20 11:20 フードコート

「そういえば、詞島さんって彼氏と一緒の時ってどんな感じなのかしら?」


 とある休日、たまたま街を徘徊している時に会ったクラスメイト、三宅みやけ いずみと一緒にフードコートでだべっていると、そう言うふうに切り出された。

 お互いの課題の消化具合や学校での愚痴について話していた中でいきなり切り出された話題に、私は呆けた顔を返してしまう。

 

「え?なぜ今?」

「いやいや、私的には結構前から考えててね、詞島さんってほら、あんな感じの人じゃない?

 普通彼氏ったらもうベッタベタしないもんかなと思ってね。」

「むむむ。」

「それなのに全然そんな感じ見せないし、その割に粉かけられてるみたいだけどびくともしないらしいし?

 一体どんな彼氏なのかなーって見に行ったら、正直調子ぬけするレベルだったし。」

 

 まぁ確かに。

 私も初めて目にした時にこいつはないなと思ってしまったくらいには外見での釣り合いは取れてない。

 どうやら泉も同じ判定だったようで自分の審美眼も少しは信用できるようだ。

 

「んで、じゃあどんな感じでつき合ってるのかなーって思いはするんだけども、詞島さんそもそもクラスから出ないし、彼氏クンも迎えに来ねーし、一体何なんだっておもうじゃない。」

 

 泉の愚痴も、言われてみればその通りだった。

 うちのクラス内で見ても、他のクラスに恋人がいる男子は終業時に周りに冷やかされたり、軽い羨ましげな視線を向けられながらも彼女を迎えに別クラスに行くことを続けている。

 別の学校に付き合ってる人がいる子も、こっちが聞いてもいないのに彼氏の近況を報告してきたりして、一体何個ゲーセンでフィギュアだのぬいぐるみだの取ってんだかって突っ込みたい子もいる。

 反して、ルカにはそんなものがほとんどない。

 彼氏がいることを隠しているわけではないと思うのだが、そのことを殊更示すような行動は取っていないし、言葉にすることも稀だ。

 以前私が少しばかり無理矢理な形でクラス内に宣言しなければ、いまだにルカをフリーだと思っていた男子は数多いだろう。


「実際彼氏と一緒にいるところ見たことあるのって桃だけだし。

 んで、実際一緒にいるとどう言う感じなのかなーってさ。」

 

 チラリと横を見る泉。

 視線を追った先には金時を食べさせ合いっこしてるカップルがいる。

 おい、その女餅どころか小豆すら掬ってないぞ、氷しか食べさせられてないぞ彼氏君。

 よく見ると練乳部分を避けて本当に氷部分しか掬ってやしねえ。

 いささか突っ込むべきところはあるが一応お互い幸せそうなカップルの姿。

 確かに、目の前のカップルのようにわざとらしいまでにルカが色恋に関して惚けているようなところは見たことないし、ぶっちゃけ私だって見れるもんならみてみたい。

 だが、残念ながらこんなわかりやすいラブラブなんか私も見たことない。

 

「そういえば、山上君だけと一緒にいる所って実際私もあんましみたことないなぁ。」

「んー、じゃあさじゃあさ、二人で会話してる時ってどんな感じ?」

「いや、普通かなぁ。てか、私が挟まって三人でいる時はルカってば私によく話しかけてきてくれたから、私視点だと山上君と喋ってるところは少なめな感じかなぁ。

 むしろルカとタイマンで話してた方が多いかも。」

「そっかぁ、プライベートって学校とは違う感じ?」

「そりゃまぁ少しは違うかなぁ。

 すごく真摯にこっちの話聞くからついつい話し込んで抱っこされて寝ちゃったし。」

「え、何それどう言うこと。」

「何か感極まって泣いたらルカに抱きしめられてあの胸に顔を埋めて寝ちゃった。

 てへ。」

「やだ超妬ましすぎて殺したいんだけど。

 グループに流していい?」

「実行に移そうとすんじゃないよ。

 あと他人にさそうとすんな、せめて自分でやれ。」

「バカにしないでよ、みんなにチャンスをあげるだけよ。

 もちろんトドメはちゃんと私がやる。」

「いややんなっつーの。

 やれってわけじゃないの。」

 

 軽くボケとツッコミをこなしながら、思い出してみる。

 私の記憶している中でのルカと山上君の接触はわりかし少ない。

 電車で私をどうするか意思の確認をした時。

 それと朝ごはんの時。

 それ以外には特にあの二人が今私の視界で恋人繋ぎをしながら食べさせ合いっこしてるカップルのように二人の世界を作ったり、面と向かってコミュニケーションをとっているところは特に見なかった気がする。

 動物園の時だって、勝手に入り込んだ私を邪魔者扱いすることなく、ルカと私が楽しんでいるところを休日のお父さんがごとく山上君は後ろからニコニコと見ていた。

 私はすごく楽しい一日だったが、思い返せば山上君がルカと何かをしていたところを見た覚えはない。


「やっぱし記憶にないかなー。

 私と別れた後だと話してたかも知んないけど、私がいる間はマジであっさりしまくってた。」

「えぇ、まじ?

