあるなどどこから見てもそろそろ限界、いや既に半歩ほど限界の向こう側に見える。
「言っても新品は無理だから、良さげなセールと中古に通信会社の買い合わせを教えてただけだけど。
むしろ、パソコンの方の話ばっかりしてたね。」
「そうそう、そっちもマジ助かったわ。必死に貯めたバイト代使ってゲームに合わんの買うとかマジ勘弁だし。」
なるほど、とラップに包まれた大きめの握り飯を齧りながら二人の話と広げてある雑誌にスマホをチラリと眺める。
eゲーマーとやらの記事だとか、動画配信者の宣伝だとかが書かれたそれらは、確かに魅力的に写るのだが値段もそれに合わせて強気だった。
「でも、それを抜きにしてもなんかお前ら二人が話してんのは面白えな。」
「それな! 俺も山上とは合わねーような気がしてたけど、ノリで話しかけてみてよかったわ。」
「うん、それは俺も。古賀君が話しかけてくれてよかったよ。」
弁当をつつく山上と、紙パックのジュースを啜る古賀。
笑いながら話す二人を改めて眺めてみる。
黒髪の優等生とメッシュの入った茶髪の陽キャの組み合わせはやはり噛み合わないように見えたが、実際に話し合う二人はなるほど、なかなかに悪くない組み合わせに見える。
「なんか上品な返しすんな、山上。 古賀と比べたらやっぱ住んでるところ違う感じするわ。」
「そうそう、叫ばねーし笑わねーのな、弁当もキレーに作ってもらってるしよ。俺のオカンなんか俺が家出るまで絶対起きねーぜ。」
「いや、これは親じゃなくて彼女に作ってもらったやつだよ。」
「は?」
「あ?」
開廷。判決。有罪。磔刑。石投げ。閉廷。
俺と古賀の脳内にはきっと同じ科刑までの道のりが浮かんだに違いない。
完全な陰ではないにしてもガチ目の陽キャ、パリピでもない俺と加賀にとっては彼女なんてものは学校生活において目指すべきものの最上級品であり、未だ手中に収めたことの無い高嶺の財宝だったのだ。
部活だとかにいるモテ男の奴らが言うような、普通にやってれば彼女とかいない時間なくね? とかいう言葉は俺たちには高尚すぎて理解できなかった。
きっと奴らはどこかに金を払うか、願いを叶えてくれる精霊を呼び出すLEDライトでも持っているに違いないと傷を舐め合い、慰め合ったものだ。
それを、よりにもよって、目の前の、この、男は。さらっと自慢することもなく、彼女がいると、はっきり口にした。
許されるべきことではない。
許されて良い筈がない。
さもなくばこの世に正義など存在しないことになってしまう。
そんなことになれば、子供はグレ、大人は男女問わずパパ活に走りジジババはコインゲームに朝から行列を作るようなディストピアになってしまう。
故に、許されない。
(やるか?)
(いや待て、こいつが勝手に彼女呼ばわりしているだけかもしれんし、そうじゃなくても赤木の様なやつが相手かもしれん。)
勝手に相手をストーカーにしたり、学年でも有名なヤバげな女にしたりと、割と最低な決めつけをしながら自分達のうけた傷を小さくしようと俺と古賀はアイコンタクトで会話をする。
部活でこれができていたら俺たちは間違いなくレギュラーになれていたのではないだろうか。
「ふ、ふーん、そうかそうか。彼女ねぇ、まぁ? 高校にも? なれば? 彼女の一人は普通いるよな。」
「お、おぉ。そうだよな。で、どこの子よ。写真とかある?見せて?」
(ナイスだ古賀!)
自然に彼女が実在するか、その顔面偏差値はどのくらいか探るために写真を見せてもらおうとする古賀に俺は心から賞賛を送る。
周りから見てみれば童貞二人が焦っている様にしか見えなかっただろうが、その時の俺たちには残念ながらそれを省みるだけの冷静さも経験も無かった。
いいよ、との言葉に雑誌に並べて置かれていたスマホを操作しだす山上。
手帳型のケースで保護されたそれは確かによく見るスマホとは違い、どこか無骨なものに見えた。
動物画像のロックを外し、ギャラリーアプリから写真が流されていく中、俺と古賀は祈るような心地で画面を凝視していた。
(隠し撮り、隠し撮り、隠し撮り……)
(赤木、赤木、赤木……)
ピタリ、と止まった画像をダブルタップし開かれた写真。
そこには自撮りしたのだろう山上と彼女、その肩を抱き合う楽しそうな姿がくっきりと写されていた。
衝撃、嫉妬、悲哀、色々と湧き上がるだろうと思われた感情は俺の中から吹き上がることはなく、焦りでソワソワと動いていた俺の体はしんと動きを止め、表情も能面のようになっていただろう。
横目で古賀を見るに、やつも同じ様になっていた。
相手に対する負の感情、というのがきっと湧くはずだった俺たちの中には何も湧いてくることはなく、一筋の空白が心の中にあった。
その後、湧いてきたものは俺と古賀できっと同じだったに違いない。
その感情の名は、後悔。
どうして俺は彼女がいないんだろう。
どうして必死に彼女を作らなかったんだろう。
そんな感情。
スマホの中で柔らかく微笑む山上とその彼女。
俺の審美眼でいうのなら十分以上に美人、と言えるその姿に、俺と、恐らく古賀も嫉妬ではなく後悔と敗北感を感じていたのだった。
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