01 初めて話した
高校生活というものに対して憧れを抱いていた俺が、現実はこんなもんだと諦めを持ったのは入学してから二、三ヶ月が経とうとした頃だったと思う。
勉強に関しては全然わからないなんてことはなかったが新しい教科に才能を発揮させるなんてこともなく、部活に入ってみても初心者ですら俺以上のフィジカルを持つ奴がいたりした。
何かに特化することもなく、何か大きく欠けることもない。
何というか、主人公にするには引っ掛かりが少なすぎるタイプで、モブというにはちょっと勿体無い、そんな感じの人間が俺だ。
ここで美人な女の子やクラスメイトとのハプニング起こしたりなんだりで仲の良い子ができた、とか言えたのならザ・普通な俺でもラブコメ的個性を出せるのだろうが、残念ながら入学以来そんなイベントは一度もない。
というか、そう言ったイベントは同学年の中に何人か存在する主人公属性の他の奴に振られている。
四組の三人の君主、七組の人生楽すぎクソゲー野郎。
そんな主人候補生の塊どもの話は気分が悪くなるだけなので、ここではスルーさせて貰う。
だが、そんな俺でもそれなりに楽しんで高校生活を過ごしていたことは確かだ。
中学時代にそれなりに頑張って都心に近い高校を目指し、運よく滑り込むことができたおかげで通うことができたここは放課後に遊ぶ場所は多いし、周りの奴らも遊びの選択肢を常に持っている奴らだ。
つまり、俺の高校生活はやたら刺激的なイベントを求めでもしない限りは普通に楽しいもので、三年間こうやって過ごしていくものだと疑っていなかった。
そんな軽いあきらめを覚え始めた頃の、いつも通りの登校をするとある日の朝。
部活の朝練をパスして早めに教室に向かったのは、前日眠るのが遅かったせいで通学途中ですらちょくちょく夢の領域に飛び始める意識を治めるために、少しでも始業前に寝ておこうと思ったからだった。
何度か軽く記憶を飛ばしながらも怪我無く学校に着き、階段に悪態つきながら教室のドアを開けると俺と同じくバスケ部エンジョイ勢の友人、
こちらに気付き、振り返る古賀に、おぅ、と先輩方に聞かれたらセッキョーくらうだろう雑な挨拶を口からこぼし、席に着く。
返される返事を聞き流しながらカバンから抜き取ったスポーツタオルを抜き取り、短く刈り込んだ髪につく汗を拭くとそのまま腕に置いて枕に、そこに頭を倒すと俺はすぐに目を閉じた。
よく遊ぶ友人相手に、知らないクラスメイトは何かを話し合っている。
少し疑問には思ったが眠気に勝てるわけもなく、何か話してんな程度に音として聞き流しながら俺の意識は気持ちよく落ちていった。
一眠りの後、腕のしびれと予鈴によって二度寝からさめるとなんぼか眠気はマシになっていた。
逆算すれば四十分ほどの睡眠時間を取ることができたようで、ぎりぎり授業に参加できるくらいには眠気を散らすことができたと思う。
その後はいつも通り、何とか午前の授業を半分寝そうになりながらも完了。
眠気という学生全般の大敵、あるいは親友とのバトルを終えた俺はいつものメンバーで昼を食べようと部活仲間の古賀に声をかけようとしたところ、奴は既に別の奴の席でパンを片手に話しこんでいた。
「んでこっちのやつなんだけどよ。」
「あー、確かに古賀君の使い方だとおすすめされるかもだけど、俺ならもう一グレード下げるかな。」
「えー? かくつかねー?」
「いやいや、最高画質ならともかくこのくらいならボードよりCPUの方が良いって。」
朝にみた光景、知ってる奴と知らない奴の語り合い。
クラス内で話す奴が固定化されたこの時期に新たに生まれたつきあいに、少し興味がわいた。
気づけば俺は部室に行こうとしていた足を止め、その二人に話しかけていた。
「悪ぃ、俺もいーか?」
古賀はあまり真面目に部活をするような奴ではないが、それなりにいいやつだ。
面白い動画やゲーム、スポーツイベントにもアンテナを張り、情報収集をめんどくさがる俺にも色々と教えてくれて、誘えば休みも遊んでくれる。
そんな古賀が声を掛けるよく知らない男に俺は少し興味が湧いて、一緒に昼飯を食おうと声をかけた。
それが俺の山上元との初対面。
背景に溶け込むクラスメイトを、初めてまともに見たのはこの時だったとおもう。
「んぉ、俺はいーけどよ、山上はぁ?」
「いいよ、俺も。」
顔も名前も知っているはずの初邂逅のクラスメイト。山上の席に近くの空き席から椅子をひっぱってきて、朝飯として持たされた握り飯とお茶を机に置かせてもらう。
外に食べにいくやつも多く、空いている椅子があったのはちょうど良かった。
いや、うちのクラスの都合上、席が空いているのは仕方がないことではあるんだが。
「筒井君だよね、古賀君と一緒の部活の。」
「お? おぉ、そうだけど、なになに。俺のファン?」
「ごめんだけど、違うよ。
朝に古賀君に教えてもらったんだ。」
「そうそう。『いきなりいびきかいてるあいつ、筒井って言って俺と同じ部活なんだぜ』ってさ。」
「え、いびき? マジかよ。」
「マジマジ。俺も山上もいきなりすぎてマジ吹いたし。」
「マジかよ…… いや、まぁそれはいいや。お前ら仲よかったのか?」
いびき、というか自分の意図しない所での行動でいじられるのは少しばかり恥ずかしい。
無理矢理かなと思いながら話の向きを変えると、古賀は綺麗に乗ってくれた。
「んにゃ、知らねー。
朝来てさ、見たことないスマホいじってたからスマホとかパソコンとか詳しいのかって聞いてたんよ。」
なー、と求められた同意に軽く首を縦に振る山上に、俺は少し驚いた。
俺と同じように運動部らしく髪を短く刈り込み、ここは違うのだが制服もよれよれな古賀に対し、山上は何というか、きちっとしている感じだ。
校門で時々見かける番長らしいやつに
朝だけの軽い会話ならともかく、昼にまで話をするような共通点があるようには二人の姿形からは考えられなかった。
しかし、実際にこうして話している所を見れば、なる程。そんなに溝なんて無いのかも知れない。
先入観から生まれたこちらから押しつける壁、俺の中にあったそれを目の前の二人に気付かされた気分だった。
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