 あんな彼女がいて何もないとか、彼氏君どんだけ経験あんのよ。」

「どうだろうねー、あんまモテそうな感じとかは付き合ってても感じられないけど。」


 話してみると、面白い男の子ではある。

 打てばそれなりに響くし、私とルカを比較するような冗談でも、心にくるようなものは特に言わない。

 趣味の範囲も広いようだし、割と知識も広範から収集している感じだ。

 ただ、ルカの彼氏という点、その一点において、スペックだけで比較するならばふさわしいと未だに思えてはいない。

 いや、ルカがいいというのが一番なのは間違いないし山上君といるときの自然なルカの笑顔はほんとにいいのだが、それでも思うことくらいは自由だろう。

 うん、一晩お世話になったお宅の長男に対する評価としては無礼にすぎると思うが、それでも仕方ない。

 あの日、一区切りつけたとはいえ私の中のもったいないお化けはいまだに虫の息ながら生き延びているのだ。

 

「信じらんない、まじありえないし。

 そんなにいい彼氏ならもっと誇るべきだし自慢して当たり前でしょ?

 かといって恥ずかしいから隠してるとかいうわけでもないみたいだし、何より彼氏側も何も言わないとか。

 ぶっちゃけ彼氏君の立場って逆転したらあたしにイケメンの彼氏とかできるようなもんじゃないの。

 そんなの先ずクラスの奴ら全員に見せびらかして自慢してまわるし。」

「あっは、やりそうやりそう。」

「詞島さんも隠すでも恥ずかしがるでもなく、聞かれたら普通に応えるしやっぱありえないわよ。

 もうレズとホモが仮面恋人やってるって方がまだ信じられるわ。」

 

 恵まれた奴が自慢せずに程々の幸せを享受する、それがどうも素直に受け取れないということだろうか。

 ぐちぐちと心の中の澱みを言葉にして吐き出す泉は、気づけば我がクラスに存在する彼氏持ち、彼女持ちの奴らに対しての愚痴を経由し、七組と四組の女子連中にもその矛先を向けて呪詛を吐き出し続けた。

 彼女らに端を発するトラブルは割と関係ないはずの私たちにも波及していて、私の方にも色々と溜まっていたようで泉の愚痴に合わせる形でどんどん具体例とそれに関する愚痴が陳列されていく。

 化粧の流行り廃りのスパンがやばい、飛び交う実弾(金)の量が高校生を超えている、複数クラスでの授業の際、他クラスへの派閥の勧誘がやばすぎる。

 ぐちぐちぐちぐちと、私たちの口から吐かれる真っ黒に澱んだ怨嗟の声、いや、泥? がテーブルを伝い、地面に落ちていく気がする。

 気がつけば騒がしくも賑やかなショッピングモール内のフードコートにも関わらず、私たちの近くにいたバカップル以外の席が綺麗に空席になっていた。

 そのまま紙カップに入った氷水の氷が半分溶けるくらいの時間を生産性のない話で潰していると、私と泉のスマホが同時に着信音を立てた。

 目線を合わせ、頷いてお互いに了承をとると二人同時に机の上のスマホの通知を開く。

 相手はうちのクラスの女子で、メッセージがあった部屋は私と泉、他数名の子達のグループのものだ。

 メッセージは画像ファイル一枚。

 スマホで撮った写真がそのまま貼られていて、その内容はまさに暇する私たちには丁度いいものだった。

 ついついニヤリ、と悪い顔をする。

 向かいの席を見る、泉も同じく悪い顔をしている。

 二人うなずいて席を立つ。

 先会計のファーストフードはこういう時、楽でいい。

 

「あ、時間ですね、お疲れ様でした。」

「え?あの、延長は」

「ごめんなさい、次の仕事入ってて延長できないんですよ。」

 

 お互いに食べさせあいをしてた二人、時間単位の短期契約だったのか。

 まぁいいか。

 職業恋人に縋り付く声をBGMに、私たち二人は施設前のバス停へと足を向けた。

 さぁ、本物を見に行くぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る